悪鬼羅刹の修羅道
「船、だと!?」
ざわざわざわ・・・
村長も、男たちも、長谷川さんの意外な申し出に
ざわつき始めた。
「・・・ぁ・・・あぁ、船だ・・・。船が要る・・・。
ふ、船さえ、あれば・・・ワシが、あの『海獣』を、倒す・・・。」
頭を上げず、土下座しながら、
低い声で、途切れ途切れに喋る、長谷川さん。
そうか・・・長谷川さんの目的は、
オレたちと出会った時から変わっていない。
オレたちと別れてからも、ずっと
海へ船を出してくれる人を探し続けていたのだろう。
「・・・ふざけるなぁ!!」
村長が、長谷川さんを見下ろしながら、大きな声で怒鳴った。
「貴様は、ただ、船を求めて、
村のやつらを・・・俺たちの仲間を殺したのか!?」
「・・・。」
「だいたい、船を出したところで、貴様のような老いぼれに
『シラナミ』様を倒せるはずがないだろ!!
ふざけるのも大概にしろよ、くそジジィィィ!!」
「お、お頭!」
今にも斬りかかりそうな勢いで怒鳴っている村長。
また両脇の大男たちに、止められている。
男たちは、村長とともに死ぬ覚悟はできているはずだ。
しかし、それでも、村長がみすみす殺されてしまうのは
耐えられないのだろう。必死になって、村長を止めている。
「ふ・・・ふざけてなど、おらん・・・。
ふざけて、このような、ことが、できようか・・・。
ワ、ワシは、真面目じゃ・・・。大真面目じゃ・・・。」
長谷川さんが、意を決するように、顔をあげた。
「!!」
顔面が、真っ赤だ。
返り血のせい・・・だけではない?
額に血管が浮き出ていて・・・とても苦しそうな表情だ。
「・・・ま、真面目に・・・『海獣』を倒すこと、だけを、目指し・・・
こ、この、妖刀を、手に入れ、ここまで、追ってきたのだ・・・。
・・・見よ・・・この刀を・・・!」
カチャッ
そう言って、長谷川さんは、自分の目の高さへ
血まみれの右手で持っている、長い『刀』をかざす。
改めて、よく見ると、黒塗りの光沢ある鞘に、
意味ありげな紫色の紋様が施されている。
持ち手である柄の部分には、ぐるぐると紫色のヒモが幾重にも巻かれている。
・・・出会った頃よりも、確実に気持ち悪いエネルギーが増している。
「よ、よぉとぉ?
そ、その気持ち悪い剣が、なんだって言うんだ!」
村長が、長谷川さんの『刀』を見て、少し身震いしている。
もしかして、村長も、オレとニュシェのように
あの武器の気持ち悪いエネルギーを感じ取っているのか?
「こ、この刀は・・・『妖刀・ヴィガンサ』と、言うて・・・。
こいつは・・・人の、ぃ・・・生き血を、すすりて・・・仇を斬る・・・。
血を吸う、ごとに・・・この刀の、ち、チカラが増す・・・。」
「・・・!」
なんと、不気味な武器だ・・・。
気持ち悪いエネルギーを発している理由が分かった気がする。
人の血を吸う武器・・・!
「ただ・・・、こ・・・この刀、・・・か、簡単には、抜けぬ・・・。
ひ、ひとたび、使うために・・・ひゃ、100人の、生き血が・・・必要での・・・。」
「ひゃ、100人だと・・・!」
「・・・!」
村長が驚いた表情で、長谷川さんを見ている。
もはや、その100人の中に、
自分の仲間が加わっていることすら忘れているようだ。
一度使うためだけに、100人の命が必要だとは・・・
なんて凶悪な武器なんだ・・・。
「し、しかし・・・あの『海獣』を、倒すには・・・
・・・そ・・・それだけでは、足らぬゆえ・・・。
ま、真面目に・・・ただ、ただ、あの『海獣』を倒すために・・・
ワシは・・・せ、1000人・・・殺してきた・・・!」
「・・・!!!」
ゾゾゾゾゾゾッ・・・
1000人・・・!
その犠牲者の数を聞いて、この場にいた全員が息をのんだ。
武器の気持ち悪いエネルギーだけじゃなく、
その途方もない犠牲者の数を聞いて、
心底、あの武器も、それを成し遂げた長谷川さんも、
怖くて、気持ち悪い存在に感じた・・・!
「・・・見よ・・・こ、この刀を・・・。
い、今は、鍔と鞘を、こうして結んでおるが、
も・・・もう、この刀も・・・限界なのじゃ・・・。」
カタカタッ・・・カタカタカタカタ・・・
長谷川さんの右手が震えているのか、
それとも、本当に、限界を迎えつつある、あの武器が震えているのか、
気持ち悪い『刀』が、カタカタと小さな音を立てて震えている。
よく見れば、簡単に『刀』を抜けないように、
赤いヒモで結んであるようだが、そのヒモが今にも千切れてしまいそうだ。
「し、知ったことか! そんなこと!
う、うちじゃなくて、よそに頼めばいいだろ!」
村長が、長谷川さんの気持ち悪さか、気迫に押され、
声が震えている。
「ふ、船を・・・出してほしいと・・・
多くの者たちに、頼んで、まわったのじゃ・・・。
く、国の船も・・・貴族の船も・・・漁船も・・・
すべて断られ・・・ほかの海賊たちにも、頼んだのじゃが・・・
断られた・・・。」
「な・・・なんだと・・・!
ま、まさか・・・ほかの海賊団も・・・!?」
「き・・・斬った・・・。
マ・・・マシュナカ、海賊団・・・と、言っておったか・・・。
ワ、ワシの命と、こッ・・・この刀を狙われたから、の・・・。
ワシは・・・向かってくる者は、容赦なく・・・斬ることにしておる・・・。
すべて、の、犠牲者は・・・『海獣』討伐の、エネルギーに、なってくれる・・・。
そ、その・・・海賊たちに、き、聞いてきたのじゃ・・・。
ここなら、船を・・・出してくれる、かも、と・・・。」
「・・・!」
長谷川さんの目が、本当に冷たくて怖い・・・。
出会った時の、温かさがまるで感じられない。
長年の旅の目的である、『海獣』討伐のためならば、
こんなにも冷酷になれるのか・・・。
それほどまでに・・・。
「き、貴様ぁ・・・! マシュナカまで!」
村長は、長谷川さんの姿を見て、その言葉を聞いて、
怯えているようにも見えたが、それでも仲間たちを殺され、
ほかの海賊団も同じような目に遭わされたと聞くと、
怒りが収まらないようだ。
ほかの海賊団との繋がりは分からないが、
もしかしたら親しい間柄の海賊団だったのか。
震えながらも、怒りの目で、長谷川さんを睨んでいる。
今にも、飛びかかりそうだが・・・いや!?
「っく! 貴様を、道連れに・・・!」
村長が怒りに震え、右手に持っている剣を振り上げた!
あれが自爆の合図なのでは!?




