熱泉に響く絶叫
賑やかだった食後、地図をもって、騎士たちに
あの『イノシシタイプ』を討伐した、だいたいの場所を教えて、食堂から出た。
食事代は、木下が立て替えてくれた。
オレとシホだけ、借金が加算されていく・・・。
いよいよ、木下たちが待ちかねていた『熱泉』へ入るわけだが、
ファロスに持たせている、あの牙4本が、
とても価値ある物だと分かったからには、
荷物を放り出して、みんなで『熱泉』へ入るわけにはいかず・・・。
オレとファロスは、交代で『熱泉』に入り、
荷物の見張り役をすることにした。
ファロスと相談したが、『熱泉』にはオレが先に入ることになった。
お年寄り優先か。どこまでも気の利くやつだ。
ここでも、入浴料を、木下が立て替えてくれた。
オレとシホの借金は、あの『イノシシタイプ』の討伐達成の報酬金で
すべて返せるだろうか? 報酬の金額が気になるところだな。
オレは「男」と書かれた暖簾をくぐり、
木下たちは「女」と書かれた暖簾をくぐって行った。
「ほぉ、腰を元気にする効能? 腰痛も治る?」
ここの『熱泉』は腰痛に効くと、脱衣所の看板に書かれてあった。
オレとしては、願ってもない効能だ。
その他にも『子宝』がどうのこうの、いろいろ効能が書かれていたようだが、
オレには関係なさそうだったので、ほとんど読まなかった。
以前、入った『熱泉』同様、ここの脱衣所にも、様々な広告や注意書きが
たくさん貼ってあったが、全て読む気になれなかった。
だいたい、どこの『熱泉』の規則もいっしょだろう。
体を洗う場所と、風呂がある『熱泉浴場』は
別々の場所になっているらしく、
『熱泉浴場』へは、体を洗う場所の、さらに奥の扉から行けるようだ。
オレは、簡単に体を洗い、すぐに奥の扉へと進んだ。
その扉を開けて進めば、竹細工の壁に囲まれた、広々とした『熱泉浴場』があった。
ここも、かなり大きな風呂のようだ。
10人・・・いや20人は入れそうなほど広い。
天井が無くて、外に通じている。青空が見える。
これは、天気が悪い日は入れないのではないだろうか。
でも、これはこれで、なんとも言えない開放感があるな。
空から、時折、そよ風が吹いてきて、湯煙を散らしていく。
思わず、その散って消えていく湯煙を目で追うと、
否が応でも、天を仰ぐ形になる。
昼下がりの午後だから、まだ日差しが強い。
しかし、暑さが気にならないほど『熱泉』が気持ちいい。
この村に入った途端に漂っていた『熱泉』独特のニオイさえも、
入ってしまえば、全然、気にならない。不思議なものだな。
・・・人生二度目の『熱泉』か。
最初の『熱泉』は、長谷川さんと、あの気持ち悪い『刀』と
いっしょに入っていたから、いまいち『熱泉』の良さが分からなかったが・・・
ピチョン・・・
こうして、ほどよい熱さの『熱泉』に入っているだけで、
腰の重たい痛みや、体中の疲労感が抜けていく感じがする。
他の男性客も数人、いっしょに入っているが、
それが気にならないほど、心地よい空間だ。
他の客たちは、みんな無言で『熱泉』に浸かっている。
オレと同じで『熱泉』の心地良さを黙って感じているのだろう。
長谷川さんのように、いきなり話しかけてくるということはないんだな。
黙って入って、他人に干渉しない・・・
これが『熱泉』の規則なのだろうか?
ふと気になったが、他の客たちは、
オレのように青空を仰ぎ見ないで、竹細工の壁の奥側・・・
そこにも、オレが入ってきた扉とは別の扉があって、
その扉をしきりに見ている気がする。
あの扉は、どこに通じているんだろうか?
まだ、この先に別の『熱泉浴場』があるのだろうか?
その時!
ガラガラガラララ!
気になっていた奥の扉が、いきなり開いたと思ったら・・・
「うわぁ! ひっろぉーーーい!」
「ぶっ!!!」
裸のニュシェが、いきなり現れた!!!???
