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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第四章 【初恋と伝説の海獣】
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体力バカ



結局、ニュシェは『バトルアックス』ではなく、

小さな『ハンドアックス』を木下に買ってもらった。

移動を続ける旅へ持っていく武器としては、

やはり『バトルアックス』は大きすぎて何かと邪魔だし、

ファロスの助言によれば、


「弓と斧、いきなり両方を実戦で使っていくのはオススメできません。

まず、最初に遠距離攻撃の弓を上手に使えるようになったほうがいいでしょう。

遠距離から戦局を見て、敵と味方の配置や動きを把握して、

自分がどう動けばいいかを実戦を通して学んだほうがいいでござる。

その後で、近接攻撃の斧を覚えたほうが・・・。」


という話だった。

それにはオレも賛成だった。

遠距離のほうが・・・敵という『危険』から離れて、戦いを経験できる。

単純に、生存確率が上がる。


ニュシェは、素直にオレたちの意見を聞いてくれた。


グルルル・・・ ギュルルル・・・ グゥゥ・・・


オレたちが武器屋を出た時点で、3人の腹が鳴った。

オレと、シホとニュシェだ。

2人の音は、すべてオレのせいにされたが。


「お昼にしますか?」


木下が、気遣って聞いてきたが、


「いや、そろそろ馬車が到着する頃だろ。

次こそは乗りたいからな。

食べている時間が惜しい。」


オレがそう答えると、みんな、うなづいてくれた。




しかし、停留所へ来た馬車は、またしても

商人たちの荷物で満載となり、人が乗れる場所が埋まってしまっていた。

2人だけなら乗れると御者に言われたが、オレたちは断った。


「この際、数人に分かれて、乗れる馬車に乗って、

次の町で合流するとか、そうやって移動しようか?」


と、シホのやつが機転を利かせて提案してくれたが、

もしも・・・最後に残ったやつが馬車に乗れず、

この町で一夜過ごすことになった場合、離れ離れになる危険がある。

それに、少人数でいるところを『例の組織』に狙われたら・・・

パーティーみんなで移動するほうが安全だ。


仕方なく、オレたちは、

停留所の近くにあった食事処『魚頭うおがしら』で、

昼飯を食べながら、今後の進み方を話し合った。


今までは、運良く4人いっしょに馬車に乗れていたが、

今後、5人いっしょに馬車に乗ることは、

この国の状況からして厳しいと、オレたちは判断した。

タイミングよく5人乗れる馬車に出くわすのを、ただただ待つよりも、

確実に目的地へと進みたい。


その結果、オレたちがとった行動は・・・




「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ・・・。」


「はぁ・・・はぁ・・・おい、遅れてるぞ、ユンム。」


「ぜぇ・・・お、おじ様こそ・・・ぜぇ、ぜぇ・・・

い、息が、あがって・・・ますよ? ぜぇ、ぜぇ・・・。」


オレたちは、食後に港町『ヌオターレ』から

国境の村『ターミ』へ向かって、歩き出した。

馬車ならば半日で到着する距離だが、もちろん馬車よりも時間がかかる。

おそらく、途中で野宿しなければならないだろうから、

村に着くのは明日になるだろう。

しかし、あのまま乗れる馬車を待っていたら、

港町で一夜明かしてしまうことになりかねない。

パーティーの旅の資金もゼロだから、

お金をかけずに少しでも東へと進もうと話し合ったのだ。


最後までゴネていたのは、木下だけだった。


「ぜぇ・・・ぜぇ・・・だから・・・ぜぇ、ぜぇ・・・

イヤだって・・・あれほど・・・ぜぇ、ぜぇ・・・。」


「はぁ、ユンムさんの体力の無さはひどいな。

これはユンムさんの体力アップの訓練も兼ねているからな。

文句言わずに歩けよ~。」


「ぜぇ・・・ぜぇ・・・いじわる、です・・・ぜぇ、ぜぇ・・・。」


乱れた髪型のまま、汗だくになって文句を言う木下。

もはや作り笑顔ではない、苦悶の表情だ。

実際、木下は何も荷物を持っていないのに、この有り様だ。

木下の荷物は、いつもオレが持ってやっていたが、

今回は、オレよりも荷物の少ないファロスが持ってくれることになった。

シホはシホで、自分の荷物を持ち歩いている。

慣れのせいもあるのだろう。

シホは少し息があがっていても、全然辛そうな表情を見せていない。


「あたしが背中を押してあげようか?」


「ぜぇ、ぜぇ・・・あ、ありがとう・・・ニュシェ、ちゃん・・・ぜぇ、ぜぇ・・・。」


とうとう木下は、ニュシェに背中を押してもらうようになった。


この中でも、全然疲れを見せていないのが、ファロスとニュシェだ。

ファロスは、やはり鍛え方が違うのだろうな。

オレよりも体力がある。

ニュシェは若いというだけじゃなく『獣人族』だからか、

