ファロスの家系
森の中は木陰があり、その木陰を森林のニオイが風に乗って吹き抜けていく。
「はぁ・・・、はぁ・・・。」
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・。」
道なき道を進んでいるから、
心地よい森の風は、疲れた体を癒してくれるように感じた。
日中は木陰のおかげで助かっていたが、夕暮れ時には、
その木陰のせいで、あっという間に辺りが暗くなってきた。
「ふぅ・・・ふぅ・・・。」
その頃には、ファロスの息も上がってきて、
オレたち5人は息を切らしながら歩いていた。
魔獣の肉は誰も食べようとしなかったので、
他の魔獣たちを呼び寄せかねない死体を焼却してきた。
あれだけの大きさの魔獣なら、討伐依頼が『ヒトカリ』に出ているかもしれない。
だからと言って、魔獣の死体ごと持ち運べるわけがないので、
とりあえず焼却する前に、特徴的な大きな牙4本を、魔獣の死体から引き抜いてきた。
ファロスは、薪になる枝木の束と、魔獣の牙4本を片手で抱えて、
もう片方の手には、解体したイノシシの肉が入っている布袋を持っている。
なかなかの重量だ。それを持ったまま、道なき道を歩き続けていたのだから、
さすがのファロスも疲れたようだ。
オレだったら、1時間も経たずに音を上げそうだ。
国境の村へと続く街道を横目に歩いてきていたから、
軽快に通っていく大型馬車をよく見かけた。
そして、たまに、馬に乗った騎士たちが五騎ほど、街道を駆けていく姿も見えた。
息も絶え絶えに木下が、知っている情報を語ってくれたが、
隣国『ソウガ帝国』が軍事国家ということもあり、
この先の国境の村は、この国の騎士団が駐屯していて守りが堅いらしい。
騎士たちが、よく往来する道だから、ここの道に野盗どもはいないようだ。
木下がヘトヘトになって、ニュシェに背負ってもらおうとし始めたので、
この日は、そこで野宿することにした。
「ふぅ・・・。」
荷物を全て、その場に下ろしたファロスが大きな溜め息をついていた。
「はぁ、ははは、さすがに疲れたようだな。」
オレなんて、荷物を下ろすどころか、
荷物を背負ったまま地面に腰を下ろしてしまっている。
まだ突っ立っているファロスは、まだ余力がありそうだ。
歳の差か・・・それだけではないな。
日々、鍛錬していた者と怠けていた者の差か。
オレは、リーダーっぽく、年上っぽく、ファロスを労うつもりで声を掛けたが、
「なんの、これしき・・・。
父上のしごきに比べれば、まだ甘いほうでござる。
これぐらいで、へばっていては、まだまだ・・・。
佐藤殿、ひとつ、手合わせ願いませぬか?」
「えぇ!?」
そうだった。こいつは、体力バカだった。
「はぁ・・・すまんが、オレのほうが、へばっている。
見た目通り、ジジィなんでな。」
実際、疲れてはいるが、手合わせするぐらいの余力はある。
しかし、動きたくない気持ちの方が勝ってしまった。
ファロスとの違いは体力だけじゃなく、精神の面でも負けているようだ。
オレが、やんわり断ると、
「そ、そうでござるか。」
ファロスは、少し残念そうな表情をしてから、
すぐに焚火の準備を始めた。
「あ、ファロスさん、あたしにも手伝わせて。」
「うむ、ではお願いするでござる。」
少し息が上がっている状態だが、ニュシェはすぐに
ファロスの焚火の準備を手伝い始めた。
ニュシェも、まだ余力がありそうだな。
ふと、ファロスたちとは逆の方向を見てみたら、
シホと木下が、荷物といっしょに地面に倒れている。
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・。」
「はぁ、はぁ・・・きっつい・・・。」
息切れして喋れなくなっている木下よりも、
愚痴を言っているシホのほうが体力があるのだろうが、
やはり、このパーティーの中では、この2人が一番体力がないようだ。
座り込んでいるオレも、他人のことは言えないが。
あとで木下に地図で確認してもらったが、
ここは、あの港町と国境の町の、ちょうど中間あたりらしい。
港町を昼過ぎに出てから夕暮れまでで、まだ半分か・・・。
木下に合わせて、ゆっくり歩いていたし、
途中で、ニュシェの訓練も兼ねて、晩飯用の狩猟もしたし、
こんなものかもしれない。
