ニュシェの武器
その後、停留所に来た大型馬車に乗ろうとしたら、
商人たちの荷物が多すぎて、あと3人しか乗れないと
御者に言われたので、断った。
ファロスが仲間として増えた分、5人そろって
大型馬車に乗るというのは、この国の現状では、なかなか難しいのかもしれない。
奇しくも、木下の思惑通りになってしまったわけだ。
次の大型馬車が来るまでに、木下の提案通り、
オレの装備品を買い替えることになった。
停留所にいた商人たちに、防具屋の場所を教えてもらった。
港町『ヌオターレ』の中心部から、ほんの少し外れた場所にある
武器屋『チャシブ・ソード』は、そこそこ大きな武器屋で、
防具も取り揃えてあるらしい。オレたちは、そこへ向かった。
店はすぐに見つかった。
他よりも大きめな建物で、白いレンガと赤いレンガの壁だ。
武器屋に入るなり臭ってくる、あの独特な金属と油のニオイ。
店内は広くて、1階に防具、2階に武器を置いているようだ。
中には、オレたちと同じような格好の傭兵たちのパーティーが数組いた。
「鋼鉄の槍が、また値上げしてるなぁ。」
「海の魔獣討伐の依頼が、よくあるからだろ。
漁師たちが魔獣の縄張りに入らなきゃいいだけなんだが、
漁師たちも必死だからな。」
「必死なのは商人たちじゃないのか?
鋼鉄が売れるからって、足元見て、値を上げてやがるんだ。」
そんな会話が聞こえてくる。
傭兵たちが話していた『鋼鉄の槍』のすぐそばに『鋼鉄の鎧』一式が飾ってある。
一番目立つ場所に飾ってあるが、値段も他の鎧よりも目立っている。
頭と顔をすっぽり覆う仮面。胸当ても大きくて、胸部から腹部を完全に守っている。
腰当てから垂れている草摺と呼ばれる部分は、
足のヒザあたりまであって、もも当て、ヒザ当て、スネ当ても合わせて、
下半身も完全に守られている。肩当て、ヒジ当て、手甲も揃っている。
全て銀色。完全防御の鎧、『フルプレートアーマー』と呼ばれる鎧だ。
『ソール王国』にいた頃でも、ここまでの装備を着たことがない。
立派な装備だ。
「かっこいいけど、高いですね。」
「あぁ、それにこれだけの重装備だと、いざという時には素早く動けない。
第一、移動するだけで体力が尽きてしまうから、オレには合わないな。」
オレが、鎧をじっと見ていたから木下が話しかけてきた。
オレはオレで、そう答えつつも、実際に自分が装備したら・・・と、
頭の中で、装備した時の自分を想像していた。
騎士であれば、こういう装備に憧れるものだ。
オレは、その鎧を横目で見つつも、
今、装備しているものと似たような、
防御力も値段もお手頃な鎧を探した。
「これ、ちょっと際どいかも・・・。」
「でも、デザインがかわいいよね。」
店の奥から女性たちの声が聞こえて、ふと、そちらを見てみたら、
あの『例のアーマー』が飾ってあって、女性客2人が、それを見ていた。
木下たちが着ていた『水着』と似たような形だが、
布製ではなく革製の、一応、防御力がありそうな素材で出来ていて、
黒や赤など普通の防具とは違う、女性が好みそうな色が並んでいた。
この町の中でも、他の女性たちが着ていたのを見たことがある。
な、なるほど、ここで買えるのか、アレは・・・。
「おじ様、こっちに、相当安いものがありますよ。」
「お、おう。」
木下に呼ばれて、少しドキっとしてしまった。
オレは木下に悟られないよう、すぐに平静を装って、
木下がいる方へと向かう。
木下は、オレに合う装備をいっしょに探してくれているつもりのようだが、
「安ければいいってもんじゃないぞ?」
オレは、そう注意しながら、木下が指さした場所を見た。
そこには、『中古・処分品』と書かれた紙が貼られていて、
たしかに値段は破格のようだが、
乱雑に置いてある鎧は、どれもこれも、傷ついていたり、破損している。
中には、赤黒いシミがついているものまである。
あれは血じゃないのか? まるで呪われているように見える。
「おいおい、これじゃ今の鎧のほうがマシだぞ。」
「そうなんですか?
