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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第四章 【初恋と伝説の海獣】
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手詰まり




ジャララ・・・ ジャラララ・・・


年老いた男が階段を登っていったあと

置かれた皿まで手が届く、木下とニュシェが食事を

寝転がっているオレのところまで運んでくれた。


小さなパンが一つ。これがオレたちの夕食だ。

分け合って食べるから、空腹を満たすことすらできない。

傷も体力も回復が望めない。


「おじさん、食べれる?」


「おじ様、少しでも食べないと・・・。」


2人が気遣ってくれている。


全身の痛みは、まだ続いている。ズキズキとする痛み。

しかし、よくよく自分の体を感じてみれば、

出血がほとんどない。顔面は多少の出血はあったが、今はおさまっている。

打撲による内出血はあるけれど、骨折もない。

おそらく、オレを生贄にするため、生かしておくためだろう。

下手に大量出血させたり、骨折させれば、生贄にする前に

死んでしまう可能性があるからだ。

さすが、海賊と言うべきか・・・うまく殺さない程度に手加減されたわけだ。


「くっ・・・!」


それでも全身殴打された痛みは半端ない。

ちょっとでも力んでしまうと、痛みが全身を駆け巡る。

上体を起こすことも、腕を上げることも痛くて出来ない。


「おじ様・・・。」


木下とニュシェに、支えられて、上体を起こす。

そして、


「はい、お水だよ。」


ニュシェに水を飲ませてもらい、


「少しずつ噛んでください。」


木下に、パンをちぎって食べさせてもらう。

昼食の時と同じ、完全に介護されている状態だ。


ろくな手当ても受けていないのだから、

たった数時間、寝ただけでは体力も怪我も回復しない。

こんなことで、明日か明後日、雨が止むまでに、

ここを脱出して、シホを救うことができるだろうか?

いや、現実的に考えて無理だ。


「ゴホッゴホッ! うぅ!」


「おじ様・・・。」


パンを食べていて、むせてしまった。

咳き込んでも激痛が走る!

木下が優しく背中をさすってくれる。


「ゴホッ・・・ユ、ユンム・・・ここから、どうやって出る?」


「!」


頭が足りないオレでは思いつかないが、

頭のいい木下なら、もしかしたら、と思って聞いてみた。


「わ、分かりません・・・。私も、考えていたのですが、

おじ様がこの状態では、とても逃げられるとは思えません。」


「・・・。」


木下は、申し訳なさそうに、そう答えた。

しかし、オレは、その答えが少し気になった。


「・・・で、では・・・オレを置いて行くとすれば?

ふ、2人なら逃げられるか?」


「・・・!」


「・・・。」


オレの問いに、木下が、すぐに答えない。

それは・・・すでに答えが出ているのと同じようなものだ。


「あ・・・あるんだな? 逃げる手段が?」


「あ、ありません!」


「・・・。」


木下が悲痛な声で、そう答えた。

頭を振って否定する、その姿は、

自分の中の考えを振り払うような仕草に見える。


「・・・ユンム。」


「イヤです! もう、私たちだけで逃げるのはイヤです!」


泣きそうな声で、オレの体に抱き着いてくる木下。

い、痛い・・・!


「・・・。」


さっきからニュシェも黙ってはいるが、

今にも木下と同じように泣きそうな表情だ。


「おじ様を置いて逃げるなんてできません!」


「あたしも! ふぇぇぇ!」


「ぅぐぐっ!」


木下の言葉を聞き、ニュシェも抱き着いてきて、

2人とも泣き出した。

ぐっ・・・かなり痛い・・・!


2人とも、すっかり怖がっている。

昨日、2人で逃げて捕まった時、よほど怖かったのだろう。

だから、もう二度と2人だけで逃げようと思えないのか。


木下はオレよりも頭がいいし、『スパイ』なのだから、

そのへんは、冷静に、合理的に考えることができるはずなのに・・・。

どうやら、『スパイ』としての考え方よりも、

お金持ちのお嬢様として育った環境の考え方が、身についてしまっているようだ。

情に甘いというか、冷酷に徹することが出来ない性格。

しかし、そんな木下だからこそ、オレとうまく旅が出来ているのかもな。


「わ、分かったから、2人とも落ち着いて・・・うぅ!」


「ふぇぇぇ!」


「うわぁぁぁん!」


ダメだ・・・聞こえてない。


オレは、2人に抱き締められながら、体中の痛みに耐えていた。

きっと、今の2人は、オレの体の痛みよりも、心が痛いのだろう。

そう感じながら、2人が泣き止むまで痛みに耐え続けた。




ピチョン・・・ ピチョン・・・


2人が泣き出してから何分経ったのか・・・

ここにいると時間の経過が一切分からない。

2人の泣き声は次第に小さくなり、おさまりつつある。

地下牢に響く水滴の音のほうがよく聞こえるようになってきた。


さて、どうしたものか・・・。


オレは、2人の泣き声を聞きながら、

体中の痛みに耐えつつ、ぼんやり考えていた。


オレでは、うまい脱出方法が思い浮かばなかったから、

木下に頼ってみたが、頼みの木下が、こんな感じでは・・・。

ニュシェのほうも、期待はできないだろう。


シホならば・・・何か思いついてくれただろうか?

