はねる熊
「無駄じゃよ・・・。
お前が魔獣のように強くても、あの妖刀の剣士よりは弱いじゃろ。
見てみぃ・・・もう周りは墨の海じゃ・・・。
すでに、やつに狙われておる。」
年老いた男にそう言われて、
船の周りを見渡せば、いつのまにか船の周りは
真っ黒な海になっている。遠くの海は、真っ青なのに。
ザザザザザザ・・・
心なしか、真っ黒な波が濁って見えて、
海水というよりは、どろどろした泥水のように見える。
妖刀の剣士・・・長谷川さんのことか。
たしかに、オレはあの人ほど強くないな。
「うぇぇ・・・臭い・・・。」
ファロスの横に座っているニュシェが、海を見て、
気分が悪そうな表情で、そう言った。
鼻が利く分、オレたちよりも魔獣の黒い液体のニオイがキツいのだろう。
ザザザザザ・・・ チャポ・・・
「!」
驚いた!
オレたちが話している間に、いつの間にか、
船の後方、10mほど離れた場所に、
丸太のように太くて長い、白い・・・手なのか? 足なのか?
音もなく、うねうねと動きながら、1本、海から出てきていた!
よく見れば、目?のような、変な突起物が、たくさん、
その手足にびっしり付いている!? 気持ち悪い・・・。
海面から5mほど伸びて、そーっと近づいてきている!?
たまたま水の音が聞こえたし、
オレが村長たちの方を見ていたから気づけたが・・・気配が、ぜんぜん無い!?
そうか、手足だからか!
まだ誰も気づいていないが・・・
「あっ! 後ろ!」
ニュシェが気づいて、指さしながら叫んだ。
ニオイだけじゃなく音にも敏感なのだろうな。
「う、うわぁぁぁ!」
「ひぃぃぃぃ!!」
ニュシェの声に反応して、船の後方を振り向いた男たちが
悲鳴をあげながら、船の前部、こっち側へと走り出した!
グラグラグラグラ・・・
船が揺れる! 揺れる!
大の男5人が船の上を走れば、揺れ方も半端ない!
立っていられない!
オレは、一度、しゃがんで
「すぅぅぅぅ・・・はっ!」
ダンッ!
息を深く吸って、船の後方へ向かって跳んだ!
「んな!?」
村長や年老いた男が驚いている中、船の後部へ辿り着き、
「ぬりゃああああ!!」
ズバアアアアアアァ!!
着地と同時に、船の後部へ迫っていた
魔獣の白い手足1本に向かって、
気合いの掛け声とともに、オレは、剣を横一文字に振った!
竜騎士の剣技『火竜殺し・胴薙ぎ』!
剣から放たれた真っ赤な真空の刃が!
ザンッ! ボチャーーーン!
「えええええええええええええぇっ!?」
「え! え? え!?」
「はぁぁぁぁぁ!?」
魔獣の太い手足の1本を、難なく切断した。
海賊たちがざわついている。
斬られた手足は、真っ黒な海の中へ沈んでいき、
本体と繋がっているほうは、ぐねぐね動きながら沈んでいった。
グラグラグラ・・・
俺の着地で、船がまた一段と揺れるから、オレは立っていられず、
その場に、しゃがみこむ。
「まずは、1本!」
オレは、振り向きながら、そう言った。
揺れている船の上でも、攻撃は出来る!
船の上での戦闘のコツは、
長谷川親子の闘いを見ていて、だいたい分かった。
足場が揺れているなら、足場から足を離せばいい。
軽く跳んで移動したり、
大きく跳ぶことで、素早く移動距離を稼ぐ。
剣技を使えば、空中で攻撃を繰り出してもいいし、着地とともに繰り出せばいい。
少々しんどい闘い方だが、足場のバランスで余計な気やチカラを
使わずに済むから、オレには、この闘い方のほうが合っている。
「な、なにをしたんだ、貴様・・・!」
「なんじゃ、それは・・・!」
ざわざわざわざわ・・・!
