おっさんたちの別れ
木下との待ち合わせは、城門を出て
すぐの大型馬車停留場だ。
そこから、東の国境を目指し、
馬車を乗り継いで、東へ向かう。
待ち合わせ場所へ向かうために、
オレは、また城門を通ることになる。
すでに、大型馬車が動いている時間帯だが、
女房の実家から、また城門へ歩いて向かった。
連日の疲れが抜けきっていない体。
さらに早朝から歩きっぱなしだが、
それでも、慣れ親しんだ国を、
自分の足で歩いておきたかった。
城門に近づくと、なにやら
いつもより人影が多いように見えた。
「佐藤隊長、おはようございます!」
小野寺が挨拶してくれる。
「いや、今日から隊長はお前だろ。」
その小野寺の横に
なぜか王宮前警備室の志村がいて、
小野寺に突っ込みを入れている。
「おはようございます、佐藤さん。」
「おはようございます!」
志村の横には、同期の鈴木と小林の姿があった。
「おぉ、おはよう!
なんだ、見送ってくれるのか!」
元気な朝の挨拶のつもりだったが、
小野寺以外の3人は、それぞれ複雑そうな表情だった。
「お前は、何も言わずに出ていくつもりだったんだろうが、
王宮内はお前の『特命』の話で持ち切りだ。」
なんとなくスネているような口調の志村。
「そうです、噂を聞いてビックリしました!
まさか、あの『特命』を受けるなんて!」
「ワタシもビックリして!
てっきり、ワタシたちと同じく辞退したものと・・・。」
鈴木も小林も、興奮気味に喋ってくる。
本当に、ビックリしたんだろう。
「お三方、ほぼ同時にこちらへ到着されて
佐藤隊長の話を質問されていたところでした。」
小野寺が、そう報告してくれた。
迷惑・・・だったろうが、そういう表情を見せていない。
やれやれといった感じだ。
「そういえば、結局、『特命』を
受けるかどうかって話し合わなかったもんなぁ。
いや、そういう話し合う時間がまったくないぐらい
オレにとっても急展開だったわけだが。
出発の知らせができず、すまんかった!」
オレは、志村の態度を見て、
「水臭い」と言われる前に3人に向かって謝罪した。
「本当に、急だったな。
オレが二日酔いで苦しんでいる間に
こんなことになっているとは、な。」
志村が頭をかきながら言う。
その口調は、もう柔らかいものとなっていた。
「二日酔いだったのかよ。
あんなに飲むからだ。
すっごく重たかったんだからな。」
今度は、オレが少しスネて見せる。
しかし、志村は真顔で言った。
「それは・・・すまなかった。
これで『借り』ができたな。
いつか返すから・・・無事に帰って来いよ。」
オレの肩をバンバン叩いてきた。
「そりゃ、帰ってくる楽しみが増えたな。
ハシゴ酒に付き合ってもらうために、
意地でも帰ってこなきゃな!」
今度は、オレが志村の肩をバシバシ叩く。
「待ってるぞ。」
志村は真顔でそう言ってくれた。
「佐藤さん・・・。
ボク・・・ボクも・・・。」
小林が、困惑した表情で、ボソボソ言ってる。
「そうか、小林もハシゴ酒に付き合ってくれるか!」
「いや、そうじゃなくて・・・!
ボクも・・・討伐に・・・!」
気弱な小林だが、ボソボソ喋りながらも
拳を強く握りしめている。
こいつなりに、オレの身を案じて
旅の手助けをしたいと言いたいのだろう。
たしかに『特命』を果たすには、
人数が多いほうがありがたいのだが・・・
見たところ、小林は、なんの準備もできていない。
今から準備していては出発が遅れる。
それに、旅立つには『お金』が要る。
小林の分までは、こちらは用意できない。
それに、今回は、なんと言っても・・・
「そういえば!
小野寺、ここを木下秘書は通って行ったか?」
あえて、大きな声を出し、
小林のボソボソ声を遮断する。
「いえ、まだのようです。」
小野寺が、即答してくれた。
そう、今回の旅には、
なんと言っても、スパイの木下を
連れて行かねばならないのだ。
実際、木下のスパイ活動の内容は
よく分からなかったし、この国にとって無害のようだから
旅の道連れに、すべて話してもいいかもしれないが、
それは、木下にとっては不都合なことであり、
木下に対して不義理な行動になる。
「スパイであることは、これ以上、だれにも話さない。」・・・
そう約束したわけではないが、これを守らなければ
木下との信頼関係は築けないと思われる。
だから、やっぱり
これ以上、旅の道連れを増やせないのだ。
「・・・っ。」
オレに言葉を遮られ、残念そうな表情の小林。
この『特命』の手助けをするのは
並みならぬ勇気がいることだろうから、
すこし申し訳なく思う。
「でも、ワタシも行きたかったなぁ、長旅へ。」
そんな小林の気持ちを知ってか、知らずか、
鈴木が、遠慮なくそんなことを言ってしまう。
天然なのか、それともワザとか?
「なに言ってんだ、鈴木さんよ!
旅って言っても、そんなお気楽なものじゃないからな!」
オレの代わりに志村が
すこし怒った口調で鈴木に反論する。
「もちろん、分かってますよ。
『特命』という命がけの旅。気楽ではない。
しかし、こう・・・ワクワクしたものを感じませんか?
