夕刻のソウガ帝国
「はぁ・・・やっと着いたな。」
長い長いトンネルを抜けた先は、関所というより、
まるで城の中のような、石造りの壁に囲まれた、広い場所に出た。
大きな石柱が何本も並んでいて、その石柱が支えている天井は、
『丸天井』になっていて、窓がいくつかある。
窓からは、外からのオレンジ色の光が差し込んでいた。
その天井には、この国の『国旗』らしい紋章が大きく描かれていて、
窓からのオレンジ色の光に照らされている。
『カシズ王国』を出たのが昼下がりだったから、
おそらく、外は、もう夕刻なのだろう。
ここでは、テーブルやイスが並んでいて、多くの騎士たちが待機している。
オレたちよりも先に関所へ向かっていた商人たちや馬車、
それとトンネル内で、オレたちを追い越していった馬車などが、
5~6人の騎士に囲まれて、荷物の検査を受けている。
いや、他にも荷物の検査を受けているやつらがいるな。
こっちから『カシズ王国』へ向かうやつらだろう。
その向こうに、大きな門が見えるが、巨大な扉で閉ざされている。
国によって関所の作りが違うものなのだな。
このタイプの関所は初めてだ。
閉鎖的な空間・・・逃げ場がなくて圧迫感を感じる。
騎士の人数が多いな。ひとつの小隊ほどの人数がいるようだ。
ここの騎士の鎧は、黒色だ。それに黄色い線が入っている。
なかなかカッコいいな。
兜や仮面までは被っておらず、素顔が見えるから
まだマシだが、これで仮面まで被っていたら、異様な姿に見えるだろう。
マントをしている騎士がいない。実戦向けの装いだな。
全身、真っ黒の鎧・・・。
オレは、ふと、『カシズ王国』で最後に立ち寄った宿屋の、
あの休憩所で、シホと見ていた『ゴシップ記事』を思い出した。
『イネルティア王国』の武術大会をめちゃくちゃにして優勝したという、
全身、漆黒の鎧の『竜騎士』を・・・『竜騎士の剣技』を使う者・・・。
「お前たちは傭兵か。通行許可証を見せろ。」
オレたちがトンネルから姿を現すと、すぐ2人の騎士たちが近づいてきて、
ぶっきらぼうに、そう告げた。
オレたちが『ヒトカリ』の『会員証』を見せている間に、
他の騎士たちが、
「その荷物を、ここで広げて見せろ。」
と言って、オレたちの荷物の中身を調べようとしてくる。
オレは、内心、ドキドキしていた。
腰の布袋には、たいした物は入っていないが、
大きな荷物の中には、『ソール王国』の『出国許可証』が入っている。
ここで、それを広げられたら・・・シホたちに、オレの正体がバレてしまう。
ちらりと木下のほうを見てみたが、
息切れしながらも、作り笑顔で、オレに視線を送ってくる。
・・・たぶん、大丈夫・・・なのだろう。
オレは、騎士たちに言われるがまま、
自分の大きな荷物の中身を広げて見せた。
荷物の中身は、着替えの袋や大切な物を入れてある袋など、
各種の袋があるのだが、騎士たちは、それらの中身までは
調べようとせずに、ただ、じろじろ見るだけだった。
「何もないようだな。
おーい、早く『サイファーロック』をこっちへ持ってこい!」
「こっちの取り調べが、まだだ! 待ってろ! 商人たちは荷物が多いからな。」
「・・・?」
オレたちの荷物を調べていた騎士たちが、
向こうで商人たちを調べている騎士たちに、
何かを持ってこさせるように指示している。
あっちの騎士たちからは、何やら魔力を感じる?
ここも『レスカテ』の関所のように、
『サーチリング』の魔法で荷物を検査しているのか?
「よし、こっちは終わった。」
商人たちの荷物を調べていた騎士たちが、
今度は、こっちへやってきた。
一気に騎士たちに囲まれて・・・ちょっと身構えそうになる。
駆け寄ってきた騎士たちが持っているのは、石・・・魔鉱石のようだ。
騎士たちが魔法を使っているのではなく、魔鉱石の魔力だったのか。
その、魔力を感じる茶色の魔鉱石を、騎士がオレたちの荷物の上でかざして・・・
「よし、異常なし。」
「あ、あぁ・・・。」
あんな魔鉱石で、何が分かるのか?
