遺品だけの帰宅
ファロスとの手合わせを終えて、オレたちは、
浜辺から海賊たちの村へと歩き出した。
森林の中を、年老いた男が先を歩く。
ファロスは、魚が入った小樽を抱えて、
オレは、海で拾った船の丸い部品を抱えて運んでいる。
ファロスは、何かが吹っ切れたような、清々しい表情になっていた。
うまく伝わったかな。
オレとの手合わせで、自分の癖や改善点が見えたのなら、
オレは長谷川さんの最期の伝言を、伝えられたことになる。
「時間をとらせて、すまなかった。」
オレは、先頭を歩いている年老いた男に謝った。
「まったくじゃ。もう昼飯の時間を過ぎとる。
わしの昼飯がなかったら、お前たちのせいじゃからな。」
年老いた男は、少し不機嫌そうな声でそう言ったが、
「・・・しかし、まぁ・・・
そいつが元気になったなら、よかったの。」
少し照れ隠しのように、小声で、そう付け加えていた。
そいつ、というのは・・・ファロスのことか。
年老いた男なりに、ファロスのことを気にかけてくれていたのか。
もしかしたら、今回の釣りの話も、
ファロスに長谷川さんの遺体を探させるため・・・だったのか?
オレが、そう思いながら
年老いた男の背中を見ていたら、年老いた男が振り返り、
オレと目が合った。
「お前が持っておるのは、『オルカ海賊団』の
先代のお頭・・・つまり、お嬢の父親の船の舵じゃ。」
「今の村長の、親父さんの船?」
「1年前、ほかの海賊団たちと手を組んで、
『シラナミ』様に挑んだんじゃ。」
「!」
「結果は全滅・・・。誰も帰って来んかった・・・。
まさか、今ごろになって、その舵が見つかるなぞ、奇跡じゃわい。
運が味方をしてくれたんじゃ。」
1年前、海に沈んだ船の部品だったのか。
どおりで古いわけだ。
「もしかしたら、『シラナミ』様の
腹の中にでも入っておったのかもしれんの。」
「なるほど・・・。」
最後に見た『伝説の海獣』の姿・・・
海から飛び出してきて、船を破壊しながら
立ち昇っていった、あの姿を思い出す。
全てを食らいつくす・・・そんな感じだった。
「敵討ちは、先代のお頭が禁じておった。
自分たちが帰ってこなかったら、討伐は諦めろ・・・とな。
じゃから、わしは討伐に反対しておったわけじゃが、
お嬢は、毎日のように浜辺へ行き、自分の船から海を眺めておった・・・。
本当はすぐにでも、敵討ちに行きたかったじゃろな。」
今の村長では想像できないが、
船に乗って、海を見つめている村長を想像してみる。
自分の娘と重ねてみると・・・なんとも可哀そうな背中が想像できた。
「昨日、『シラナミ』様といっしょに消えた船は、
お嬢の船『ラードゥガ号』じゃ。
お嬢の成人の証として、先代のお頭から贈られた船じゃった。
わしら『オルカ海賊団』の最後の大型海賊船じゃったから、
お嬢の決断は・・・普通では考えられんことじゃ。
じゃが、きっと先代も同じことを決断するじゃろう。
あの子は、いつの間にか、立派な海賊の頭になっておったんじゃな・・・。」
年老いた男の目が、どこか寂しそうな色をしている。
そんな大切な船だったのか。よく決断できたな。
「じゃから、せめて船の一部だけでも
見つけてやりたかったんじゃが・・・
まさか先代の船の一部が見つかるとは、のぅ。
これだけでも、お嬢が喜んでくれれば・・・。」
・・・なんだ、良いじいさんじゃないか。
海賊だけど。
「!・・・なんじゃ、気持ち悪い。」
オレがじっと顔を見ていたことに気づいて、
そっぽを向く年老いた男。
「いや・・・釣りに誘ってくれて、ありがとう。
