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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第五章 【エルフの赤雷と怠惰の赤鬼】
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ユンムの油断



「さぁ、話は終わりだ。一杯、飲んで行けよ!

あー、飲めないやつはメシでも食うか?

ここのメシは、意外となんでもうまいぞ。俺のおごりだ。」


オレと握手を終えると、グルースは陽気な声を上げた。

おごってくれるとは気前がいい。

さすが町長の息子。

そういえば、町長は・・・。


「おぉ、気前がいいねぇ!」


シホがすぐにグルースの誘いに乗る。

オレも、この店に入ってから、どんな酒があるのか気になっている。

オレもシホも、まだお金がない状態だが、

ここの食事代がグルース持ちならば、

ここは、お言葉に甘えてしまうのも・・・有りなのではないだろうか?

チラリと木下の表情をうかがってみたが、木下は、


「いえ、けっこうです。

これ以上、お話がないのなら、私たちは宿へ戻ります。」


グルースに、冷たい返事をした。

いや、この場合は、少々、無礼な返答か。

目の前にいるのはオレたちの依頼主であり、

今後、危険をともにする仲間とも言える。

そんな相手の優しさを振り払うような返答だ。


「ちょ、ちょっとくらいいいじゃないか、ユンム・・・。」


「いいえ、今夜は久々に婆・・・」


「ん?」


「いえ! あの宿屋の食事は

なかなか美味しいと聞いているので、今夜は宿屋で食べたいのです!」


木下が慌てて言い直したようだが、なんだ、今の言い間違えは?

とにかく、取り付く島もなく、宿屋へ戻りたいようだ。


「そういえば、あんたらの宿は、どこなんだ?」


「私たちの宿屋は・・・教える義務はありません。」


「おいおい。」


グルースの質問にも答えようとしない木下。

たしかに、不用意に、こちらの寝泊まりしている場所を

赤の他人に話すものではないと思うが・・・

そこまでしなきゃいけない相手なのか?と、オレは思ってしまう。


「・・・まぁ、いいさ。

俺だけ飲んでいくとしよう。

それで、『エルフの洞窟』へは明日行くのか?」


グルースは、特に機嫌を損ねることなく、

木下の警戒心を察して、聞き流してくれたようだ。


「うちの仲間が、すまんな。

そうだな、明日、朝食を食べ終えたら、

さっそく洞窟へ向かいたいと思う。」


オレが、そう答えると、


「明日は、朝食後に、この町の『ヒトカリ』へ行き、

調査隊が『精霊』に襲われた地点を、窓口の方に聞いてから、

洞窟へと出発したいと思います。

グルースさんは、朝9時までに『ヒトカリ』へ来てください。

『ヒトカリ』の店の前で待ち合せましょう。

それでよろしいですか?」


木下が、テキパキと明日の予定を決め始めた。


「あぁ、それでいい。

なかなかいい仲間じゃないか。まるで秘書のようだ。

うちのメンバーにも欲しいくらいだ。」


グルースにそう褒められても、木下の態度は毅然としたものだ。

オレは、「秘書」と聞いた時・・・

『ソール王国』の秘書だった木下のことを・・・

まさか、グルースに木下の素性がバレているのでは?と、一瞬、ドキッとした。


「ちぇー、せっかくのタダ飯なのに・・・。」


シホが、みんなに聞こえないような小声で愚痴を言っている。


「で、では、これで。」


「あぁ、明日はよろしく頼むぜ。」


そろそろ話を終えて、ここから引き揚げようと、

みんなが席を立つ時になって、


「さ、最後に、ひとつ聞いても・・・いいでござるか?」


「え?」


さっきまで、あまり話さなかったファロスが、

最後になって、グルースに何か質問があるようだ。


「ん? 答えられることなら、なんでもいいぜ。」


「かたじけない。

・・・グルース殿と、町長はなぜ喧嘩しているでござるか?

話を聞く限り、グルース殿は、この町や、この国を、

みなが住みやすいようにと活動しておられるようだが・・・。

親ならば、喜ばしいことのはずでは・・・?」


「・・・。」


それは、オレも聞きたかったことだ。

父親との関係が不仲なのは・・・やはりグルースが反乱軍だからか?

簡単に、なんでも答えてくれそうな雰囲気のグルースだったが、

さすがに今のファロスの質問は、簡単なものではなかったようだ。

これまで陽気そうな表情を浮かべていたグルースが、

マジメな顔つきになって、まとっている空気が重くなっていく。


「・・・。」


そして、そのまま押し黙ってしまった。

父親である町長を思い出すだけで、こんなに態度が変わるのか。


「・・・少し出過ぎた質問だが、まぁいい、答えよう。」


そう言って、机に頬杖を突き、

深い溜め息をついてから、グルースは父親について話し始めた。


「この国では、反乱軍は大罪を犯していることになる。

さっき話していた通り、過去の大英雄ですら

反逆すれば処刑されちまうわけだからな。

相当、罪が重いことなんだ。

親父は・・・良くも悪くも、この国が好きなんだろうよ。

だから、反逆しようと思わない。従順な民衆の一人・・・。

だから、反乱軍として旗揚げしてしまった俺を嫌っているんだ。

俺の反逆行為を、心底、憎んでいるんだろう・・・。」


感情的にならず、グルースは落ち着いた声で、そう言った。

しかし、


「俺は、親父のように、この国の全てを肯定できない!