私としては、今のおじ様の鎧と同じように見えますが。
私はニオイさえ無ければいいと思ってますから。」
そう言って、また鼻をつまむ木下。
オレとしては、装備に付いたニオイは、
海から漂ってくる潮の香りに似ているから、あまり気にならなくなっていたのだが、
どうやら、木下にとっては嫌いなニオイらしい。
しかし・・・その態度は、地味に傷つくな。
そういえば・・・
「ん? ほかのやつらは、どこ行った?」
「ファロスさんは、店員に何か聞いているようですが、
シホさんとニュシェちゃんは2階へ行ったみたいです。」
「そうか。」
オレが、自分が選んだ装備をレジへ持っていったら、
ファロスがレジ前にいた。
たしかに、何やら真剣に店員へ質問している。
「兜は、ここにある物だけだよ。
そんな形の兜は見たことも聞いたこともないなぁ。」
「そうでござるか・・・。」
オレが背後に立つと、ファロスは、さっと身を引いていった。
落胆している様子からして、欲しい情報は手に入らなかったようだ。
木下に借りたお金で会計を済ます。
木下が、店員へ掛け合ってくれて、
今、装備しているものと同じくらいの値段で購入できた。
ついでに、今、着ている装備を買い取ってもらえないかと
木下が店員へ持ちかけていたが、さすがにニオイがきつすぎてダメなようだ。
・・・そんなに強いニオイだったのか。
オレはさっそく試着室で、新しい装備に着替えさせてもらった。
こげ茶色のなめし革の鎧。胸当て、腰当て、手甲とスネ当て。
防御力は高くないが、その分、軽くて動きやすい。
今まで装備していたものは、店員に頼んで廃棄してもらうことになった。
ついでに、服も着替えて、処分してもらった。
装備品のニオイが、服にも移ってしまっていたからだ。
目当ての物が買えたので、シホとニュシェを呼びに2階へ行く。
階段の壁に飾ってある、大きな盾と剣が、ひと際目立っている。
青緑色の盾は、この国の騎士たちが身に着けていたマントと同じ色だな。
鮮やかで綺麗な色だ。
2階へ上がると、1階と同じくらいの広さ。
そこに、所狭しと武器が並んでいる。
剣と槍が主流のようで、ほかの武器より多く並んでいるようだ。
中でも目立っていたのは、階段を登り切った広い場所に
展示してある、最上級の両手剣『バスターソード』。
片刃だが、刀身が長く、太く、巨大なために片手では扱いづらい。
切れ味もさることながら、その重量で叩きつけるように斬るから、
「ぶった切る」という表現のほうが合う。
大型の魔物や魔獣に対しては、とても有効だろうが、
人間相手では、大振りになって、容易く避けられてしまうだろう。
母国の騎士たちの中でも、これを好んで装備する者はいない。
だから、実戦向けではないのだが・・・
英雄を題材とした演劇では、必ずと言っていいほど、主人公がこれを使っているもので。
「おぉ、『バスターソード』でござるかぁ・・・。」
ファロスが目を輝かせて、そう言った。
やはり、英雄に憧れたことがある男としては、
自分が扱えないとしても、少し心が揺れる武器だ。
オレも「重そうだなぁ」と思いつつ、ついつい見入ってしまう。
「おじ様、ファロスさん。
ニュシェちゃんたちは、あそこにいますよ。」
木下にそう言われて、指さされた方向を見てみれば、
シホとニュシェは、弓矢が置いてある場所にいた。
オレたちを見つけると、ニュシェが
「あ、おじさん・・・お願いがあるんだけど・・・。」
と、とても言いにくそうに、モジモジしだす。
「もしかして、弓の弦か?」
「・・・うん。できれば、その、欲しいんだけど・・・。」
『レスカテ』の宿屋『エグザイル』の店主から譲り受けた、あの真っ白な弓・・・。
弦がないから、今は使い物にならないが、それさえあれば、
ニュシェも戦いに参加できるだろう。
ニュシェは、うつむき気味に、オレと木下の顔をうかがっている。
「その、お金は、きっと稼いで返すから・・・だから・・・、
だから、あたしも・・・みんなのために戦いたいの・・・。
