短い手紙
朝食後、オレたちは分かれて行動することになった。
女性陣は、木下の用事に、シホとニュシェが付いて行くことになり、
オレとファロスは、配達会社か伝書屋を探すことになった。
お互いに用事が済み次第、町の中央広場にある大型馬車停留場に集合する予定だ。
昼前には馬車に乗ってしまいたい。
配達会社は、すぐに見つかった。
馬車の停留所の目の前だ。
速達の指定をしない限りは、大型馬車とともに、ゆっくり運ばれていって、
町から町へ、配達会社から配達会社へと経て、
目的の場所へと運ばれていくのだろう。
「オレはここでもいいのだが、ファロスはどうする?」
「拙者は、やはり伝書屋を探します。
あの側近への報告は、遅くてもいいのでござるが、
信頼する者への手紙は急いで届けたいので・・・。」
「そうか、分かった。
オレのほうは、ここで手紙を書いてから送るから、
ファロスは用事が済んだら、ここへ戻ってきてくれ。
多分、オレのほうが遅いだろうからな。」
手紙なんてものは、人生において、ほとんど書いたことがない。
ましてや女房に対して書くのだから、すらすら書けるはずもない。
ファロスが用事を済ませている時間ぐらいは、たっぷりかかってしまうだろう。
「分かりました。拙者も伝書屋が無ければ、
この配達会社から送ることになるので、
早々と戻ってくるかもしれません。」
「そうか・・・それなら・・・。」
オレは、ちらりとファロスの姿を見る。
出会った時は、それなりの服装と軽装備に見えたが、
あの海賊の村で、村人たちと同じ服に着替えてからは、ちょっと貧相に見えてしまう。
ファロスが持っている荷物が、あまりにも小さいし、
あの服を着替えていないあたり、荷物には着替えの服が無いのだろう。
「洋服屋とか防具屋で、装備を揃えてきたらどうだ?」
「あ・・・たしかに。
では、なるべく、それらの用事を済ませて、ここへ戻ってまいります。
それでは、佐藤殿、これを。」
そう言って、ファロスが懐から何か取り出して、オレに渡してくる。
「あ・・・忘れていた。す、すまんな。貸してもらう。」
手渡されたのは、お金だった。
うっかり忘れていたが、手紙にもお金はかかる。
ここで、ファロスと別れてしまったら、オレは何もできないままだった。
しかし、なんとも言えない気持ちになる・・・。
自分より年下にお金を借りるというのが、情けない。
「では、行って来ます。」
「あぁ、行ってこい。」
ファロスは、軽く頭を下げてから、町の西側へと歩き出した。
港がある方角か。
伝書屋は鳥を使って手紙を運ばせると言っていたから、
町のどこからでも鳥を飛ばせるだろうが、
たしかに港からの方が、障害物が少なくて
鳥を飛ばしやすいのかもしれない。
伝書屋を見たことがないから、オレもついていっても良かったのだが、
急いで届けたいわけでもないし、まずは手紙を書かねばなるまい。
停留所前の配達会社『フェザーシープ』は、民間の会社だった。
灰色のレンガの壁。手紙のマークの看板が建物の上にあって分かりやすい。
そこそこ大きな建物だが、受付は2つしか無かった。
おそらく、建物のほとんどが荷物の預かり場所になっているのだろう。
2つの受付は、そこそこ混んでいた。
列を作っている男たちの身なりからして商人たちだろう。
やっと自分の順番が回ってきて、オレは白紙の手紙を買った。
そのまま受付を離れて、ペンが置かれている台へと座った。
本来なら送付先の住所などを書く場所だが、
誰も座っていなかったので、ちょうどよかった。
「さて・・・。どうしたものか・・・。」
オレは座ってから、ペンで頭をカリカリかいた。
まったく言葉が思い浮かばない。
こうして真っ白な紙を前に、頭を悩ませていると、
学生の頃の筆記試験を思い出す。
白紙に、自分の実力を試されている気がして・・・、
頭が痛くなってくる。
誰もそばにいない、この状況・・・。
手紙を送ったことにしてもいい気がするが、
しかし、ニュシェに、あぁ言った手前、ウソをつきたくない。
「・・・。」
白紙を前に、何度も女房の顔を思い出して、
そのたびに、今までしてきたケンカを思い出し、
今まで言われてきた罵詈雑言の数々を思い出し・・・
ムカムカしたり、イライラしたり・・・
そして、なんとも寂しい気持ちになった。
「・・・っ。」
あの・・・最後に別れた時の、女房の顔を思い出して、
胸が、キュっと締め付けられた気がした。
そうなった後は、たくさんの言葉が思い浮かんだ。
ここへ至るまでの、オレが体験した全ての出来事、
オレが出会った全ての人々のことを・・・。
「・・・。」
しかし、書けなかった。
とてもじゃないが、紙一枚では書き足りない。
それに、女房がオレの冒険譚なんかを聞きたがるとは思えない。
最初の一行だけ見て、手紙を丸めて捨てられるのがオチだ。
「・・・。」
逆に、オレが聞きたいことは、たくさんある。
今、どんな生活なのか?
