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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第四章 【初恋と伝説の海獣】
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繋がりの喪失



陸地に辿り着いたオレたちは、歩いて、

また、海賊たちの村『ハッバール』へ戻った。


オレたちとしては、早々に東へ向かいたいところだが、

村長が「宴を開く」と言うし、木下から説明を聞くまでは

離してくれない雰囲気だったので、大人しく、ついてきてしまった。


村長たちが帰ってきた姿を見て、

村で待っていた女、子供たちが大喜びしていた様子は、とても印象的だった。

どれほど心配していただろうか。

中には、もう帰ってこないと覚悟していたやつもいただろう。

その村人たちの様子を見て、無事に帰れて本当によかったと感じた。


オレたちは、今度は囚われの身ではなく、

客人として村長の家へ招かれた。


村長の家は、村の入り口から続く坂道を上って歩いた先、

村の一番奥の方にあった。

村の中の一軒家にしては、やたらと大きな木造2階建ての家だ。

玄関のドアの上には、巨大な魚の骨が、なぜか飾ってあった。

家の中も、客室がいくつかあるようだった。

さすが、村の長の家だな。


家の中に気配がする。

ほかにも住んでいる者がいるのだろう。

家族か、もしくは使用人かもしれない。


オレたちは、広い部屋へ案内されたのだが、


「今宵は、ここで宴を開く予定だが、まずは風呂だ。

早く、このイカ臭ぇのを洗い流したいからな。

シホたちは、ここの風呂を使っていいが、

男どもは、ギルじぃの家で入って来い。」


村長にそう言われて、オレとファロスだけ、

すぐに家から追い出されてしまった。


「やれやれ・・・お嬢にも困ったもんじゃ。

ほれ、ついてこい。」


年老いた男が、溜め息まじりに、そう言って歩き出した。

オレもファロスも、黙って年老いた男についていく。


年老いた男の家は、村長の家から、

それほど離れていなかったので、すぐに到着した。

予想はしていたが、村長の家よりは小さい木造の平屋だ。

家の中も村長の家よりは狭い。

しかし、あまり物を置かない性格なのか、

通された部屋は、テーブルとイス以外、何もない。

ガランとしていて、広く感じた。


家の中に気配がない。

どうやら、一人暮らしのようだ。


「さて、わしの家の風呂は狭いからの。

1人ずつしか入れん。

わしから入るから、この部屋で順番でも決めて待っておれ。」


そう言って、年老いた男は、部屋から出ていった。

部屋には、オレとファロスだけが残された。


「・・・。」


相変わらず、ファロスの目には生気がない。

船を降りてからも、ずっと無言のまま。

ただ、オレたちの言葉は聞こえているらしく、

ここまで大人しくついてきたのだが・・・。

きっと、何も考えていないのだと感じる。

考えることを止めているというか・・・。


風呂に入る順番を決めるために話し合う必要があったが、

今のファロスに話しかけることは、どうにも出来なかった。

だから、年老いた男が呼びに来た時に、

無言で風呂へ促し、先に入ってもらった。

ファロスのほうも、特に何か言うこともなく、

ただただ、オレや年老いた男の言うことに従っているだけだった。


ファロスは武器を携えている状態だ。

いつでも自害することができる・・・。

やつを1人にすることに、少し不安はあったが、

あの生気のない目を見る限りでは、

「死のう」という気すら起こらないというか、

そういうことを考えることすらできない気がした。


そう思っていたのだが、


「あぁ!!」


「!?」


家の中で、ファロスの声が響いた!

慌ててオレが部屋を出ると、ちょうど年老いた男も

別の部屋から出てきたところだった!

年老いた男が、すぐに他の場所へ走り出したので、

オレもその後を追った!

きっと、年老いた男が向かう先は風呂場だろう。


バタン!


「どうしたんじゃ!」


家の中の、一番左奥に位置する部屋のドアを

年老いた男が、乱暴に開けて、そう叫んだ!

オレも、年老いた男の後ろから、その部屋を覗くと、

狭い脱衣所の中で、ファロスが、裸のまま座り込んでいる!


「ファロス殿! 大丈夫か!?」


そう呼びかけながら、ファロスの体を観察してみたが、

どこにも怪我はないように見えた。


「・・・。」


すぐに返事が返ってこない。

ファロスは座り込んで、手の平に何か持っている?

それを呆然と見つめるファロス。

あれは・・・灰色の砂、なのか?


「・・・は、灰に・・・なってしまいました・・・。」


ファロスが、小さい声で、ようやく答えてくれた。


「何が、灰になったんだ?」


「・・・か、『刀袋』でござる・・・。

ち、父上が持っていた妖刀『ヴィガンサ』の一部の素材を、

特別な製法で編み込んだ・・・『刀袋』が・・・灰に・・・。」


どうやら、ファロスが手にしているのは、

例の『刀袋』の成りの果てらしい。

あの袋に、あの気持ち悪かった『刀』を収めれば、

長谷川さんを止めることが出来るということだったが・・・。

たしか、あの袋があれば、長谷川さんの位置も分かるようなことを

ファロスは言っていた気がする。

それが、いつの間にか、灰になってしまったようだ。


「・・・。」


「なんじゃ、よく分からんが、

そんなことで、素っ頓狂な声を出すんじゃないわい!