それは分からないが、とにかく通行の許可が下りたようだ。
「では、通行料として一人、金50、払ってもらおうか。」
「はい。」
一人の騎士がそう言ってきた。
通行の許可が下りたと思ったら、まだだった。
通行料か・・・通るだけで、そんなに金をとるとは・・・。
すぐに木下が対応してくれて、まとめて払ってくれた。
オレとシホが、顔を見合わせて、「はぁ」っと溜め息をつく。
オレたち2人だけ、また借金が増えたことになる。
「たしかに。では、通っていいぞ。」
今までの国は『ヒトカリ』の『会員証』さえ見せれば、
荷物検査などせず、すぐに許可が下りていたが、
この国は、『ヒトカリ』の傭兵でも、厳重に調べるのだな。
オレたちは、広げていた荷物を仕舞いこむ。
・・・『ソール王国』の『出国許可証』を見られなくて助かった。
先に、商人たちが歩いて行った方向へと進む。
大きな門の扉が、馬車を通すために開かれるところだった。
ゴゴゴゴゴゴゴ・・・ ガッコン!
大きくて、重そうな扉は、音を立てながら簡単に開いた。
おそらく、わが『ソール王国』の城門と同じく、
『カラクリ』で、簡単に開閉できるようになっているのだろう。
ふと、城門警備に勤務していた頃を思い出す。
ヒョォウ・・・ ヒュルルル・・・
大きな扉が開いた途端に、あのトンネルからの風が、
勢いよく外へ吹き抜けていった。
「すぅぅぅぅ・・・はぁぁぁ・・・。」
オレは、思わず深呼吸した。
関所のトンネルは広かったが、
薄暗いところに数時間、閉じ込められていた気分だった。
やっと外の空気が吸える。
『カシズ王国』とは、また違う空気。この国の空気だ。
シホやニュシェも背伸びして、深呼吸している。
ガヤガヤ・・・ ガヤガヤ・・・
ここが、『ソウガ帝国』の西の国境の村『ゾフル』か。
目に飛び込んできたのは、たくさんの人だかり。
石畳の大きな通りが、まっすぐに延びていて、
その両脇に、たくさんの店が並んでいる。
そして、その店に群がる人の数がすごい。
「おら、馬車が通るぞー! どいてくれー!」
馬車が通る隙間がないくらいの、人波だ。
ここは、村じゃないのか? まるで大きな町の商店街のようだ。
「おじ様、先に言っておきますが、
ここは、なんでも税金がかかっているため、物価が高いのです。
みんな売るために必死になって話しかけてきますから、
おじ様は、決して、話に乗せられないようにしてくださいね。」
「あぁ、分かってる。」
なるほど、ここに住んでいるだけで、大金が必要なのだろうな。
だからこそ、ここに住んでいる商人たちは必死というわけだ。
しかし、今のオレはお金を持っていない。
商談を持ちかけられても、無いものは払えない。
「さて、どうする?
次の町へ行くための馬車を探すか?
今日は、ここで宿を探すか?」
オレは、みんなに聞いてみた。
陽がかなり傾いている。
馬車に乗ったとして、次の町に着く頃には夜になっているだろう。
そこで、簡単に宿屋が見つかるか、どうか・・・。
この賑わいからして、この村でも宿屋がすぐに見つかるかも怪しい。
「おっさんとユンムさんは、早く東へ進みたいみたいだけど、
さすがに今日は、もう休みたいぜ。汗でベトベトだし。」
シホが、そう言った。
東へ急いでいる理由は、特に話していないはずだが、
オレと木下の態度や話しぶりで「急いでいる」ことだけは伝わっているようだ。
「それには私も賛成です。今日も、よく歩きました。
このまま馬車で先へ急いでも、泊まる宿屋が見つからなかったら最悪です。
連日、野宿だと体力がじゅうぶんに回復しません。
それに、私たちだけ、ちゃんとお風呂に入れていないので、
今夜は、絶対にお風呂に入りたいです。
今日は、ここで泊まれる宿屋を探すべきです!」
すかさず木下が、シホの意見に、もっともな理由をつけて賛同した。
昼間、立ち寄った『熱泉』が、混浴だったから、
ゆったり入れなかったことを根に持っているようだ。
ちらりとニュシェとファロスのほうを見たが、
「あたしも疲れたかも。」
「異議なしでござる。」
2人は、空気を読んで、賛同したようだ。
「決まりだな。」
オレも反対する意思はない。
たしかに、昨日からずっと歩き続けているし、
昨夜は、しっかり眠れたとは言い難い。