村長や年老いた男が、びっくりした表情で
そう聞いてくるが、
「あとで説明する! もう戦闘は始まってるぞ!」
俺は、早口でそう答えながら、
また帆が張ってある柱のところまで跳ぶ!
「はっ!」
ダン!
周りを見渡せば、いつの間にか、船の前方に1本!
船の左右に1本ずつ!
魔獣の太くて白い手足は、音もなく、ぐねぐねしながら
船へ近づいてきている!
「すぅぅぅぅ・・・ぬぉりゃあああ!」
ズバアアアアアア!!
帆が張ってある柱のところで、着地と同時に!
掛け声とともに、剣を横一文字に振る!
剣から放たれた真っ赤な真空の刃で、
船の右側に迫ってきていた魔獣の手足を
ザスンッ! ドボン!
斬ってから、すぐさま、
柱を背に、くるりと体を回転させて、
「すぅっ・・・はあぁぁぁぁぁ!!」
ズバアアアアアア!
船の左側から迫ってきていた魔獣の手足に目掛けて、
真っ赤な真空の刃を飛ばす!
ザンッ! ボチャン!
グラグラグラ・・・
オレは、そのまま、その場にしゃがむ。
船の揺れに対して、立ったまま耐えようとしない。
竜騎士の剣技を連発・・・!
以前のオレならば、それだけで利き腕が炎症を起こしていたが、
今は、大丈夫のようだ。
剣技に使い慣れて、体の方が耐えられるようになってきたか。
これなら、いつか若い頃のように、
乱発できるようになるかもしれない。
「3本目!」
船の前方から、まだ魔獣の手足が1本、迫ってきている!
間に合うか!?
「お頭、あぶねぇ!!」
「ちくしょおおおお!!」
ヒュイ! ヒュン! ヒュン!
男たちのうち、大男2人が、弓矢を
前方から迫ってきていた魔獣の手足に撃ち込んだ!
バキン! バリバリバリ! バババリバリ!!
魔獣の手足に矢が刺さった瞬間に、魔道具の効果が炸裂する!
凍らせたり、雷が発生したり!
魔獣の手足を切断することは無いが、相当な威力だ!
ドボン!
魔獣の手足の表面が、茶色に焦げたまま、
その1本は、うねうねと弱弱しくうごめきながら沈んでいった。
切断したわけじゃないから、仕留めたとは思えない・・・。
しかし、退かせることが出来た!
「やるじゃないか。これで4本!」
「ちっ! うるせぇ!」
男たちを褒めたつもりだが、
男たちからは反感の声が返ってくる。
・・・しかし、やはり、戦いにくい。
足場の問題は解決できたが、竜騎士の技を使うには周りに人が多すぎる。
下手に使えば、他人を巻き込んでしまう。
特に、この、船の帆を張っている柱が邪魔だ。
これさえなければ、ここを中心にして、剣技が使いやすくなるのに。
「!」
バシャバシャ! ザザザザザッ!
「く、くるぞ!」
若い男が叫ぶ!
船の周り、四方八方で、海面が波打って!
ザババババッ! ザババババッ!
「うわぁぁぁぁぁ!!」
「か、囲まれてる!!」
一気に、魔獣の太い手足が5本! 同時に出てきた!
うねうね動いている手足が迫ってくる!
魔獣が勝負に出たか!? 多すぎる!
「じいさん、モーターとやらを使え! 逃げるぞ!
ぬりゃああああ!!」
ズバアアアアア!
そう叫びながら、オレは船の後方から迫っていた
魔獣の手足に向かって、技を放った!
ザシュン! ドボン!
「う、うるさいわ!」
船の後方の安全を確保したから、年老いた男が
後部へと走り出した!
「うわああああ!」
「くそっ!」
ヒュイ! ヒュイ! ヒュヒュン!
バリバリバリィ! パキン! バキン!
弓使いの男たちが、
船の右側から迫ってきた1本に対して一斉に矢を射っている!
全ての魔道具を使い果たすように!
手足は、うねうねと動きながら海へ沈む!