見たか? 町や村から一歩出れば、どこにも住む場所がない者たちを!

それも今に始まったことじゃない。大昔から、ずっとこんな状態だ。

年々、路頭に迷う者たちが増えていく。

住居を持たない彼らに、この国は人権を与えてくれない。

強盗、殺人、人さらい・・・彼らは、すぐに犯罪のターゲットになる。

自ら犯罪者へと成り下がる者たちも少なくない。

この国は、大昔から『奴隷制度』を廃止していないから、

人身売買をしているゲスな商人たちなんかは、

彼らのことを『奴隷』という商品として見ている有り様だ。

誰のせいだ!? 何が原因だ!?

この国の政策のせいだ! 税金が重すぎるんだ!

まるで従業員に作業量や成績を求めるように、民衆へ

税金の負担を増やしていく!

従順な民衆は、ただただそれを責務と感じ、果たすために働いている!

それらを果たしたところで、自分たちの生活は、全く豊かにならない!

むしろ、どんどん生活が苦しくなっていく一方だ!」


徐々に、声を荒げ始めるグルース。

まるで、反抗運動の演説だな。


「それで、反乱軍を?」


「はぁ・・・まぁ、そういうことだ。

親父は、この町の町長の座を、俺に譲りたかったんだろうが、

こんな町ひとつを任せられても俺の方が困る。

俺は、この町に縛られたくない。もっと自由に、もっと自分の世界を広げたい。

・・・そういう想いから、昔は、町を出て騎士団へ入るつもりだったが、

訓練学校で勉強していくうちに、国の杜撰ずさんな政策や、

それが間違っていても変えることが出来ない騎士団の弱さを実感させられてな。

貴族出身でもないから、国の上層部にも成れない。

多くの苦しんでいる人たちを救えるのは、町長でも、騎士でもなく、

反乱軍だと思い至ったってわけさ。」


「・・・。」


グルースは、正義感が強い男のようだな。

それでいて、少し単純な性格のようだが、

「人生で本当に大切なこと」というのは、案外、単純なものだ。

人を救うために、反乱軍に・・・か。

親としては、複雑だな。

もし、オレの息子・直人が反乱軍なんて立ち上げたら・・・

やっぱりオレとしては止めたくなる。

ただ、反対しているからって、決して嫌っているわけではないんだがな。


「・・・そういうわけで、ケンカは今に始まったことじゃない。

昔から、親父との仲は最悪だ。

俺のやること成すこと、いちいち反対してくる。

おそらく、俺が『町長の息子』だからだろう・・・。

俺が反逆の罪で捕まると、町長としての親父にも、

何かしらの処罰が下るのかもしれない。

親父は、それが怖いだけなんだ。保身と体裁ばかりで、うんざりだ・・・はぁ。」


グルースは、また深い溜め息をついた。


「・・・余計なことを聞いてしまい、申し訳ござらん。」


「いや、いいさ。気にしてない。」


ファロスは謝った。

少し突っ込んだ質問をしてしまったと感じたのだろう。

グルースの答えを聞いて、ファロスは少し辛そうな表情だ。

父親を尊敬しているファロスとしては、グルースに

父親と仲直りしてほしいと思っているのかもしれない。


「・・・いつか、グルース殿の想いが親父さんに伝わるといいな。」


オレは、ふと思ったことを口にした。

そして、その時には、父の想いもグルースに伝わるのかも・・・。


「! そ、そんなことは、どうでもいい!」


オレは応援のつもりで言ってみたが、

グルース自身は、そういうことを求めてなかったようだ。

少し声を荒げて否定された。


「オレも余計なことを言ってしまったみたいだ。

気にしないでくれ。

では、オレたちは宿へ戻る。」


「あ、あぁ、じゃぁ明日・・・頼むぜ。」


少し不機嫌になったグルースを残して、オレたちは店を後にした。




オレたちが宿屋へ戻った時には、すっかり夜になっていた。

宿屋『リュンクス』の入り口からは、

すでに美味しそうな匂いが漂ってきていた。

中へ入れば、一階の食堂には、そこそこの客で賑わっている。

オレたちの座る席が無さそうだと思っていたら、

いつの間にか、木下がテーブルを予約してくれていたらしい。

受付の年老いた女性が、

『予約席』と書かれた札が置いてあるテーブルへと案内してくれた。

メイドのような制服の年老いた女性が、数人、

執事のような制服の年老いた男性が、数人、

てきぱきと料理を運んだり、注文を受けている。

ここの宿屋の店員は人数が多いようだ。

執事やメイドの姿の店員たちを見ていると、

まるで、ここが高級な宿屋か、金持ちの家に見えてくる。


・・・本当に、ここの宿屋は他の宿屋よりも安いのだろうか?