久しく感じていなかった、ワクワク感を
ワタシは感じたんです。」
まじめな鈴木から、
そんな言葉が出てくるとは思っていなかった。
リストラされて、自分を律することから
少し解放されたのかもしれない。
「ワクワク感か!たしかに!」
オレも、実際、ワクワク感を
感じていたのも事実だ。
すこし笑いながら、相槌をうつ。
「なぁにが、ワクワク感だよ!
子供じゃあるまいに!」
志村が呆れた声を出す。
実際、まだ現役の志村と
リストラされた鈴木が
同じ気持ちになるはずもない。
オレは、『特命』を受けたから
かろうじてリストラを回避したが、
気持ちとしては、鈴木と同じだ。
「ワタシも、佐藤さんと同じように
近々、旅に出るつもりです。」
鈴木が、そんなことを言い出す。
「えっ!では、鈴木さんも『特命』の旅へ!?」
小林が驚いて、そう尋ねたが
「いえ、そんな大した旅ではないです。
今、妻と離婚の方向で話が進んでいるので、
それが終わったら・・・もうこの国にいる必要がないし。」
「えっ!離婚するのか!?」
初耳だった志村と小野寺が驚いている。
「えぇ、リストラされる前から
そういう空気ができていたんですよ、ウチは。
リストラは、ただのキッカケです。
佐藤さんの『特命』の件を聞いて、
ワタシも、この国から出てみたくなったんです。」
「そうか。それもいいかもな。」
オレは、なんとなく鈴木の気持ちが分かった。
オレも、ほぼ離婚に片足突っ込んでいるようなものだし。
今回の『特命』は、本当に
人生の大きな分岐点になったと感じている。
「そ、そうか・・・。
鈴木さんも大変なんだな。」
さっきまで鈴木の言葉に反論していた志村だったが、
ようやく、リストラされて離婚までする羽目になった
鈴木の気持ちを少し理解できたのかもしれない。
「ボクは・・・ボクは・・・。」
小林が、またボソボソ喋り始めているが、
明らかに迷いのある声だ。
「小林、お前はまだ『答え』を
出さなくていいのかもしれないぞ。」
「えっ!?」
オレのお節介な性格が、つい顔を出す。
「既婚者は、自分だけの人生ってわけにはいかないから
急な選択肢があらわれたら、即決しなきゃならん時があるし、
時には、自分の決定権を無視した『答え』を
出さざるを得ない時もある。」
志村や鈴木がうなづいている。
「独り身であるということは、
自分の人生だけを見つめることができる。
それは、今だけの特権なんだ。」
「特権・・・。」
「『特命』か『退職』かは、昨日までの期限付きだったから
即決するしかなかったが、『退職』を選んだ今日からは
自分の人生をどうしていくのか、どうしたいのか、
別に、その『答え』を急く者はいない。
命は有限だから『答え』は早ければ早いほうがいいという
ヤツもいるが、急いては事を仕損じることもある。
ゆっくり考える時間に、命をかけてもいいんだ。」
「・・・。」
小林は黙ってしまった。
しかし、小林が『答え』を急いでいる気がしたので
どうしても伝えたかったのだ。
たしか、息子・直人が進路に悩んでいる時にも
同じことを言った気がする。
「のんびり屋の佐藤らしい意見だな。」
志村が茶化してくる。
「まぁな。そういう志村こそ、
こんなとこで朝から油売ってていいのか?」
「おっと、もうそんな時間か!」
城門の時計を見て、少し慌てる志村。
そして、王国式の敬礼をする。
オレも合わせて、敬礼する。
「『特命』は、困難な任務と聞いているが、
やり遂げて来いとは言わん。
失敗しても、必ず生きて戻って来い。
待ってるぞ!」
「はははっ!失敗する前提かよ!
まぁ、オレもやり遂げれる自信がないな。
でも、必ず生きて戻ってこれるように善処しよう。
見送り、感謝する!」
なんとも志村らしい見送りの挨拶だった。
そのまま志村は、マントを翻して
王宮行きの大型馬車が来る停留場へ走っていった。
「ワタシも、これから
王宮の人事室へ『脱隊届け』やら
今までの支給品を返却してきます。」
「ボ、ボクも!」
鈴木と小林が『脱隊届け』の書類と
『隊員証』などを持っている。
そういえば、返却しなきゃいけないんだったな。
「ワタシも、志村さんと同じ思いです。
また生きて戻ってきてください。
その時には、ワタシはこの国にいないかもしれませんが・・・
それでも、いつかお互いに、旅の土産話ができたらと思います。
では、ご武運を。」
そう言うと、鈴木も志村のように敬礼した。
そうか・・・鈴木とは、もう会えないかもしれないんだな。
「鈴木も、達者でな。旅の無事を祈ってるぜ。」
敬礼で返す。
続けて、小林も敬礼する。
「佐藤さんのおかげで、少し気持ちが落ち着きました。
しばらくは、友人の仕事を手伝いながら、
自分の納得のいく『答え』を見つけたいと思います。
ありがとうござました!ご武運を祈ってます!」
吹っ切れたような声で、小林は言った。
こいつも根がまじめなんだな。
きっと、やりたいことが見つかれば、
全力でやりきれるヤツだろう。
「おぅ!オレが帰ってくる頃には
その『答え』を聞かせてもらえそうだな。
楽しみにしてるよ。じゃぁな!」
オレの言葉を、笑顔で受け取り、
小林と鈴木も、王宮行きの
大型馬車停留場へ向かって歩いて行った。