「「わが魔力を持って・・・!」」
木下とシホが、同時に魔法詠唱に入った!
2人の魔力が同時に上がっていく!
トン!
オレは、その場で軽く跳んでから、
「どりゃああああ!」
ズバアアアアア!
ザシン! ボチャン!
船の左側から迫ってきていた手足に向かって、
空中で剣技を放った!
そのまま、着地する前に、体を半回転させて、
「すぅぅぅ・・・はああああああ!」
ズバアアアアア!
バスン! ボトォン!
船の右側から迫ってきていた手足に向けて、剣技を放った!
これで、確実に斬ったのは6本!
海賊たちが退けたのが2本!
「おらぁ!!」
ザシュ!
「お頭!」
いつの間にか、船の前方から迫っていた手足1本が、
村長に襲い掛かってきていた!
それに対して、村長が剣で攻撃したようだが、
魔獣の手足が太すぎて、表面しか切れていないようだ!
「くっ!」
船の前方へ剣技を使いたいが、ほかのやつらが邪魔だ!
「お頭、さがって!」
「このっ!」
バシン! バシッ!
ほかの男たち2人が、村長と手足の間に割って入り、
剣で攻撃したが、手足はまったく切れてない!
剣が跳ね返っている!
ビュルルン! ドカッ! ドカッ!
「ぐぉっ!」
「っ!」
傷つけられたことが刺激になったのか、
手足がぐるんと回ると、男2人が簡単に吹っ飛ばされた!
ビュルルル!
手足が、そのまま村長へ伸びてくる!
その時!
「シルフ・シールドォー!!」
村長のすぐ後ろに移動していたシホの魔法が発動し、
村長とシホの前に、大きな『緑色に光る壁』が現れた!
ビタンッ!
風の魔法の壁に、手足が当たったが、
壁はびくともしない!
しかし、その衝撃が船に伝わり、船がグラグラ揺れる!
その隙に、
「アイス・ツァプフェン!」
魔法の壁に跳ね返った手足の真下に、青白い魔法陣が浮かんだかと思ったら、
ジャギン!!
パキン! パキパキパキィッ!
手足と同じぐらい太い氷の槍が、床から天に向かって!
魔法陣から手足へ目掛けて突きあがった!
手足へ突き刺さった瞬間に、手足が凍った!
貫いたり、切断はできずとも、動きを封じたら同じことだ。
手足が凍ったまま、ずるずると海の方へ戻っていく。
「よし!」
「た、助かったよ、シホ。」
村長が、ほっとした表情でシホに礼を言った。
しかし、礼を言うには、まだ早い!
ビュルルル!
ビタン!
「うわっ!」
いつの間にか、前方から手足がもう1本、シホたちへ向かって伸びてきた!
風の魔法の盾によって防がれたが、また船が揺れる!
おそらく魔獣の手足は、魔法に反応して攻撃してきている!
「ふんっ!」
ダンッ!
オレは、帆が張ってある柱から、前方へと跳んだ!
シホが作った風の魔法の盾の上から、
「はぁぁぁぁぁ!」
ズバアアアアア!
ザン! ドタン!
シホたちに迫っていた手足に向けて、剣技を放った!
切断された手足は、海へ落ちず、船の上に落ちた!
黒い血を流しながら、うねうねと動き回っている!
「うへぇ・・・。」
シホがそれを見て身震いしているようだ。
オレは、そのままシホの後ろへ着地する。
ガチャン!
その時、船の後方で音がして、なにかの魔力が上がった!
「強行突破じゃ! みんな、何かに掴まれぇ!」
ドバァ!!
問い老いた男の叫び声とともに、
船の後方に、ものすごい勢いの水飛沫が吹き出た!
「うぉ!」
「うわぁぁぁぁ!」
「ぬあああああ!」
「きゃあ!」
ザァッザザザザザザザ・・・!
船が急発進した!
ほとんどの男たちが転倒している!
オレも、しゃがんでいなければ転がってしまうところだった!