宿泊部屋の広さといい、とても安いように思えない。


宿屋へ戻るまで、タダ飯を食い損ねたと言って、

不機嫌な声を上げていたシホだったが、

目の前に大好物の唐揚げが運ばれてきたら、すぐに機嫌が直った。

みんなの料理が運ばれてくる前に、さっさと食べ始めるシホ。


「うめぇ! うめぇ!」


「食べ過ぎるなよ、シホ。・・・オレたちは金がないからな。」


「わ、分かってるって!」


オレが釘を刺すと、シホの食べる勢いが失速した。


「あ、そういえば、『カシズ王国』での

『アグリオグルノ討伐』の報酬金によって、

おじ様とシホさんの、今までの借金は無くなりました。」


「おぉ、そうなのか!」


「やったぜ!」


木下の思わぬ報告で、オレとシホは笑顔で顔を見合わせた。


「あの魔獣は、この5人で力を合わせて討伐したので、

当然、報酬金も、この5人で分割させていただきます。

おじ様とシホさん、お2人への報酬金は、これまでの借金を差し引いた金額となります。

まだじゅうぶん残っているので、

今夜ぐらいは、節約されなくてもいいかもしれませんよ。」


「本当か! じゃぁ、この唐揚げ追加で!」


「おいおい。」


木下の話を聞いて、さっそく追加注文するシホ。

オレとしては、それを聞いても、たくさん食べようという気にはならない。

それよりも、自分の財布の中身は空っぽなのだから、

借金完済して余ったお金は、大事に貯めておかねば・・・。

偶然、出くわして討伐しただけだったが、

あの魔獣を討伐しといて、本当によかった。


「ここではアレですので、部屋へ戻ったら

報酬金を分配しますね。」


木下が、そう言っている間に、

オレたちの料理が運ばれてきた。

野菜たっぷりのシチュー、煮魚、牛肉の生姜焼きなどなど。

木下の前には、何やら白いクリーム?のようなものが

かかっているサラダが運ばれてきた。

見たことないサラダだなと思っていたら、


「いただきます。」


「え・・・?」


木下は、すぐに食べ始めた。


「んーーー、やっぱりこれ、美味しい!」


木下が、感激しながら食べている。

やっぱり?


「そんなに美味しいの?」


「うん、ニュシェちゃんも食べてみる?」


「うん!」


木下が美味しそうに食べている姿は、とても珍しい。

いつもは、大人しく黙々と食べているのに。

興味を持ったニュシェが、木下が食べているサラダを分けてもらっている。


「美味しい! これ!」


「でしょう!?」


「な、なんだ? そんなに美味しいのか?」


「シホさんもいいですよ。どうぞ。」


女性たちでサラダを分け合い始めた。

オレも、サラダに興味がありつつも、

目の前に運ばれてきた魚や肉を食べ始める。

うん、美味しい。

肉には香ばしいソースがかかっていて、

今まで味わったことがない味付けだ。


「美味しいでござるな。」


「あぁ。酒が飲みたくなるなぁ・・・。」


ファロスの感想に相づちを入れつつ、

オレは、チラリと木下を見てみたが、


「いいんじゃないですか?

収入もあったことですし。

ただし、飲み過ぎないでくださいね。」


「あ、あぁ、分かってる。」


オレの視線に気づいて、そんなことを言ってくれる木下。

なんだ? やけに木下の機嫌がいい気がする。

美味しい料理を食べているからか?

報酬金が手に入ったからか?

ひとまず傭兵の依頼も受けることが決まったからか?


「あ、酒を一杯、頼めるか?」


「はい、何を飲まれますか?」


「一番安くて、オススメのものがあれば、それでいいんだが。」


「かしこまりました。

今夜の料理に合うワインをお持ちましょう。」


テーブルの近くを通った執事みたいな制服の

年老いた店員に酒を注文した。

店員たちは、年老いている割に滑舌がいいし、姿勢もいい。

なんとも丁寧な受け答えだ。

本当に、高級な宿屋の食堂にいるような気がしてきた。


それにしても・・・。


「うーん、美味しい!」


今夜の木下は、少しテンションが高い。

今までも、美味しい料理が出てきたことがあったが、

ここまで嬉しそうに食べている姿は見たことがなかった。


それに・・・今まで、毒を警戒して

必ずオレたちよりも後で食べ始めていた木下が、

今夜は、オレたちよりも先に料理を食べ始めた・・・。

たまたま、注意を怠っただけなのか?

少し気になるな。



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