まったく迷惑な・・・!」


ファロスの返事を聞いて、何かの危険性がないと判断した年老いた男は、

そう文句を垂れながら、この場を離れていった。

ファロスとしては、袋が灰になったこともショックな出来事なのだろうな。

そう思うと、年老いた男のように、さっさとこの場を離れるのは

忍びない気持ちだが・・・。


「それが、灰になったということは、どういうことなんだ?」


なんとなく無言で、その場を去ることが出来ず、

オレは疑問に思ったことを、素直に聞いてみた。


「・・・初めてのことなので分かりかねますが、

これで、もう・・・妖刀『ヴィガンサ』を

探すことは不可能になったということでござる・・・。

いや、もしかしたら・・・妖刀『ヴァガンサ』が消滅したのかも・・・。

だから、この『刀袋』もいっしょに・・・。」


ファロスが、力なく、そう答えた。

ファロス自身も、袋が灰になった原因が、よく分かっていないようだが、

袋があったからこそ、あの『刀』の位置が分かっていたのに・・・

これで、あの『刀』の位置を知ることは、できなくなってしまったようだ。


「父上・・・。」


そうつぶやいて、ファロスは手の平の灰を、ぎゅっと握り締めた。

それは・・・長谷川さんの位置も分からなくなったということだ。

いや、そもそも、長谷川さんの遺体が、この世に残っているとは到底思えない。

それほど、凄まじいエネルギーの放出だった。

そして、あのエネルギーを放った武器も残っているとは思えない。

消滅したとしても、不思議ではない。

現に、ずっと感じていた、あの『刀』の気持ち悪いエネルギーが、

長谷川さんと魔獣の姿とともに、消え去ったのだから・・・。


きっとファロスにとっては、あの袋こそが

唯一の、長谷川さんとの『繋がり』だったのではないだろうか。

遠く、離れ離れになっても、あの袋が『刀』の位置を示してくれて・・・

その先に、長谷川さんがいることを感じれたのではないだろうか。


「・・・。」


オレは、何か声をかけてやりたかったが、

やはり、こんな時に、どう言って声を掛けたらいいか・・・。


そのうち、ファロスのほうが動き出した。


「風呂に・・・入ります・・・。」


「あぁ・・・ゆっくり入れよ。」


立ち上がったファロスに、そう声をかけて、

オレは脱衣所を後にした。




しばらくして、ファロスは、普通に風呂から上がってきた。

年老いた男が言うには、あの魔獣の『墨』という真っ黒な液体は、

一度、衣類についてしまうと色が落ちないらしい。

しかし、ファロスには替えの服がなかったようで、

いつの間にか年老いた男が、村人たちに頼んで服をもらってきてくれたらしい。

村の若い男たちと似たような格好で、風呂から上がってきたファロス。

年老いた男に紙袋をもらって、

その中に灰になったものを入れて、懐に持っているようだ。


汚れを洗い落として、ゆっくり風呂に浸かれば

少しは頭の中もすっきりしてくるかと思ったが、

ファロスは、相変わらず、うつろな目をしている。

呆然とした様子は変わらない。


やはり、現実を受け容れるまで時間が必要だろう。


そのあと、オレが風呂に入らせてもらった。

村の一軒家だから、期待はしていなかったが、

予想よりもキレイな風呂場だった。

狭いと言っていたが、ちょっとした民宿の風呂よりは広く感じる。

一軒家にシャワーではなく風呂があること自体が、すごいと思う。


海水やら魔獣の黒い液体やらで、体中がベトベトしていたが、

それらをお湯で洗い流すと、さっぱりした。

右腕を、ぐるぐる回してみたが痛みはない。

竜騎士の剣技を連発して使った後、右肩が少し熱くなっていたが、

痛みはなく、今は、すでに熱もなくなっている。

すべて木で出来ている風呂は、木材独特のいい匂いがして、

オレとしては、とてもよい気分転換になった。


「ふぅ・・・。」


湯に浸かり、目を閉じる。

こうして目を閉じていると、まだ目がぐるぐる回っている気がする。

『イカタイプ』との戦闘中は、集中していたから

その間は忘れることが出来ていたが、

船から陸へ上がった時には、まだ船に揺られている感覚が抜けていなかった。

あの『伝説の海獣』が作り出した『渦』というもので目を回された上に、

乗り物酔いを起こしていたのだ。

溺れたことも体調不良に拍車をかけた。

その気持ち悪い感覚が、まだ続いているなんて・・・。

これも歳のせいか。


ピチョン・・・


風呂で水音を聞くと・・・

ふと、長谷川さんと初めて会った『熱泉』を思い出す。

あの時から、それほど日は経っていないし、

長谷川さんと過ごした時間は、とても短かった。

そこまで親睦を深めていなかったはずだが、

まるで、旧知の間柄だったかのように、意気投合して・・・。


長谷川さんという存在がいなくなっただけで、

胸の中に、ぽっかりと穴が開いてしまったような・・・

大きな喪失感を感じる。

うっかり泣きそうな自分に気づき、オレは風呂の湯で顔を洗った。


赤の他人のオレですら、こんなにも喪失感を感じているなら、

息子のファロスが感じている喪失感は、どれほどのものだろうか。





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