男とは格好をつけたがる生き物
長谷川さんに泣いていることを指摘されると、すぐに涙が止まった。
・・・なんとも恥ずかしい。
「お主には・・・散々、世話になったのぅ・・・。
ワ、ワシを、ここまで後押し、してくれて・・・。
息子を、ここまで・・・つ、連れてきてくれて・・・。」
涙を拭うオレに、長谷川さんが、そう話しかけてくる。
本当に・・・奇妙な出会いだ。
最初に宿屋で出会った時には、まさか、
こんなところまで、いっしょに来ることになるとは思わなかった。
「おかげで・・・最後の最期まで、息子の打ち込みを、受けることが出来た・・・。
かっか・・・こ、こやつが、幼い頃から・・・剣の打ち込みを、受けてきて・・・
父上、父上と・・・来る日も、来る日も、稽古をつけてくれと・・・。
それが、最期まで、実現できて・・・感謝しておる・・・。」
そんな幼い頃から、息子に剣術を・・・。
そして、さっきまで猛攻を見せていた、ファロスの剣さばきならぬ、
『刀』さばきが、長谷川さんにとっては、稽古の延長でしかなかったのか・・・。
ファロスが勝てないはずだ。
そして、長谷川さんは・・・さぞ楽しかったことだろう。
「・・・。」
涙を見られた恥ずかしさもあってか、
オレからは、何も返事が出来なかった。
ザザザザザ・・・
村長たちの船まで、あと少しだ。
ここまで近づくと船の損傷がひどいことが分かる。
本当に、あと一撃でもくらえば沈没しそうだ。
「・・・。」
長谷川さんは、もう何も喋らなくなった。
ただ、村長の船を見つめている。
あの気持ち悪い『刀』を、右手から左手に持ち替えて、
カタカタ震える『刀』を握り締めている。
「・・・おっさん、本当に、それでいいのか!?」
「おじいちゃん・・・。」
さっきまでのオレと長谷川さんのやり取りを見ていた
シホとニュシェが、そう言ってきた。
2人も、止めたい気持ちがあっただろう。
しかし・・・
「・・・良いわけがない。しかし・・・
長谷川殿の覚悟は・・・オレには止められない。」
「・・・。」
「・・・そっか、分かったよ・・・。」
2人も、止められない空気を、薄々感じているのだろう。
だから、オレの最終的な判断を尊重してくれたのだと思う。
「・・・。」
木下は魔法に集中しているから、喋りかけられないようだが、
こいつは、元々、長谷川さんに関わるなと言っていたくらいだ。
止めるつもりは無いのだろうな。
そう考えると、木下の態度が
一番、長谷川さんの気持ちを汲んでいるように感じる。
「び、美人さんたちも・・・かたじけない・・・。」
長谷川さんが、木下たちに向かって頭を下げたが・・・
「・・・。」
「・・・おじいちゃん・・・。」
3人は、うまく言葉にできない様子だった。
悲しいような、寂しいような、困っているような・・・
それぞれが複雑な表情をしていた。
・・・割り切れるものではないよな。
その時!
ドッパアアアアアアア!!!
「うぉっ!!」
「あっ!」
「出たぁ!!!」
オレたちや村長の船から、50mほど離れた位置で、
大きな水飛沫が上がり、そこから巨大な魚の尻尾が海面に出てきた!
やはり人魚だから、下半身は魚なのか!
「来るぞーーー!」
「シホ! 早く来てくれ!」
「分かってる!」
村長に呼ばれ、それに応えるシホ。
村長たちの船では、なにか準備をしている男たちが見える。
ザババババババッ!!!
「!!」
魔獣の尻尾が海に沈むと同時に、魔獣が泳ぎだした!
ものすごい水量の水飛沫が飛んでいる!
しかし、こちらへ向かってくるものだとばかり思っていたが、
魔獣は、全然違う方向へ泳ぎだした!
