渦に飲まれる相棒
ザババババババババッ!!!
あの『白い悪魔』・・・『伝説の海獣』は、
オレたちがいる船の周りを、ひたすら高速で泳ぎ回っていた。
やがて、船の周りの波が、海面が、
船を中心に回り始めた・・・!
これが、長谷川さんの言っていた『渦』というものか?
ザザザァ・・・ゴゴゴゴゴゴ・・・
「急げ!」
「思いっきり引きあげろぉ!」
「うおおおお!」
ギギギギギ・・・ギギギギギギ・・・
村長たちの船に着いたら、長谷川さんだけが
村長の船に乗り込むものとばかり思っていたが、
村長たちの船の上から数本のロープを渡され、
オレたちは、海賊たちの指示に従って、
そのロープを自分たちの船の部品に縛り付けた。
海賊たちが、必死になって
オレたちが乗ってきた船を、ロープを使って海から引き上げ始めた。
あっちの船のほうが大きいが、
こっちの船もそこそこの大きさだ。
オレたちが乗っているというのを抜きにしても相当な重量のはずだ。
こんな大きな船が、どうして引き上げられるのか?
オレには、よく分からないが、
重い物でもロープで引き上げることが出来る『カラクリ』があるのだろう。
ザザザザザァ・・・
「うっ・・・渦・・・これが、渦なのか!?」
ゴゴゴゴゴゴ・・・
オレたちの船が引き上げられる中、
村長たちの大きな船が、ゆっくりと、その場で回転をし始めている!
誰かが操縦して、そうなっているわけではない!
オレたちの周りの海面が回転していて、船が回転させられているのだ!
船が引き上げられるたびに揺れているが、それだけの揺れではない。
海面が波立って回転していて、村長たちの船も揺さぶられている!
ザババババババババッ!!!
あの魔獣・・・オレたちの周りを泳ぎながら、
どんどん距離を縮めてきている!
ヒュイ! ヒュン! ヒュン!
「くそっ! 速すぎる!」
矢が届く距離になってきたのだろう。
数人の男たちが、あの魔獣に向けて、弓矢を放っている。
しかし、魔獣が速すぎて当たらない。
第一、ドラゴンと同じくらい硬い体ならば、当たったとしても、
傷ひとつ付けられないだろう。
「もういい! 魔道具の矢を無駄撃ちするな!」
年老いた男が、弓使いの男たちに、そう命令した。
そうか、普通の弓矢じゃないのか。
それならば、魔獣に当たれば、いくらか傷ぐらいは付けられるかもしれないな。
しかし、当たらなければ、たしかに無駄撃ちだ。
「船を上げました!」
「よし! 怪我人が最優先!
次に、最低限の荷物だけ持ち込め!」
「な、なんだ!?」
オレたちの船が、完全に村長たちの船に持ち上げられた状態で、
村長の号令が響き、海賊たちが
続々と、オレたちの船へ乗り込んでくる!
「シャ、シャンディー、これは!?」
困惑しているオレたちの代表として、シホが
こちらへ乗り込んでくる村長に質問した。
「あぁ、シホ。来てくれて助かったぜ。
最初の予定だと、この船を犠牲にして、そこのジジィに
『シラナミ』様を討伐してもらう作戦だったんだ。
その間に、俺たちはこの船に積んである小船で脱出の予定だったんだが、
さっきの『シラナミ』様の攻撃で、小船が大破しちまってな・・・。」
村長が、そう答えながら、この船が引き上げられた
反対側のほうへ視線を移した。
見れば、そこには、ただの木片がロープにぶら下がっていた。
おそらく、小船をロープで固定していたのだろう。
そこへ、あの魔獣の水の球が直撃して・・・
木片だけが残った状態になったようだ。
「俺は別に・・・脱出できなけりゃ、この船とジジィもろとも、
俺たちも命を賭けて『シラナミ』様を道連れにする覚悟があったんだがな。
シホたちが来て、あのジジィが勝手に、そっちの船へ乗っちまったもんだから。
ジジィをこの船に返してもらうついでに・・・って話になった。」
村長が、少しバツの悪そうな表情でそう言った。
「わしが説得したんじゃ。」
そう言って、あの年老いた男が、
村長の後ろから、ひょっこり顔を現した。
「このままでは、死なずに済むはずの生贄様たちも
巻き込んでしまう・・・とな。」
年老いた男は、悪そうな表情になった。
「まったく、ギルじぃには参ったぜ・・・。」
村長は、少し照れているようにも見える。
年老いた男が言った『生贄様たち』には、シホも含まれているから・・・
きっと村長は、シホのために
魔獣と道連れになることを思い留まってくれたのだろう。
こうしてオレたちが村長たちと話している間にも、
海賊たちは、次々に準備して、乗り込んでくる。
村長を始め、男たちはみんな、ずぶ濡れだ。
3人の怪我人が真っ先に運ばれた。
おそらく、水の球に当たってしまったのだろう。
口から鼻から血を吐いた跡があり、気を失っている。
そして、そんな中・・・
「・・・。」
長谷川さんが一人、静かに、この船を降りる。
この船は、すでに海賊たちで定員オーバーしている感じだ。
逆に、長谷川さんが降りた大きな船の方は、
長谷川さん以外の人間が乗っておらず・・・
閑散としていて、寂しい風景に見えた。
「さ、佐藤殿・・・これを・・・。」
「!」
ふいに、長谷川さんがこちらへ振り向き、
自分の懐から、何やら長細い紙?を、オレに投げてきた。
オレは、それを受け取った。
手にしてみたら、それは白い紙に包まれた
長細いカード?のような手触りだった。
「これは!?」
「・・・ワ、ワシの国では・・・
死ぬ間際に・・・『辞世』と、いうものを、残す習慣があっての・・・。
そ、それを・・・ファロスに・・・託したい・・・。」
これがなんなのか、よく分からないが、
おそらく手紙のようなものなのかもしれない。
いったい、いつから用意されたものなのか。
白い紙は、少し茶色がかっており、
ところどころ擦れていたり、汚れが目立っている。
「分かった・・・。」
オレには、それしか言えなかった。
「・・・かたじけない・・・。」
ザバババババッ ゴプンッ!!!
「!!!」
長谷川さんが、オレにお辞儀した直後!
オレたちの周りを泳いでいた魔獣が、また姿を消した!
海へ潜ったのだ!
「いよいよか!?」
「ジジィの言う通りだったな!
みんな、衝撃に備えろ!
この船が襲われると同時に、ロープを切って逃げる!」
「おおぅ!」
「おおおおお!!」
村長の号令に、男たちが威勢よく応える!
オレたちは海賊ではないが、こんな状況だ。
村長の指示通りに、シホも木下もニュシェも、
船の端や部品にしがみついた!
「くっ!」
オレは、長谷川さんから受け取った紙を、
素早く腰の布袋へ仕舞い、気絶しているファロスを
抱き抱えるようにして、船の端にしがみつく!
大きな船ごと、ぐるぐる回っていて、気持ち悪い。
これが、『渦』という現象か・・・。
長谷川さんが持っている武器のエネルギーも相まって、
気持ち悪さが増している・・・。
男たちがざわめいている中、
「・・・さらば、相棒・・・。」
村長が、大きな船を見つめながら何かつぶやいたようだが、
ゴゴゴゴゴゴ・・・
男たちのざわめきと、『渦』の音が大きくて、聞き取れなかった。




