男の涙
どうしてオレたちの行動が、ガンランに筒抜けだったのか?
木下は・・・真実を喋っているのか、隠しているのか、分からないが、
あくまでも推測として、こう説明した。
大臣の娘である木下の居場所は、
つねに大臣が把握できるようになっていたという話だった。
それが、『血判跡』という魔道具を使えば可能らしい。
魔法系、魔道具系に疎いオレでも、名前だけは聞いたことがある。
木下の説明によれば、
主に、王族や貴族が家族に対して使用する魔道具で、
その魔道具に、本人の血を染み込ませることで、
その者の位置を、魔道具が示すらしい。
大変、希少で高価な魔鉱石を使って造られるため、
その魔道具自体も希少で高価なのだ。
だから、金持ちにしか手に入らない。
ただ、位置を知らせるだけの魔道具なので、
金持ちであっても、それを買うやつは、なかなかいないようだ。
大臣が持っているはずの、その魔道具が、
ガンランの手に渡っているのではないか?
・・・というのが、木下の推測だった。
そんな高価で大事な物が、家族以外の手に渡るなんて考えにくい。
有り得ないと思いたいが、そうであれば説明がつく。
どんなに変装しようと、隠れて移動しようと、
その魔道具さえあれば、居場所が筒抜けなのだから。
しかし、そうなると・・・
「・・・。」
木下の父親・・・『ハージェス公国』の大臣の、安否が気遣われる。
ガンランにやられたのか?
それとも、その組織の誰かにやられたのか?
ただ奪われただけなのか? 命はあるのか?
そもそも、木下の推測が正しいかどうかも分からない。
真実を話しているかどうかも・・・。
話し合いが終わった後、木下の表情が暗く、
父親の心配をしているようにも見えた。
「はぁ・・・。もう話は終わりだ。
部屋は無駄にあるから、勝手に使ってくれ。
俺は、もう寝る。
おい、ギルじぃ、終わったぞ。起きろ。」
「あぁ、おやすみ、シャンディー。」
「おやすみなさい、シャンディーさん。」
「あぁ。」
木下の話を、ひとしきり聞いた後、
村長の溜め息まじりの締めの言葉で、オレたちは解散した。
結局、今後、あの組織から、どうやってこの国を守ればいいのか、
具体的な案は思い浮かばないままだ。
村長としては、国のことだけじゃなく、
村の復興についても考えなければならないだろうから、
問題が山積している。溜め息も出るだろうな。
食堂から廊下へ出て、オレたちは、そこで分かれた。
寝ていた年老いた男は、村長に叩き起こされて、
村長の家から、ふらふらとした足取りで出ていった。
オレとファロスは、それぞれ、一階の玄関から近い部屋で寝ることにした。
木下たちは、シャンディーの部屋から近い、2階の部屋へと移動していった。
木下がまた「みんなで一緒に寝る」とか言い出すかと思ったが、
案外、そんなことはなかった。ファロスがいるからか?
部屋がたくさんあるからか?
あいつの判断基準がいまいち分からない。
気分次第なのだろうか。
玄関から近い部屋のドアを開けて、ファロスへ中へ入るように促す。
ファロスは黙って、促されるがままに部屋へ入っていく。
部屋の中には、ベッドが2つあった。
なんとなく、オレはファロスを一人にしてはいけない気がして、
今夜は、いっしょの部屋で寝たほうがいいのでは?と、
この部屋の中を見た瞬間に思ったが・・・
そこまで慣れ親しんでいない間柄のおっさんと
ひとつの部屋で寝るほうが、ファロスにとっては気が休まらないだろう。
オレも、今夜は一人で、誰に気遣うこともなく眠りたい。
「・・・。」
食事中も、食後の話し合いも、ファロスはずっと黙ったままだった。
オレも、今はファロスが話せる状態じゃないと判断して、無駄な会話を避けている。
一人で部屋へ入ってからも、ファロスはうつろな表情で、
ベッドに腰かけて、ぼんやり床を見ている・・・。
そんな様子を見ていると、やはり不安になってしまうのだが。
「今日はさっさと寝よう・・・。おやすみ。」
「・・・。」
オレはドアのところに立ったまま、部屋の中にいるファロスへ
そう呼びかけたが、ファロスからの返事はない。
今日は、いろんなことがあったから・・・オレも疲れた。
早く眠りたい。
そう思って、部屋のドアを閉めて行こうとしたら、
「それは・・・。」