「ど、どこへ向かっているんだ!?」
「・・・始まったか・・・。」
それを静観していた長谷川さんが、そう言った。
「か、海賊たちには、も、もう話してあるが・・・、
『白い悪魔』は・・・ひ、標的を、中心に渦を・・・作る・・・。」
「うず?」
「・・・お、大きな、渦じゃ・・・。
やつの、渦に巻き込まれたら、標的は、もう渦から、逃げられぬ・・・。
渦の、中心に、一か所に集められ・・・下から標的を、
一気に、襲うんじゃ・・・。」
長谷川さんが言った『渦』が、なんなのかオレには分からないが、
ザババババババババッ!!!
魔獣は、みるみるうちにオレたちの周りを一周してしまった!
そのまま、また同じように、回り続けている!
ものすごい速さだ!
「・・・ワシは、やつが、襲ってくる・・・最後の、
瞬間に・・・やつを、斬る・・・。」
「!」
長谷川さんは、真剣な表情で、高速で移動している魔獣を見ている。
長谷川さんにとっては、魔獣のこの行動も計算のうちだったのか。
「ユンムさん、もういいよ。」
「はい!」
フォオォォォォ・・・
オレたちが魔獣を見ている間に、もう村長たちの船が目の前にあった。
シホの指示で、木下が風の魔法を止めた。
「うむ・・・では、い、行くとするか・・・。」
ギチっと、長谷川さんが『刀』を持つ左手に力を込めた。
「・・・!」
もう、長谷川さんを止められないと分かっているのに・・・、
もう、長谷川さんを止めないと決めたのに・・・
もう時間がないと分かっているのに・・・
オレは、なにか言わないと、と焦りを感じた。
なにか言わないと・・・長谷川さんが・・・もう・・・!
「な、なにか、息子殿に伝言は無いか!?」
こんなことを聞いても、時間稼ぎにもならないと分かっている。
いや、時間の無駄だ。
しかし、言わなければならない気がして、そんなことを聞いてしまった。
「・・・伝えるべきことは、刀で・・・つ、伝えた・・・。」
「・・・そうか。」
闘って、想いを伝える・・・。
強い絆で結ばれている親子だからできることだな。
「ただ・・・ひとつ、伝えるならば・・・。」
「・・・。」
「わ・・・技を出す時・・・
わざわざ、技の名前を・・・叫ぶ癖を、直せ・・・と。
つ、伝えてくれるか・・・?」
「・・・え?」
技を繰り出す時に、技の名前を叫ぶ・・・?
そんな子供みたいな癖が、ファロスにあったとは!
「・・・ぷっ!」
「・・・っか、かっかっか!」
オレは、思わず吹き出してしまった!
長谷川さんも、真剣な表情が一変し、
オレにつられてしまったのか、笑い出した!
ファロスのやつ・・・!
そう言えば、いちいち技の名前を叫んで闘っていたな!
・・・まるで子供のようだった。
緊迫した場面なのに、息子に伝える最後の言葉が、
なんともマヌケで、滑稽に聞こえて、
オレと長谷川さんは笑った。
ひとしきり笑った長谷川さんは、
また真剣な顔つきになって話し始めた。
「・・・ふぁ、ファロスが、幼い頃、演劇へ連れて行ったことが、あってな。
その、演劇で、かっこよく・・・必殺技を叫ぶ場面が、あやつに受けたんじゃ。
それから・・・剣術の稽古に、興味を持たせるために・・・
し、しばらくの間、ワシも技の名前を叫んで、
・・・あやつをその気にさせて、おった時期があってな・・・。
その、癖が、ついてしまってのぅ・・・。」
「そうだったのか・・・。」
「ワ、ワシの、せいじゃ・・・。
ファロスに・・・かっこいいと・・・言われるのが、嬉しくて、な。」
「・・・。」
他人が聞けば、なんとも
しょうもない理由だと思われるだろうが、
オレには分かる気がした。
父親というのは、子供にかっこいいと思われたいものなんだ。
「・・・すまなかった、と・・・。
伝えておいて、くれ・・・。」
「・・・分かった。」
ファロスの、幼い頃からの癖で、
陽気な空気が、一瞬だけ訪れたが・・・それも本当に一瞬だけだった。
長谷川さんの最期の笑顔だった・・・。




