臭うおっさん
オレは、配達会社を出て、広場となっている
大型馬車の停留所を見渡したが、まだ誰も戻ってなかったから
この広場を1人でブラブラすることにした。
「あのパーティーに先を越されちゃったじゃないか!
あんたたちが早く依頼書を取らなかったから!」
「だって仕方ないだろう?
あの依頼書が高い位置に貼ってあったんだから!」
「あー、チビってこと忘れてたわ。」
「言葉使いに気をつけろ! 俺はリーダーだぞ!」
何か言い合いながら、ほかの若そうなパーティーが広場を横切って歩いていく。
男3人に、女性が2人か。
男たちの体つきが大きいから、女性を従わせているように見えるのに、
会話を聞くと、女性たちに男たちが従わされているようだ。
そう言えば・・・ちゃんと別れの挨拶ができなかったが
『レスカテ』で世話になったパーティー『マティーズ』の3人を思い出す。
あのリーダーも女の尻に敷かれていたな・・・。
やはり、どこのパーティーでもリーダーは
仲間をまとめるのに苦労しているな。
広場を横切って行ったパーティーの中に、
やはり『例のアーマー』を装備した女性たちがいて、
オレは思わず横目で見てしまっていた。
・・・やはり、すごい・・・。
女性が、あんな格好で外を歩くなんて・・・。
こんな世界があるのか・・・。
しかし、すぐに女房の顔が思い浮かんだので、視線をそらした。
さきほどの手紙の効果だろうか・・・。
女房の顔を思い出すことが多くなった気がする。
キュロロロロ・・・
港の方から、変わった鳥の鳴き声が聞こえてきたので、
そっちの空を見てみたら、あの白い鳥たちよりも
ひと際大きな鳥が一匹、天高く飛び去って行くところだった。
あの鳴き声は、トンビだったか? 鷹だったか?
久々に見た気がする。
そのまま青空を見上げる。
まだ昼前だが、すでに気温があがってきて、少し暑い。
時折、港から吹いてくる潮風が涼しい。
広場は、様々な露店が出ていて、野菜や果物、雑貨などの店もあるが、やはり魚屋が多い。
どこかの居酒屋で見たことがあるような魚から、
初めて見るような魚も並んでいる。
「あ・・・これがイカか・・・。」
魚屋の店頭に、その名が記されている名札があり、
海上で遭遇した『イカタイプ』の魔獣を、
ものすごく小さくしたような、真っ白なイカが、店前にたくさん並んでいた。
なるほど、これが通常のサイズなのだな。
手足を入れても、20cmってところか。
「っらっしゃい! 透き通るようなイカ! 美味しいよ!」
オレがまじまじとイカを見ていたものだから、
店主らしき男が、威勢よく話しかけてきた。
「これは、どうやって食べるんだ?」
「なんだ、あんた? イカを食べたことがないのか!?
こいつぁ、焼いて良し、揚げて良し、このままワサビ醤油で食べても良し!
どんな料理にも出来るし、どんな酒にも合うんだぜ!」
店主の男が、そう説明してくれる。
そういえば、港近くの食堂で、『イカのナントカ』って
メニューがあったような気がする。
なんとなくイカと聞いただけで、
襲ってきた『イカタイプ』の魔獣を思い出してしまって、
食欲が失せたから、注文しなかったが・・・。
そうか、こいつを料理したものだったのか。
「酒に合うのか・・・うまそうだな。」
「あぁ、こいつぁ、酒粕に漬け込んで食べれば、
あっという間に酒がなくなっちまうほど美味なんだ!
あんた、旅の人だろ?
だったら、イカの酒粕漬けは長期保存できるからオススメだぜぇ!」
「ほほぅ・・・。」
酒に合うという話から、ぐいぐいと店主が売り込みにかかっていると
気づいているのだが、オレとしても、そんなに酒に合うのか?と、
興味をそそられてしまって、思わず財布の紐が緩みそうになっている。
しかし、そこで気づいた。
「あ・・・すまん。金が無いんだった。」
「あぁ? なんだ、冷やかしかよ!」
オレを客ではないと判断すると、店主は、
顔色を変えて、すぐ近くの通行人に話しかけ始めた。
さすが商人だな。いろいろ教えてくれたのに、逆に悪い事をした気分だ。
それにしても・・・金を持っていたら、間違いなく買っていたかもな。
どうやら、酒の話で商談を持ちかけられると意思が弱くなるようだ。
酒は好きだが、ここまで自分が酒に飢えているとは思わなかったな。
旅に出たことで、気持ちが開放的になっているからか?
