死に花(シニバナ)
「・・・。」
こちらの様子を、黙って見ている長谷川さん。
いや、ファロスの顔を、じっと見ているようだ。
見納めのように。
ザザザザザァ・・・
ゴゴゴゴゴゴ・・・
船の周りの海は、ますます荒れて波が高くなっていく!
『渦』の大きな音が、とても不気味で、恐怖を感じる!
船が回転しながら後方へ、少しずつ傾き始めている!
「うわぁ!」
「落とされるなよ!」
「しっかり掴まれぇ!!」
船の揺れが激しくなり、回転も速くなっていく!
「こ、これは・・・!」
これは、やばい!
『渦』というのは、海の上にいるものを、すべて海の中へ飲み込んでしまうようだ!
こんなものに飲み込まれたら、生きて帰れるはずがない!
魔獣を倒したとしても、この『渦』が残っていたら
オレたちが生き残れる保証はない!
ゴゴゴゴゴゴ・・・
「ぅ・・・はっ!!」
「あっ!?」
その時!
幸か不幸か、ファロスが目覚めてしまった!
「ファ、ファロス殿! 大丈夫か!?」
「え・・・あ・・・こ・・・ここは・・・!?」
長谷川さんとの戦闘中に気を失い、今、目覚めたばかりで
この状況をすぐには把握できていないようだ。
「はっ!? こ、これは!? あっ・・・!?」
揺れる船の中、オレがファロスの体ごと抱き抱えて、
船の端にしがみついているから、ファロスは身動きが取れない。
それでも、必死になって、現状を把握しようと
顔を動かし、状況を確認している。
「ち、父上!?」
そして、当然・・・すぐ目の前に立っている
長谷川さんを見つけたようだ。
ただ、すぐ目の前と言っても、こちらは
小さめの船に乗っていて、長谷川さんは大きな船に一人で乗ってる状態だ。
「くっ! ち、父上っ!」
「っ!」
予想通り、ファロスがオレの腕の中で抵抗し始めた!
しかし、長谷川さんとの闘いで、相当、体力を消耗しており、
最初からオレが抱き抱えながら、羽交い絞めにしていたおかげで
なんとか抑え込めている。
「は、離してくだされ! 佐藤殿!!」
それでも、必死な抵抗をするファロス!
なかなか強い!
体力が回復していたら、オレでは抑え込めなかったかもしれない。
「・・・ファロス!」
「っ!!」
父に・・・長谷川さんにその名を呼ばれて、
ファロスの抵抗が、ぴたりと止まる。
「ち、父上! 父上!」
「・・・大きくなったのぅ。そ、そして、強ぅなった・・・。」
長谷川さんは、真っ赤な顔色で、鋭い眼光のままだから、
感情を読み取るのは難しい。
しかし、低い声の中に、目の奥に、温かいものを感じる。
「・・・ち、父上・・・。」
「ち、父は・・・う、嬉しかったぞ・・・。」
「・・・や、やめてくだされ! 父上!」
「・・・こ、これが最期じゃ・・・
ワシの、かっこいい姿を、見ておけ・・・!」
ゴゴゴゴゴゴ・・・
ザザァザザザザザザザ・・・
「いやじゃ! 父上! 父上!! 父上!!!」
ファロスの涙声が響いて、
ガクンッ!
大きな船が、大きく傾いた!
このままでは、船が『渦』に巻き込まれて、沈む!?
ゴゴゴ・・・
ザザァザザザァ・・・
「はっ!」
気配!? 真下に! いる!!
長谷川さんが、傾いていく船の上で、
左手に持っていた、あの長い『刀』の柄に右手を添え始め、
その場にしゃがみ込んで・・・
「・・・わ、我が妻、お千代の仇! 『白い悪魔』よ!
その命、頂戴つかまつる!!
・・・長谷川一刀流、奥義・死に花一輪差し!!!」
長谷川さんは、技の名前を、かっこよく叫んだ・・・!
うつむき気味で、その顔がよく見えないが、
もはや優しい長谷川さんの面影はない!
鬼の形相だ!
恐ろしい怒気が、伝わってくる!
そして、あの武器の気持ち悪いエネルギーが高まっていく!
「いやじゃ! いやじゃぁ! 父上ーーー! 父上ーーー!!」
小さな子供が駄駄をこねるような、
ファロスの悲痛な叫び声が虚しく響く。
ゴッ・・・!!!
ドッパアアアアアア!!!
次の瞬間!
海に沈みかけた船の後方から、あの魔獣が!
船を破壊しながら! 海から飛び出してきた!!
でかい! 速い!
バキバキバキバキバキッ!バキバキバキバキバキッ!!!
「切れ!!!」
ザンッ
村長の号令と同時に、男たちが一斉にロープを切った!
ダンッ!