持久力をつけるために歩くことは良いことだが、
休める時に休まなければ、逆に、体を壊してしまいかねない。
オレたちは、宿屋を探し始めた。
やはり隣国『カシズ王国』で交通が滞っているせいで、
ここで足止めを食らっている商人たちが多いらしい。
宿屋は、どこも満室になっていた。
時間帯としても、空いている部屋が少ないのだろう。
溢れる人波をかき分けながら、宿屋を探すのは、ひと苦労した。
客引きをしている宿屋は、どこもかしこも、とんでもなく高額な宿代だった。
そうして、村の大通りから、かなり外れた場所に
ひっそり建っている、寂れた宿屋『ライゼ』を見つけた。
少し築年数が経っている感じだが、大きさとしては申し分ない。
こういう宿屋は、やはり人気が少ないようで、空室もあった。
受付の男に聞いてみたが、宿代も、他の国と大差ない感じだ。
・・・お嬢様育ちの木下が、納得していない表情だが。
「玄関先に蜘蛛の巣があったので、もう少し宿代は安くなりますよね?」
「おい、やめろ!」
木下が、とんでもない難癖をつけて、
さらに宿代を値切ろうとしたので、オレがすぐに止めさせた。
受付をしていたのは、オレと同じ年代の男だ。
困った表情で、顔のシワが増えてしまっている。
なんとも、かわいそうだ。
「アンタぁ! また掃除、サボったんじゃないだろうね!?」
「ひぃ!」
受付の奥、厨房らしき場所から、
気の強そうな女性の怒号が聞こえてきて、
目の前の男が、さらに困った表情になった。
これは・・・奥さんだろうな。
なんとなく・・・自分と似た境遇に見えて、男に同情したくなる。
「お前が余計な事を言うからだぞ。」
「私のせいではありません。店側が業務を怠っ・・・もがっ!」
また余計なことを言いそうになった木下の口を、
とっさに手で塞いでやった。
「あー、その、こいつのことは気にしないでくれ。
世話になるぞ。」
「あぁ、は、はい・・・。」
受付の男は、すっかり委縮してしまっている。
一階が食堂、二階が宿泊部屋で、
すでに陽が落ちてしまっているため、食堂には、
そこそこの人数の客が料理を食べに来ている。
満席になることは無さそうだが、オレも早く食べたい。
「オレたちも荷物を部屋に置いたら、食堂で落ち合おう。」
「あぁ。それじゃ、行こうか、ユンムさん、ニュシェ。」
「うん。」
「うぅ・・・。」
オレが、そう伝えると、
シホは木下とニュシェを連れて、2階へと上がっていく。
木下が、恨めしそうにオレを見ている・・・。
今回、ここの宿屋は、部屋ごとの宿代ではなく、人数ごとの宿代だ。
空室もあったから、二部屋、用意してもらって、男女別々に泊まることにした。
・・・木下は、まだ母親からの任務を・・・オレの遺伝子を諦めていないようだな。
「みんなで同じ部屋で泊まろう」と言い出さなかったが、
あの顔からして、隙があれば狙ってくる感じがする。
本当に、ファロスが仲間になってくれてよかった。
男がオレ一人だと、どうしても木下の意見が通りやすかったからな。
女性陣を自分の意見に巻き込むのが、うまいというか。
宿泊部屋に入ってみれば、ベッドが2台、その間にテーブルがあり、
窓が二つある。カーテンが閉まっているが、隙間から外の街灯の明かりが入ってきている。
じゅうぶんな広さの部屋だ。
「木下殿は、よほど佐藤殿と離れたくないのでござろうなぁ。」
「なに!?」
オレと同室になったファロスが、
部屋に入って、荷物を置いている時にそんなことを言う。
「佐藤殿を慕っているというか、本当の親子のように想っているのでござろう。」
「そんなことはないと思うがな。」
オレは鎧を脱ぎながら、そう答えた。
ファロスは、木下の策略に気づいていないが、
木下がオレと離れたくない態度を見て、そのように勘違いしているようだ。
木下の態度は、そんな微笑ましいものではないのに。
「もし、拙者がお邪魔であれば、そう言ってください。
木下殿に、ここを譲って、拙者だけ別の部屋に泊まるか、
空室が無ければ、
この宿屋の近くで野宿すれば良いだけでござるから。」
「良いわけないだろ!」
ファロスは気遣ってくれているつもりだろうが、
これに関しては、本当に余計なお世話だ・・・。