ついでに地図で確認してもらったが、オレたちが目指している町は
『ソウガ帝国』の国境の村から、けっこう近い町らしい。
国境の村から大型馬車に乗って南の方へ行けば、半日で着けるようだ。
ペリコ君と約束した日から・・・今日で2日目。約束の日までは、あと5日。
明日には国境を越えられるかもしれないし、大型馬車とのタイミングさえ合えば
明日中に、待ち合わせの町へ着けるかもしれないぐらいだ。
ずっと馬車に乗れなかったから焦っていたが、こうして地図で確認したら
日数としては、かなり余裕だったのだな。
もしかしたら木下は分かっていたのか。分かっていなかったのはオレだけか。
オレがテントを張り終えた頃には、焚き火がパチパチと音を立てていた。
ファロスとニュシェは、そのままイノシシの肉を切り始め、晩飯の準備に取り掛かった。
2人とも手際がいい。
シホが手伝いたいように、2人の周りをうろちょろしているが、
2人の手際が良すぎて、逆に足を引っ張りそうな空気を感じ取っているのだろう。
結局、ただ2人を見守っているシホ。
その間、やっと復活した木下が、オレとシホに
それぞれ『魔法の書』を手渡してきた。
「うげっ・・・。」
ファロスたちのそばにいたシホは、嫌そうな顔で木下から、それを受け取った。
オレも素直に受け取る。
木下は、晩飯が出来上がるまで、オレたちに『お勉強』をさせるつもりだ。
木下が、あの作り笑顔でオレたちを見守っている。仁王立ちで。
とてもじゃないが、断れない。
「・・・始めるか、シホ。」
「お、おぅ・・・。」
オレは、武器屋で言ってしまった自分の宣言を早くも後悔していたが、
オレとシホは、覚悟を決めて『魔法の書』を読み始めた。
すぐに、まぶたが重たくなってくる感覚があったが、眠ってしまうわけにはいかない。
木下の目が光っている。
それにしても『魔法の書』なんて、いつぶりだろうか。
体術系の大学でも、一応、読まされたことがある。
しかし、内容は記憶に残っていない。
シホが受け取った『魔法の書』は、風の魔法について記されているようだ。
オレが受け取った『魔法の書』は、なぜか、雷の魔法だ。
『レスカテ』の時、あの『クマタイプ』の魔獣に向けて放った、雷の魔法・・・。
4人で魔法の重ね掛けをした時、
オレだけが間違って中級魔法を使ってしまったわけだが・・・。
「・・・。」
木下は作り笑顔だから表情からは何も読めない。
おそらく、オレには、雷の魔法の基礎とか初歩的なことから
覚えさせようと考えているのだろう。
もしくは、『ソール王国』以外で出回っている『魔法の書』は
こういうものだとオレに伝えようとしているのだろうか。
本の内容としては、とても簡単なものが載っている。
オレとしては、いきなり難しい内容だと投げ出したくなっていただろうから、
簡単な内容で、ありがたいのだが・・・これはこれで、
木下が、オレの頭の程度に合わせて簡単な本を渡したのだと感じて、少し腹立たしい。
シホは最初こそ、ブツブツと小さな声で愚痴を言っていたようだったが、
やがて真剣な顔つきになって、無言で本を読み始めた。
やはり普段から魔法を使っているから、ここぞという時の集中力がある。
魔法は、詠唱文をただただ丸暗記すればいいものではない。
魔法を使うために、必要なことは、たくさんある。
そのうちのひとつが集中力だ。
どんな状況でも、瞬時に、魔法に集中できるかどうか、だ。
そして、魔法は『イメージ』だ。
魔法の詠唱は、その魔法の『イメージ』を高めるためのもの。
そして、同時に、その魔法に必要な魔力を高めなければならない。
何もない場所で練習するだけなら、オレでも落ち着いて魔法を使えるかもしれないが、
戦いの場で、敵の動きや思考、殺気が渦巻く状況で、
自分の緊張感や気の迷い、恐怖心、それらを一旦無視して、
瞬時に意識を魔法に集中するのは至難の業なのだ。
それに加えて魔法の詠唱文を
覚えられない、思い出せないという難点がオレにはある。
難しい言葉使いの詠唱文を理解して、『イメージ』しなければならないが、
オレには、その『イメージ』を膨らませることも苦手なのだ。
「・・・。」
しかし、シホの真剣な横顔を見ていると、
弱音なんて吐いてられないという気持ちになる。
簡単な『魔法の書』を渡してきた木下を見返してやろう。
