表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第五章 【エルフの赤雷と怠惰の赤鬼】
380/502

反乱軍からの依頼





町長の息子・グルースの後ろについて、中央へ向かって歩いていたが、

中央の広場へ向かうことなく、路地裏のような道を通って、

人気のない一軒の店に辿り着いた。

ちょうど夕陽が沈みかけてきて、辺りが薄暗くなり始め、

路地裏の、か細いランプの街灯がひとつ、明かりを灯していた。

店の入り口のドアの上に掲げてある、木製の看板を、

その街灯の明かりが照らしているが、

木製の看板は、もはや朽ち果てていて店名が読めない。


建付けが悪そうなドアを開けて、店内へ入ってみれば、

店内は、薄暗く、何か甘ったるいような独特のニオイが漂っている。

寂れたバーという感じだな。

古くて重厚な木製のカウンターが、店の奥まで長く伸びていて、

そのカウンターの向こう側の棚には、酒の瓶がズラリと並んでいる。

酒を飲む時間としては、ちょっとまだ早い時間か。

店内には、まだ客がおらず、俺よりも年配の男が一人、

木製のコップを拭いていた。恰好からして、こいつが店主か。


「マスター、奥は空いているか?」


「ん・・・。」


グルースにマスターと呼ばれた年配の男は、

返事をしたのかどうかも分からない小さな声でうなづく。


「じゃぁ、奥を使わせてもらう。注文はあとでする。」


「ん・・・。」


グルースは、マスターにそう告げて、

マスターがいるカウンターを横切って、

ズンズンと店の奥へと歩いていく。

オレたちは黙って、グルースの後をついていく。


店の奥には大量の酒樽が積まれているが、

その酒樽に近づいてみると、酒樽の隙間から

さらに、その奥へと通じる通路が見えた。

近づかないと気づけない通路・・・まるで隠し通路だな。


グルースとともに、その通路を通れば、少し狭くて薄暗い部屋に出た。

丸いテーブルが一台、その周りに椅子が数脚、乱雑に置かれていた。

テーブルの上には、ボロいランプがひとつ。

窓がひとつあるが、鉄格子が施されていて、

そこから逃げることは出来そうにない。

隠し通路に、隠し部屋か。

今から、ヤバい取り引きでもしそうな雰囲気だな。


「さて、適当に座ってくれ。」


グルースは、そう言って、おもむろに椅子へ座った。

オレたちも言われた通り、おのおの椅子に座る。


「なんか、カビ臭い・・・。」


ニュシェが鼻を抑えて、獣の耳を垂れ下げている。

言われてみれば、たしかに湿気がこもっているニオイがする。

ニオイに敏感なシホは、この店に入った時から、

すでに口と鼻を布で覆っていた。


「あぁ、この部屋は地下水路が近いからな。

湿った部屋だが、大事な話をするには、ちょうどいいんだ。」


グルースは、オレたちの顔を見渡し、


「あんたら・・・どこかで会ったよな?」


そんなことを言い出した。


「なんだ、覚えてなかったのか?

昨夜、国境の村の宿屋の食堂で、会ったんだが・・・。」


「あーあー! そうそう、思い出した!

『ゾフル』村の『ライザ』にいたのは、あんたらだったか!

そうか、すごい偶然だな。」


オレの答えで、すぐに思い出した様子のグルース。

昨夜の、危険な空気をまとっていた男とは思えないほど、

さわやかな笑顔を見せる。


「まさか、あんたらが、俺の依頼を引き受けてくれるとは・・・

昨夜は、うっかり、あんたらに『カラクリ兵』のことを話してしまったが、

あながち、間違っていなかったってわけか・・・。」


「え・・・?」


そして、そのグルースの笑顔は、意味ありげな顔つきになっていく。

いや、真剣な表情になった。

たったそれだけで、昨夜と同じ・・・少し危険な雰囲気をかもしだす。


「お互いの自己紹介が、まだだったな。

俺は、グルース。さっき見られちまった通り、この町の町長の息子であり、

そして・・・反乱軍『ポステリタス』のリーダーだ。」


「えぇぇ!!?」


狭い部屋に、オレたちの声が、少し響き、

目の前に座っている男は、不敵な笑みを浮かべた。


「そ、そんなこと、喋っていいのか!?」


反乱軍ということは、帝国軍にバレたらマズいはず。


「そんなこと? あぁ、反乱軍のことか。

まぁ、そうだな。普通なら隠しておくところだが・・・。

『ゾフル』で出会った傭兵のあんたらが、翌日には、

ここ『クリスタ』で『ヒトカリ』の依頼を受けている・・・。

そして、地元の人間なら知っている『赤雷』の諺も知らなかった・・・ってことは、

あんたらは、少なくとも地元の人間じゃないだろうし、

傭兵稼業をしているってことは帝国軍ってわけでもないだろう?

