再び海へ
みんなが朝食を食べ終わる頃に、
「ところで、おっさんたちは、
いつ、この村を出ていくんだ!?」
ざわっ・・・
村長が、食堂内に響くぐらい大きな声で
オレたちにそう問いかけてきた。
この場にいる全員が、一瞬にして黙り、オレたちに注目が集まる。
村長の席から、オレたちは離れて座っているが、
村長の隣りには、シホが座っているから、
わざわざ離れているオレたちに大きな声で話しかける必要はなかったはずだ。
「シャンディー・・・。」
村長の隣りに座っているシホが、
一瞬、驚いた表情をしたが、すぐに寂しそうな表情に変わった。
おそらく、村長は、この場にいる
村人たちにオレたちがいつ出ていくのかを聞かせるために、
あえて、離れているオレたちに問いかけたのだろう。
もしくは、シホでは、その判断と返事が出来ないと感じたのか。
村人たちの視線がオレに集まっていて、
中には、明らかな殺気をこめて見つめてくるやつらもいる。
オレはちらりと木下を見たが、木下は小さくうなづいた。
オレの判断で返事をしてもいいということだろう。
「あー、コホン!」
オレは、席を立ち、ちょっと緊張して咳ばらいを一つしてから、
「オレたちは、今日中にこの村を出ていく予定だ。
そこに座っているシホから、いろいろ聞いたと思うが、
オレたちは東へ向かって旅をしている。
とても遠い目的地を目指しているから、
この朝食後、すぐにでも出発したいと思っている。
だから、その・・・大変、世話になった・・・ありがとう。」
大きな声で、この場にいる全員に聞かせるように返事をして、
最後に、食事のお礼をした。
オレたちを襲った海賊に礼を言うのは、どうにも気が進まなかったが
食べさせてもらったのは事実だし、感謝している。
だいたい・・・「いつ出ていくんだ?」なんて、なんとも不躾な問いかけだ。
自分が木下の話を聞きたいがために、オレたちをこの村へ再び招き入れたくせに、
用が済んだら、さっさと出て行けと言わんばかりではないか。
実際、引き留められても困るから、こちらとしては好都合ではあるが・・・。
「おっと、すまんが、ちょっと待ってくれ!」
「え?」
声がした方を見ると、あの年老いた男が挙手しながら、席を立っていた。
「すまんが、そこの男と、部屋にこもっとる男を護衛役として、
午前中に釣りへ出かけたいんじゃが・・・お嬢、いいか?」
「つ、釣りだと!?」
年老いた男が、オレを指さしながら、
オレにではなく、村長に都合がいいかを聞いている。
「あぁ、かまわん。」
そして、村長も、オレたちの都合を無視して即答した。
「お、おい! オレたちは急いで東へ・・・!」
「ギルじぃ一人で海へ出るなんて、危険だろ?
せっかく昨日、おっさんが苦労して『メガテルミーズ』から救ってくれた命が、
今日、亡くなってしまったら、おっさんとしても心苦しいだろ?
もっとも・・・『メガテルミーズ』は、おっさんが原因だったけどなぁ!?」
「うっ・・・!」
村長のやつ、なんて言いがかりを・・・!
しかし、実際、オレたちが原因で、あの巨大な『イカタイプ』の
魔獣を呼んでしまい、危険な目に遭わせてしまったのは事実で・・・。
まさしく、ぐぅの音も出ない。
「じゃ、そういうことで。」
村長が軽いノリで頼んでくる。
「これも運の尽きと思って、諦めるんじゃの。
なぁに、魔獣除けの魔道具を持っていくから、
昨日のような危ない目には、そうそう遭わんじゃろ。
それに昼までじゃから、安心せい。」
年老いた男も、軽いノリでそう言ってきた。
魔獣除けの魔道具を持っていくなら、護衛役はいらないだろ?
