初の海上戦
あの地下牢で昼飯を食べてから、
けっこう時間が経っているだろう。
頭上にあった陽が、少しずつ傾いてきている。
それでも、今の季節、雲一つない快晴の昼下がりは、
気温があがって、少し暑くなってくる。
雨上がりの涼しさは、もうなくなって、むしろ蒸し暑さが増すばかりだ。
ザザン・・・ザザザザザザァ・・・
船が波に当たるたびに、細かい水飛沫が全身に降りかかってきて
少し心地いい。
ただ、思いのほか、しょっぱい・・・。
海水がこんなに塩辛いとは思わなかった。
海がある国は、水不足にならないだろうから、いいなと
前々から思っていたが、これはとてもじゃないが飲めない。
水飛沫を浴びすぎて、服が濡れ、
装備品も水分を含んで、少し体が重く感じる。
やはり、こういう状況では、木下たちの装備のほうが動きやすいのだろうな。
・・・破廉恥な姿にしか見えないが。
オレたちの船は、かなりのスピードで海の上を進んでいるが、
それでも、なかなか長谷川さんたちの船に追いつけない。
あっちは魔法を使っていないだろうが、船を操るプロ集団だ。
向かい風であろうと、早く船を動かす術を熟知しているのだろう。
この広い広い、大海原のどこに『海獣』がいるのか。
まったく分からないが、あの船は、ひたすら真っすぐに
その『海獣』がいる場所へと向かっている感じがする。
おそらく、ほかの船が襲われた場所を知っているのだろう。
果たして、本当に追いつけるのか?
あとは、シホの作戦が功を奏することを祈るしかない。
ザザザザザザァ・・・
「・・・はぁ、はぁ・・・すぅぅぅぅ・・・ふぅぅぅぅ・・・!」
オレは深呼吸して、息を整える。
今まで海を見たことはあったが、
オレにとって、海に出ること自体が初めての体験だ。
まず、船の上に立つことが、こんなに大変だとは思わなかった。
大型馬車の中で立ちっぱなしになることもあったが
馬車は、こんなに不規則な揺れ方をしない。
これは、魔法のせいではなく、
潮風と波の影響を、船が受けているからだろう。
そして・・・
ザッパァ!
「くっ!」
ザシュ!
「クィィィィィ!!」
ボチャーーーン!
海の中にいる生物の気配が、全く分からない!
海上に出てきた瞬間に、やっと気配に気づく程度だ。
だから、いちいち反応が相手より遅れる。
船の前方から突然現れた魔獣を、オレは斬り捨てた。
斬られた魔獣は、そのまま海へ落ちていったため、
本当に仕留めたかどうかが分からない。
「佐藤殿! 海面をよく見るでござる!
さすれば、敵の影が見えてくるゆえ、それを目安に!」
ファロスが、後方から大声で助言してくれる。
だが、海の水面を見ようにも、陽の照り返しで水面が光り、
敵の影を見つけにくい。
ザッパァ! ザッパァ!
「クィィィィィ!」
「クィィィィィ!」
「せい!」
ザシュ! ザン!
後方からも飛びかかってくる魔獣を、
フォロスが、いとも簡単に斬り捨てる。
なんというか、オレよりも反応が早い気がする。
やつは、海での戦いも経験済みなのだろうな。
あれが『刀』という武器か・・・。
長谷川さんも使っていたが、
あの地下牢では、オレの目が腫れていて、ほとんど見えなかった。
こうして改めて見ると、刀身が、
オレの剣よりも細くて薄い造りのようだが、恐ろしく斬れている。
もちろん、敵は初めて見るタイプの魔獣。
『ヒトカリ』で教えてもらった魔獣の一種だ。
名前は忘れたが、たしか、『イカタイプ』だったか?
攻撃のパターンまでは覚えていない。
見たところ、体長は1mほどか。
全体的に白色のように見えたり、たまに赤茶色に見えたりする。
体の色を変えるタイプか。
頭なのか、顔みたいな部分だけが細長く大きくて、その下から
気持ち悪いぐらい、グネグネと動く手足が何十本も伸びている。
その手足が異常に長い。
あの手足の長さもいれたら体長は、2~3mぐらいになるのか。
ただ、海から次々に飛び出して、飛びかかってくるだけ。
たぶん、あの気持ち悪くて長い手足で、巻き付いてくる攻撃なのだろうか?
巻き付かれたら、やばそうだ。
「お、おじさん! この魔獣は・・・!」
「ニュシェ、もう少しの間、それを真っすぐ持っててくれ!」
さっきまでファロスが握っていた舵という部品を、
今は、ニュシェが代わりに持っている。
一番最初に後方から現れた魔獣に対して、即座にファロスが反応して
その場を離れたため、ニュシェが慌てて、その部品を握ってくれたのだ。
どうしていいのか、分からないといった表情で
オレを見ているニュシェ。
操縦については、オレにも分からん。
ザッパァ!
「クィィィィ!」
「っ! ぬん!」
ザンッ!
船の前方から飛びあがってくる魔獣を斬り捨てる。
ボトン! グネグネグネッ!
オレの腕と同じぐらいの太さの、
魔獣の手足が数本、船の上に落ちて、気持ち悪く、うごめいている。
こいつらは斬っても動けるのか!?
しかし、動いているだけで、手足だけで襲ってくる気配はないようだ。
「ひぃ!」
その魔獣の手足を見て、シホが情けない声を上げる。
この手足の動きが苦手みたいだ。
「ユンムは、シホを守れ!」
とにかく、今はシホの風の魔法を絶やすことなく
この場を突っ走るしかない。
たしか、この『イカタイプ』は、5匹~10匹ぐらいの
群れで行動するという情報だったはず。
もうすでに、5匹以上は倒した。そろそろ、いなくなるはずだ。
「お、おじ様! この魔獣は、たしか『テルミーズ』・・・!」
ザバァッ!