オレたち通常の人間より、体力もチカラもあるように感じる。

育て方次第では、このパーティーの中で一番のツワモノになりそうだな。


そのニュシェは、まだ荷物という荷物を持っていない。

ニュシェの着替えは、まだ少ないので木下の荷物といっしょに入っている。

今、ニュシェが背負っているのは、美しい白い弓。

そして、20本程度の矢の束が入っている矢筒やづつだ。

腰のベルトには、布袋とハンドアックスが携えてある。

ニュシェには、この移動中に、食べられそうな動物を見つけたら、

狩猟するように言ってある。

夕食用の肉にするためであり、ニュシェの弓矢の訓練のためでもある。

また、もしも、野盗に出くわしたら、

一番遠い敵から仕留めるようにと教えてある。

一番遠い場所にいる敵は、遠距離攻撃をしてくる可能性が高く、

不利となったら一番逃げられやすい敵だからだ。


「はぁ・・・はぁ・・・。」


港町を出てから、しばらくは平坦な街道が続いていて、

視界には、草原が広がり、海側から吹いてくる潮風が心地よかったのだが、

数時間後には、街道が坂道になってきて、

周りの風景も少しずつ木々が目立ち始め、雑木林の中へと入っていった。

直射日光を避けられるのはありがたいが、草原にいた時ほど潮風を感じない。

坂道になったあたりから、とうとうオレも息があがってきた。


国境の村は、山の中腹にあるようだ。

そのうち、深い森の中を歩くことになるのだろう。

時折、大型馬車の往来があったが、どの馬車も荷物が満載のようだった。


「ぜぇ、ぜぇ・・・そ、そろそろ・・・

休憩、しませんか? ぜぇ、ぜぇ・・・。」


「はぁ・・・そうだな・・・。みんなは、どうだ?」


「賛成だ。はぁ、ひと息つこうぜ。」


汗だくの木下が、何度目かの休憩を提案してきたので、

その提案通り、雑木林の中で休憩をすることにした。

街道のすぐそばだと馬車の往来があったときに目立つため、

少し街道から離れた場所に、座り込んだ。


木下は、座り込むというより仰向けになって倒れこみ、ぐったりしている。

こいつは、もう一度、立ち上がれるだろうか?


「はい、ユンムさん、お水だよ。」


「ぜぇ・・・ぜぇ・・・あ、ありがとう・・・ぜぇ、ぜぇ。」


ニュシェに介護されている木下。

ニュシェも少なからず疲れているだろうに、自分よりも先に

木下に水筒を渡して水を飲ませている。


「はぁ、こうして歩いてても、食べられそうな獣って、

そうそう出てこないものだなぁ。はぁ・・・。」


シホが息を整えつつも、退屈そうに、

周りをきょろきょろと見渡しながら、そう言った。


「ふぅ・・・おそらく、街道が近いからでござろう。

害獣や魔獣でもない限り、獣は人の気配がする場所には

寄ってこないものでござるよ。」


ファロスが、もっともなことを言う。

オレも、そう言ってやりたかったが、

息が整っていなかったから、即答できなかった。


「はぁ・・・はぁ・・・。」


座り込んで、天を仰げば、木洩れ日がなんとも眩しい。

木下ではないが、オレもこのまま倒れこんでしまいたい気分だ。


オレの、この体力の無さは、日頃から鍛えていなかったせいと、

老化によるものだと感じている。

鍛えていなかった分は鍛え直せば、どうにかなるかもしれないが、

老化のせいで失った体力は努力しても、どうにかなるものではない。

ふと、あまり疲れていない様子のファロスやニュシェのほうを見て・・・

オレも、もう少し若ければ・・・なんて、無い物ねだりみたいな

考えが思い浮かぶが、少し頭を振って考えをかき消す。

体力で劣っていても、気持ちの部分で負けを認めてしまってはダメだ。


「ふぅ・・・。」


水筒で、のどを潤してから、少し気配に集中してみたが、

やはりファロスの言う通り、この辺りには獣らしき気配がなかった。


「街道に沿って歩きつつ、街道から少し離れて歩いてみるか?」


オレの提案に、


「そうでござるな。拙者としては、今夜の野宿にそなえて

薪を拾いながら行けると、ありがたいでござる。」


そう答えるファロス。


「ユンムの荷物も、そこそこ重いだろうに、

その上、薪まで拾っていくのか?」


「自分に負荷をかけるのも修行になりますから。」


ファロスは、笑顔でそう答えた。

嫉妬心から「この体力バカめ!」と心の中で毒づいてみたが、

この男が味方になってくれて、なんとも頼もしく感じた。


「あ、ユンムさんが何か言ってるよ。」


「ぜぇ・・・ぜぇ・・・。」


ニュシェがそう言いながら、木下の口元に耳を傾けると、

木下は、息を切らしながらも、何やらゴニョゴニョ小さな声で話しているようだ。


「あ、あのね、ユンムさんが、

街道から外れると、道がないところを歩くことになって、

とても疲れるからって・・・。」


「却下だ。」


「ぜぇ・・・ぜぇ・・・。」


木下の訴えをニュシェが代弁してくれたが、

オレは、それをバッサリ拒否した。

木下が恨めしそうな目でオレを見てくるが、オレは知らぬ顔をした。


「でも、実際、どうなんだ?