あの年老いた男の話によれば、

ここの誰かと仲良くなっているという話だったが・・・。

仲良くなって、生贄の件が無くなればいいが、

海賊たちが伝承を深く信じているなら、

仲良くなっても見逃してくれないだろう。


「・・・。」


・・・ここに、もし・・・

あの、ガンランがいっしょにいたら、どうなっていただろうか?


もしも、昨日、ガンランに案内役を頼んでいたら・・・

今ごろは、こうして捕まることなく、

無事に、東へ向かえていただろうか?

あいつを仲間にしていた場合は、歩いて移動することもなかったから、

まず海賊たちに襲われることがなかっただろうな。


あいつの実力は、よく分からないが、

完全に気配を消してしまうほどだから、

たとえ海賊たちに襲われても、うまく撃退できていたか?

しかし、ガンランはオレたちの敵なのだから、

旅の案内役を頼んでも、結局は、寝首をかかれていたかもしれない。


・・・昨日から、1日経ったわけだが、

昨夜、宿で会う約束だったオレたちがいなくなって・・・

約束を破ったオレたちを、ヤツは探しているのではないだろうか?

探していたオレたちが、こうして捕まっていたら、

ヤツは・・・助けてくれないだろうか?


・・・いや、浅はかだな。


約束を破ったオレたちを許さないのが普通だろう。

木下と同じ、ヤツも『スパイ』だが、

木下と違って、きっと非道な行動ができるヤツだと思う。

捕まっているオレたちを見つけても、

助けることなく、生贄として捧げられるところを

静観してそうな気がする・・・。


どちらにしても、ヤツをアテにするのは間違っている。

助かる可能性が低い。


ピチョン・・・ ピチョン・・・


地下牢に響く水滴の音を聞いていると、気持ちばかりが焦る。

身動きできない体が、歯がゆい。




2人が泣き止んでから、落ち着いた木下に、

一応、思い浮かんだ脱出方法を聞いてみた。


まず、ここへ食事を運んでくる、あの年老いた男に

「具合が悪い」とか、色仕掛けで誘い、牢の扉をくぐらせる。

あの年寄りに色仕掛けは通用しないと思うが・・・。

木下とニュシェだけが鉄格子の前まで行けるので、

男が入ってきた瞬間、ニュシェが素早く扉を閉めて、

男が驚いている隙に、木下が護身術で男を倒す。

木下だけでダメでも、ニュシェと2人がかりなら、

年寄り1人ぐらいは、なんとかなると考えたようだ。

男からカギを奪い、手足の錠を解錠して・・・逃走という方法だった。


あとは運任せになる。

敵の規模が分からないし、この地下牢を出てから、

どっちへ向かえばいいかも分からない。

逃げ足にしても、ニュシェは早いが、木下は遅い。

だから、昨夜、海賊たちに追いつかれて捕まったわけだし。


さらに、怪我人のオレといっしょに、となれば、

捕まる可能性がさらに高くなる。

そして、2人だけでは、シホを救出する術がない。

だから、木下は、この脱出法を思い浮かんだものの、使えないと判断したわけだ。


「すみません。以前も、おじ様に言いましたが、

私は、おじ様が思っているほど、頭が良いわけではありません。

そのように見せかけているだけです・・・。

実際は、ここから、みんなが確実に脱出できる方法が思い浮かばない、

頭の悪い女なのです・・・。」


一通り、自分の脱出方法を説明してくれた木下は、

そう言って、肩を落とした。


聞いてみれば、たしかに・・・あまり頭の良い作戦とは言えない。

運任せな部分が大きいし、

木下の逃げ足では、また捕まってしまうだろう。


それに、ここへ食事を運んでくる年老いた男・・・

小柄ながら、意外と体ががっしりしている。

歩いている姿も、腰が曲がってなかった。

つまり、普通のお年寄りとは体付きが違うということだ。

木下の護身術では倒せないかもしれない。


「い、いや、現段階では、それしか思い浮かばなくて当然だ。

よく考えてくれたな・・・。

あとは・・・その脱出法の成功確率をあげるには、

どうすればいいか・・・、よく考えていけば・・・

もしかしたら、うまくいく別の方法もあるかもしれないしな。」


オレは、なんと言って励ませばいいか分からず、そう答えていた。

実際、木下は頭がいいはずだ。

ただ、実績が少なく、経験不足からの自信の無さが

「自分は頭が悪い」と思わせているだけなんだが。


ピチョン・・・ ピチョン・・・


ゆっくり、じっくりと良策を練りたいところだが、

時間ばかり経って、まったく考えがまとまらない。

オレたちは、木下ばかりに頼るのではなく、

お互いに思いついたことを話し合ってみたが、

やはり、現時点では、木下が思い浮かんだ策が一番だった。

それでも、成功率が低すぎて、実行する気にならない。


この雨が止めば・・・死が待っている。


オレたちは、たぶん、夜遅くまで話し合っていて、

3人とも、いつの間にか眠ってしまった。





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