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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第四章 【初恋と伝説の海獣】
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テルミーズの墨



村長が、すぐに他の男から望遠鏡を取り上げて、

船の前方を確認し始めた。


「なんだ? どうした?」


「ちっ! この先の海で、大量の『テルミーズ』が死んでやがる!」


「えっ?」


「墨が広範囲に広がってる!

おい、野郎ども! 墨を迂回しろ!」


「へい!」


ザザザザザ・・・ ガクン


「のわっ!」


村長の号令とともに、急に船が進行方向を変えた!

座っていたからよかったが、立っていたら転倒していたとこだ。

村長が見ていた方向を見てみると、少し遠くて分かりにくいが、

たしかに、海の色がほかと違うように見える。


「まったく、どこのバカだ!

『テルミーズ』を殺したら、どうなるか分かんねぇのか!」


村長が、なにか文句を言っている。


「いったい、なんなんだ? 『すみ』って?」


「あぁ、お前たちはこの国の者じゃないから

知らないだろうが、『テルミーズ』っていう『イカタイプ』の

魔獣が、この先の海で大量に殺されたようだ。

『テルミーズ』自体は、そんなに強くないが、

あれを大量に殺してしまうと、バカデカい親を呼ぶのさ。」


「やつらは、墨という真っ黒な液を吐き出すんじゃ。

墨自体は、臭いだけで何の害もないんじゃが、

それが海に広がって、そのニオイが親を呼ぶらしい。

やつらが墨を吐かずとも、殺してしまえば、

結局、やつらの体から墨が流れ出して、海に広がる。

だから、地元の者は、まずやつらに近づかん。

襲われても、決して殺したりはせん。

あれは、ほかの国の者の仕業じゃろなぁ。」


いつの間にか、村長の後ろに、年老いた男が立っていて、

村長の説明に補足の説明を足してくれた。


「『イカタイプ』・・・黒い液・・・。」


もしかして・・・もしかしなくても・・・

それを殺してしまったのは・・・。


「・・・。」


ちらりと、木下とシホとニュシェを見たが、

3人とも微妙な表情で、オレをじっと見ている・・・。


「ち、ちなみに、その親が来たら、どうなるんだ?」


「『シラナミ』様ほどの強さではないだろうが、

親の『メガテルミーズ』は、だいたい全長10~15m超えのバケモンだ。

触腕しょくわんと言われる、すごく太くて長い手が2本、

そのほかに太くて長い足が9本、合計11本の手足で襲ってくる。

出会ったら、まず逃げられねぇし、こんな小さい船、1発で沈められちまうよ。

まったく・・・あのまま進んでたら、あやうく墨の海へ入っちまうとこだったぜ。」


「普段なら、『テルミーズ』避けの魔道具と

『メガテルミーズ』用の爆発系の魔道具を、船に積んでおくものじゃが・・・。

今、この船には何もないからの。襲われたら終わりじゃわい。

わしらは、まだ運がツイとる方じゃの。」


村長と年老いた男が、そんなことを言う。

出会ったら・・・終わり・・・。


ちらりと、ファロスを見たが、

やはり、呆然としたまま、ずっと遠くの海を眺めている。

とてもじゃないが、今、戦闘になっても、

こいつは戦力にならないだろうな・・・。


「・・・そういえば、おっさん・・・

お前は、どうして服が真っ黒なんだ?

それに、このニオイ・・・! まさか!?」


「!」


バレてしまった!

村長の怖い顔が近づいてくる!


しかし、その時、


「ダメだ! お頭!

いつの間にか、墨が四方の海に広がってる!」


「なんだと!?」


「すでに、やつがここに!?」


「まさか!?」


男たちの報告に、村長も年老いた男も慌て始めた!

気づけば、周りの海の色が、どんどん黒色に変わっていく!


「おい、ジジィ!」


「お、おう!?」


村長が怖い顔をして、オレを呼ぶ。

さっきまで「おっさん」と呼ばれていたが、

もはや、そういう気分ではなくなったのだろう。


「『テルミーズ』をやったのは、貴様か!?

いつやった!?」


すごい剣幕だ。

言い逃れは出来ないだろうから、素直に話そう。


「・・・お前たちを追いかけている時に襲われて、仕方なく斬った。」


「ちっ! すっかり時間が経ってる!

なんてことしてくれたんだ!」


村長が怒りを露わにする。


「か、完全に、墨に囲まれた!」


「な、情けねぇ声を出すな!」


「でも、お頭・・・!」


男たちの表情が、どんどん暗くなっていく。

その魔獣の親は、そんなに強いのか!?