今、どんな気持ちなのか?
城門事務員の金山君と仲良くなっているという話だが、
2人で、いったいどんな話をしているのか?
いや、それも本当かどうか分からない情報だ。
いっそ、金山君の秘密を伝えて・・・ダメか。
女房を危険に巻き込んでしまうだろう。
本当に、金山君と接触しているのなら、
すでに巻き込まれている感じもするが。
「・・・。」
オレたちは、まだ・・・夫婦なのだろうか?
『離婚届』は、まだ提出されていないのか?
オレが聞きたいことは、結局、これに尽きる気もする。
オレは、こうして離れていても、女房との繋がりを確認したいのか。
まだ繋がっていたいのか。
あいつは、どう思っているんだ?
「・・・ふぅ。」
溜め息が出る。
結局、オレは、自分の事しか考えていない気がする。
今までが、そうだったのだろう。
他人のことに無頓着でありながら、繋がりだけは気にしている。
それは、つまり・・・自分が孤独感を感じたくないからか。
家事も子育ても、女房に任せっきりで関わろうとしなかったオレが、
繋がりだけを求めて、関わろうとしているなんて・・・
虫が良すぎるだろう。
「・・・。」
こんな自分勝手なオレを、誰が好いてくれるというのだろう。
女房が、オレの帰りを待ってくれているという保証が無い。
そう考えると、この手紙自体、女房は必要としていないと思われる。
逆に、迷惑になるのではないだろうか?
「・・・。」
「なぁ、あんた。まだ時間がかかりそうか?」
「え?」
いつの間にか、目の前に商人らしき男が立っていて、
いきなり話しかけられた。
考え事に集中していて、まったく気配を感じていなかったから驚いた。
「早く送付先を書いて、こいつを送っちまいたいんだが・・・。」
そう言って、商人らしき男が、小包を見せてくる。
オレが座っている席で、ペンを使いたいらしい。
「あぁ、すまん。
今すぐこれを書いてしまうから、少し待ってくれ。」
オレは早口で答えながら、白い紙にペンを走らせた。
『多恵へ
元気か?
今、オレは『カシズ王国』に来ている。
佐藤健一』
それだけを書いて、封筒に突っ込み、宛先を書く。
まるで意味を成さない報告書のような文面だ。
「待たせてすまなかったな。」
オレは商人らしき男にそう言って、席を譲った。
そのまま、また受付の行列に並び、受付で送料を払って手紙を渡した。
ここから『ソール王国』へ手紙が届くのは、最短で約1ヵ月半らしい。
1ヵ月半もあれば、オレは別の国へ行っているだろう。
そして、相手からの返事は受け取る手立てがないし、
そんな方法があっても、期待は出来ない。
オレからの一方的な手紙・・・オレの一方的な気持ち・・・。
・・・この時差が、今のオレたちの距離なんだな。
そう感じると、オレの胸はまたキュっと締め付けられた。




