アホウドリが見る『ゴシップ記事』
オレたちが『熱泉』から出て、休憩所で言い合っている間に、
ファロスはオレと荷物の見張り役を交代して、一人で『熱泉』へ入っていった。
そうして、オレたちの言い合いが終わった頃合いで、
ファロスは『熱泉』から出てきた。
すごく落ち着いて『熱泉』に入れたようだ。
疲れが無くなったかのような、さっぱりした顔つきになっている。
オレとしては、もう一度、入り直したいところだが、
『混浴』と分かった以上、もうここの『熱泉』に入ろうとは思わない。
男であっても、知っていて入るのは、かなり覚悟がいるし、
木下たちに何を言われるか分かったものではない。
ん? そう言えば・・・
「ファロスは、ちゃんと『熱泉』へ入ってきたのか?」
「いえ、滅相もござらん!
入る前に、みなさんの説明を聞いたので、
『熱泉浴場』の手前で、体を洗ってきただけでござる。
おかげで、さっぱりしました。」
ファロスが、少し顔を赤らめて首を振っていた。
なるほど。そうだよな。
他の女性客が入ってくるかもしれない『熱泉浴場』に、
ファロスが堂々と入れるはずが無い。
まぁ、オレも一瞬だけ、のんびり浸かれたし、
汗は洗い流せたから良しとするか。
木下たちも大騒ぎする前に、
汗は洗い流せたらしいから、
もう誰も「もう一度入りたい」とは言わなかった。
入るとしても、こことは違う宿屋の『熱泉』へ行くだろう。
「さて、そろそろ・・・
ん? シホ、何を読んでるんだ?」
ファロスも『熱泉』から出てきたし、
長居は無用だと思って、早々に、この宿屋を出ようと思ったが、
いつの間にか、シホのやつが、休憩所の棚に置いてあった雑誌を読んでいる。
シホが好きそうな『ゴシップ記事』満載の雑誌らしい。
それを横から覗き込んでいるニュシェ。
ニュシェにとって有害な記事が載っていなければいいが・・・。
「いや、俺はあんまり信じてないけど、
こういうのって気になるだろ?」
そう言いながら、シホは雑誌を読み続けている。
『月刊アルバトロス』?
『ゴシップ記事』っぽい見出しが、びっしり表紙に書かれている。
そういえば、情報に疎いオレでも、
新聞くらいは、たまの休みに読んでいたものだ。
ほとんど国内の記事にしか目を通していなかったが。
この旅に出てからというもの、ほとんど情報を取り入れてないな。
「まぁ、気にならないわけではないよな。」
「だろ?」
情報を取り入れるにしても、『ゴシップ記事』ではなく、
ちゃんとした真実だけの情報を取り入れたいものだが、
目の前にある情報が、これしかないなら仕方ないか。
「何か、気になる情報は見つかったか?」
ウソの情報も入っているような『ゴシップ記事』に、
欲しい情報があるわけがないと思いつつ、
シホに聞いてみたら、
「気になる情報は、いっぱいあるぜ。
例えば・・・これなんか、どうよ?」
情報に飢えていそうなシホにとっては、
『ゴシップ記事』だろうと、どの情報も気になるようだ。
しかし、そのシホが指さした先の記事は、
たしかに、オレたちが気になるものだった。
「・・・世界各国で『仮面の男』が暗躍!?」
「え・・・!?」
大きな文字で書かれた見出しに、
オレだけじゃなく、ほかのみんなもドキっとした。
オレたちには、思い当たるフシがある。
特に、木下の顔色が暗くなった。
『仮面の男』・・・それだけでは断定できないが、
あの海の上で、『伝説の海獣』を従えて現れたガンランが、
たしか『白い狐の仮面』を被っていた・・・。
「この記事によると、『仮面の男』は、
世界あちこちで目撃されてて、一人だけの同一人物なのか、複数の集団なのか、
それすらも分からないって書いてあるけどさ。
別の場所でも目撃されてるなら、別々の男・・・
つまり、『仮面の男』は複数人いて・・・
何か目的を持った、そういう集団って考えられるよな。」
シホが、記事を読んで推測している。
「その集団が・・・『例の組織』ってことか。」
「たぶんな。どうかな、ユンムさん?」
オレが、そう言うと、
シホがうなづきながら、木下へ質問した。
シホは、オレと同じ推測をしていたようだ。
ちらりと木下のほうを見たが、木下もうなづいた。
「・・・はい、その通りです。全員ではないようですが、
『ソウルイーターズ』のメンバーは仮面を被っていて、
自分たちのことを番号やあだ名で呼び合っているそうです。」
木下が周りを気にしながら、小さな声で教えてくれた。
どうやら、木下は初めから、この情報を知っていたようだな。
だからこそ、あの海の上で、仮面を見ただけで、
ガンランだと分かったということか。
裏で暗躍している組織だから、
普段は、素顔を見られないようにしているのだろう。
仮面というのは、一見、目立つ気がするが、
傭兵たちのように鎧などと一緒に装備していれば、
そういう装備品として認識してしまうから、そんなに目立たない。
「なるほどねぇ・・・この記事には、その仮面の出所が、
『ザハブアイゼン王国』ではないか?って書いてあるぜ。」
「『ザハブアイゼン』? なんで、そこに繋がるんだ?」
他国の情報に疎いオレでも知っている国、『ザハブアイゼン』。
『からくり』技術の発祥の地。
どんな国なのか、少し興味がある。
このまま東へ向かえば、いつか訪れることになるかもしれない。
「なんでも、『ザハブアイゼン王国』で、
似たような仮面を作り続けている女がいるらしい。
目撃情報だと、その『仮面の男』たちの仮面と、そっくりなんだとさ。」
「へぇ・・・。」
仮面とかお面というものは、
どこの国でも売っているだろう。
『ソール王国』にもあったぐらいだし。
ガンランがつけていた仮面にしても特徴があるようには見えなかったが。
もしかして、あの仮面は魔道具の一種なのか?
