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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第四章 【初恋と伝説の海獣】
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無力のおっさん




本当に、一瞬だった!


ファロスが技を繰り出す! その直前に!


バランスを崩していたはずの長谷川さんが、

右手に持っていた、あの鞘に納めたままの長い『刀』で、

ファロスが前へ出していた右足を払った!


ガクンッ


たったそれだけで、一瞬にして

ファロスが体内に溜めていた『氣』が霧散する!


ドスッ!


「っが・・・ぁ・・・ぁ・・・!」


そして、次の瞬間には、ファロスの懐へ移動した長谷川さんが、

左手に持っていた『刀』の柄頭つかがしら

ファロスのみぞおちに突き刺していた!


「ちっ・・・ち・・・ぅ・・・。」


ドサッ・・・


ファロスは、その場で崩れ落ちた!


「ファ、ファロス殿!」


「・・・。」


呼びかけてみたが、ファロスの返事がない。

激しい運動で酸素不足のところへ

呼吸のタイミングを計られて、しっかり、みぞおちを打たれたのだ。

しばらくは起き上がれないだろう。


ザザザザザァ・・・


波の飛沫が舞う中、長い白髪をなびかせている長谷川さんが、

まるで何事もなかったかのように、すぅっと立っている。

顔面が真っ赤だが、表情一つ変えず、

倒れているファロスを見下ろしている。


チャキン!


左手に持っていた『刀』を腰に差している鞘に納めた、長谷川さん。


・・・長谷川さんの勝ちだ。


オレは、よろよろと立ち上がろうとしたが、

船が揺れ過ぎていて、とても立てる状態ではない。

それでも、船の端を掴みながら、なるべく急いでファロスの元へと

転がるように駆け寄った。


「ファロス殿・・・!」


ファロスを抱き上げようかと思ったが、

完全に意識を失っている。

今は、なるべく動かさないほうが良さそうだが・・・。


「・・・佐藤、殿・・・できれば、それは・・・やめてくれぬか・・・?」


「っ!!」


ギクリ!として、オレは動けなくなった!


・・・オレは、気を失っているファロスを気遣うフリをして、

ファロスの懐にある、あの『刀』を納める『袋』を取り出そうと、

手を伸ばしていたのだ・・・!

それを、長谷川さんに見抜かれてしまった・・・!


