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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第四章 【初恋と伝説の海獣】
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食事処『おかめ』



夜中に、オレとファロスは焚き火の見張り番を交替した。

オレが見張っている間に、『自警団』を名乗る男たちが3人ほど、

オレたちのテントに近づいてきた。

町の外ではあるが、煙が見えたから、

火事の心配もあって、見回りに来たのだろう。

すぐに仮眠していたファロスも起きてしまった。気が緩んでいないようだな。

『ヒトカリ』の会員証を見せると、男たちはすぐに納得してくれた。

男たちも『ヒトカリ』の傭兵たちだった。

この町の依頼で、夜の巡回をしているらしい。


そういう依頼もあるのか。

平和な町ならば、そういう依頼をこなすのもラクそうで、有りだな。

しかし、男たちと話している間、女性陣が起きることは無かった。

安眠できていることは良いことだが、気が抜けすぎている。

・・・木下たちがいる限り、

徹夜をするような依頼は引き受けることが出来ないだろうな。




翌朝、陽が昇り始めてから、

オレたちは野宿の後片付けをして、港町『ヌオターレ』に入った。

案の定、まだ早い時間帯で閉まっている食事処もあったが、

港から近い食事処は、夜のうちに仕事を終えてきた

漁師たちのために早朝から開いていた。


漁師たちに混じって、オレたちも朝食をいただいた。

一応、テーブルの近くにいた漁師たちの話に、

聞き耳を立てていたが、『伝説の海獣』が討伐されたことは

まだ誰も知られていないようだった。


「うー、ここの魚の唐揚げも美味しい・・・。」


シホが、まるで恨めしいように、そう言いながら

魚の唐揚げを、少しずつ食べている。

昨夜、木下に言われたことを気にして、食べることを遠慮しているらしい。

木下の体型は・・・まぁ、この際、置いておいて・・・

シホなんかは、出るところが出ていないように見えるから、

気にせず食べても大丈夫な気がするが・・・。


「おじ様、なにか失礼なことを考えてませんか?」


「な、何を言い出すんだ!? 何も考えてないぞ!」


オレの視線に、何かを察した木下から、

鋭いツッコミが入って、オレは内心、焦ってしまった。

焦ってしまった時点で、「そうです」と白状してしまっているようなものだな。

木下の視線が、ますます鋭くなっている。

女のカンというのは、本当に恐ろしい能力だな。


ゆっくり食べている木下とシホの横で、

昨夜と変わらず、美味しそうに食べているニュシェ。

そのニュシェのことも、シホはたまに恨めしそうに見ている。

そんなに食べたいなら、遠慮なく食べればいいものを・・・。


「ここから関所がある村までは、たしか一直線だよな。

うまく馬車に乗れれば、今日中に、隣国へ行けるかな。」


オレは木下の視線を軽減するために、

今後のルートに関しての話題を振ってみた。


「そうですね、タイミングさえ合えば、

今日中には、国境の村『ターミ』へ辿り着きますが、

その前に、この町で銀行へ立ち寄ります。」


「銀行?」


「はい、これだけ大きな町ならば、銀行があるはずです。

昨日は、大金を盗られたショックで、銀行の事を忘れていましたが、

銀行へ預けているお金を引き出せないか、交渉してみます。」


木下からは、意外な提案があがった。

銀行? 預けているお金?

預けるほどのお金が無いオレにとって、

銀行がどういう機関なのか、あまり詳しく分かっていない。

大抵、貴族かお金持ちが利用する店だという認識だ。

海賊に盗まれた『ゴールドカード』の換金とか、

そういう時にしか利用しないものだと思っていた。

第一、木下が預けているのは、『ハージェス公国』の銀行だろ。

別の国の銀行で、預けたお金が引き出せるものなのか?