それとも、何か『からくり』があるのか?
「でも、まぁ、これは『ゴシップ記事』だからな。
単なるこじつけかもしれないし、目撃情報も、
どこまでが、本当かどうか分からないけどな。」
「そ、そうだな。」
シホに、そう言われるまで、
ついつい『ゴシップ記事』を丸々信じてしまいそうだった自分に気づき、
オレは少し焦ってしまった。
しかし、一部、木下の情報と一致していたわけだから、
この記事の情報は、あながちウソばかりではないということだ。
「あと、これなんかも真実かどうか怪しいもんだぜ。
『世界一の暗殺者、東へ旅立つ』ってさ。」
「なんだ、その世界一の暗殺者って。」
「なんだ、おっさん、世界一の暗殺者を知らないのか?」
「うっ・・・知らんな。」
「本当に何も知らないんだなぁ。
ほら、ここに有名な暗殺者のリストが載ってるぜ。」
シホが呆れた声とともに、記事の隅っこを指さした。
知っているべきことを知らない自分が、
なんとも恥ずかしい。
記事には、暗殺者の名前がつらつらと書かれている。
暗殺者というくらいだから、本来は、
こんな雑誌に名前が載ること自体、おかしな話だが、
有名になってしまうと、こうして全国に知れ渡ってしまうのだろう。
「なんだ、順位まで付いているが、
これは何を基準に付けられた順位なんだろうな?」
「あぁ、それは今までに殺した人数の順位らしいぜ。
まぁ『ゴシップ記事』の情報だから、
正確な人数とか分かるはずないと思うし、
ここに載っている暗殺者が、実在するのかどうかも怪しいけどさ。」
「殺した人数か・・・。」
リストに順位とともに記されている殺害人数を見ると、
一位になっている暗殺者の殺害人数だけ、飛びぬけていた。
1万人を超えている・・・。
小さな国の人口を超えるぐらいの人数だ。
そんな人数、戦争で大爆発でも起こさない限り、
不可能な数字じゃないだろうか。
やはり『ゴシップ記事』だな。
「世界一の暗殺者、血の雨を降らせる音楽家、モシュコス・フーデニック・・・。
なんともデタラメな職業だな。音楽家が暗殺者って。
でも、この名前、たしかに聞き覚えがある気がするぞ・・・。」
世界一だったのは知らなかったが、
たしか『ソール王国』でも、危険人物として名前だけは知らされていた気が。
「やっぱり、さすがのおっさんでも、
世界一の暗殺者の名前は知ってたようだな。
本当かどうかは分からないけど、
魔道具のヴァイオリン弾きらしんだよ。」
「魔道具のヴァイオリン?」
「それを弾くと、音に合わせてヴァイオリンから
魔法の光線を飛ばせるとか。
だから、血の雨を降らせる音楽家って呼ばれてるらしいぜ。」
「なんだ、その危ない楽器は。
じゃぁ、こいつはその楽器があってこその世界一ってことか。」
「拙者の国でも、その暗殺者の名は知れ渡っておりますが、
風の噂によれば、魔道具のチカラだけじゃなく、その男自身も、
かなり強い魔法使いのようで。
魔道具を使いながら、魔法も使ってくるとか・・・。」
オレとシホの話を聞いていたファロスが、
横から自分の知っている情報を教えてくれた。
「なるほど。聞いている限りでは、全く隙が無さそうだな。」
この暗殺者が、どんな戦闘をするのかは分からないが、
想像すると・・・魔道具のヴァイオリンを弾いて、
攻撃している間に、魔法の詠唱をしていれば・・・
反撃の隙を与える間もなく、相手を倒してしまえるだろうな。
ただ、魔道具や魔法を使うなら、暗殺に向いているようには思えないが・・・。
「この音楽家の曲を、最後まで聴けた者はいない・・・ってさ。
そりゃ、そうだろな。こんな暗殺者が、東に向かったってだけで
こんな記事になっちゃうぐらいなんだから、すごいよな・・・。
まぁ、『ゴシップ記事』なんだけど。」
シホの話しぶりからすると、記事の内容を
全く信じていないわけではないらしい。
オレと同じで、半信半疑ってところだろうか。
「この雑誌さ、たまに見かけたら読んじゃうんだけど、
この暗殺者の記事を書いている記者の名前が、
いつも違う名前なんだよ。ほら。」