「魔道具はいくつあるんじゃ!?」


「氷の矢と雷の矢が、5本ずつ!」


「あとは、魔導モーター用の魔鉱石だけです!」


年老いた男が、ほかの男たちに魔道具の確認をしたが、


「・・・モーター使っても、逃げ切れるかどうか、じゃな。

わしらの運も・・・ここまでか・・・。」


落胆している様子だ。


「その、す、墨に囲まれたら、どうなるんだ?」


「貴様は黙ってろ!!」


少しでも敵の情報が欲しくて聞いてみたが、

村長は怒りでそれどころではないようだ。

イライラしながら、望遠鏡で周りを確認している。

これ以上、話しかけると、オレに襲い掛かってきそうな空気だ。


「・・・『メガテルミーズ』は、

墨を吐きながら海中を移動しよるんじゃ。

そうすると、こちらからは姿も気配も分からんからの。

そして、獲物の四方八方から手足を1本1本、出してきて攻撃してくる。

最終的に、全ての手足で獲物を掴んで、船ごと海中に引きずり込むんじゃ。

そのあとは・・・言わずとも分かるじゃろ?」


年老いた男が、静かに説明してくれた。

村長とは対照的に、年老いた男の方は冷静だ。

いや・・・すでに諦めているのか?


「そ、そのモーターとやらで、逃げきれないのか?」


「速さが違うし、こっちは定員超過しとる船じゃから、

・・・まず無理じゃろ。

とにかく、バカみたいに太くて長い手足が11本じゃぞ。

並みの剣では1本も斬れん。捕まったら最期じゃ。」


「くっそ!」


ガン!


年老いた男の説明をオレが聞いていると、

村長が苛立って、船の床を蹴った。

その拍子に、船がグワングワンと揺れる。

この村長・・・なんとなく分かっていたが、感情に流されやすいタイプだな。


「そいつの本体は出てこないのか?

あの、頭みたいな、顔みたいな・・・。」


ビュン! パシッ!


「!」


いきなり村長が、オレに殴りかかってきた!

座っているオレに殴りかかってくるとは!

なんとなく襲われそうな空気だったので、

警戒していたから、村長の拳を片手で受け止めた。


「くっ! 貴様は、黙ってろって言ってるだろ!」


村長の怒号が広い海に響く。


「あ、あいつ、

お頭のパンチを素手で受け止めやがった・・・。」


「ありえねぇ・・・。」


男たちが、何やら話しているが

ボソボソ声で聞こえない。


「お前は、『イカ』を見るのも初めてか・・・。

『イカ』の体の大部分は、頭じゃなくて、腹部じゃよ。

その腹部に大量の墨を抱えとる。

頭は、その腹部のすぐ下の、両目の間にある部分じゃ。

しかし、子の『テルミーズ』と違って、親のやつが体を見せることはせん。

手足だけ見せて、手足が使えなくなれば、そのまま逃げる。

『メガテルミーズ』の討伐は、手練れの傭兵でも難しいじゃろな。

さっきも言ぅた通り、こっちには爆発系の魔道具がないし、

魔道具の弓矢も少なすぎる。

相手はバカデカい手足11本・・・無理じゃよ。」


年老いた男は説明しつつ、表情が険しくなっていく。


グラグラグラ・・・


オレは、それだけ説明を聞いた後に、立ち上がった。

やはり船が揺れる。慣れてきたが、立っているのは難しい。


「・・・村長、戦闘準備だ!」


「あぁ!? 貴様、なにを・・・!?」


怒りを露わにしている村長に、オレはそう言って


「この状況を作ってしまったのは、オレだ。

その責任を取る。オレが、魔獣の手足5、6本を斬る!

一応、11本全ての手足を斬るつもりだが、四方八方から攻撃されれば、

数本は斬り損ねるかもしれん。だから、ほかの手足を頼む!」


スラァァァ・・・


オレは、みんなにそう宣言して剣を抜いた。


ざわっ


オレが剣を抜いただけで、男たちがざわつく。


「俺のことは、お頭と呼べ!

そして、勝手に決めるな! 貴様っ!

『メガテルミーズ』の手足を5本も斬るだと!?

そんなことができるか! 子供の『テルミーズ』とは違うんだぞ!」


シャキン!


そう言って、村長が反射的に剣を抜いた。

村長が・・・いや、お頭が、また呼び方にこだわって怒っている。

なんとも、めんどくさい。


「そうか、戦わないなら、そこで見てろ。

ユンム、シホ、手足が出たら、オレが攻撃するが、

もし、斬り損ねた手足があったら、氷か雷の魔法で迎撃を頼む!

それと防御も! 手分けして対処してくれ!」


「お、おぅ!」


「は、はい・・・やってみます・・・。」


オレからの突然の指示に、木下もシホも

少し戸惑っているが、一応、応えてくれた。

2人とも、ゆっくりと立ち上がる。


「そういえば、2人とも魔力は大丈夫か?」


「俺は大丈夫だけど。」


「私は・・・少し消費しちゃってますが、なんとか・・・。」


気になって聞いてみたが、木下の方は、

あの『伝説の海獣』の攻撃を避けるために、

しばらく風の魔法を使っていたから、

少し魔力を消費してしまっているようだ。


「お、おい! だから勝手に・・・!」


「大丈夫だよ、シャンディー。」


「!」


オレに向かって怒鳴ろうとしていた

村長に、シホが言った。


「おっさんは、なんてったって、

うちのパーティーの『殺戮グマ』だからな!」


そう言って、シホが笑った。

・・・村長は笑っていないが。




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