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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第一章 【異例の特命】
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女房の宿題と答え合わせ






オレは女房の実家へ来ていた。

城門から歩いてきたから、あれから

そこそこ時間が経っている。

早朝ではないにしても、まだ早い時間帯。

家の扉を叩いてみたが、

義理の父も母も出てこない。

女房だけが扉の前に出てきて


「朝から、なんなの?」


と、朝の挨拶もなしに、

ぶっきらぼうに、そう女房が告げた。

家の中へは入れてもらえない感じだが、

今、中に入れば、義理の父母への説得まで

必要になってきそうだから、

今は、このままが助かる。


「朝から、すまん。

もう出発しなきゃならんのでな。

最後に、これを持ってきた。」


オレは、単刀直入に

そう告げると、例の書類を女房に渡す。


「えっ・・・出発って・・・。

えっ!?なに、これ!?」


オレが女房に渡した書類は、3枚。

1枚目は、判が押してある『離婚届』。

2枚目は、判が押してある『生命保険』。

そして、最後の3枚目にも判が押してある。


最後の書類は、オレの『遺書』だ。


「遺書って・・・。」


強気だった女房の表情が

急に弱弱しくなったように見える。


「オレなりに、よく考えたんだが、

オレは、王様の『特命』を受けることにした。

今日から、というか今から、

ドラゴン討伐への長き旅に出る。」


「ドラゴン討伐・・・本気なの?」


「あぁ、これでも考えたんだ。

お前と相談して決めたかったが、

勝手に決めてしまって、すまん。」


責められることが分かっていることに対して

先に謝っておいた。

女房の声が、まだ強い口調に戻っていないうちに

オレは自分の言いたいことを告げてしまう。


「お前が置いていった2枚の書類には、

どちらにも判が押してあるが、

使うタイミングを間違わないでほしい。」


「・・・。」


女房が、手渡された書類を見つめている。


「まず、早いうちに、そっちの『生命保険』の

書類をその保険会社に出してほしい。

そして、『遺書』には、こう書いてある。

『全財産を妻に譲る』と。

まぁ、低所得のオレの財産なんて

たかが知れているが。

つまり、オレの死亡が確定する前に

そっちの『離婚届』を使ってしまうと

微々たる財産を、お前に譲渡できないし、

『生命保険』も、何割か損をすることだろう。」


「あなた・・・。」


これほど、自分の思い通りに

事が運ぶとは思っていなかったのだろう。

わずかながら、女房の表情が

不安な表情になった。

こんな弱弱しい表情の女房は、久々だな。


「最後に『離婚届』だが、

数年後に、オレが万が一でも、

無事に生還出来たら・・・その時に使ってくれ。

今回の旅で何年もいなくなるわけだから、

その書類だけは、そんなに急がなくてもいいだろう。」


最後のは・・・オレの願いでもある。

これだけお膳立てしても、

『離婚届』を出してしまえば、

すべて事足りるのかもしれない。

お金とか損とか関係なく、絶縁する・・・。

赤の他人になる・・・。

紙切れ1枚で・・・。

人間の縁とは、家族とは、なんと脆いことか。

その縁を繋ぎとめておくアイテムが

お金だったりするのだから、

なんとも・・・情けない限りだ。


しかし、長年連れ添ってくれた女房に、

最後にしてやれることは、これ以上ない。

オレの実力、オレの持っているモノなんて

こんなモノなんだ。

卑屈になっているのではなく、開き直っている。


「・・・それと、たぶん

そのうち王宮の噂が、あっという間に

城下町にも流れ始めて、お前の耳にも届くだろうから

先に話しておくが・・・

今回の『特命』には、王様の秘書が一人、

補佐役として、付き添うことになった。」


「・・・秘書?」


女房の表情が、弱弱しい表情から

すこし目つきが鋭い表情に戻った。


「あぁ、とびきりの美女だ・・・。

年齢は、香織と同じくらいだそうだ。」


「ふっ・・・。」


女房が、鼻で笑った。


「とびきりの美女で、香織と同じ歳なら安心ね。

あなたでは美女は振り向かないし、

それぐらいの年齢の女性なら、なおさらだし。」


少しでも荒れるかと思っていたのに、

あっさり受け入れられてしまったので

オレのほうが拍子抜けだ。


「あぁ、まったくその通りだ。

香織とは実現できなかった

親子旅へ出かける心境だよ。」


オレの顔もほころぶ。

ほころんだ理由は・・・

話が荒れなかっただけじゃなく、

女房の表情が緩んだからだ。


「・・・今まで、ありがとう。」


「・・・よしてよ。

どうせ、無事に帰ってきちゃうんでしょ?

あなた、悪運だけは強いもんね。」


これが最期かもと思い、

言いづらいことを言ってみたが・・・

オレの覚悟ごと、さらりと受け流された気がした。

やはり、女房には敵わない。


それにしても、あっさりしすぎている。

女房が、こんなにあっさりと受け止めてくれるとは

思っていなかった。

こんな急展開、普通なら戸惑うし、悩むものだが・・・。

きっと、オレがこの2日間で悩んでいた間に、

女房も女房なりに考えて、悩んでいたのだろう。

もしかしたら、義理の父母に諭されたか。


「あぁ、そうかもな。

じゃぁ・・・行ってくる。」


「・・・いってらっしゃい。」


畜生。

そこで、その表情をするのかよ。

やっぱり離婚届だけ焼却しちまえばよかったか。


こうして、オレは

数十年ぶりに、女房に「いってらっしゃい」を

言ってもらえた。


宿題を無事に提出できたことで

オレは満足したし、女房のあの表情を見る限り、

宿題の答えは満点だったと思っていいだろう。


・・・もう、この国で

やり残したことはないな。






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