だから、あんたらには話しても大丈夫だろうと思ってな。

それに、俺の素性を話しておかないと依頼の話もしづらい。」


グルースが、不敵な笑みを見せる。

まさか、昨夜会った、目の前の男が、

反乱軍のリーダーだったとは・・・。


オレたちからも自己紹介することになり、おのおの名乗り合った。


それから、グルースの話が始まった。


数年前からグルースが中心となって活動している反乱軍『ポステリタス』は、

民衆を蔑ろ(ないがしろ)にしている、この国の政治を、

改めさせるのが目的らしい。主な活動は貧困層の救済。

時には、権力を振るって法外な税金を納めさせている政治家や貴族を糾弾きゅうだんし、

町や村の人々に、抵抗運動を呼び掛けたりする。

活動の範囲は、この国中の町や村だから、

グルースは、毎日のように国のあちこちへ出向いているそうだ。

昨夜は、情報収集と演説のために国境の村へ行っていたようだ。

演説は、さすがに帝国軍がいる村の中では出来ないため、村の外で演説しているらしい。

今では、グルースたちの反乱軍だけじゃなく、各地で

ほかの反乱軍も旗を揚げて、時には協力して活動しているとか。


そうやって、最近では

かなり規模が大きくなりつつある、反乱軍・・・。


とある筋の情報で、帝国軍が

『ザハブアイゼン王国』から、

大量の『カラクリ兵』を購入したという情報を得たらしい。

その目的は・・・まだ不明らしいが。


「俺たちの他にも、各地で反乱軍が旗揚げしていて、

中には、実際に帝国軍と戦うような、ちょっと過激な活動をする反乱軍もいる。

俺としては、そういう活動は、少々不本意なんだが、

そのおかげで民衆の注目が集まってきて、

賛同する人も集まってきているのも事実だ。

俺たちは、帝国軍に匹敵する勢力になりつつある・・・。

つまり、帝国軍にとって、俺たちは脅威になってきているわけだ。

だから、過去に起きた、大きな内戦がまた起こるかもしれないって

帝国軍は怯えているんだ・・・。

あっ、あんたらは、大昔の内戦の話は知らないんだったか?」


「いや、昨夜、あの宿屋の店員から、少しは聞いている。

歴史は繰り返される、か・・・だから、大量の『カラクリ兵』が、

反乱軍の鎮圧に使われるかもしれない、と?」


「そういうことさ。まだ確固たる証拠はないけどな。」


「・・・。」


考え方が短絡的に感じるが、この国で実際、過去に起こったことだから、

グルースが、そのように警戒する気持ちも分からなくもない。


「それで、その話と『魔鉱石採掘』の依頼は、

どのように結びつくのですか?」


木下が、そう質問した。

グルースの話は、反乱軍の話から始まったが、

確かに、その話が依頼と結びつかない気がする。


「それは・・・この町の入り口にある『カラクリ人形』・エギーのためだ。」


「エギー?」


「あぁ、あの『カラクリ人形』の体に、エギーって名前が刻印されててな。

だから、あの人形は、みんなにエギーって呼ばれている。

あのエギーを・・・動かしたいんだ。」


「あの『カラクリ人形』は、まだ動くのか!?」


グルースの話に、シホの好奇心が食いついた。

まだ間近で見たことは無いが、あのボロボロ状態の人形が動くとは・・・

ちょっと想像できない。


グルースの話によれば、あの『カラクリ人形』は、

過去の内戦を終わらせた、伝説の『カラクリ兵』ではないだろうが、

『カラクリ人形』であることに変わりなく、あのボロボロ状態でも動いてくれれば、

帝国軍の『カラクリ兵』たちに対抗できる唯一の盾になりえる・・・。

グルースは、そう考えているようだ。


さらに、帝国軍は、大量購入した『カラクリ兵』の

原動力となる魔鉱石を得るため、各地の鉱山や坑道へ赴き、

密かに魔鉱石を運び出しているという情報もあるそうだ。


「つまり、俺たちが帝国軍よりも先に、

エギーのために魔鉱石を採掘してしまえば、

帝国軍に採られる魔鉱石が減らせるってわけさ。」


グルースが自信満々にそう言い切る。

帝国軍の魔鉱石を横取りするということか。

話だけ聞いていると、確かに良案だと感じるが・・・。