それとも、危険な旅の中、娯楽が酒しかないからか?
木下がいなければ、あっという間に
酒代で、旅の資金を使い果たしそうだな、オレは。
「佐藤殿、何か買いたい物はございましたか?」
「ん? あぁ、いや、特に。」
オレが広場を歩いていたところ、
後ろから声をかけられて振り向くと、ファロスが戻ってきていた。
ここでオレが「買いたい物がある」と言ってしまえば、
こいつは、またオレにお金を貸してくれるのだろうな。
しかし、必要以上に借金を増やしたくない。
「いい服を選んだな。」
「そ、そうでござるかな。」
「あぁ、似合ってる。」
「か、かたじけない・・・。」
ファロスは少し照れながら礼を言った。
一瞬、見違えたファロスの服装。
ついさっきまで、あの海賊の村の若者たちと同じ格好だったが、
今は、そこらへんにいる傭兵のように、動きやすそうな軽装備をしていた。
青藍色の服装に、青緑色の胸当て、手甲とスネ当て。様になっているな。
オレが手紙を書いて出している間、そんなに時間が経っていないのに、
こうして服や装備品を買ってきたあたり、こいつもオレと同じで、
服装や格好は、あまり気にしないで即決で選べるタイプのようだ。
「伝書屋とやらは見つかったのか?」
「はい、港のそばにありました。」
「もしかして、トンビみたいな鳥を飛ばしていたか?」
「え? あぁ、飛んでいくところを見られたのですか。
あれは鷹でござる。拙者が信頼おける者へ宛てた手紙を、
『鷹便』で送ってもらいました。」
「そうだったのか。伝書屋は、鷹の他にも鳥がいるのか?」
「はい。一番安いのが、『鳩便』で、
その次が『鴉便』でござる。」
「へぇ・・・体が大きい鳥が高いってことか?」
「体が大きいのも関係しているかもしれませぬが、
鷹が一番速く、一番、ほかの動物に襲われにくいからでござる。」
「あぁ、なるほど。」
ファロスから伝書屋の説明を聞いて、納得した。
たしかに、一番安い鳩なんかは、手紙を届ける途中で、
ほかの動物、ほかの大きな鳥に襲われてしまいそうだな。
「それで、国の重役への報告は?」
「そちらの方は先ほど、配達会社から送りました。」
「ほぅ・・・。」
おそらく伝書屋からの手紙の方が先に届くと思われる。
配達会社からの手紙は、それよりも遅く、
そして、手紙の内容もデタラメとなれば、
ファロスの信頼しているやつの方が、
情報を受け取って、何かしらの行動を起こしたとしても、
国の重役たちに感づかれることなく、動きやすいだろう。
ファロスは、賢いやつだな。
オレとファロスは合流した後、あまりウロウロせずに
大型馬車の停留所のそばへ移動して、木下たちを待っていた。
その間、何台か馬車が到着して、出発していく。
馬車を待っている商人たちが、入れ替わり立ち替わり。
どの馬車も、荷物でいっぱいだった。
「・・・あいつら、ちょっと遅いな。」
「そうでござるな。しかし、これだけ大きな町でござるから、
銀行を探すのも時間がかかるやもしれませぬし、
引き出す交渉に手間取っている可能性も・・・。」
「しかし、かかりすぎじゃないか?