「おぉ! 期待してなかったけど、ここの『熱泉』も広いな!」
そう言って、裸のシホが入ってきて!!!???
「2人とも、声が大きいですよ!
他のお客さんも入っているのだから・・・
・・・
・・・
・・・え?」
そう言って、裸の木下が入ってきて・・・
オレと目が合い・・・
3人とも固まった!!!
「きゃあああああああああああああああああああああああああ!!!」
「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!」
オレたちの悲鳴と絶叫が、建物全体どころか、
外にまで響き渡り、他の客や、店員たち、
はたまた、外にいた騎士たちまでもが駆けつける事態になってしまった。
聞けば、ここの『熱泉』は『男女混浴』なのだそうだ。
『混浴』・・・そんな言葉、初めて聞いたが、
見ず知らずの男女が、いきなり同じ風呂に入るなんて、
非常識としか思えないが、この国では、これが常識なのだそうだ。
というか、木下が受付でその説明を聞いていたはずだし、
脱衣所の注意書きにも書かれていたようだ。
木下は「聞いてない!」と怒っていたが、
この場合、聞いていない方が悪い・・・。
注意書きにも書いてあったのだから、もはや言い訳ができない。
しかし、まぁ、道理で・・・先に入っていた客が男性しかいなかったわけだ。
オレたちは、大騒ぎしたことを店員に叱られ、
すぐに『熱泉』から出て、
他の客たちや店員たち、駆けつけた騎士たちに、事情を説明して謝った。
オレと『熱泉』に入っていた男性客たちのほうは、
全然、怒ることもなく許してくれた。
いや、逆に、木下たちに感謝していたようだが・・・
それはそれで、木下たちに軽蔑の目で見られていた。
やはり、ここの常識は、女性客には受け入れがたいものがあるだろうな。
「・・・はぁ、とんでもない目に遭った。」
オレが、宿屋の休憩所で腰を下ろして、そうつぶやくと
「とんでもない目に遭ったのは、私たちの方です!」
そばに座っていた木下がまだ怒っている。
「た、たしかに、そうかもしれないが・・・
ユンム、お前がここを選んだのだからな。
店員に説明を聞いていたのは、お前だからな。」
3人の裸を見てしまったのは、不可抗力だと言いたかっただけなのだが、
責められている気がして、つい反論してしまった。
「おじ様は、私のせいだと言うんですか!?」
「い、いや、そういうわけではない!
あの、その、だから、裸を見られたのは、お互い様というか・・・。」
やっぱりオレは、火に油を注いでしまったようだ。
「私たちは、おじ様だけじゃなく、
ほかの男性たちにも裸を見られたのですよ!?
お互い様ではありません!」
木下の怒りは収まらない。
しかし、言い訳を聞いていると、たしかに・・・。
男のオレとは違って、赤の他人に裸を見られることは、
女性にとって、死にたくなるぐらい恥ずかしいはず。
ここは・・・オレが謝った方が、丸く収まるのか?
「まぁまぁ、ユンムさん。
おっさんや他の客も、見たくて見たわけじゃないんだからさ。
しかも、『混浴』っていう場所なんだから、
見たとか見られたとか言い合うのは野暮ってもんじゃないか?」
「うっ・・・うぅ・・・。」
オレが観念して謝ろうとしていた時に、
シホが助け舟を出してくれた。
あの木下が反論できないほどの正論で。
シホと目が合うと、目配せしていた。
これは・・・
オレが、シホとファロスの仲を応援していることへのお礼みたいなものか。
それにしても、あれだけ羞恥心が無さそうだった木下が、
こんなに恥ずかしがるとは・・・。
お嬢様として育ってきたからか、どこか常識離れしていて
少し心配だったが、こいつも、ちゃんと恥じらいが・・・
「おじ様に見られるのはいいとして・・・
他の男性に見られたのは・・・あぁ、恥ずかしい!」
「いや、良くない! おかしいだろ!
オレに見られることも恥ずかしいと思え!」
・・・やっぱり木下だな。
それとも、愚直に母親からの命令を
遂行しようとしているのか・・・やれやれ・・・。