「クィィィィ!」
「ちっ!」
ザンッ!!
木下が、何か言いかけていたが、
今はそれどころではない。
敵が飛び出してくるまで気配が分からないから、気が抜けない。
それに、船上での戦いは、足場が悪い。
やっと船の揺れに慣れてきたが、
地上のように自由な戦い方ができない。
明らかに、オレはファロスよりも苦戦している。
「ユンム、なんとか敵を近づけさせないような魔法はないか!?」
「そんな都合のいい魔法は・・・!」
ザッパァ!
「ぬおっ!」
ザシュッ! ドパァ!
「うわっ!?」
木下との会話中に、前方から魔獣が現れて、
即座に斬り落としたが、斬った魔獣の体から真っ黒な液体が飛び出してきた!
オレは全身に、それを浴びてしまった!
「うっぐぁ! なんだこれは!!
み、見えない! 臭い!」
「おじ様!」
オレは、素早く腰の布袋から
剣を拭きとるための布切れを取り出して、
自分の顔を拭いたが、
「ぐっ! くそ!」
目が開けられない!
目に入ってしまった! 痛い!
それとも、この液体は簡単に取れないものなのか?
まさか、毒!?
「佐藤殿! もしかして、目が開けられないのでは!?」
「そ、そうだ! 目が痛くて開けない!
ファロス殿も気を付けろ!」
ファロスの声が聞こえてきて、それに即答した。
まだ魔獣が襲ってくるかもしれないから、
ファロスにも注意を呼び掛ける!
「ぬ、布では抜き取れない!
ユンム、水か何か、オレにかけてくれ!」
目が見えなくなった状態で、オレの体はふらつき、
船の端を掴まっていないと立っていられない!
このままでは・・・!
「は、はい!
わが魔力をもって、大気の潤いを水滴に変え・・・!」
木下の魔力が上がりだした!
しかし・・・!
ザッパァッ!
「っ!」
「クィィィィ!」
「おじさん、後ろ!」
ニュシェの声とともに、オレの背後から敵の気配を感じて、
ザシュッ!
見えないままに、振り向きざまに気配へ向かって斬りつけた!
手ごたえは確かにあったが、
ドカッ!
「ぐわぁ!」
「おじさん!」
「さ、佐藤殿!」
ドチャァァ!!
いきなり重い物体が体当たりしてきて、
オレは、そのまま押し潰されるように、倒された!
物体がグネグネと動き、ヌメヌメとした感触が、
オレの体に巻き付いてくる! 振りほどけない! まずい!
ザシュッ!
「クィィィィ!」
突然、魔獣の鳴き声が聞こえ、
オレを締め付けてくる感触が、緩くなった!
「さ、佐藤殿! くっ!」
ドカッ
そして、オレを上から押さえつけていた重い物体が、フッと消えた。
ファロスの声と気配が近い。
どうやら、船の後方にいたファロスが
いち早く駆けつけてくれて、オレを助けてくれたらしい。
「た、助かった・・・!」
「アックアシューヴァ!」
ドバァァァァ!!
「うっぷ!」
「おっと!」
助かったと思った瞬間、木下の魔法が発動して、
オレは、わけも分からず、頭から大量の水を浴びた!
かなりの水圧だ!
「ゴホッ! ガハッ!」
「ご、ごめんなさい、ファロスさん!
水圧は加減したつもりですが・・・。」
「いや、拙者は避けたから大丈夫でござる!
さ、佐藤殿は、大丈夫でござるか!?」
「ゴホッゴホッ! だ、大丈夫だ!」
木下は、ファロスに謝っているが、
ファロスに水はかからなかったらしい。
すぐに、ファロスの声と気配が、また船の後方へと離れていった。
オレは、ずぶ濡れになったが、
木下のおかげで目が開くようになった。
見てみると、すぐそばに、オレが斬ったと思われる魔獣の手足が数本落ちていて、
ファロスが一刀両断にしてくれた魔獣の死骸が横たわっていた。
魔獣の死骸からは、わずかに黒い液体が漏れていた。
オレがいる場所は、真っ黒な水たまりができて、
ぬるぬると滑るようになってしまった。
まだ気は抜けないため、なんとか、すぐに立ち上がる。
「あ、ありがとう、ファロス殿! 助かった!」
「なんの、これしき!」
オレは、後方にいるファロスにお礼を言った。
ファロスの素早い判断と行動のおかげで、助かった。
本当に頼りになるな。
「ユンムも、ありがとう! 助かったぞ!」
「いえ・・・間に合わなくて、ごめんなさい。」
木下のおかげで助かったのだが、
木下は、魔法が間に合わなかったと思って反省しているようだ。
「いや、今のはタイミングの問題だから気にするな。
それより・・・うぇっぷ! まだ臭い・・・。
この魔獣は、どうやら黒い液体を体の中に持っているらしいな。
毒では無さそうだが、気をつけねば・・・。」
布でも拭き取れない液体。
少し粘着性があって、目つぶしの効果があるようだ。
逆に言えば、顔にさえかからなければ問題なさそうだ。
「はぁ、はぁ・・・。」
「・・・。」
ザザザザザザ・・・ザザン・・・ザザ・・・
オレは、乱れた呼吸を整えながら、前方を見渡した。
魔獣たちの出現が止まった・・・?
みんなで警戒して海を見張っていたが、
魔獣が海から飛び出してくる音がしなくなった。
「ファロス殿、後ろの海に敵の影は見えるか?」
「いや、今のところは大丈夫でござる。」
ザザザザザザ・・・
船は、止まることなく、全速力で進んでいる。
なんとか、無事に危機を切り抜けたようだ。