『袋』を手に入れて、長谷川さんが油断したところを・・・などと

考えていたのだが・・・甘すぎたか・・・。

おそらく、もう長谷川さんは、オレに隙を見せることはない。

長谷川さんの鋭い目が、オレを見ている。


「・・・。」


オレは身動きできずに、長谷川さんを睨んでみた。

・・・虚勢だ。

オレが睨んだところで、長谷川さんには何も伝わらない。

それどころか、オレの顔色はきっと死にそうなほど悪いだろう。

長谷川さんが右手に持っている武器に、

こんなに近づいただけで身震いするほど気持ち悪いし、

それに、さっきから、どうにもこうにも胃がモヤモヤしている・・・。

たぶん、これは・・・乗り物酔いだ。

馬車に揺られても酔うことが無かったオレだが、

船がこんなに気持ち悪く揺れるとは思わなかった・・・。


こんな状態のオレが、長谷川さんを止められるはずもない。


「・・・お主とは、やりあいたく、ない・・・。

・・・ま、間違いなく・・・お主はファロス、より強い・・・。

お主相手では、手を、抜けぬ・・・。

・・・ど、どちらかが・・・死ぬ・・・。

こ、ここまで、世話になった、お主を・・・斬りたくはない・・・。」


「・・・。」


ウソ・・・ではないのだろう。

オレがファロスより強いというのは、長谷川さん個人がそう感じているだけで

オレ自身は、ファロスより強いとは思えないが・・・

それでも、闘いたくないという意思は伝わってきた。

長谷川さんが、困った顔をしているからだ。


オレも闘いたくはない。

実際、闘える状態ではない。


オレは、ゆっくりファロスの体から離れた。

あの『袋』は、手に取らなかった。


「・・・か、かたじけない。」


「・・・その武器を使わないで済む方法は、本当に、ないのか?」


ファロスが散々、止めたにもかかわらず、

長谷川さんは、頑なに、あの武器を使うことにこだわった。

ここまで来て、返ってくる答えは分かっていたが、

オレは、聞かずにはいられなかった。


長谷川さんを死なせたくないからだ。


「・・・あの『白い悪魔』の体は、並大抵の硬さ、ではない・・・。

鉄をも、斬るワシの刀が・・・折られたのじゃ・・・。

お、おそらく・・・太古に生きて、いた、ド、ドラゴンの硬さに・・・

匹敵するであろうよ・・・。」


「ドラゴン・・・!」


そうか、長谷川さんは、一度、あの魔獣と戦ったことがあるのか。

よく生き残れたな・・・。いや、もしかして・・・

奥さんが助けてくれたのか・・・その身を犠牲にして・・・。


そんなに、あの魔獣は硬いのか・・・。

ドラゴンも表面は硬いうろこで覆われているって学校で習ったことはあるが。

だとすれば、オレの剣でも斬れないか・・・。


いや・・・!


シュルル・・・


「!」


長谷川さんが、右手に持っている、あの長い『刀』の

柄の部分と鞘の部分を結んである、赤いヒモをほどいた!


カタカタカタカタッ


「くっ・・・!」


即座に『刀』の震えが激しくなっていく!

長谷川さんは、その震えを抑え込むように、強く『刀』を握っている。

どうやらヒモをほどいただけでは『刀』が

勝手に抜けることは無いようだ。

しかし、これで長谷川さんはいつでも

あの『刀』が抜ける状態になった。


「もう・・・時間が、ないか・・・。」


長谷川さんは、そうつぶやいて、

赤いヒモを腰に差している『刀』の柄に、くるくると巻き付けて・・・

ひょいっと、オレにその『刀』を放り投げた!


「え・・・!?」


突然、放り投げられた『刀』を、オレは驚きながら受け取った。


「・・・そ、それを、ファロスに・・・。

ワ、ワシの家で、代々受け継がれて、きた、二振りの『刀』・・・。

そのひとつは、ワシが、壊してしもぅたが・・・

それは、『斬魔ざんま』という『刀』じゃ・・・

ファロスに・・・どうか・・・。」


「・・・わ、分かった! 必ず渡す!

でも、聞いてくれ! 長谷川さん!

あの魔獣、もしかしたら、オレの剣技で・・・!」


スッ


「!」


オレの言葉を遮って、長谷川さんは

右手で震えている『刀』を、オレの目の高さにあげた。

ち、近い・・・!

気持ち悪いエネルギー・・・吐きそうになる・・・!


「お・・・お主ならば・・・あの『白い悪魔』を、斬れる、やもしれぬ・・・。

だが、それは・・・ワシが失敗、した後に、頼む・・・。」


「だが、しかし!」


それでは意味がない。

長谷川さんが死んだ後では・・・。


「こ、この刀の、犠牲になった者たちと・・・ワシの罪滅ぼし・・・のため。

そして・・・わが国の主君に、仰せつかった『密命』が・・・

あの『白い悪魔』討伐・・・という、大義・・・。

・・・今日に至るまで、あの悪魔を恨み続けた、ワシの悲願・・・。

その、す、すべてが・・・ワシが、い、命を賭けて・・・、

この『刀』を振ることで、成就するのじゃ・・・!」


「!」


・・・そうだったのか。

長谷川さんが、いつか言っていた『大義』という言葉・・・。

『密命』とは密かに受けた命令・・・オレの『特命』と同じだ。

ファロスにも伝えていなかったのだろう。


「年寄りの最期のわがまま・・・と、思ぅてほしい・・・。」


長谷川さんは、そう言って、頭を下げた。


オレは、受け取った『刀』を、ギュッと強く握りしめた。

悔しい・・・!

悔しいが・・・オレは、この男を止められない!

実力差があって、ねじ伏せられないとか、

頭が悪くて、駆け引きが出来なくて、説得できないとか、

もはや、そういう話ではない。


この男の、心意気、生き様、魂・・・

すべてにおいて、オレでは止められないのだ。

オレなどが止めていいわけがなかったのだ。

止める権利を持っていたのは・・・ファロスだけだった。

大義名分を無視して、息子が親の命を救う・・・

それは、まだ許される範囲だろう。

しかし、赤の他人のオレが、他国の『大義』を阻止することはできない。

この男の本懐を邪魔することは、愚の骨頂だ・・・。


「・・・泣くな・・・強き者よ・・・。」


「・・・!」


オレは、いつの間にか、泣いていた。

なんとも情けない限りだが、

オレは、本気で、この男を死なせたくないと思っている。

しかし、止められない・・・。

この男の覚悟を、踏みにじるような真似はしたくない。


それが・・・切ないのだ。


オレは、無力だ・・・。






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