「あのエギーが本当に動くのか、どれだけ動けるのか、

それも魔鉱石を突っ込んでみなきゃ分からない話だが、

エギーが動けば、この町の盾になってくれるかもしれない。

エギーに町を守ってもらえれば、その間に、

俺たちや自警団、『ヒトカリ』の傭兵たちと協力して、

この周辺の『小鬼』を一掃することに注力することが出来る。」


「おぉー、いいな、それ!」


グルースの話し方が上手いのか、シホが

すっかり、その気になっている。


「いまだに、この町周辺に出没する『小鬼』の住処が見つかってないからな。

あの『エルフの洞窟』へ魔鉱石を探しに行くついでに、

『小鬼』どもの住処も発見できれば上々だ。」


「おぉ、すっげー! 一石ナンチョーだよ、それ!」


シホが何を言っているのか分からないほど、グルースに同感している。

グルースの言っていることは、自分たちの都合の良いことばかりだ。

オレとしては、逆にどんどん不安になってくる。


「『エルフの洞窟』というのは?」


「あぁ、あんたらは、この町のモンじゃないから知らないか。

この依頼の『魔鉱石採掘』に行く洞窟は、はるか大昔、

盛んに魔鉱石が採取できていた頃は、帝国軍が管理していた

魔鉱石採掘場だったわけだが、その時に、

帝国軍を裏切った『エルフ』2人が採掘場に幽閉されたんだ。

だから、元・魔鉱石採掘場の坑道、『アニマの洞窟』って言うより、

この町では『エルフの洞窟』って呼んでるやつが多い。」


オレの疑問に、そう答えるグルース。

洞窟の名前が二通りあるのか。


「その、帝国軍を裏切った『エルフ』って?」


今度は、好奇心旺盛のシホが質問する。


「あー、ずいぶん大昔の話だ。俺も歴史の授業で習った程度しか知らない。

当時、帝国軍には英雄と呼ばれていた大将軍がいたんだ。

名前はたしか~・・・あぁ、そうそう、モンターク将軍だ。

帝国軍最強の将軍であり、民衆に愛されていたモンターク将軍が、

あろうことか、反逆の罪で処刑されたっていう大事件が起こったそうだ。

そのモンターク将軍の補佐役だったのが『エルフ』の2人だったらしい。

その2人も、モンターク将軍の反逆行為に加担していて、

その罪に問われ、あの洞窟に幽閉された・・・ってことしか分からない。」


「反逆か・・・。」


反逆した将軍は処刑されたのに、

その補佐をしていた『エルフ』たちは、なぜ幽閉されたのだろう?

処罰の違いは、主犯と共犯の違いということか?


「じゃぁ、その『エルフ』たちも元・帝国軍ってことか。

なんで、また、そんなやつらを、魔鉱石の採掘場に幽閉したんだろうな?

普通なら、お城の地下牢とかじゃないのか?」


シホが素朴な疑問をぶつける。

たしかに、それも不思議だ。


「さぁな。かれこれ500年前の話だからな。

当時の詳しい話なんて、歴史の先生でも分からないんだ。

もともと、この国の城には地下牢なんてものは無くて、

城とは別の場所に牢獄という、罪人たちを入れておく場所があるわけだが。

とにかく、その将軍が反逆罪で処刑された事件がキッカケで、

帝国軍と反乱軍の大きな内戦が始まったって話だ。

『エルフ』たちを牢獄へ閉じ込めておけない理由でもあったんだろう。」


「500年前か・・・。」


本当に、はるか大昔だな。


「500年前の話なのか。

だったら、さすがに長寿で有名な『エルフ』でも生きてるわけないか。」


シホは、あからさまにガッカリしている。

本気で『エルフ』に会えると思っていたのか。


「はははっ、その気持ちは分かるぜ。

俺たちも学生の頃に、歴史の話を聞いて

『エルフ』見たさに、あの洞窟へ遊びで入ったもんさ。」


「き、危険じゃないのか? その洞窟は?

廃坑になった洞窟なんて、魔物や魔獣の巣窟じゃないのか?」


「まぁ、廃坑になってから長年、立ち入り禁止区域に指定されてて、

たしかに危険だけど、今みたいに魔物が巣くってたわけじゃないし、

当時は、害獣のオオカミ程度しかいなかったんだ。

それでも俺たちにとっては危険だったわけだが・・・

危険だからこそ、行きたくなるってもんだろ?