もうじき、昼になってしまう。」
「・・・。」
何もない・・・とは、ファロスも言い切れないだろう。
町の中だから、安全だと考えていたが、
オレたちは『例の組織』に命を狙われている。
女性陣だけで行動させるのは、やはり危機感が足りなかったか。
「・・・と、心配無用だったか。」
「え?」
真っすぐ向かってくる気配を感じて、
そちらを見てみれば、人混みをかき分けている女性陣の姿が見えた。
木下たちだ。
「お待たせしました。」
「その表情からすると、銀行で金を引き出せたのか?」
木下の表情は、かなり明るい。
作り笑顔というより、素の笑顔に近かった。
「なんとか。少しだけですが引き出しに応じてくれました。
はい、ファロスさん。昨夜の食事代と今朝の食事代をお返しいたします。」
そう言うと木下は、お金をファロスに手渡した。
「は、はい・・・。えーっと、少し多い気がするでござるが?」
「私とニュシェちゃんの分です。」
「あぁ、そうでござったか。では、確かに。」
ファロスは、木下の説明に納得して、お金を懐に納めた。
「ありがとう、ユンムさん。」
「いいんですよ、ニュシェちゃんは。」
ニュシェが木下にお礼を言い、木下がニュシェの頭を撫でている。
すっかり保護者のような木下。
「それと、こちらが、おじ様とシホさんの分です。」
「え、あ、はい・・・でござる。」
続いて、オレとシホの分まで返済してくれる木下。
ファロスも、言われるがままに受け取っている。
なぜ、分けて手渡しているのか、分からないが、
「え、いいのか?」
「す、すまんな。」
オレとシホが、木下に礼を伝えたら、
「これでファロスさんへの借金は、全員、完済したことになりますが、
パーティーの旅の資金は、いまだにゼロです。
おじ様とシホさんの借金分は、私のお金で支払いましたので、
お2人は、パーティーに借金をしていることにします。」
「えぇ!?」
「な、なんだと!?」
木下が毅然とした態度で、そんなことを言い出した。
つまり、オレとシホだけは、ただ借りている相手が、ファロスから木下に代わっただけで、
まだ借金が残っている状態ということだ。
「このパーティーで、旅の資金を管理しているのは私ですから、
ファロスさんを介して借金するのではなく、
私から借金したほうが、私が管理しやすいので。
これから先、どこかで稼いで、パーティーの資金が溜まらない限り、
おじ様とシホさんは、パーティーに借金し続ける・・・ということです。」
「そ、そんなぁ、俺たちだけかよ・・・。」
「はぁ・・・。」
木下の言い分は、分かった。
たしかに、これまでも、これからも、パーティーの資金を
管理するのは木下だから、借金も、木下から借りたほうが管理しやすいのは分かる。
シホは、少しニュシェを恨めしそうに見たが、
だからと言って、ニュシェを責めるようなことはしなかった。
オレもシホも、木下の立場であれば、同じことをしたからだ。
『獣人族』の隠れ村を襲撃されて、裸同然で逃げ回っていた
未成年のニュシェに借金を負わせることはしない。
「ファロスさんは、服装と装備品を買われたのですね。」
「は、はい。佐藤殿に言われて・・・。」
「似合ってますよ。」
「か、かたじけない・・・。」
さりげなくファロスの格好を褒める木下。
ファロスのほうも、恥ずかしそうで嬉しそうな表情だ。
「本当だ、似合ってるじゃねぇか、ファロス。
あの村の服装は、正直、似合ってなかったもんな。
ますますいい男に見えるぜ。」
「か、かたじけない。」
シホが、ファロスの肩をバンバン叩きながら、そう言った。
シホにも褒められて、照れているファロス。
やはり、服装を買わせたのは正解だったようだな。
「ここで、おじ様に提案があります。」
「ん? なんだ?」
木下が改まったように、そう話を切り出した。
「私たちの旅としては、海賊たちに関わっていた期間が、
大きな時間の浪費となりました。
多額のお金まで盗まれたので、本当に大きな損失です。」
「・・・。」
それを聞いたシホが、少し暗い表情になったが、
「ですが、ガンラン先輩が・・・
『ソウルイーターズ』が、この国を沈めるという計画を
防げたので、全くの無駄ではなかったと今なら思えます。」
木下の声が、ほんの少し周りを気にして小さくなる。
『例の組織』の話をしているからだろう。
木下の続きの言葉を聞いて、シホの表情が元に戻った。
「それに・・・陸路ではなく、船で、この町まで
運んでもらえたのは、本当にラッキーでした。
当初の予定より早く東へ進めたと感じています。」
「・・・?」
木下が回りくどい言い方をしている気がして・・・
結局、何が言いたいのか分からない。
「そこで提案というのは、次に来る大型馬車に乗れなかった場合、
ここで買い物をさせてほしいのです。
そして、おじ様には、私に借金をしてでも、装備品を買い替えてもらいます。」
「・・・はぁ?」
何を言い出すんだ、こいつは!?