「ん!?」
その時、ファロスがオレの背後を指さしながら、口を開いた。
オレが肩に背負っている荷物・・・
その中に、あの長谷川さんから受け取った『刀』があった。
「おぉ、そういえば、渡すのを忘れていた。」
本当は忘れていたわけではなく、渡すタイミングを見計らっていただけだが、
誤解されないように、一応、そう言いながら、
荷物の中にあった『刀』を手にして、
「ファロス殿が気を失った後、長谷川殿から預かった。
これをファロス殿へ・・・と。」
オレは部屋の中へ入り、ファロスの目の前に『刀』を突きだした。
「・・・父の・・・『斬魔』・・・。」
ファロスが、『刀』の名をつぶやく。
物覚えの悪いオレは、ファロスに渡すまでは
この『刀』の名前を忘れないようにしていたが、
やはり息子なら、知っていて当たり前か。
長谷川さんとファロスの闘いでは、ファロスの猛攻を
長谷川さんが左手で持っていた、この『刀』で全て受け流していた。
きっと、それまでの闘いでも、長谷川さんは、
そうやってファロスの攻撃を受け流していたのだろう。
だから、ファロスにとっては、見慣れた『刀』だろうな。
「?」
「・・・。」
長谷川さんの形見のようなものであり、
憧れの父親が持っていた『刀』だろうに、
ファロスは受け取ろうとせず、
ただ、オレが持っている『刀』を黙って、じっと見ているだけだった。
「・・・それにしても、長谷川殿が持っていた武器は、
どれもこれも不思議なエネルギーを持っているのだな。
この武器も、なんか、こう・・・
持っているだけで、何かを感じるような・・・。」
ファロスへ渡すつもりで差し出しているのに、
受け取ってもらえず、沈黙に耐えかねたオレは、
聞かれてもいないことを、べらべら喋ってしまった。
長谷川さんから受け取った時から、
この武器には、なにかを感じる。
あの気持ち悪いエネルギーを放っていた『刀』とは
また違ったエネルギー。
こうして触れなければ分からない程度の微弱なものだ。
「その『斬魔』は、わが長谷川家に代々伝わる家宝でござる。
読んで字のごとく、その刀は、魔法を斬ってしまう、
特殊な魔道具の武器でござる。」
「ま、魔法を、斬る?
そんなことが出来るのか!?」
いや、言われてみれば、たしかに・・・。
オレを捕えた時に海賊たちが使っていた、あの魔道具の黒いロープを、
地下牢へ侵入してきた長谷川さんに対して
海賊たちが使った時・・・
ロープを切ったのに、魔道具の魔法が発動しなかった。
「この類の魔道具は、世界でも珍しく、数少ないものでござるから、
佐藤殿が知らなくても致し方ないことでござるが、
その刀は、魔道具を斬れば、その魔道具を無効化し、
魔法が発動する瞬間の魔法陣を斬れば、その魔法を無効化できるという、
『対魔法戦』において、とても有利になる刀でござる。
だからこそ、家宝なのでござる。」
オレが魔道具に疎いことを知らないファロスは、
そう言って、丁寧に説明してくれた。
この武器があれば、相手が大勢の魔法使いだとしても、
たくさんの魔道具を使用されても、一人で打ち勝つことができるだろうな。
だからこそ、長谷川さんは、たった一人で危険な旅を続けられたのだろう。
こんな武器もあるのか。世界は広いな。
「こんなすごい武器が家宝とは、うらやましいな。
オレの家には家宝と呼べるものがないから、本当にうらやましい。
さぁ、ファロス殿・・・大事な家宝を早く受け取ってくれ。」
ずっと黙っていたファロスが、
これだけ雄弁に語ってくれたことは嬉しかったが、
この武器の凄さを聞いたからには、
なおさら、さっさと渡してしまいたかった。
だから、受け取ってくれるように催促したのだが、
「・・・。」
ファロスは、受け取ろうとしない。
『刀』を見つめたまま、また黙り込んでしまった。
「どうした?」
「・・・。」
ファロスの表情が曇っている。
父親の喪失感を感じていた表情とは、また違う。
困ったような顔だ。
まさか、この武器も、曰く付きなのか?
「・・・その刀は、先祖代々・・・
親に認められた子だけが、持つことを許される刀でござる。
拙者は・・・それを持つに足る実力を持ち合わせておらぬゆえ・・・。」
なるほど、そういう理由か。
「いや、そんなことはないだろう?
