夜雨
明かりを点けずに、ファロスの部屋の、隣りの部屋へと入った。
真っ暗で確認しづらいが、この部屋もファロスの部屋と同じ間取りだ。
ベッドが2つ。一人で寝泊まりするには贅沢な感じだ。
ドアを閉めてしまえば、隣りの部屋の音は聞こえてこない。
ファロスの泣き声も・・・。
「ふぅぅぅ・・・。」
荷物を置き、窓際のベッドではなく、
ドアに近いベッドを選んで、横になり、溜め息をつく。
真っ暗な部屋の中、目を閉じる。
今日一日で、いろんなことが起こり過ぎた。
このまま、ぐっすり眠ってしまいたい気持ちはあるが、
ここは、海賊の村だ。
一度は囚われ、袋叩きに遭ったのだから、油断はできない。
村人たちで葬儀が執り行われたらしいから、
そこで、またオレへの復讐心が再燃することも有り得る。
窓にカーテンがないから、外から丸見えの部屋の中。
窓際のベッドでは、窓から奇襲されるか、
遠くから狙われる危険があるから、避けた。
ザァーーー・・・
外から雨音が聞こえてきた。
夕方は晴れていたのに、今になってから雨が降ってきたようだ。
外からの音が、雨音でかき消されている。
襲撃しやすい夜だ。
オレたちが海賊に襲われたのも夜雨の時だったな。
「・・・。」
仮眠程度にしなければ・・・。
「・・・。」
ぐっすり、眠る、わけには・・・。
「・・・ぐぅ。」
コン、コン・・・
「!」
ドアのノックで目が覚めた!
仮眠どころか、深く寝てしまったらしい。
どれほど寝たのだろうか?
あまり、寝た気がしないから、数分か? 1時間ほどか?
ザァーーー・・・
外はまだ暗くて雨が降り続いている。
まだ頭の中が起きてなくて、ドアのノックも気のせいかと思ってしまうが、
ドアの外に気配を感じる。
「だれだ?」
「私です。」
小さな声だが、木下の声だ。
オレが、そっとドアを開けると、
パジャマ姿の木下が、すかさず部屋へ入ってきた。
「・・・。」
オレがドアを閉めると、
木下は窓際のベッドへ移動して、座った。
真っ暗で表情が分かりにくいが、
こんな夜中にオレの部屋を訪ねてきたということは、
なにか大事な話があるのだろう。
オレは、さっきまで寝ていた、ドアの近くのベッドへ座った。
・・・まだ眠気があるなぁ。
「あー、隣りの部屋にファロス殿がいるから、
ランプは点けないほうがいいよな?」
「そうですね。このままで構いません。」
ランプの灯りを点けるための着火剤が見当たらないから、
日常的な火の魔法を使わなければならないが、
小さな魔法の魔力でも、隣りの部屋のファロスには感づかれてしまうだろう。
感づかれたところで怪しいことをしているわけではないが。
オレたちは、真っ暗な部屋のまま話し合うことにした。
ザァァァァーーー・・・
外からは、まだ雨の音が聞こえてくる。
月明かりもないから、カーテンがなくても
窓からは明かりが射し込まない。
「それにしても、よくこの部屋だと分かったな?」
オレとファロスは「玄関に近い部屋で寝る」と、
解散する前に、木下たちに伝えてはいたが、
誰が、どこの部屋に寝泊まりするかは伝えていなかった。
この部屋が、ファロスの部屋かもしれないのに。
木下は、どうやって、ここにオレがいることを知ったのか?
