親子の対話
ザザザンッ・・・ザザザザザ・・・
船が波をかき分けるたびに、水飛沫が飛び、それを潮風が巻き上げる。
晴天の青空で、それらが煌めく。
その煌めく水飛沫の、その先、
長谷川さんが乗っている船が近くに見えてきた。
ゾゾゾゾゾゾッ
あの武器のエネルギーも、しっかり感じる。
こうして近づくと、こっちの船よりも格段に大きい船だ。
風を受ける大きな帆が2つもある。
あまり近づきすぎると、あちらの船が
かき分けた波に、こっちの船が飲み込まれそうになる。
「・・・。」
そのへんは、オレが心配せずとも、
船の操縦をしているファロスが分かっているようだ。
うまい具合に、相手の船との距離を置いて走っている。
そのファロスは無言で、
船の操縦をしながら、相手の船を睨んでいる。
「ユンム、並走できるように風を抑えてくれ!」
「は、はい!
・・・言うほど簡単じゃないんですが・・・。」
ビュオオオオッ・・・オオォォォォ・・・
オレの呼びかけに、木下は愚痴をこぼしながら返事をする。
しかし、すぐに木下の風の魔法は、徐々に威力を弱めてきた。
やはり、あいつは経験がないだけで、
経験を積めば、あっという間に手練れの者になれるだろう。
相手の船が大きいため、オレたちは
相手の船を見上げる形になっている。
船の中は、こっちからはいまいち見えないが、
船の端に立っている男たちが、ギラギラとした視線を
オレたちに向けているのが見える。
あの村長や長谷川さんの姿が確認できない。
「おいおい! そりゃ、俺たちの船だろうが!
なに勝手に使ってんだ! コラぁ!」
「何しに来やがったぁ!?」
「魔力が近づいてきたと思ったら、
お前ら、生贄になりに来たのかぁ!? あぁ!?」
「ちっ! すっかり回復してやがる!
もう一度、袋叩きにしてやろうか!? おっさん!」
男たちが、海賊らしいセリフをぶつけてくる。
当然の反応だ。
仲間を殺したオレに焚きつけられて、
『海獣』討伐に向かっているが、
いくら村長の命令だったとしても、
そんなに早く割り切れるものじゃない。
中には、弓矢をかまえている男もいる。
こっちに、女性が乗っていなければ
有無も言わさず攻撃されていたかもしれない。
その男たちの後ろから、
赤みがかった長い髪をなびかせて、あの村長が姿を現した。
「おいおいおい! こんなところまで、何しにきやがったんだぁ!?」
ほかの男たちと同じように、そんなことを言い出す村長。
険しい表情ではあるが、ほかの男たちと違って怒りは感じない。
しかし、改めて、そう言われると、
どうやって説明したものか・・・。
その時、
「父上ぇぇぇーーー!!!」
「!!」
ファロスがいきなり叫びだした。
その大きな声は、怒りの感情も混じっているような、
怒号に似たような声だった。
「わわわ!」
ファロスが、船の部品を手放したので、
慌てて、ニュシェが、その部品を掴んで支えた。
ファロスは、そのまま船の上を歩き、オレの隣りに来た。
「なんだ、なんだ? なんなんだ? そいつは?
地下牢の時もそうだが、そこのおっさんは
次から次へと理解不能な行動をしてくれるなぁ!」
賭けを破棄するようなオレたちの行動に、
村長は怒ると思っていたが、案外、怒っていない。
むしろ、今の態度は呆れているように見える。
「お、おい!? お前は動くなって・・・!」
ざわざわ・・・
急に、村長の後ろにいた男たちが騒ぎ出したと思ったら、
その男たちをかき分けるように・・・
「・・・。」
長い白髪をなびかせて、顔面が真っ赤になっている、
長谷川さんが姿を見せた。
右手には、しっかり、あの武器が握られている。
「・・・父上・・・!」
長谷川さんの目が鋭い。
あの地下牢で会った時よりも、冷たい視線で
こちらを見下ろしている。
いや、視線の先は・・・オレたちではなく、ファロスの方か。
「なんだ、ジジィ!?
