ヴィガンサ(復讐)
「長谷川!?」
「長谷川・・・って・・・!?」
「まさか・・・!?」
男の名前に、オレたちは動揺した。
間違いない。
この鋭い眼光は、長谷川さんとそっくりだ。
男は『侍』と言ったが、聞いたことがない職業だな。
いや、それよりも・・・
「ちょっ、ちょっと落ち着いてくれ。
オ、オレは、佐藤健一。傭兵だ。
この村の者ではない。
は、長谷川殿は、あの、長谷川殿の・・・?」
「ち、父をご存じか!?」
対面する前から興奮気味の男が、
オレの言葉に反応して、さらに興奮しているようだ。
「や、やっぱり!」
「じゃぁ、あのおじいちゃんの!?」
オレの後ろにいるシホやニュシェが、
同時に驚いている。
いや、オレも驚いている。
長谷川さんの息子が、まさかここに現れるなんて!
「いや、知っているというか、
顔見知り程度なのだが・・・
まさか、息子殿に会うとは驚いた!」
オレは、そう言ったのだが、
「父を知っているならば、話は早い!
どうか、船を出してくださらぬか!?」
男は興奮していて、オレの言葉が
あまり耳に届いていない感じだ。
「ちょっと落ち着けって・・・!
だから、オレは単なる傭兵だ。船など持っていない。
長谷川殿なら・・・いや、貴殿も長谷川殿だったな。
父上なら、今ごろ船で海へ・・・。」
「それは分かっている!
拙者は、父を止めに来たのだ!
頼む! 早く船を!」
「!?」
何を興奮しているのかと困惑していたが、
なに? 長谷川さんを止めに来た!?
「な、なにを言ってるんだ!?
長谷川殿を止めに来ただと?
今、長谷川殿を止めたら・・・。」
息子のくせに、長谷川さんの旅の目的を知らないのか?
「『妖刀・ヴィガンサ』!!」
「!!」
男は興奮しながら、いきなり、その名を叫んだ。
その名前はたしか・・・長谷川さんの持っていた、
あの気持ち悪いエネルギーを放っていた武器の名前だったはず。
「あの刀は!
わが国の国宝として厳重に保管されていたもの!
しかし、実際は、宝などという代物ではなく、
誰の手にも触れさせないために封印されていた、呪われた武器でござる!」
「なにっ!?」
たしか・・・
100人の血を吸わせて、ようやく剣が使えるとか、なんとか。
あんな危険で、気持ち悪い武器・・・
たしかに、人間が使っていい武器ではないな。
「父は、復讐心に駆られ、国宝である
あの刀を盗み、国を捨て、旅に出られた!
拙者は、父を追って、ここまで・・・!」
「ま、待て! 復讐だと!?
い、いや、しかし、長谷川殿は
『海獣』を討伐するためだと・・・!」
「そうでござる! 拙者の母の仇は、
ここに出没するという『伝説の海獣』!
わが国の海にも出没していた、魔獣『バーラエナ・シーレーン』!
拙者の母は・・・国を救うため、魔獣の生贄になったのでござる!」
「・・・え!?」
「・・・そんな!」
生贄・・・!
この国と同じく、長谷川さんの国でも
その魔獣に生贄を捧げるという悪習があったのか!?
しかし、実際、その魔獣は、
長谷川さんの国から離れて・・・この国へ来た。
やはり、生贄を差し出すというのは、その魔獣に有効なのか!?
いや、それよりも・・・長谷川さん・・・
そんなことは、一言も・・・。
・・・見ず知らずのオレに言えるはずもないか。
「・・・ならば、なおさら・・・
長谷川殿なら必ず魔獣を討てるはず!」
・・・たとえ、母国を救うためだとしても、
自分の愛した女を殺されて、黙っているなんて、オレでも無理だ。
「だ、だから、止めるのでござる!
あの刀は、100人の生き血をすすって・・・!」
「そ、それは聞いている!
でも、あの攻撃力が増す武器なら・・・!」
ガシッ
その時、いきなり目の前の男に肩を掴まれた。
「そうではない! ・・・そうではないのだ! あの刀は・・・!!
あの、『妖刀・ヴィガンサ』は!!
一振り使えば、使用者の命を奪う!!!」
「!!!」
「えぇ!?」
「なんだと・・・!?」
一瞬、頭の中が真っ白になりかけた。
あまりにも衝撃的な事実・・・。
そんなこと・・・言ってなかったじゃないか・・・長谷川さん!
てっきり、長谷川さんが『海獣』を討てば、すべてが丸く収まると思っていた。
この国が抱えていた海の問題も、海賊たちの問題も、
長谷川さんのこれまでの旅の目的も、すべて、
一気に片付くと思っていた・・・。
あの武器を使ったら、死ぬ?
それが分かっていて・・・ここまで来たのか?
それが分かっていて、1000人も殺して、
旅を続けてきたというのか?
「ど、どうか! お願いでござる!
拙者に、船を! どうか、船を貸してくだされ!」
目の前の男が、肩を震わせ、少し涙目になっている。
ウソではない。この男は、本当のことを言っている。
ザッ
「!」
目の前の男が、地面に正座して、頭を下げ始めた。
土下座だ。
「こ、この通りでござる!
父を・・・父上を、助けてくだされ!
拙者の・・・ただ一人の家族でござる!! ・・・頼む!!!」
地面に向かって吐き出された言葉は、涙声で震えていた。
・・・息子が・・・泣いているぞ、長谷川さん!
こんなこと・・・許されるはずがないだろ!