キモ試しみたいなもんさ。」


そう言って、まるで悪戯っ子のように笑うグルース。

昔から、ヤンチャ坊主だったわけか。


「でも、その『エルフ』を守っている『精霊』が洞窟にいると聞きましたが?」


木下が、『ヒトカリ』で聞いた情報を言った。

『精霊』・・・たしか『炎の精霊』が出るとか。


「あぁ、数年前に『ヒトカリ』の傭兵たちや調査隊が

洞窟へ入って行って、被害を被ったって話だな。

俺たちが小さい頃に遊んでいたのは、入り口付近までだったからな。

洞窟の最奥には、その『精霊』がいるのかもしれない。

でも、多分、大丈夫だ。俺たちは最奥まで行く必要はない。

途中でもいいから魔鉱石さえ手に入れれば、そこで帰ってこればいい。」


「なるほど、あくまでも目的は、魔鉱石の採掘か。」


「そういうことですね。」


グルースの説明を聞いていたオレと木下も、少しずつ不安が消えていく。


「でも、『ゴブリン』の住処を見つけたいなら、

洞窟の奥まで行かなきゃいけないんじゃないの?」


ニュシェが素朴な疑問を投げかけてきたが、


「いいや、その『精霊』が、洞窟の最奥にいるとするなら、

『小鬼』たちも最奥までは行ってないはずだ。

そうじゃなきゃ『小鬼』たちも『精霊』にやられてるはずだからな。」


「あ、そっか。」


オレも、つい魔物や魔獣たちを、一括りで考えてしまうが、

よくよく考えれば、やつらにも縄張りみたいなものがあって、

お互いに相容れない、敵同士なんだよな。

あの『レスカテ』の洞窟では『クマタイプ』と『ゴリラタイプ』が

仲良く巣くっていたわけだが、あれはバンパイアのせいだったな。


「ふむ・・・それも、少しおかしい気もしますな。」


「なにがだ?」


それまで黙って聞いていたファロスが、神妙な面持ちで首をひねっている。


「いや、『ヒトカリ』の情報では、洞窟へ入った調査隊が

『炎の精霊』に壊滅させられたのは、ここ数年の話だったはず。

そして、『小鬼』どもの被害増加も、ここ数年の話。

ならば、その調査隊は、最奥まで行ったのでござろうか?

そこまで行ったのに『小鬼』どもの住処は見つからなかった、ということではござらんか?」


「そう言われてみれば・・・。」


ファロスの指摘は、もっともだ。

その『炎の精霊』が、洞窟の最奥にいるのなら、

『ヒトカリ』の調査隊は、すでに最奥以外の隅々まで調査したのだろう。

それでも『ゴブリン』の住処が発見されたという報告がないのなら・・・。


「へぇ、これだけの情報で、そこまで推理できるとは、すごいな。

あんたの言う通りだ。そうなると・・・

あの洞窟には、『小鬼』たちの住処がない、ということか・・・

もしくは、最悪の場合・・・その『精霊』は洞窟の最奥じゃなく、

洞窟の途中にいるってことかもな。」


ファロスの指摘を受けて、グルースが考えながら、さらに推理する。


「そうすると、『炎の精霊』がいる場所から奥には、

ほかの魔物や魔獣もいないということでござるかな。」


ファロスも、同じく推理している。


「これは、ここで話し合っていても分からないことですね。

『ヒトカリ』の調査隊が、洞窟のどこで『炎の精霊』を見たのか・・・。

その情報を、『ヒトカリ』で確認する必要がありますね。」


木下が、そう告げた。


「そもそも、その『精霊』とは、なんなんだ?

なんのために、その洞窟にいるんだ?」


ここにいるやつらの中で、オレの理解だけが追いついていない気がした。

『精霊』自体、それがどんな魔物なのか、知識不足で分かっていない。


「私は『精霊』は、なんとなく分かりますが、

どうして、そこにいるのかは、私も疑問ですね。」


「俺も、俺も。

たしか、『エルフ』を守ってるって『ヒトカリ』で聞いたけどさ。

そもそも反逆罪で幽閉された『エルフ』たちを、

どうして、その『精霊』が守ってるんだよ?