おかげで、長谷川殿の最後の伝言を、
ファロス殿へ伝えることが出来た。」
オレは、素直に感謝を述べた。
「ふん・・・。」
年老いた男は、鼻息の返事をしてから、
「そいつの落ちこんどる姿が、
ちょっと前の、お嬢と似てたからの・・・。
・・・わしも丸くなったもんじゃわい。
もうじき、先代が迎えに来るのかもしれんなぁ。」
そんなことを言う。
口や態度は悪いが、根は優しい『好々爺』って感じだな。
「薬を飲み過ぎると、逆に、早死にするらしいからな。」
「突然、なんの話じゃ? わしは薬が嫌いじゃから飲んでおらんぞ?」
「いや、いつも飲んでるだろ? 『百薬の長』を。」
「あぁ? く・・・くっはっはー!」
オレの言葉を聞いて、年老いた男が笑い出した。
この国で、この格言が通じるかどうか分からなかったが、
どうやら年老いた男には通じたらしい。
『酒は百薬の長』という格言。
「適量の酒は薬になる」という意味だったはずだが、
酒好きたちは、これを都合のいい、言い訳にして、
大量の酒を飲んで体を壊してしまう。
結局、「酒は薬にも毒にもなる」という話だ。
飲み過ぎに注意ってことを伝えたかったのだが、
おそらく冗談にしか思われていないだろう。
酒好きは、自制できないことを、オレ自身も知っている。
オレは、ここ数日、飲んでいないなぁ・・・。
そろそろ一口だけでも飲みたいところだ。
「もう、とっくに、昼飯は食べちまったぜ。」
オレたちが村へ帰り、村長の家へ戻ると、
玄関前で、シホと木下とニュシェが出迎えてくれた。
シホが少し膨れた腹をさすりながら、そう言う。
こいつは、また、たらふく食べたようだな。
「おじ様たちの昼食は、食堂に、ちゃんと用意されてますよ。」
木下が教えてくれる。
「先に食べちゃってごめんね。」
ニュシェは、いっしょに食べようとして
待っていたかったのかもしれない。
「いや、遅くなってすまなかった。」
少なからず心配させてしまったと感じて、俺は軽く頭を下げた。
オレとしても、3人の無事を確認して、少なからず安心した。
いかに村長がシホと友好的な関係になっていても、ここは海賊の村なのだ。
油断はできない。
それに、オレがいない間に、この村を
ガンランが襲ってこないとも限らない。
とにかく、何事もなかったようで何よりだ。
「ようやく帰ってきたようだな。
ボウズが恥ずかしくて帰ってこれないのかと思ったぜ。」
玄関前が騒がしくなったのを聞きつけたのか、
村長が食堂の方から歩いてきた。
坊主? 誰も頭を丸めていないが・・・?
「くっはっはー! ボウズどころか、大量じゃわい!
今夜の晩飯は、うまい魚がたらふく食えるぞ!」
オレの後ろから、オレの代わりに
村長へそう返事をする年老いた男。
坊主というのは、海賊たちの専門用語らしいな。
「あっ! ・・・それは・・・!」
そして、オレが持っている物に気づいた
村長が、目を丸くして驚きの声をあげた。
「・・・お嬢の船の一部は見つからなんだが、
先代の船の一部が見つかった・・・。」
年老いた男が、そう説明する。
しかし、村長は、年老いた男の声が聞こえているのか、聞こえていないのか・・・。
「・・・。」
無言で、オレの手から、
その船の一部を受け取って・・・
ダッ!
「あ、シャンディー!?」
2階の階段へと走って行った。
おそらく、2階にある自分の部屋へ戻ったのだろう。
しばらくして、2階から、小さな泣き声が聞こえてきたが、
その場にいる誰もが、聞こえていないふりをして
「・・・メシじゃ、メシ。」
年老いた男の、その一声で、みんなで食堂へと移動した。