あいつはジジィの息子なのか?
なんだって、こんなところへ・・・!?」
呆れた様子で、後ろから来た長谷川さんに尋ねる村長だが、
長谷川さんは、まるで聞こえていないかのように答えず。
「・・・ファロス、か・・・。」
「・・・!」
ただ、一言、
ファロスだけを見て、そうつぶやいた。
低い、唸り声のような声で、自分の名前を呼ばれた
ファロスの表情が、一段と厳しい顔になった。
ゾクゾクゾクゾクッ・・・
「・・・っ!」
オレは長谷川さんの姿を見ただけで、
背筋に寒気が走った。
いや、正確には、長谷川さんが右手に持っている、
あの気持ち悪い武器のせいだ。
「なんなんだよ、お前ら! 勝手に盛り上がってんじゃねぇぞ!
ここは、すでに『シラナミ』様が出没する海域だ!
お前たちが何しに来たのか知らねぇが、
今さら邪魔しに来たんなら、沈めるぞ! コラぁ!!」
長谷川さんとファロスに無視されたのが
気に食わなかったようで、村長が
とうとう怒りを露わにしだした。
専ら、怒りの矛先はオレたちへ向けられている。
冷静な態度で登場してくれている間に、
しっかりと説明できればよかったのだが、
こうなっては、もう遅いだろう。
それよりも・・・
「も、もう、ここは例の『海獣』が出るのか!?」
オレは、そっちのほうが気になって、そう聞いた。
「あぁん!? そうだっつってんだろ!
やっぱり、おっさんから生贄になりてぇのか!?」
村長が、そう言いながら、オレを睨みつけてくる。
「す、すまない! オレたちは・・・!」
「拙者の名は、長谷川ファロス!
遥か西の国『ロンマオ』から来た、侍でござる!
そこにいる、国賊、長谷川ロイヒトトゥルムを止め来た!」
「!?」
村長に、なんとか説明をしようと思っていたのに
ファロスのやつが、勝手に自己紹介を始めてしまった!
「な、なんだ!?」
あまりにも突然なことで、村長はびっくりしている。
うまい具合に、怒気が消えた。
今なら、こちらの説明を聞いてくれるかもしれない。
「そ、そうなんだ!
こいつは、そこの長谷川さんの息子で・・・!」
「か、・・・かっかっかっかっか!」
「えっ・・・!?」
オレが説明しようとしたら、再び遮られた。
今度は、長谷川さんが高笑いを始めて、
オレたちも、村長たちも唖然とした。
「フ、ファロス、よ・・・!
い、今まで、散々、力の差を・・・分からせたはずだが・・・、
まだ・・・分からんのか? この、お、愚か者めがぁ!!」
喋りづらそうにしながらも、息子を叱責する長谷川さん。
長谷川さんは高笑いしていたが、
顔が真っ赤だから、怒っているようにしか見えない。
「お、愚か者は父上の方だ!
拙者は、父上を死なせない!
絶対、その刀は使わせない!
父上を必ず・・・超えてみせる!」
チャキッ スラァァァ・・・
「!」
早口で、そう言うとファロスは
腰に差していた『刀』を抜き、両手で構えた。
足を少し広げ、中段の構え・・・隙がない。
「・・・かっかっ・・・
・・・さ、最後の、最期まで・・・己を、貫くか・・・。
わ、悪いところばかり、似てしまった、のぅ・・・。」
チャカ スラァァァ・・・
長谷川さんが、何かつぶやいたと思ったら、
腰の後ろに差してあった『刀』を、左手で抜いた。
やはり、右手に持っている『刀』の方は抜かない。
長谷川さんは構えを取らず、両手とも、だらりとぶら下げている。
長谷川さんが『刀』を抜いただけで、
その周りにいる男たちが、ビビってざわついている。
まさかとは思っていたが、ここで闘うのか!?




