討伐後の余韻
「・・・。」
ザババババババババババ・・・
オレたちの船は、あっという間に、
『伝説の魔獣』が出没した海域を離れた。
「よし、ここまで来たら、もういいだろう。
モーターを止めろ!」
「帆を張れ!」
「うっしゃあ!」
「はいっす!」
ガクン・・・ バサッ!
村長の号令で、船の後部から感じていた魔力が消えて、
すぐに船の帆が張られた。
男たちのロープの操作で、すぐ帆に風を受けて
船は一瞬失速したが、止まることなく、ゆっくり進み始めた。
ザザザザザザ・・・
荒れた波はなくなり、穏やかな波しかない海。
優しい潮風。陽が傾き、徐々に遠くの山へと向かっている。
そろそろ夕方か。
日差しが弱くなってきて、潮風が心地よい。
「ふぅ・・・。」
「・・・。」
そこで、ようやくオレは、船の端から手を離し、
ファロスの体を解放した。
自由になってもファロスは動かず、いつまでも船の後方を見ている。
・・・もう見えなくなってしまった、あの場所を。
ファロスの視線をたどって、オレもその方向を見つめた。
まだ陽の照り返しがあり、遠くの海がキラキラ光っていて、眩しい・・・。
「ファロスさん・・・。」
オレを始め、木下とシホとニュシェも、
呆然としているファロスを囲むように、そこに座っていた。
・・・終わった。何もかも。
今回、オレは何もしていないから、正直、実感はなく、
ただただ演劇を初めから終わりまで見終わったような、
そんな感覚すらある。
しかし、その内容は壮絶だった。
長谷川さんという、1人のツワモノの物語。
なんという内容の濃さだろう。
オレの人生の最期も、あんなふうに熱く、濃く、終幕を引けるだろうか?
「・・・!」
いかん。思い出したら泣きそうだ。鼻の奥がムズムズしてきた。
ファロスですら泣いていないのに、
長谷川さんの死を惜しんで泣くことは恥ずかしい。
しかし・・・やはり悔しい。切ない。
何も出来なかった・・・。
何もしてやれなかった・・・。
オレが、もっと強ければ・・・
長谷川さんを止めることが出来たのだろうか?
長谷川さんを止めて、あの魔獣を倒せれば・・・
こんな結果にはならなかったのではないだろうか?
いや、国の『密命』を全うした長谷川さんに、
今さら、こんなことを思うことが、お門違いか。
最期まで立派だった!
そう思う。
そして、ファロスにも、そう思ってほしい・・・。
父を誇りに思ってほしい・・・。
オレの腰の後ろには、長谷川さんから受け取った『刀』が差してある。
本来は、長谷川さんの最期の頼み通り、
さっさとファロスへ渡してやりたいところだが・・・
「・・・。」
悲しみが大きすぎるのか、ショックが大きすぎるのか、
今のファロスの目には、生気が感じられない。
うっかり目を離せば、
長谷川さんの後を追って自害してしまう可能性もある。
ザザザザザザ・・・
だから、今は・・・しばらく、このままにしておこう。
オレがそう思っているのと同じく、
木下たちも、そう考えているのか、
誰も、ファロスに話しかけることはしなかった。
木下たちの表情は、少し安堵の色が見える。
ここまで必死に船を操縦してくれた、木下たち。
この船がほとんど壊れずに、こうして、みんなで脱出できたのも、
木下たちが、がんばってくれたおかげだ。
今は、船の操縦を、海賊たちに任せられるから
ほっと、ひと安心している感じだ。
「よぉ。」
そこへ、あの村長が、船の後方から、
前方にいるオレたちの元へ来て、話しかけてきた。
「賭けは、お前の勝ちだ。ジジィ・・・いや、おっさん。」
賭け? ・・・あぁ、すっかり忘れていた。
「・・・海に生きる海賊の勇姿、しかと見せてもらった。
ありがとう。」
「れ、礼を言うとか、おかしなやつだな! 本当に!」
なぜか村長が照れている。
職業柄、他人から礼を言われることに慣れていないのだろう。
「ほらな、おっさん!