シホに言われて、見てみたら、
記事の最後の文章に、記者の名前が記されていた。
「ほらって言われても、この雑誌しか見てないから、
オレには違いが分からないけどな。」
「あ、そっか。と、とにかく、毎回、違う名前なんだ。
それって、つまり・・・自分の命を守るために、
仮の名前を載せて、ちょいちょい変更しているのか・・・。
もしくは・・・この記事を書いた記者は、次々に口を封じられて、
担当の記者がころころ変わっているのか・・・。
なんて、俺は思っちゃうんだよな。
だから、ついつい信じてしまいそうになるっていうか。」
シホが、少し照れながら喋っている。
『ゴシップ記事』を信じてしまう、正当な理由を
こじつけているように聞こえるが・・・
しかし、暗殺者なんて裏家業の人間を相手に、
その情報を、こうして公の場に晒すなんて・・・
たしかに命を奪われてもおかしくない、危険な行為だろう。
シホの推測も、あながち間違っていないように感じる。
「でも、この記事が真実なら、私たちにとって
無関係というわけではないかもしれません。」
木下が、そんなことを言い出した。
「どういうことだ?」
「『ソウルイーターズ』なら、裏で暗躍する者たちと繋がっていてもおかしくないからです。
暗殺者を雇って、重要となる人物の口封じを依頼することも有り得ます。
この世界一の暗殺者に、私たちの暗殺を依頼することも・・・。」
「えぇ!?」
小声で話している木下の言葉を聞いて、シホが思わず大きな声をあげてしまった。
一瞬だけ、周りにいた他の客たちの視線が、オレたちに向けられた。
「おい、声が大きい。」
「ご、ごめん。だって、ユンムさんの話が、あまりにも・・・怖くてさ。」
シホは謝りながら、少し顔色が青ざめ始めている。
世界一の暗殺者に、命を狙われるかもしれない・・・
たしかに、そう想像するだけで、背筋にイヤな汗をかきそうになる。
木下の話は推測でしかないが、可能性としては有り得る話だろう。
「しかし、この記事、肝心の場所が書かれてないよな?
いったい、どこから東へ向かったんだろうな。」
「あ、本当だ・・・。」
オレに指摘されて、シホがもう一度、雑誌を読み返している。
そして、肩をすくめて笑った。
「やっぱり『ゴシップ記事』だもんな。
それっぽく書いてあるだけって分かっちゃいるんだけど、
でも、本当かウソかって想像するから、おもしろいっていうか。」
この記事が真実だったら、それはそれで、
顔が青ざめてしまうくらい怖い想像をしてしまうくせに・・・。
「そうだな。オレも否定はできない。
この記事が本当かウソか、どちらも証明できないからな。」
願わくば・・・この記事の暗殺者が、オレたちと無関係であってほしいものだ。
「だよな! さすが、おっさん、分かってるなぁ。
『ゴシップ記事』見て、『ドラゴン討伐』を夢見て、旅立っちゃうぐらいだもんな!」
「うっ・・・。」
そう言って、シホが気軽にオレの肩をたたいてくる。
そう言われると・・・なんとも恥ずかしく感じる。
「『ドラゴン討伐』は『特命』なんだ!
オレの夢でもなんでもない!」・・・と、はっきり言いたい。
「そういえば、その、『ドラゴン』の情報はないのか?」
「んー、それっぽいのは無かったけど、
おっさんが気になりそうな記事は、こいつかな。ほら。」
「んー?」
シホに、別の記事を見せられたが、
「『イネルティア王国』に突如現れた謎の新王者・・・?」
たしか、『イネルティア王国』と言えば、『レスカテ』の北に位置する国。
武術の大会が多くて、世界中の猛者たちが集まるとか。
別に、オレの興味をそそられる記事ではないようだが?
しかし、読み進めていくと、気になる単語が出てきた。
「全身、漆黒の鎧に身を包んだ名も無き・・・『竜騎士』!」
『レスカテ』で出会った
傭兵のパーティー『マティーズ』たちの出身国が『イネルティア王国』だったな。
その『マティーズ』たちは、『竜騎士』なんて
ほとんど聞かない、役に立たない資格だと言っていたはずだが・・・。
「やっぱり気になっただろ?