普通は、反逆者の『エルフ』たちが逃げないように見張るものじゃないのか?」


理解が追いついていないのは、意外にもオレだけではなかったようだ。

木下も、シホも、同じく疑問を抱いていた。


「それも、はっきりしたことは誰にも分からないな。

俺が授業で習った時も、同じ疑問を持ったものだが、

歴史の先生でも答えられなかった。

何度も言うが、なんせ500年前だからな。

歴史の先生の憶測だと、『エルフ』たちは反逆罪で幽閉されたわけだから、

反乱軍としては、反逆の仲間ってわけだ。

だから、反乱軍が『エルフ』たちを解放するために洞窟へ来るかもしれない・・・。

そこで、反乱軍に『エルフ』を奪われないために、

『精霊』を呼び出して、守らせた・・・って話だったな。

単なる憶測だったが、歴史を勉強している先生の憶測だったから、

俺は、それも有り得る話だなと感じたがね。」


グルースも『精霊』の詳細は分からないようだ。

だが、グルースが教えてくれた、歴史の先生の憶測は、

たしかに話の筋が通っている気がした。

『エルフ』たちを牢獄ではなく、洞窟へ監禁したのも、

牢獄を襲撃させないため・・・襲撃されれば『エルフ』たちだけでなく、

ほかの罪人たちまで解放されてしまう可能性があるから、か。


「一言で『精霊』と言っても、多くの種類が存在しますから・・・

おじ様、『精霊』に関しては、宿へ帰ってから、

私が持っている本に載っているかもしれないので、いっしょに見ましょう。」


「わ、分かった。」


木下にそう言われて返事をしてみたが、

これは宿屋へ戻ったら、勉強させられそうだな・・・。


「500年も経ってて、まだ守り続けてる『精霊』って、すげぇな。

守るべき『エルフ』たちは、とっくに亡くなってるだろうに。」


シホが、そう言って感心している。


「・・・さて、あんたらの質問は、もう終わったかな?