その瞬間、長谷川さんが真っすぐ上空へとジャンプした!!
「父上ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
一瞬にして下から破壊されていく大きな船から、
オレたちが乗っている船が落ちるように、離れていく!
長谷川さんの姿が・・・あっという間に離れていく・・・!
そのオレたちの目の前を・・・
バキバキバキバキバキッ!!!
「キシャアアアアアアーーー!!」
大きな、大きな魔獣が!
『伝説の海獣』が、オレたちに脇目も振らず、
真っ白な長い髪を振り乱して、血走った眼で!
ドドドドドドドドドドッ
大きな船の方を破壊しながら、上へ!
・・・長谷川さんが飛んでいった方へ! ものすごい速さで昇っていく!
魔獣の下半身は、やはり魚のような体だ!
それが、とてつもなく大きくて、長くて、うねっていて、
まるで蛇のようだ!
ボゴォン! ドゴォォォン!
爆発が数回!
おそらく、船に積んであった魔道具が爆発している!
バキバキ!! バリバリバリッ!!!
しかし、魔獣の速度は全く変わらない!
大きな船が、どんどん破壊されて!
木っ端微塵になっていく!
「キシャアアアア!!」
魔道具の爆発が効いてない!
魔獣の手が! 長谷川さんへと伸びていく!
追いつかれる!
そして!
ドクンッ!!!
「っ!?」
カッ!!!
あの『刀』の気持ち悪いエネルギーが
ひと際大きく膨らんだと感じた瞬間に、
長谷川さんが! 空が! 真っ赤に光って!!
ドッガガガガガガガガガガッ!!!
「!!!」
「うわああああああ!!!」
「ひぃぃぃぃぃぃ!!!」
ズッッッッ・・・ドオォォォォォ!!!
オレたちの目の前に・・・
とても大きくて・・・真っ赤な光の柱が・・・
天から海へと落とされた・・・。
それは、とても輝いていて・・・まるで、巨大な一輪の花のようだった。
あまりにも美しくて・・・気持ち悪い・・・エネルギー。
千の命と、1人の剣士の命と、『伝説の海獣』の命・・・
それらが一瞬にして、巨大な花を咲かせて・・・
散っていった・・・。
そんなふうに感じた・・・。
ドッパァァァァァ!!!
「っぐぁ!」
「あぁぁ!!」
ドドドドドドドドドドドド!!!
「はぁ、はぁ、はぁ・・・助かったのか!?」
オレたちの船が、海へ着水した頃には、
目の前の巨大な赤い光の柱は消えていて・・・
代わりに、巨大な水柱が立っていた!
大きな船も、巨大な魔獣も・・・そして、長谷川さんの姿も・・・
あの武器の気持ち悪いエネルギーすらも・・・
すべてが水柱に消えていた・・・。
船を巻き込んでいた巨大な『渦』まで消えている・・・。
ザザザザザザザザ・・・
潮風に乗って、細かい霧のような雨が降り注いでくる。
「ボヤボヤするな!
すぐ船に入った海水を掃き出せ!」
「あの水柱の波に巻き込まれる前に、早くこの場からズラかるぞー!」
「おおお!!」
すかさず村長たちが号令を出し、男たちが即座に行動に移す。
「・・・。」
オレたち・・・木下たちも動けずにいた。
そして、ファロスも・・・
オレの腕の中で、力無く、呆然と水柱を見つめている・・・。
あの水柱のあたりには、気配がない。
長谷川さんの気配も、魔獣の気配も。
もっとも、どちらも海の中へ沈んでいたら
気配など分かるはずもないのだが。
ドドドドドドドドドドドド・・・
巨大な水柱が・・・海へ吸い込まれるようにして、消えていく。
それに伴って、海面の波が荒々しく、うねっている。
「お頭! この魔導モーター、生きてます!」
「グズグズするな! すぐ使え!」
「急げ! 急げ!」
ガチャン!
「!」
村長の号令で、男たちが何やら船の後部で
何かを操作していたようだが、急に何かの魔力が上がりだして
ドバァ!!! ガクン!
「うぉっ!」
「きゃぁ!」
船の後方に、ものすごい勢いの水飛沫が吹き出され、
船が急発進し始めた!
ザババババババババババ!!!
どういう仕組みなのか分からないが、船がものすごく速く走り出した!
だが、揺れや振動も半端ない!
船の端をしっかり掴んでいないと、振り落とされそうだ!
これは、あの、逃げていったガンランの小船と同じ仕組みか。
「・・・。」
オレは必死になって船の端に掴まっている。
オレに羽交い絞めにされたままのファロスは、
まだ、呆然と・・・
どんどん離れていく、海を見つめていた。
長谷川さんが、命を賭けて咲かせた、
あの、赤い光の花があった、あの場所を・・・。