それにしても、おっさん以外の『竜騎士』って
名前だけの資格だったと思うけど、
この記事の『竜騎士』は、どうやら名前だけじゃなかったらしいな。」
シホに言われて、記事の続きを読んでみたら、
「闘技場を破壊した『赤い刃』・・・!」
「な? これって、おっさんが
戦闘で使う大技と同じなんじゃないか?」
シホの言う通りかもしれない。
この記事に載っているのが、『赤い刃』を放つ『竜騎士』ならば、
それは、まさしくオレと同じ『竜騎士の剣技』を使える者ということ・・・。
「それにしても、これが本当なら、ひどいヤツだな、こいつは。
何か大きな武術大会だったみたいで、大勢の観客たちがいたって。
そんな闘技場で、おっさんみたいな、あんな大技を使い続けたらしいな。
大勢の死傷者が出たって書いてあるぜ。」
シホが目を細めて、記事を見ている。
オレが使う『竜騎士の剣技』を間近で見たことがあるシホだから、
あの剣技が、無抵抗な観客たちを巻き込む様子は、
容易に想像できるだろう・・・。
オレとしても、この記事を読んでいるだけで、胸がムカムカしてくる。
『騎士道』だけじゃなく、人の道から逸脱した行為だ。
「・・・。」
『ソール王国』出身者以外の『竜騎士』は、
『竜騎士の剣技』が使えないようだが・・・
だとすれば、この記事の『竜騎士』は、
オレと同じ『ソール王国』出身者なのか?
「全身、黒い鎧で覆われていて、大会出場するために登録された
名前と資格以外は、全て謎に包まれている・・・ってさ。
名前が『ダークドラゴンナイト』って・・・思いっきり偽名だよな。」
オレから雑誌を取り上げて、シホが記事を読み上げた。
『ダークドラゴンナイト』・・・『闇の竜騎士』という意味か。
いったい、何者なんだろう?
もし、『ソール王国』出身者なら・・・
もしかして、そいつも『例の組織』のメンバーなのだろうか?
「・・・単なる『ゴシップ記事』で済めばいいですけどね。」
「あぁ・・・。」
木下が、そうつぶやいた。
木下も、この記事の『竜騎士』が、
『例の組織』のメンバーかもしれないと考えているのかもしれない。
「な、なんか、『ゴシップ記事』なのに、
すべてが、俺たちに関係あるように見えちゃうな。
ちょっと想像というか妄想が過ぎるのかもな。ははは・・・。」
乾いた笑い声で、そう言いながら、シホは雑誌を元の棚に戻した。
これ以上、雑誌を見ていると、自分たちの命を狙ってくる
『例の組織』のことばかり考えて、悪い想像をしてしまうからだろう。
オレも、シホと同じように、なんでもかんでも
『例の組織』に繋げて考え過ぎだな。
ふと見れば、ニュシェも、ファロスも
話に参加していないようで、オレたちの話をしっかり聞いていて、
少し暗い表情になっている。
ニュシェは、どこまで理解しているのか分からないが、
オレやシホの表情を読み取って、
「自分たちにとって良い情報ではない」ということは察しているようだ。
「さて、情報収集はこれくらいにして、出発するか。」
オレは、みんなに向かって、そう言った。
本当に、情報収集になったかどうかは怪しいものだが、
これ以上の情報は、ここでは得られないだろう。
「あの、佐藤殿、『竜騎士』というのは、どんな資格でござるか?」
「え?」
いざ出発という時に、ファロスがオレに質問してきた。
てっきり知っているものとばかり思っていたが、
そう言えば、オレの資格『竜騎士』のことは教えていなかったかもしれない。
あの海の上で、巨大な『イカタイプ』に襲われていた時も、
ファロスは、長谷川さんを失った直後で、ショック状態だった。
ほとんど何も見えてなかったし、覚えていないのだろう。
オレとしても、就職のためだけに取得した『なんちゃって騎士』である
『竜騎士』の資格のことは、あまり話したくない気持ちもあるが。
「なんだ、ファロス、おっさんの資格を知らなかったのか?」
「め、面目ない。
さきほどの記事の話で、聞こうと思っていたのでござるが、
みんながあまりにも普通に話し続けておられたので、
聞きそびれてしまいました。」
「じゃぁ、俺が教えてやるよ。」
オレの代わりに、シホが割って入ってきて、
ファロスにオレの資格を教えてやるようだ。
話を大きく盛らなければいいのだが・・・。
「ここじゃ、アレだから、
関所に向かいがてら教えてやってくれ、シホ。」
「あぁ、そうだな。じゃぁ、行こうぜ。ファロス。」
「はい。」
そうして、オレたちは
宿屋『アレグレ』を後にした。