やっぱりシャンディーは約束を守ってくれただろ?
俺の目に狂いはなかったぜ。」
「シホ・・・。」
シホが、あえて明るい声を出している。
村長はシホに褒められて、嬉しそうな表情になった。
短い時間だったのに、この2人は
お互いに心を通わせるなにかがあったのだろうな。
これも、『縁』というやつか。
「・・・。」
しかし、ふと、船の後方にいる男たちが見えたが、
やはり・・・オレのことを睨んでいるやつらばかりだ。
オレと目が合った瞬間に、目を逸らすやつもいた。
きっと・・・海賊たちとオレは、心を通わせることは無いだろう。
「それにしても・・・。」
「!」
村長が、木下を見ながら
「結局、あの男は、どこの、何者だったのか・・・
そして、どこへ行ったのか・・・もう戻ってこないのか・・・
それが分からないことには、素直に喜べないけどなぁ?」
「・・・。」
少し溜め息まじりに、そう言った。
なんとなく、木下を責めているようにも聞こえる。
しかし、村長の言うことも、もっともな話だ。
ガンランが、あの魔獣を使って、この国を沈めようとしていたのは事実。
長谷川さんによって、それが阻止されたが、
いつ、またガンランが他の魔獣を使って、
この国を襲ってくるかも分からない・・・。
まずは・・・何か知っているであろう木下に
知っていることを話してもらいたいと、
ここにいる全員が思っていることだが・・・。
「・・・。」
木下は、これでも『スパイ』だ。
あの土壇場では、ガンランへ率直な質問をするしかなかったが、
本来なら、もっと言葉巧みに、相手の情報だけを聞き出したかったはず。
そして、自分もガンランも『ハージェス公国』の『スパイ』であることは、
誰にも知られたくないはずだ・・・。
素直に喋ってくれないだろうが、それでは、この場にいる全員が納得できないだろう。
特に、目の前にいる村長は・・・
これからのことも考えて、無理やりにでも
木下から情報を聞き出そうとするかもしれない。
助けてやりたいが・・・オレも知りたい。
話せない事情があるにしても、その事情を教えてくれないと、
助けてやることも出来ない。
今後も、ガンランに命を狙われてしまう危険性もあるし、
なんとかして、木下に喋らせたいところだが・・・。
「・・・分かりました。」
「え!」
「本当は、誰にも話せないことなのですが、
陸に戻ったら・・・私が知っている情報をお話いたします。」
驚いた・・・!
木下がそんなことを言い出すとは!
本当に、すべて話してしまうつもりなのだろうか?
それとも、これも交渉術の手口か?
木下は、真剣な表情で、まっすぐ村長の目を見て返事をした。
「それはありがたい。今夜は、村で宴を開こう!
その席で、お前には知っている情報を話してもらうぜ!」
「・・・はい。」
少しだけ、不安そうに見える木下の表情。
『スパイ』にとって、自分の知っている情報を話すことは
自分の首を絞める行為になるだろう。
現に、オレに正体がバレてしまった時には、
死にそうな顔をしていたからな・・・。
もしかしたら、情報を漏らした『スパイ』は、
『ハージェス公国』に抹殺されるのではないだろうか?
そういう危険性も有り得る・・・。
「・・・。」
海賊たちの村に戻った時、
木下が、何を話してくれるのか・・・
どんな状況になっても、木下の味方でいてやりたいと思う。
シホもニュシェも、同じ気持ちなのか、
心配そうな表情で木下を見つめていた。
ザザザザザザ・・・
「な、なんだ、ありゃ!?」
「どうした!?」
船の前部で、注意深く見張りをしていた男が、
素っ頓狂な声をあげた。
「お、お頭! この先はダメだ!
海が真っ黒だ! ありゃ『テルミーズ』の墨だ!」
「なんだと!?」