現に、あの長谷川殿と立派に闘っていたし・・・。」
「結果は、惨敗・・・。」
「いやいや、あの目にも止まらぬ連撃は見事だったし・・・。」
「すべて父上に受け流され・・・。」
「いやいやいや、最後の! 最後の~、なんだっけ!?
奥義?とやらも・・・。」
「不発に終わったでござる・・・。」
「あー・・・。」
ファロスを励まそうとしたが、オレの言うこと全てが、
ファロスを落ち込ませる言葉になってしまった。
・・・よくよく考えてみると、ファロスの言う通りだな。
あれだけの実力差を目の当たりにしておいて、
「親に認められるだけの実力がある」と言うのは無理があるか・・・。
「・・・。」
そして、またファロスは黙ってしまった。
目の前に差し出されている『刀』を見ずに、うつむき気味に、床を見つめている。
オレは、いい加減、『刀』を差しだしている手が疲れてきたので、
一旦、腕を降ろした。
「・・・で? どうするんだ?
この武器を受け取る実力がないって言ったって、
もう、この『刀』は、長谷川殿からファロス殿へと託されたのだぞ?」
「・・・。」
少し、きつい言い方をしていると自覚する。
オレも、こんなことを言いたいわけではない。
慕っていた父親を失ったファロスの心境が分かるからこそ、
無気力な状態のファロスに、今まで何も言わなかったのだ。
しかし、この武器を受け取ってくれないとなると・・・
長谷川さんの最期の頼みを託された、オレが困る。
「これを受け取る以外に、選択の余地はないのではないか?
実力不足を感じているなら、受け取った後、
これに見合う実力をつけるために、鍛錬するしかないんじゃないか?」
「・・・。」
受け取ってもらうために、そう提案してみたが、
ファロスは、オレの提案に乗ってこない。
いや、迷っているのか、戸惑っているのか。
頭では、それしかないと理解できていても、
心が追いついていないのかもしれない・・・。
「おっと・・・そういえば・・・。」
「・・・。」
オレは受け取ってもらえなかった『刀』を、
また自分の荷物へ戻しつつ、
いつも腰にさげている布袋を取り出した。
そこに入れておいた、もうひとつの託された物を取り出した。
それを、またファロスの目の前に差し出す。
「・・・それは?」
目の前に差し出された、少し茶色がかった長細い紙包みを見て、
ファロスがたずねてくる。
「長谷川殿に、もうひとつ頼まれていたんだった。
たしか、『じせい』と言っていた。
オレには、そういう文化が分からないが、
手紙みたいなものではないのか?」
「ち、父上の・・・『辞世の句』・・・。」
そうつぶやいたファロスは、ゆっくりと
オレの手から、その『じせい』と呼ばれる、
カードみたいなものを受け取った。
「・・・。」
受け取ったはいいが、紙包みの中身をすぐに確認しようとしないファロス。
手にしたカードのような物に視線を落とし、
そのまま固まってしまった。
オレの前では確認しづらいか。
「・・・ふぅ。この武器は明日まで預かっておく。
今日は大変だったな。オレも疲れた。
何も考えず、ゆっくり寝るといい。」
「・・・。」
沈黙が長かったので、オレは、そう言って
ファロスがいる部屋を出て、ドアを閉めた。
これ以上は、何も会話ができないと判断した。
この武器も、さっさと渡してしまいたかったが、
本人が受け取り拒否をしていたし、その場に置いて行くのも、
なにか違う気がして・・・仕方なく、預かることにした。
一晩寝れば、少しは心の整理がつくだろう。
オレが部屋のドアを閉めてから、しばらく、
ドアの前で、そんなことを考えていたら、
「・・・うっ・・・うぅ・・・うぁぁ・・・ぐっ・・・。
父上・・・父上・・・。」
「!」
ドア越しに、ファロスの泣き声が聞こえてきた。
大声で号泣する感じではなく、押し殺したような、控えめな泣き声・・・。
あの紙包みの中の手紙を見たのか。
それとも、今まで堪えていたものが溢れたのか。
オレは、その泣き声を聞いて、
なぜか、どこか、ホッと安心してしまった。
親を亡くした直後から、まるで魂が抜けたかのように見えたファロス。
そのまま長谷川さんを追って自害するのではないかと
心配してしまったが・・・余計な心配だったか。
泣けば、少しは頭の中や心の中がすっきりするかもしれない。
その泣き声が聞こえてくるドアから
そっと離れて、オレは隣の部屋へと移動した。




