おっさんたちの背中を押す潮風
宿屋『アレグレ』を出て、
国境の村『ターミ』の入り口から関所がある方へ、まっすぐに延びている大通りを歩いていく。
途中にあった道具屋で、木下が『魔力回復の薬』を購入していた。
あの『伝説の海獣』が出没していた海域へ行った時、
いくつか消費した分を補充したようだ。
道中、シホとファロスが並んで歩いている。
シホの恋心を知っているオレから見れば、なんとも微笑ましい光景なのだが、
「その時! おっさんの剣から、すっげぇチカラが飛び出して!
10mの巨体の魔獣『ラスール』と『ギガントベア』をバッタバッタと切り倒して!
ズバババン!の、ズッギャアアア!だぜ!」
話している内容が、オレの資格『竜騎士』の説明であり、
今までのオレの活躍ぶりを、まるで自分の『武勇伝』のように
大きく盛って話しているものだから、オレとしては気が気ではない。
ファロスも、シホの言うことを全て信じているように見えるし。
だからと言って、オレが訂正しようとすれば、
おのずと、自分自身の活躍を話すことになってしまうから・・・
それがイヤで、シホの話を静観しているしかなかった。
「大量の『大猿』と『大熊』を瞬殺とは!
やはり、佐藤殿は、すごいお人でござるな!」
「だろ!?」
「・・・おい、ファロス、話半分に聞いておけよ。」
オレの小さな助言は、興奮している2人の耳には届いていないようだ。
村の最奥へと歩いていけば、頑強な岩が組み上げられた造りの関所が見えてきた。
関所のトンネルは、かなり大きく、馬車も余裕で通れる。
『レスカテ』から、この『カシズ王国』へ来た時に
通ってきた関所のトンネルと同じ感じだ。
山の中腹にある関所のトンネルだから、
きっと、このトンネルも、数kmほどの長さがあるのだろう。
トンネルの中のその先に、出口の光が見えない。
前回は、重い鉄の槍の束を担いで歩いてきたから、
かなり辛かったが、今回は、自分の荷物だけだから身軽だ。
木下の大きな荷物も、ファロスに持ってもらっているし。
関所のトンネルの両脇には、それぞれ騎士がいて、
関所の前には、すでに2台の馬車が並び、その後ろに数人の商人らしき男たちも並んでいる。
通行許可を騎士にもらうために並んでいるのだろう。
オレたちが、その行列の後ろに並び始めると、
関所の脇にある小部屋から、昼飯の時に宿屋の食堂で出会った、
あの騎士が顔を出した。
「おぉ、待っていたぞ。
これが、アグリオ・グルノ討伐依頼書だ。
すでに討伐達成、確認済みのサインをしておいたからな。」
そう言って、騎士がオレたちに駆け寄り、一枚の紙を渡してきた。
たしかに、サインが入っている。
「それを、どこかの『ヒトカリ』へ提出して、報酬金を受け取るがいい。
では、そっちの牙をもらおうか。」
騎士がそう言って、手を差し出したので、
ファロスが、持っていた大きな4本の牙をその騎士に手渡した。
「おぉ、けっこう重いな。」
ファロスが軽々と思っていたから、軽そうに見えていたのだろう。
4本の牙は、そこらの槍と同じくらいの長さと重さがある。
牙を受け取った騎士が、少しよろめいた。
騎士は、すぐ後ろに控えていた別の騎士へと、その牙を手渡す。
4本の牙を受け取った騎士は、牙を大事そうに青緑色の布で束ねて包んで、
村の入り口の方向へと歩き出した。
「ちょうど『ヌオターレ』へ向かう者がいたのでな。
あいつに『ヒトカリ』への連絡を頼んである。
この村の入り口から馬に乗っていくから、
お前たちが、どこかの『ヒトカリ』へその依頼書を提出する頃には、
『ヒトカリ』の者たちも心得ているだろう。」
「すまない、助かる。」
なるほど、『ヒトカリ』へ話を通しておいてくれるのか。
すでに魔獣が討伐されているのに、他の傭兵が依頼を請け負ってしまわないように。
港町『ヌオターレ』の『ヒトカリ』の支店から、
全国の『ヒトカリ』の支店へ、あっという間に連絡が入るのだろうな。
依頼書に記されている報酬金も、なかなかの高額だ。
今すぐにでも報酬金を受け取りたいものだな。
オレたちが騎士と話している間に、目の前の行列はなくなっていく。
馬車も商人たちも、次々に通行の許可がおりたようだ。
「では、通行許可証を確認させてもらおうか。」
騎士が、そう促してきたので
オレたちは騎士へ『ヒトカリ』の『会員証』を見せた。
ファロスは、『ロンマオ』の出国許可証を見せていた。
そうか、ファロスは『ヒトカリ』で傭兵の登録をしていないのか。
今後、報酬の分配もあるだろうから、次の『ヒトカリ』で
登録してもらった方がよさそうだな。
「たしかに確認した。
お前たち、金はあるのか?