オレは重たくなってくるまぶたを、カッと見開いて、本に集中し始めた。
「お肉、焼けたよー!」
「ぅおぉぉぉ! 待ってましたぁ!」
「ふぅ・・・。」
肉の焼ける香ばしいニオイが漂い始めた頃には、
オレとシホの集中力は、とっくに切れていた。
ニュシェの嬉しそうな掛け声で、オレたちの勉強時間は、とりあえず終わりを迎えた。
木下が監視していたから、なんとか耐えられたが
木下がいなければオレなんて、ものの数分で眠っていただろう。
ファロスとニュシェが用意してくれた晩飯は、
イノシシの焼き肉だ。いたってシンプルだが、味がついている。
ファロスは、ほとんど荷物を持っていないわりに、
少しだけ調味料を持ち歩いていたようだ。
ファロスの旅は、野宿することが多かっただろうから、
調味料は、必需品だったのだろう。
今度、オレも買っておこうかな。
「ニュシェちゃん、ファロスさん、美味しいです。」
「よかった。えへへ。」
「それはよかったでござる。」
あまり肉を食べたがらない木下だが、ニュシェが採ってきていた野草と
いっしょに肉を食べている。それが美味しかったようで、いい笑顔になっている。
木下に褒められたニュシェもファロスも、嬉しそうだ。
「うまい! うまい!」
シホも、たくさん肉をほおばっている。
昨日から、木下とシホは、あまり肉を食べないようにしていたようだが、
「今日は、たくさん歩きましたからね!」
「今日は、たっぷり頭も使ったからな!」
2人とも、もっともらしい理由をつけて食べているようだ。
誰に対しての言い訳なのか・・・おそらく、自分自身に対してだろう。
オレとシホの『お勉強』の結果、シホは新しい風の補助魔法をひとつ、
少しだけ理解できたらしい。しかし、魔法の『イメージ』が難しいようだ。
まだ実戦で使える段階ではない。
オレのほうは、初級の魔法ばかりだったし、
すでに知っている魔法が多かったため、理解はできていた。
ただ・・・すべての詠唱文を覚えることは、オレには不可能だと感じた。
本を読みながら魔法を使えば、できそうだが、
実戦で、敵を目の前にして、呑気に本を開くわけにはいかない。
「私も実際に使ったことはありませんが、物質に魔法の効果を付与するには、
対象となる物質の性質と、魔法のエネルギーが融合するイメージで・・・。」
「いや、理屈は分かるけど、そんな簡単にイメージできないって。」
シホが魔法を習得できないとボヤいていたので、
木下が助言しているようだが、なかなか難しいことを要求している。
中級の魔法ともなれば、難しくて当たり前か。
「おじ様は・・・とりあえず魔法というものを理解できたらいいと思います。」
「うっ・・・分かった。善処する。」
オレが、魔法を苦手としていることと、勉強が苦手なことを見透かして、
木下はそう言ってくれたが、これはこれでヘコむ。
期待されてないというか・・・。
まぁ、たしかに期待されても応えられる自信はないわけだが。
「そういえば、ファロスは、魔法のほうはどうなんだ?」
ふと気になって、ファロスに聞いてみた。
長谷川さんもファロスも、魔法を使って戦っているところを
見たことがなかったが・・・。
「恥ずかしながら、じつは拙者も魔法は不得意でござる。」
「そうだったのか。」
オレはファロスの返答を聞いて、少し安心してしまった。
自分と同類であると感じたからだ。
「・・・そうでござるな。
今なら、魔法も鍛錬しておくべきだったと思うでござる。
拙者の母国『ロンマオ』は、小さな国でござるが、
周辺の国と友好な関係を築けているため、
攻め込まれることもなく、ずっと平和な国でござった。
だから、拙者たち、侍も己を磨くことを怠ってしまって・・・。
それゆえ・・・あのような惨劇が生まれた・・・。
すべては、拙者たちの慢心が招いたこと・・・今は、反省しているでござる・・・。」
「・・・。」
みんな、黙ってファロスを見つめている。
ファロスの落ち込む様子を見て、
ホッとしてしまった自分が情けないと感じた。
何が同類だ・・・。
オレは、たぶん『特命』の旅に出なければ・・・
あのリストラがなければ、今も、のうのうと
惰性で城門に突っ立っていただけだっただろう。
『スパイ』である木下が侵入していることにも気づかずに・・・。
そうして、いつの間にか、木下の母国やファロスの母国と同様に、