いつまでも守られてばかりじゃ・・・ダメだって、思うから・・・。」
ニュシェが、たどたどしく、そう言った。
その声は弱く聞こえていても、心の強さが伝わってくる。
ぎゅっと拳を握って・・・ちゃんと、覚悟をして言っているのだな。
武器を持つという意味。
攻撃できるということは、攻撃されることも覚悟しなければならない。
相手を傷つける覚悟と、傷つけられる覚悟。
その痛みを負う覚悟をするということ。
それが『戦う』ということ。
「みんなのため」か・・・。
武器を持つ理由として、ニュシェらしい、優しい理由だな。
ニュシェの隣りに立ってるシホを見ると、小さくうなづいている。
ちらりとオレの横にいる木下を見ると、木下もうづいた。
2人とも、ニュシェの気持ちを尊重したいようだ。
「分かった。と言っても、お金は木下が出すわけだが・・・。」
「もちろん、いいですよ。」
オレと木下の返事を聞いて、ニュシェの不安そうな顔が明るくなった。
「もう買いたい弦は、だいたい決まってるんだ。
ユンムさんの予算次第だけどな。」
ここで、さっきまで黙っていたシホが喋りだす。
どうやら、先に2人で目当ての物を選んでいたらしい。
「魔道具の弦ですか・・・。なかなか値が張ってますね。」
「あぁ、最初は、通常の、頑丈なだけの弦でもいいって思ったけどさ。
俺たちの旅って、ただの傭兵たちとは状況が違ってきてるからさ・・・
ニュシェが即戦力になるには、
これぐらいの物を使っていったほうがいいと思うんだ。」
シホの言い分は、一理ある。
ただの傭兵のパーティーではない。
これから先、この瞬間も、いつ『例の組織』に襲われるか分からないのだ。
ニュシェも武器を持つなら、守られてばかりじゃなく、
即戦力にならなければ・・・と、シホは考えているようだ。
棚を見れば、弓の弦が束となって、たくさん並んでいる。
シホが指さしている弦は、魔道具の弦のようだ。
そばに置いてある説明の札には、
風の特性を持つ魔鉱石の粒を編み込んであるらしい。
矢の速度、威力、飛距離が格段にアップすると書かれてあるが、
値段も通常の弦より格段にアップしている。
近づいて手をかざすと、わずかに魔力を感じる。
「これ、切れやすいんじゃないか?」
魔道具については知識が疎いオレ。
しかし、弓矢については、学校で少しばかり勉強したし、
実践訓練で使ったことがある。
シホが指さした弦を見てみると、通常の弦よりも細い気がした。
「まぁ、それは確かに。魔道具だから耐久性が悪いのは仕方ないけど、
扱いが難しい弦を、うまく扱えてこそ、一流の弓使いになれるってもんだろ。」
シホの言うことも分かるが、
「いや、初心者には、いきなり難しすぎるだろ。」
即戦力になろうとしても、扱いが難しすぎて、
使い物にならないのでは本末転倒だ。
「まずは通常の弦を扱えるようになってからだろ。
通常の弦が切れる頃には、一流の弓使いになっているだろうから、
魔道具の弦は、その時に買えばいい。」
「うーん、確かに・・・。」
自分の意見が通らなかったから、シホが落ち込む。
「たしか、こんな魔道具に頼らなくても、
同じ効果を武器に付与する、風の補助魔法があったはずです。
シホさんなら、使えるのでは?」
博識の木下が、落ち込んでいるシホにそう提案してみたが、
「うっ・・・そういう補助魔法があるのは知ってるし、
昔は覚えようとしてたけど、俺の姉さんの詠唱のほうが早くてさ。
俺は防御の魔法が、安定して、うまく発動できてたから、
そういう付与の魔法は、姉さんに任せっきりになっちゃって・・・
結局、魔法の詠唱を覚えてないんだ。」
そう言って、さらに暗い表情になるシホ。
亡くした姉のことを思い出してしまったのだろう。
そして、また自分と比べて落ち込んでしまったようだ。
「落胆することもないだろう。
覚えてないなら、これから先、覚えていけばいいじゃないか。」
「おっさん、軽く言ってくれるなよ。
中級の風魔法だぜ。それに『魔法の書』って高いからなぁ。」