「くっ・・・!」
オレは、そう思いながらも反論できなかった。
木下も、シホも、もちろんニュシェも。
反論の余地がないというか、そんな空気ではなくなっていた。
なんとも海賊らしいな。
利用できるものは何でも利用しつくすというか・・・
このまま、ここにいたら、
勝手に海賊の仲間にされて、こき使われそうな勢いだ。
ザザザァ・・・ ザザザァ・・・
クゥーーー クゥーーー クゥーーー
オレは朝食後、木下たちと別れ、
部屋に閉じこもっていたファロスを呼び、
年老いた男とともに、昨日、乗っていた船と同じ大きさの船に乗り、海へと出た。
オレたちを乗せた船は、年老いた男がロープを操作して、
帆に風を受け、快適なスピードで海を進んでいく。
しかし、波は高くないものの、やっぱり揺れる。
午前中だけと聞いていたが、それでも、また乗り物酔いしそうな気がする。
こんなことなら、朝食をたらふく食べなければよかった・・・。
昨日までは気にならなかったが、船が停めてあった浜辺の上空では
翼の大きな白い鳥たちがたくさん飛んでいて、
その鳥たちの鳴き声が聞こえていた。
たしか、港町でも見かけた鳥たちだ。
「あれは、なんという鳥なんだ?」
黙って乗っているだけでは、乗り物酔いが悪化しそうな気がしたので、
気を紛らわせるために、オレはどうでもいいことを
年老いた男に聞いてみた。
年老いた男は、『舵』という丸い輪っかのような
船の部品をしっかり握りながら、答えてくれた。
「あー、あいつらは『ラオブ』という海鳥じゃ。
略奪っていう意味がある名前での。
漁をしとると、必ずあいつらが魚を奪っていくんじゃ。
いわば、わしらの天敵じゃの。
今朝まで、あの浜辺には『メガテルミーズ』の死骸があったから、
その血のニオイにつられて群がっとるんじゃろ。」
「ほぅ・・・。」
あまり関心がなかったのだが、
あの鳥が魚を奪いにくるなら、今のオレたちにとって、
無関係というわけではなさそうだ。
要注意だな。
海の魔獣の気配は、やはり感じられない。
今朝、右肩に感じていた痛みは、朝食の間に、
かなり和らいできていたが、まだまだ本調子とは言えない。
魔獣が、いつ襲ってくるか分からない状況だが、
年老いた男が持ってきた魔道具が効いているのか、
今のところ大丈夫のようだ。
「そういえば、あの大きな『イカタイプ』の死骸は、どうしたんだ?」
「『メガテルミーズ』の死骸は、お前たちが寝とるうちに、
村の若いやつらが、近くの港町まで運んで、
早朝の市場で『競り(せり)』に出してきたわい。
なかなかの儲けになったようじゃ。くっはっはー!」
よほど、大金で売り飛ばせたのだろう。
年老いた男は、そう言って上機嫌で笑った。
「そうか・・・。」
オレは、正直、興味がなかったから
素っ気なく答えながら、船の前方を見た。
船の前部に、黙って座り込んでいるファロス。
部屋から引きずり出せたまではいいが、
やはり、その目に生気がなく・・・
やつの心の中は、まだ悲しみに包まれているようだ。
母を亡くし、追い続けた父までも亡くしたのだから、当然か・・・。
「・・・。」
やはり、今日も、かけてやる言葉が見つからない。
「ところで、釣りをする場所は、ここから遠いのか?」
オレはファロスに話しかけることができず、
また、どうでもいいことを年老いた男に聞いていた。
「昨日と同じ海域じゃから、まだ距離はあるが、
今日は追い風じゃから、じきに着くじゃろ。」
「え!? 昨日と同じ海域!?」
それって・・・
「あぁ、『シラナミ』様がいた海域じゃよ。」
「!!」
「・・・!」
気づけば、船の前部で、呆然としていたファロスも、
驚きの表情で、年老いた男のほうへ振り返っていた。
「あ、あの海で釣りをするのか?」
「そりゃ、そうじゃろ。
ほかの漁師たちが、当分、行かない海域じゃからのぅ。
そこで、ちゃんと魚が釣れるかどうか、
どういう魚がおるのか、確かめにゃならん。」
年老いた男は、まっすぐ前を見て答える。
迷いがない目だ。
たしかに、その通りなのだが
「危険じゃないのか?」
「くっはっは! 魔獣みたいな強さのくせに、
海の上では臆病じゃのぅ、お前は。
なぁに、『シラナミ』様は討伐されたんじゃから、
危険はないじゃろ・・・たぶん。」
「た、たぶん?」
「そのために、お前たちを連れてきたんじゃ。
もしもの時は、しっかり守れよ。くっはっはー!」
そう言って、年老いた男は、豪快に笑った。