「へぇ、やっぱり一国の大臣の娘ともなると、

銀行にお金預けたりしてるんだ。すげーな。」


シホが、少し小さな声で、そんなことを言い出した。

一応、木下が大臣の娘であることを、

周りに漏らさないように気を配っているようだ。


「あんまり預けていないので、凄くはないですよ。

それに、銀行の種類によっては、引き出しに応じてくれない所もあるので。

国直営の大銀行とかなら、必ず引き出せると思いますが。

私としては、やっぱりファロスさんにお金を出してもらっている状態を

早くなんとかしたいので・・・。」


「あまり気にされずとも、拙者は大丈夫でござるが・・・。」


「私が気にするのです。ごめんなさい。」


「そ、そうでござるか・・・。」


ファロスとしては親切心で、そう言ったようだが、

木下はファロスの親切心をバッサリ切り捨てた。

お金が無い状態が、木下にとっては耐えがたいようだ。

お金持ちは無闇に他人へ貸しを作らないと聞いたこともある。

かくいうオレも、今の状態を良しとは思っていないが、

どうしようもないとも思っている。


「拙者は、国営でも民間でもいいので、配達会社か、

伝書屋へ立ち寄れれば、ありがたいでござる。」


ファロスも、この町で立ち寄りたい場所があるらしい。


「この町の規模なら配達会社は、たぶんあると思うが、

『でんしょや』って、何屋なんだ?

初めて聞いたが・・・。」


「え・・・そうでござるか?

伝書屋は、手紙を動物に運ばせる店でござる。」


「ど、動物? 動物が手紙を運んでくれるのか?」


「そうでござる。拙者の国では配達会社よりも伝書屋のほうが多く、

手紙のやり取りには、とても重宝していたでござる。」


「そ、そうなのか・・・。」


ファロスの話を聞いているだけで、オレは恥ずかしい気持ちになっていく。

こんな歳になっても、知らないことが多すぎる。

『ソール王国』が他国からの情報を規制していたせいか・・・

他国との外交に消極的だったのも影響していそうだな。

すべては、わが国の秘密・・・身体能力の高さを隠すためだったのだろうか。

いや、国だけのせいではないか・・・。

オレ自身、あまり他国のことに興味が無かったせいもあるな。


しかし、わが国に、手紙を持った動物が現れたことはなかったはずだが、

オレが気づかなかっただけだろうか?


「もしかして、伝書屋というのは『魔獣使い』なのか?」


「おじ様、伝書屋で従わせている動物は、魔獣ではありませんよ。

それに、『魔獣使い』は誰でもなれるわけではありませんから。」


木下も、伝書屋のことは知っているようだ。

動物を使って手紙を運ばせるということは、

あのガンランのように、動物を意のままに操るやつがいるのかと思ったのだが、

どうやら、そうではないらしい。木下にあっさり否定された。


「本当に何も知らないんだなぁ、おっさん・・・。

伝書屋の動物って、主に鳥を使ってたはずだぜ。

俺は手紙を書く相手がいないから使ったことないけど。

詳しくは知らないけど、鳥の本能が関係してるって話で、

手紙だけなら早馬より早く届けられるらしいぜ。」


あまり知らないと言いつつも、シホが自慢げに説明してくれた。

オレとしては、ますます無知な自分が恥ずかしいと感じた。


「さ、佐藤殿も、今まで伝書屋を利用する機会が無かっただけでござろう。

国によっては伝書屋がない国もあるそうで・・・、

拙者も、この旅に出るまでは、ほとんど使ったことがなかったでござるよ。」


オレの気持ちが顔に出ていたのか、

ファロスが慌てて助け舟を出してくれた。

こいつは・・・本当に気が利くやつだ。


「ファロスさんは、もしかして手紙で『ロンマオ』の王様へご報告を?」


木下がそう質問した。


「はい、主君ではなく、主君の側近へ宛てた報告でござる。

拙者には、旅のパートナーや見張り役がいるわけではござらんので、

定期的に手紙で主君の側近へ、報告をしていたのでござるが・・・。」


どうやら、焚き火の見張り番をしてる間に手紙を書いていたようだな。

答えたファロスの表情が曇る。


「今回は、側近へ虚偽の報告をするでござる・・・。

父上の死も、『白い悪魔』のことも、しばらく伏せておき、

今回は、もう1人、拙者が信頼できる者へ手紙を差し出したいと思っています。」


「そうだな。正直に報告してしまえば、相手がどう出るか分からんからな。

それで、その信頼できる相手の方は、本当に大丈夫なのか?」


おそらく、信頼できる相手にだけ、ここで起こった事や、

ここで知った事などを伝えようと思っているのだろうが、

その相手が本当に、信頼できる相手なのか・・・

そして、逆に、真実を知ってしまったがゆえに、その相手が

窮地へ追い込まれるのではないか・・・。


「それは心配ございません。

拙者の幼馴染みで、昔から互いに信頼し合える仲でござるゆえ。」


その幼馴染みのことを思い出しているのか、

少しファロスの表情が明るくなった。


「そうか。ならば安心か。」


信頼できる仲間か・・・。

オレに、そんな仲間が母国にいるだろうか?