質問がなければ、今回の依頼について、

こちらから、少し話があるんだが・・・。」


オレたちが、おのおの納得した雰囲気だったので

グルースが話を終わらせようとしている。

まだまだ、疑問だらけのような気がするが、

この国の歴史についての質問は、

これ以上、ここで話していても分からないことが多いようだった。


オレたちが黙っていたので、グルースが構わず

今回の依頼の話を始めた。


今回の依頼の目的は、『ゼーレ』と呼ばれる紫色の『魔鉱石採掘』。

今のところ確認されている、洞窟内にいる魔物は、『ゴブリン』数体と、

『エルフ』たちを守っているとされている『炎の精霊』1体。

依頼の目的が『魔鉱石採取』優先のため、

魔物との戦闘は、なるべく避けていく。

特に『精霊』のほうは強さが未知数のため、

出会ったら、即時撤退、洞窟を脱出するという約束をさせられた。


洞窟内は、広範囲に道が広がっているらしく、

確認されているのは、魔物だけではなく魔獣もいるらしい。

古くから洞窟を住処にしている魔獣『アンギヌス』。

『トカゲタイプ』の魔獣で、全長は尻尾までいれて4~5m。

赤褐色に、黄色い斑模様。

陸では動きが遅いが、長い舌や尻尾をうまく使ってきて、

獲物を捕食するらしい。

主に地下水が溜まっている場所に生息しているようだ。

逆に言えば、水がない場所では遭遇しないということか。

おそらく、『ゴブリン』も、そこには近づかないだろう。

昔は害獣である狼も確認されていたようだが、

『ゴブリン』が出没するようになってからは見かけなくなったとか。


そして、今回の依頼では・・・


「俺も同行させてもらう。」


「なに!?」


グルースが、洞窟へついてくると言うのだ。


「『エルフの洞窟』へ帝国軍が出入りしているという情報は、

まだ入ってきていないが、万が一ということも有り得るからな。

あんたたちだと、帝国軍に見つかって捕まってしまう可能性が高い。

そうなった時、俺のことを・・・

俺たち『ポステリタス』のことを話されると困るんでな。」


「な、なるほど。

理屈は分かるが、グルース殿は、戦闘の経験は?」


「そうだな・・・こう見えて、

若い頃は騎士団へ入るために訓練学校へ通っていたが、

その程度だ。実戦の経験はない。」


「な、無いのか・・・。」


「せいぜい、あんたらの邪魔にならないように

ついていくことぐらいしかできない。」


「・・・うーん。」


謙遜ではなく、素直に「役に立たない」と答えたグルース。

完全に、お荷物だな。

要人護衛の依頼なら分かるが、今回は洞窟での採掘が目的だ。

『ヒトカリ』から渡された洞窟の地図があるから、

『レスカテ』の時のように、手探りで突き進むわけではないが

魔鉱石を探すために、あちこち、さまようことになるだろう。

あの時よりは敵が少ないと思いたいところだが、

実際のところ、敵の数や能力が「なんとなく」しか分かっていない。

最悪の場合、守り切れるかどうか・・・。


「それと、洞窟の入り口付近に、

魔鉱石があるかもしれない、俺だけが知る場所がある。

真っ先に、そこへ案内する。洞窟には、様々な魔鉱石が眠ってる可能性があるから、

そこにお目当ての魔鉱石『ゼーレ』があるかどうかは分からない。

でも、もし、そこで見つけることができれば、

すぐに依頼達成して帰ってくることができる。

あわよくば『小鬼』の住処を・・・とは思うけど、

今回の目的は、魔物討伐じゃないから、

『小鬼』の住処は見つからなくても仕方ない。」


「・・・。」


グルースの土地勘が利くのは、洞窟の入り口付近までか。

それだと、結局は、オレたちだけで事が足りる気もするが・・・

魔物討伐が目的ではない、か。

確かに、それなら実戦経験は必要ない・・・のか?

こいつ、反抗運動の呼びかけをしているだけあって、

人心を掴むような話し方が得意なのかもしれない。


「おっさん、迷ってんのか?

なんか、俺、やれそうな気がするぜ。」


ほら見ろ。シホが、すでに「その気」にさせられている。


「私たちは『ヒトカリ』で、すでにこのご依頼を引き受けていて、

契約してしまっているので、私たちが、

このご依頼を、今さら断ることはしませんが、

今、グルースさんの出された条件は、この依頼書には含まれていないため、

その条件は飲めない・・・という拒否権が、私たちにはあると思います。」


オレが返事に困っていることを察して、すかさず木下が代弁してくれた。

なるほど、木下の言うことも、もっともだ。

契約だとか、条件だとか、権利だとか、

『ヒトカリ』の契約書やら注意書きやら、全て木下に任せてあるから、

オレには、そんな上手い断り方が思い浮かばない。

さすが木下だな。


「・・・たしかに、その通りだ。

その依頼書を『ヒトカリ』へ申請する際に、

どうしても俺の名前を出すわけにはいかなかったから、

この条件を記載できなかった。

俺をつれていくことは絶対条件ではない。

だから、これは・・・俺のわがままなお願いだ。

引き受けてくれたら、追加報酬を約束する。頼む。」


「おぉ!」


追加報酬の言葉に、歓声を上げるシホ。

グルースは、木下の権利の話を聞いて、

素直にそれを認め、謝ってきた。頭を下げている。

いや、謝ったわけではないか・・・。

自分の非を認めて、なお、自分の意見を通そうとして

こちらに要望を飲ませる好条件を追加して、頭を下げている。

こいつも「さすがリーダー」と言ったところか。


「・・・脚力と体力に自信はあるか?」


「おじ様・・・!」


「あぁ、脚力と体力だけは自信があるぞ。

いつも帝国軍から逃げ回っているからな。ははっ。」


オレの問いに、グルースは笑って答える。

その表情は、すでにオレの問いが答えになっていることを察しているようだ。


「分かった。つれていく。」


「ははっ、そりゃありがたい。」


「はぁ~・・・おじ様・・・。」


オレの返事に、笑うグルース。うなだれる木下。


「帝国軍を見つけた時や、逆に見つかった時は、

グルース殿の指示を仰ぐが、それ以外、現場では

オレたちの指示に絶対従ってもらう。

逃げると言ったら、全力で逃げる。

オレたちの指示を無視して、勝手な行動をして、

グルース殿が危ない目に遭ったとしても、オレたちは

パーティーの安全を第一に考えて行動をする。

それでいいか?」


少し厳しい口調で、グルースに確認する。

オレたちの目的は依頼達成であり、グルースを守ることではない。

言うことを聞かねば、命の保証はない・・・ということだ。


「あぁ、言う通りにしよう。

俺も、まだ死にたくないからな。」


そう返事をして、グルースは、オレに手を差し伸べた。

オレがそれに応えて、握手をすると、

グルースの顔が、また笑顔になる。

話し合う前から、依頼を受けることは決まっていたわけだが、

この握手によって、正式に決まった気がした。


話し合いが終わってみれば、結局は、グルースの思惑通りに

事が運んだのではないだろうか?

やつの笑顔を見ていると、そう思えてならない。

これが何かの罠でなければいいのだが。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