「いや、待て。オレは、ついこの前、
『レスカテ』で装備品を新しく買ったばかりだ。
この装備品はまだ使える。
ユンムに借金してまで買い替える必要が無い。」
「いいえ、絶対、買い替えてください。」
「なぜだ!?」
「くっさいからです!」
「え・・・。」
木下が、鼻をつまみながら苦しそうな表情で、そう言い放った。
「くっさい」だと!? そんなに臭うのか!?
「そうそう、おっさんは気づいてないのか、
気にならねぇのか知らないけどさ。
その装備品、あの海から帰ってきてから、ずーっと臭ってるからな。
ニオイに敏感なオレとニュシェは、けっこう我慢してるんだからな。」
「えぇ!? そ、そうなのか、ニュシェ?」
「・・・う。」
オレの問いかけに、ニュシェがシホの後ろに隠れて、
申し訳なさそうな表情で、うなづいている。
シホだけじゃなく、ニュシェにも、そう思われていたとは。
チラリとファロスを見たが、
「せ、拙者からは・・・なんとも・・・。」
と、目を逸らして、言葉を詰まらせた。
オレの装備品が臭いことを認めたも同然の反応だ。
「うーん・・・。」
自分の手甲を鼻に近づけて、ニオイを嗅ぐと・・・
確かに、あの『イカタイプ』の黒い液体のニオイがする。
潮風の香りに鼻が慣れてしまったのか、そこまで臭いとは思わない程度だ。
海上で『イカタイプ』と戦った時や、真っ黒な海へ落ちてしまった時、
服と装備品に、あの液体が染み込んでしまったわけだが・・・
汚れてしまった服は、ファロスと同様、
あの海賊の村で捨ててきたが、装備品は・・・
汚れたからと言って、ホイホイ捨てられるものではない。
「パーティーの4人が、おじ様の装備品をくっさいと言っているのです。
おじ様に拒否権はないものとします。」
「おいおい! 少し横暴が過ぎるぞ!」
多数決だと言わんばかりに、オレに反論させない木下。
普通に「臭い」と言えばいいものを、
「くっさい」と言うから、ものすごく臭そうに感じる。
「あ、そうだ! たしか、この国へ入った時に、
『ニオイ消し』を道具屋で買ったじゃないか。
あれを、また買えばいい。」
「あー、それがダメなんだよ、おっさん。
シャンディーやギルじぃが言ってたけど、
あの『テルミーズ』の墨だけは、衣類に染み込むと、
どうやってもニオイや汚れが落ちないってさ。
『ニオイ消し』も効果がないらしいんだよ。」
物覚えが悪いオレにしては、使えそうなアイテムを思い出せたと思って
提案してみたが、使えないようだ。
オレの装備品は、少し硬めの革細工で出来ている。
軽くて動きやすく、丈夫な防具だ。
よほど強い衝撃か斬撃をくらわない限り、壊れることは無いはずだ。
しかし、表面の革には、黒い液体の黒いシミが、斑点のように染み付き、
内側は衝撃吸収のための柔らかい革で出来ていて、
そこに黒い液体が染み込んでしまっているようだ。
ニオイが取れないとなれば・・・仕方ないのか。
「はぁ・・・分かった。
分かったが、何もここで買わなくていいんじゃないか?
オレとしては一日も早く目的地へ行ってから、そこで・・・。」
装備品を買い替えることは、仕方ないと理解した。
しかし、何も、ここで買う必要性は感じられない。
仲間たちには臭いと思われて、心苦しくはあるが、
オレとしては、早く目的地へ進みたい。
船で、早くここまで移動できたのは、本当に幸運だと思う。
・・・金を全額盗まれたから、高い船代となってしまったが。
それでも、『スパイ』のペリコ君との約束の場所まで、
あと5~6日で辿り着かなくてはならない。
その目的地まで、何があるか分からない。
うまく馬車の乗り継ぎができればいいが、できなければ足止めを食らう。
だから、一刻も早く進みたい。
装備品も、約束の場所の町で買えばいいと思う。
「それだとダメなんです、おじ様。」
「なぜだ?」
「隣国の『ソウガ帝国』は、この国よりも、物価も税金も高いんです。
おじ様は借金をするとして、負債額が少ない方と多い方、どちらがいいですか?」
「うっ・・・なるほど、な。」
木下の話を聞く限り、本当に、オレには拒否権が無いように感じた。
オレが自由に使えるお金があれば、強気で反論できるが、
オレは、しばらくお金を借りる身だ。
木下には逆らえない。