『例の組織』に乗っ取られていたかもしれない・・・。
慢心していたのは、オレも・・・『ソール王国』も同じだ・・・。
ファロスは、まだ若者だから未来があるが、
オレは、この歳まで惰性で生きてきてしまった・・・。
取り返しのつかない年齢になってから『お勉強』して、今さらどうなるのか・・・。
「拙者は、父上を追って旅に出るまで、実戦経験がなかったでござる。
対人戦は、主に父上とばかりで・・・
特に、父上がこの刀、『斬魔』を持っていたため、
戦いで魔法を使うという概念が抜けていたでござる。
父上の戦い方も、この『斬魔』を中心とした戦い方だったので、
父上が魔法を使ったところを見たことがなかったでござるなぁ。」
「そういえば、そうだったな。
その『刀』は、魔法を斬れるんだったな。」
「え、マジかよ? その妙に反り返ってる剣は、魔道具の剣なのか!?」
オレとファロスの話を聞いていたシホが驚いた。
そういえば、この話は、オレとファロスしか知らない話だったか。
そして、ファロスの話を聞けば納得だ。
長谷川さんが持っていた、あの『刀』は魔道具の武器で
魔法を斬ってしまうという代物。魔法を使う戦法は無意味なんだな。
それに、あの長谷川さんなら、
相手に魔法を唱えさせるヒマなど与えてくれないだろう。
「拙者の国の侍というのは、他国でいう貴族みたいな位置づけで。
とはいえ、そんな畏まる必要もないのでござるが・・・。」
「おぉ、じゃぁファロスと結婚したら玉の輿じゃねぇか。」
「いや、拙者はそんな高貴な家柄ではなくて・・・。」
「ねぇ、タマノコシって何?」
シホとニュシェが、そのままの話の流れで
ファロスのことを根掘り葉掘り聞いている。
気づけば、シホはちゃっかりファロスの隣りに座って、
ファロスに寄りかかりそうな勢いだ。
「『ロンマオ』の侍の中でも、特に強い12の家系がござって・・・
主君の『星月家』に仕えていたので、
それぞれに12の星座の称号が与えられているでござる。
わが長谷川家は、12の星座の中でも、一位、二位を争うほど、
最強と言われている『ドラゴン座』の称号を与えられて・・・。」
「ドラゴン!?」
3人の話の輪に入っていかず、
ぼんやり聞いていただけのオレと木下だったが、
話の中に『ドラゴン』の名前が出てきて、オレは思わず反応した。
「そう、『ドラゴン』でござる。」
「おい、ファロス。12の星座は有名だけど、
『ドラゴン座』なんて聞いたことないぞ?」
自信をもって語っているファロスに、シホが反論する。
有名な12の星座はオレも知っているが、
シホの言う通り、その中に『ドラゴン座』は存在しない。
「そうでござるか。拙者の国では『ドラゴン座』が入っているでござる。
その昔、国中を暴れまわった竜がいたという言い伝えもあるぐらいで・・・
そこから星座になったという話があって・・・
もしかしたら、他国とは違うのかもしれません。」
「なるほど、『ロンマオ』にも、『ドラゴン』の伝説が・・・。」
この国でも『伝説の海獣』が『ドラゴン』だったという説があったくらいだ。
数百年前までは、当たり前に生存していた『ドラゴン』。
各地に、『ドラゴン』にまつわる話があっても、おかしくはない。
「だから、拙者は・・・『ドラゴン』の生存を信じているでござる。」
「え・・・。」
そう言って、ファロスは、オレの目を真剣に見つめてきた。
「いや、その、オレは・・・。」
「よかったですね、おじ様。『ドラゴン』を信じている仲間が増えて。」
「ぅ・・・。」
このパーティーは、『ドラゴン討伐』がオレの夢ということで
結成されていることになっている。本当は『特命』なのに。
しかし、なんの疑いもなく、躊躇することもなく、
ファロスがこのパーティーの仲間入りをしてくれたのは、
そういうことだったのか。
純粋に『ドラゴン』の存在を信じているファロスの気持ちに
オレは嘘をついている気がして、申し訳なく感じる。
それにしても、『ドラゴン座』の称号をもらうほどの強い家系か。
長谷川さんの強さなら納得だ。
あれなら、ひとつの国の中で最強であっても不思議ではない。
そして、その息子であるファロスも、
長谷川さんに負けず・・・いや、負けていたが、
これからの鍛錬で、父親の実力に近づいていくことだろう。