獣を見つけるために街道を離れて歩くと、

逆に、魔獣に遭遇しやすくなるんじゃないか?」


木下の肩を持つつもりなのか、シホがそう言いだす。

たしか、この国の陸地では

『ゴリラタイプ』と『イノシシタイプ』の魔獣が出るらしいな。


「たしかに危険度は増すが、その時は討伐する。

魔獣も、一応、獣だからな。食べられないことはない。」


「うげっ・・・。」


オレの答えに、シホのやつはイヤそうな表情になった。

あのマズイ肉の味を知っているのだろう。

しかし、食べる物が他に無ければ、背に腹はかえられない。


「ぜぇ・・・ぜぇ・・・。」


「あの、ユンムさんが・・・。」


「却下だ。」


オレとシホのやり取りを聞いて、

すかさず、木下がニュシェにゴニョゴニョと耳打ちしていたが、

オレは、それを最後まで聞かずに拒否した。

聞かずとも分かる。木下も魔獣のマズイ肉が嫌いなのだ。


「あたし、獣を探しながら、ユンムさんが食べられそうな野草を探すね。」


「ぜぇ・・・ぜぇ・・・ニュシェ、ちゃぁぁぁん・・・。」


ニュシェの優しさに、木下が感動して抱き着いている。

ニュシェは野草の見分けもつくのか。

狩りの術を教えた父親に習ったのか。

『獣人族』の村から出たことがなかったニュシェだが、

オレよりも知識があるように感じる。

それだけ、両親に大切に育てられたのだろう・・・。


「魔獣の肉・・・でござるか。」


ファロスも渋い表情になった。

こいつも食べたことがあるようだな。

たしかに、魔獣のマズイ肉を好むやつはいないだろう。

オレも出来れば、普通の獣の肉がいい。


「さて、ニュシェ。疲れてないか?」


「うん。」


ニュシェが疲れてないのは分かっているが、一応、聞いてみた。

ニュシェは小さくうなづく。


「ならば・・・ここなら人もいない。

ここから、街道の向こう側にある大木が見えるか?

試しに、あの大木を弓で射ってみてくれ。」


「う、うん。」


ニュシェの弓には、すでに武器屋にて弦を張ってある。

だが、まだ試し撃ちをしていない。

いきなり実戦で試すよりも、試し撃ちしておいたほうがいい。

オレが指さした大木までの距離は、ざっと30m。


キリリ・・・


弓を構え、矢をつがえるニュシェ。

白く美しい弓が、反り返る。そして、


キュン!


タァァァン!!


ニュシェが放った矢は、まっすぐ、オレが示した大木を射る。

矢が刺さった音が、辺りに響いた。命中だ。

この距離の大木に、いとも簡単に届いたから、もっと遠くの標的でも狙えるだろう。

飛距離、威力とも、申し分なさそうだ。


「おじさん!」


「あぁ、上出来だ。

ニュシェは、実際に使ってみて、どうだ?」


「うん、すっごく弓が軽いし、弦も軽く引けるし、狙いやすかったよ。」


嬉しそうなニュシェ。

どうやら、弓自体も使いやすいようだ。

やはり、あの『宿屋』の店主は最高級の弓をくれたようだな。


「おぉ、すげーな、ニュシェ!

それで獣もばっちり狩ってくれよ!」


「うん!」


まるで、夕飯はニュシェの腕にかかっているかのように頼むシホ。

たしかに、ニュシェの腕次第だが、


「魔法で狩ってくれてもいいんだぞ、シホ?」


「う・・・、無理を言うなよ、おっさん。

魔法の詠唱している間に、

魔力に感づかれて逃げられちゃうって。」


オレの皮肉たっぷりの指摘に、シホがふくれっ面で答える。

実際、オレもシホに偉そうなことは言えない。

魔力に感づいて向かってくる魔獣と違い、

獣は、人の気配や魔力に感づくと、すぐに逃げてしまう。


「あたし、がんばるね!」


「ニュシェー!」


シホの分もがんばると決意表明して見せるニュシェ。

シホまでもが、ニュシェの優しさに感動して抱き着いている。

最年少のニュシェに、自分たちの食事の材料を任せきるのは、

オレとしては、諸手を挙げて喜べない。






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