ふと思い浮かんだのは、同期の志村の顔だった。

たまにしか会わなかったが、会えばお互い冗談を言い合って、

たまに飲み行く程度だった。

オレが『特命』を王様から言い渡された夜も、

いっしょに酒を飲んだのだ・・・。

まだ母国を出て、そんなに経っていないのに、

もうずいぶん前の思い出のように感じる。

やつは元気にしているだろうか。


手紙か・・・。


しかし、オレと志村は、手紙のやり取りをするような間柄ではないな。

やはり直接会って、酒を飲みあっている方が性に合っている。


「そういえば、おじ様は、おば様へ手紙を書かないのですか?」


「な、なに? おば様!? 手紙!?」


木下が、突然、変なことを言い出したので、思いっきり焦るオレ。

こいつの叔父がオレで、こいつの叔母というのは・・・?


「あぁ、女房のことか・・・。」


「そうですよ、この旅に出ている間、ずっと音信不通では

おば様も、きっと心配してますよ。

この機会に、ファロスさんといっしょにお手紙を出されてはいかがですか?」


木下の言うことが、やっと理解できたと思ったが、

その瞬間に肩の力が抜ける。

女房の顔を思い出したからかもしれない。

オレが、女房に、手紙!?

それこそ、オレたちは、そんな柄ではない。


「いや、いいんだ。女房に手紙など要らぬ気遣いだ。

『便りが無いのは元気な証拠』という格言もあるしな。」


うろ覚えだが、昔、格言好きの先輩がそんなことを言っていた気がする。


それにしても、木下のやつ・・・。

よくも、次から次に嘘をつけるものだな。

さすが『スパイ』・・・。


「やっぱり、おじ様は分かってませんね。

女心というものを。

きっと、おば様も便りを待っているはずですよ。」


「えぇい、くどい! オレは手紙など出さん!」


どうせ、オレには女心など分からない。

第一、今までに女心が分かる男に会ったことがない。

女心が分かるなら、そいつは女だ。

そして、男心が分かる女もいない。

つまり、男と女は、ずっとお互い様の関係なんだと思う。


「おじさん・・・。」


「う、うん?」


オレが木下の言うことに反発しているところへ

ニュシェが、純粋な質問を投げかけてくる。


「おじさんは、奥さんの事が嫌いなの?」


「え・・・。いや、そういうわけでは・・・。」


「じゃぁ、好きなの?」


「んんんんんん!?」


オレは、変な声が出てしまった。

ニュシェの純粋な質問と、穢れの無い視線が、

オレの心に突き刺さり、それが、とてつもなく・・・

コチョコチョされているかのように、全身をこそばゆくさせる。

顔が熱くなっている。

きっとオレは年甲斐もなく赤面しているのだろう。

木下とシホのやつがニヤニヤしながら、オレを見ている。


「あたしのお父さんもね、お母さんのこと大好きで、

たまーにだけど、素直な気持ちを手紙にしてたみたいだよ。

お母さんがそう言って、嬉しそうに自慢してたから。

たぶん、おじさんの奥さんも、喜ぶと思うなぁ。」


「う・・・そうか・・・。」


ニュシェから、ご両親の話を聞くと、

どうにもこうにも涙腺が緩みそうになる。


「おじさん・・・お手紙、書いてみたら?」


「うぅ・・・そ、そうだな。か、書いてみようかな。」


頭の中では激しく抵抗しているのだが、

心の中では、負けを認めている。

ダメだ・・・ニュシェに頼まれると断れない。

オレでは、うまく断れるような言い訳が思いつかない。


「きっと喜んでくれるよ! ふふふ!」


とうとう、書くことになってしまった。

しかし、女房の喜ぶ顔は思い浮かばないが、

目の前のニュシェが嬉しそうなので、仕方ないと思ってしまう・・・。





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