「えぇ・・・ちょっと・・・。」
「?」
木下は言い淀んで、はっきり答えようとしなかった。
追求したいところだが、オレでは
うまく木下から聞き出すことは無理だろうから諦めた。
「それで・・・大事な話か?」
「はい。」
少し目が暗闇に慣れてきて、
木下の緊張した表情が見えてきた。
ただ、オレはまだ眠気を感じる。
大事な話だろうが、欠伸が出そうだ。気をつけねば。
「おじ様に話すかどうか迷っていたのですが、
今後、ガンラン先輩に命を狙われると思うので、
おじ様にも事情を話しておくべきだと判断しました。」
「!」
いきなり、そう切り出した、木下。
薄々は分かっていたが、やはり・・・
今後、オレたちは、あのガンランに命を狙われるのか。
この国を海へ沈めるというガンランの計画を、オレたちが阻止してしまったし、
ガンランが、例の組織のメンバーということを
あの海域にいた全員が知ってしまったのだから。
オレたちだけじゃなく、この村の者たちも狙われるだろう。
裏の情報を知ってしまったから・・・口封じのために。
そして、オレたちがどこへ行こうとも
やつが持っている魔道具で、居場所が知られているようだし。
もう、オレたちに休まる場所はないと言えるだろう。
「村長たちに話したこと以外に、
話していないことがあるということだな?」
「はい。ウソをつきたいわけではありませんが、
知らなくていい情報を知ってしまったがゆえに、
迷惑をかけてしまうことも有り得るので・・・。」
すでに迷惑をかけてしまっているとは思うが、
これ以上の迷惑をかけないためにと、木下なりに思ったのかもしれない。
たぶん、他にも、ウソをつかなきゃいけない理由があるのか。
「聞こうか。」
「はい。おじ様も薄々分かっていると思いますが、
まず、ガンラン先輩は、
私と同じ『ハージェス公国』の『スパイ』です。
いえ、『でした』と言った方がいいのかもしれません。」
もはや、ガンランの裏切りが確定したのだから、
過去形にするのも当然か。
「そうか、やはりか。
シホたちに話していた『大学の先輩』っていうのは、
ユンムと同じく、ガンランも『スパイ学校』卒業者ってことだな?」
「そういうことです。
シホさんたちに話していた通り、ガンラン先輩との面識は、
学校で挨拶した程度で。将来、配属される部署が違うため、
ガンラン先輩とは別々の訓練を、私は受けていました。」
なるほど。
お互い、顔を知っている程度というのは本当のことだったのか。
「違う部署というのは?」
「はい、私は学校を卒業後、『諜報部』へ配属されました。
主に、他国で活動し、諸外国の情報を集める部署です。
ガンラン先輩が配属された部署は・・・。」
「!」
淡々と話しているように見える木下だが、
よく見れば、少しひざの上に置いている手が拳を握っていて、
わずかに震えているようだ。
「あ、『暗殺部』です・・・。」
「暗殺・・・!」
木下が絞り出すように言った言葉で、木下の緊張が伝わってきた。
おかげで、眠気も少し和らいできた。
なるほど、暗殺か・・・。
気配を完全に消せて、獣や魔獣を操る術者・・・。
一人で一国を潰せるほどの実力・・・。
「『暗殺部』は、主に、わが国の障害となる相手を
人知れず暗殺するために設立された部署で・・・人数は、そう多くはありません。
常軌を逸する実力者だけで形成されている部署です。
そして・・・。」
「・・・。」
木下が息をのむ。
「そして、『暗殺部』は・・・任務に失敗した者や
国から情報を持ち出した裏切り者なども、秘密裏に消すという・・・
と、とても怖い人たちです・・・。」
なるほど・・・やはり、そうか・・・。
木下は、緊張しているだけでなく、
おそらく恐怖を感じているのだろう。
『スパイ』の任務失敗した自分が、
ガンランや他の者に襲われて、消されるかもしれないという恐怖。
しかし、木下は、大臣の娘だ。
任務失敗したからと言って、暗殺の命令が下るとは思えないが・・・。
そういう可能性はあるということか。
「シホたちへ話していた、
『ガンランが暗殺の仕事をしていた』という話も、
あながちウソではなかったというわけか。」
「そうです・・・。」
「・・・しかし、やつは、
『ソウルなんとか』という組織のメンバーなんだよな?」
「あの瞬間・・・本人の口から聞くまでは半信半疑でしたが、
そうだったようです。その情報は、『諜報部』の中でも、
ごく一部の限られた人たちしか知らされていない、未確認の情報でした。
だから、私は・・・信じられなかったのですが・・・。」
木下が、うつむく。
ウソであってほしいと願っていたということなのか?
それは、つまり・・・
「・・・やつが初恋の相手というのも本当か?」
「なっ!」
オレの問いに、木下が大声をあげそうになって、
慌てて自分で自分の口を手で塞いだ。
「なんで、今、その話が出てくるんですか!
今の大事なお話とは関係ないでしょ!」
木下が、怒りを露わにして、小声で早口でまくしたてる。
暗くて分かりづらいが、ちょっと顔が赤くなっている気がする。
それが、恥ずかしがってなのか、怒っているからなのかは分からない。
ムキになるあたりが図星だと証明している気もする。
「す、すまん。そうだな、今は関係ないんだったな。」
「当たり前です。あんな女癖の悪い、女の敵に、
片思いしてたことが、私の中の汚点ですから! あ・・・。」
そこまで言ってしまって、また口を手で抑えて、うつむく木下。
こいつは・・・オレと話している時に、
どうして『スパイ』らしさが消えてしまうのだろうか。
普段は、ウソがうまいくせに。
天然なのか? それとも、これも演技なのか?