この先の『ソウガ帝国』の関所では『通行税』を払うことになるぞ。
一人、金50ぐらい取られるから用意しておけ。」
「つ、通行税・・・。」
騎士に言われて、オレは驚いた。
まぁ、いつかは、そういう国も通ることになるとは予想していたが、
まさか金がないときに限って、そういう国へ行くことになろうとは・・・。
そう言えば、木下が物価と税金が高い国だと言っていたな。
オレとシホは、ちらりと木下を見た。
木下は、作り笑顔でうなづいている。
・・・また借金が増えるということだ。
「お前たちの実力なら大丈夫だと思うが、
この先の『ソウガ帝国』では、今、『小鬼』の集団が出没しているらしい。」
「ん? なんだ? 『小鬼』って?」
騎士が有益な情報を教えてくれるようだが、
オレには、よく分からない。
「おじ様、『小鬼』というのは
『ゴブリン』という魔物の別名ですよ。」
「あ、あぁ、『ゴブリン』か・・・。」
すかさず木下が説明してくれる。
さすがのオレでも『ゴブリン』の名前は、
様々な本や学校の教科書にも載っているので知っていたが、
そんな別名があるとは知らなかった。
目の前の騎士が、あからさまに
「こいつ、大丈夫か?」という目を向けてくる。
・・・何も知らない自分が恥ずかしい・・・。
「ま、まぁ、傭兵なら知っているものだと思っていたが、
そうでもないようだな。
『小鬼』は、小さな角が生えた、小さな子供みたいな体型だが、
なかなか賢くて、拾った武器や投石で攻撃してくる。
集団で襲ってくるから、なかなか手強い魔物だ。
なめてかかると、あっという間に、やつらの住処へ連れ去られるぞ。
討伐できないと思ったら、逃げるのも手だ。
特に・・・女や子供は、やつらの大好物らしいから気をつけろよ。」
「は、はい・・・。」
騎士の説明を聞いて、木下たち女性3人が少し怖がっている。
「たしか数年前までは、そんな魔物の話題はなかったはずですが・・・。」
木下が、少し気になったのか、
そんなことを騎士に言い始めた。
「あぁ、あんたは数年前の『ソウガ帝国』を知っているようだな。
たしかに以前までは、『小鬼』の目撃が珍しいぐらい、
脅威では無かったみたいだが、ここ一年の間に
『小鬼』による被害が増加したらしい。
・・・まぁ、こう言っちゃダメなんだが、俺たちにとっては助かったよ。
こっちはこっちで『伝説の海獣』が現れて、海路も陸路も交通がマヒしている状態だから、
このタイミングで、『ソウガ帝国』に攻められていたら、と思うと・・・。」
騎士がそう言いながら、ブルっと身震いしている。
もしかしたら、この国と『ソウガ帝国』は、元々、仲が悪いのかもしれない。
つまり、どちらかの国が傾けば、
すぐにでも戦争が始まってしまうほど・・・なのかもしれない。
この村の近隣に出没していた『イノシシタイプ』ですら、
ここの騎士団で討伐できていないほど、この国の騎士団は、
今、あの『伝説の海獣』や野盗たちのせいで、人員が減っているのか、
武力が分散しているのかもしれない。
たしかに、このタイミングで他国に攻められたら、この国を守り切れないだろうな。
「『小鬼』・・・怖い・・・。」
ニュシェがそう言って、シホの背中にしがみついている。
「ニュシェは『小鬼』を知っているのか?」
「うん。昔、読んでた絵本に出てきた。
村から子供をさらっていくっていうお話だった。」
獣の耳を垂れ下げて、ニュシェがそう話してくれた。
そう言われてみれば、学校の教科書に、
そういう物語が載っていた気がするが、思い出せない。
「余計な話をしてしまったか。すまん。
お前たちの役に立つ情報をと思ったが、
足止めにしかならなかったようだな。
では、気をつけてな。」
「いや、こちらこそ、有益な情報をありがとう。」
「ありがとうございました。」
「かたじけない。」
騎士が申し訳なさそうに、そう言って、お辞儀したので、
オレたちも各々、お辞儀して、関所のトンネル内へと歩き出した。
パタパタ・・・ バタバタバタ・・・
『カシズ王国』の青緑色の国旗がトンネルの両脇で、風になびいている。
相変わらず、少し暑い日差しの午後だが、トンネル内は日陰だから、少しひんやりした空気だ。
トンネル内の両壁に、ランプが等間隔で設置されていて、
オレたちの行く道をぼんやり照らしている。
馬車が行き交うほどの道幅の、真ん中を歩いていく。
ヒュゥゥゥ・・・ ヒュォ・・・ ウゥゥゥ・・・
もう気にならなくなっていた、潮のニオイがする風。
その潮風が、オレたちの追い風となって海側からトンネルへ吹き込んでいく。
ふと振り返って、『カシズ王国』側を見てみれば、
村のあちこちに建っている宿屋から、
『熱泉』の湯煙が立ち昇り、その湯煙を
遠くで煌めいている海からの潮風が吹き飛ばし、散らしている。
そんな景色が見える。
「・・・。」
オレが振り返ったので、オレの後ろにいたファロスも振り返り、
ほかの3人も足を止めて、振り返った。
村の向こうの、森林の向こう側・・・
遠くに見える海の水平線の煌めきを見ていると、
あの海域で散った、長谷川さんを思い出す・・・。
あの人がいなかったら・・・
あの人と出会っていなかったら、今のオレたちはいない。
なんとも不思議な巡り合わせだな。
ヒュォ・・・ ヒュゥゥゥ・・・
またひと際、強い潮風が、トンネル内へ吹き込んできた。
オレたちの背中を、強く強く、押してくる。
まるで「振り返るな。進め、進め。」と
長谷川さんに背中を押されている気分だ。
「行くか。」
「はい!」
オレの呼びかけに、ファロスが気合いの入った返事をした。
オレたちは、再び歩き出した。
『ソウガ帝国』へ向けて。
第四章『初恋と伝説の海獣』 完