俺の励ましに、シホがそう嘆いていたら、
「あぁ、『魔法の書』なら、私、数冊持ってますよ。」
木下が、そう言って、オレが担いでいる自分の荷物を指さした。
そう言えば、こいつはたびたび『魔法の書』を読んでいたな。
「う・・・そうきたか・・・。
はぁ、仕方ない。覚悟を決めて、お勉強するかぁ・・・。」
木下の話を聞けば、シホは元気を取り戻すと思っていたが、そうでもなかった。
どうやら、魔法を覚えることが億劫らしい。
オレも魔法を覚えることが苦手だから、ものすごく気持ちが分かる。
しかし、オレも・・・いつまでも苦手だからと言っていられないだろう。
『レスカテ』の宿屋の店主のように・・・
武器と魔法、両方とも使いこなせれば、あの店主と同等の強さを得られるだろう。
魔道具の種類もそこそこ覚えていかなければ・・・
この先、もう二度と、仲間たちを危険な目に遭わせないためにも。
「ユンム、オレにもあとで『魔法の書』を貸してくれ。」
「え? おじ様が魔法を覚えるんですか?」
「あぁ、シホやニュシェたちが強くなろうと、がんばるのであれば、
リーダーのオレも、がんばらねばならないと思ってな。」
「分かりました。もちろん、止めませんけど、
途中で放棄しないでくださいね。」
「うっ・・・分かってる。」
オレなりに決意表明してみたのだが、
オレの脳みそが、そんなに賢くないのは木下に見抜かれている。
難しすぎたら、放り出してしまう性格も、お見通しというわけだ。
作り笑顔で釘を刺された。
「「はぁ・・・。」」
決意した直後だというのに、オレとシホは、
これからの勉強のことを考えて、同時に溜め息をついてしまっていた。
しかし、自ら「やる」と言ってしまった以上、がんばらねば。
「あたし、本当は、弓よりも斧のほうが得意だったんだけど・・・。
さすがに・・・斧も買ってもらっちゃうわけには・・・いかないよ、ね?」
ニュシェが、そう言って、チラチラと斧が置いてある場所を見ている。
そこには、大小、様々な斧がズラリと並んでいる。
そう言えば、ニュシェは、弓矢の他に、斧や投げ槍の訓練を
父親から受けていたと言っていたな。
「あぁ、手ごろな重さの斧ならいいんじゃないか?」
「えぇ、そうですね。ニュシェちゃんの得意武器なら、
弓矢といっしょに装備してもいいかもしれませんね。」
オレは安易に、木下へ、そう提案していた。
木下も気軽に了承してくれた。
斧・・・『ハンドアックス』ぐらいなら、小さくて持ち運びやすいし、
敵に対して叩き切っても、投げてもいい。倒した獣の肉をはぎ取るのにも重宝する。
狩りの訓練を受けていたニュシェにぴったりだと感じた。
「じゃぁ・・・。」
そう言って、ニュシェは様々な斧が置いてある場所へ行き、
「お父さんが使ってたのと同じのにしようかな。
よいしょ!」
「え?」
ブォンッ!
「ニュ、ニュシェ・・・それは・・・!」
てっきり小さな『ハンドアックス』を選ぶものだと決めつけていた
オレたちだったが、オレたちの予想に反して、ニュシェが選んだ斧は、
『戦斧』・・・『バトルアックス』だった!
ニュシェの身長よりも、ほんの少し小さいだけの、
大きな刃が2枚付いている重そうな『バトルアックス』を
軽々と、片手で持ち上げて、肩に乗せたニュシェ・・・。
「マジかよ・・・。
そう言えば、俺が他国で見たことある『獣人族』も、
重たそうな装備してたなぁ・・・。」
シホも驚きを隠せない。
そう言えば、シホと木下を担いで走れるほどのチカラが
ニュシェにはあるんだったな・・・。
こんな小さな子供が・・・
もしかして、ニュシェだけじゃなく『獣人族』というのは、
全員、怪力の持ち主なのだろうか?
「ははは・・・はは・・・。」
木下は驚きすぎて、笑うしかない状態だ。顔が引きつっている。
いや、もしかして・・・
ふと、その『バトルアックス』が置いてあった場所にある
値札を見てみると、オレの装備品の数倍の値段だった・・・。
これは、たしかに笑うしかないな。




