小さな村『ハッバール』
カチャン・・・ ガチャガチャ・・・
「っ!」
突然、金属音がしたので起きようとしたら、
全身に痛みが走った! 起き上がれない!
・・・どうやら、オレはいつの間にか寝ていたらしい。
「ほぉ、そこの男は、やっと起きたか。
そのまま起きなくてもよかったのじゃが・・・。
何も知らないままのほうが楽だったろうに・・・。」
鉄格子にある小さな扉が開けられて、
そこに、年老いた男が立っていた。
別に装備しているわけでもない、普通の服装だ。
白いあごヒゲに、もじゃもじゃの白髪。
右手には鍵の束と、左手には小さなパンとコップが乗った皿。
食事の時間というわけか。
窓一つない地下牢だから、時間の経過が全く分からない。
オレが寝る前に食べたパンが昼食だったのなら、
今は、夕食の時間か。
カタン カシャ・・・
「夕食じゃ。」
男は、そう言って、皿を鉄格子の扉の前に置いた。
皿は牢の内側へ置かれたが、男は、中へ入ってこない。
そして、昼に持って来ていた皿を回収している。
ガチャン ガシャガシャ
男は、それ以上、何も喋らず、
皿を置いたら、さっさと扉の鍵を閉め始めた。
「・・・。」
体中が痛くて、起き上がることもつらい。
この男に、いろいろ聞きたいが
口の中が痛くて、喋ることも億劫だ。
しかし、聞かねば・・・。
ジャララ・・・
ゆっくり上体を起こそうとしたが、
「くっ!」
やはり体中に激痛が走って、起きれない。
オレは、寝ている状態のまま、男に話しかけた。
「おっ・・・おい、ここは、どこなんだ?」
オレは、口の中の痛みに耐えながら
去っていきそうだった男を呼びとめた。
「・・・こりゃ驚いた。あんなに殴られて喋れるのか。
やはり普通の傭兵じゃないな、お前は。
ジョゼの言う通り、
魔獣用の魔道具で捕まえて正解だったようじゃな。」
ま、魔獣用の魔道具だったのか、あれは・・・。
道理で、とんでもなく強力だったわけだ。
「ここは、小さな村『ハッバール』じゃ。
お前たちは、運が悪かったのぅ。
ちょうど生贄を探していたところへ、来てしまったんじゃから。」
カシャン カタカタ・・・
男は、そう答えながら、
牢の外にあるランプに、油を補充し始めた。
ここは村なのか・・・。
捕まる前に、オレたちが歩いて目指していた村だろうか?
では、オレたちを捕まえたやつらは、野盗ではなく村人たちだったのか?
地下牢を所有している村なんて、あるのか?
村人たちが例の伝承のために、
こんな犯罪行為の強行手段に出るなんて・・・。
「こ、これは、犯罪だぞ・・・!
こ、この国の、き、騎士団に捕まるぞ!」
この行為に対して責めてみたが、
「ははっ、
臆病な王の言いなりになっとる騎士団なんぞ、クソくらえじゃ!」
男に、鼻で笑われてしまった。
自分たちが、犯罪行為をしているという
認識も、罪悪感も、まったく無いように感じる。
少しゾッとした。
ここの王様は、かなり支持されてないようだな。
「か、『海竜』への、生贄は女性じゃないのか?」
オ、オレは・・・どうなるんだ?」
「なんじゃ、よそ者のくせに、詳しいんじゃな。
お前も生贄の1人じゃよ。
捕まえた者たちは、みんな、生贄の候補者じゃ。」
「・・・!」
なんとなく予想はしていたが、やはり、そうか。
シホを生贄とするならば、オレたちを生かしておく理由がない。
しかし、こうして生かされているということは、
そういう理由があるということだ。
「うちの村は『海竜』のほうの『シラナミ』様を信じとるがの。
もし、あの女の生贄様を捧げても、『例の海獣』が去らない場合は、
『人魚』のほうの『シラナミ』様かもしれん。
そん時は・・・まー、お前は若くないが、男の生贄を捧げるまでよ。
要するに、『海獣』が去るまで生贄を捧げ続けるわけだから、
生贄の候補者は多いに越したことは無い。」
「・・・!」
薄暗いし、目があまり開けられないから、男の顔がよく見えないが、
きっと顔色一つ変えずに、本気で言っているのだろう。
本気で・・・生贄を『例の海獣』に捧げたら、
『海獣』が去っていくと思っているようだ・・・。
・・・怖い。
宗教国家『レスカテ』でも感じた恐怖。
『信仰心』によって、犯罪行為も「正しい行い」にされてしまう。
それが、たった一人だけの思想ではなく、
村全体、国全体の考え方になっているとすれば・・・。
もはや逃げ場がない。
・・・しかし、たしか、あの港町の食堂で話を聞いた感じでは、
生贄の伝承を信じているのは年寄りたちだけだったはず・・・。
「こ、この村、全員が、そういう考えなのか?
わ、若いやつらも、か?」
「んあ? あぁ、そうじゃ。
村の若いもんも、みんな・・・誰も村長には逆らえん。」
なるほど・・・そうか。
村に住んでいる以上、みんなと違う考えだと
安全に暮らしていけないということか・・・。
きっと、村長が、年寄りたちの中でもリーダーであり、
この村を仕切っているのだろう。
オレたちを襲ってきた若い男たちも命令で仕方なく・・・。
それにしても、オレたちを襲ってきたやつらは
かなり戦い慣れた感じだった。
本当に、ただの村人なのか?
本当に、年寄りに命令されただけなのか?
こういうことを何度も繰り返して慣れたのか?
「それにしても、お前は運が悪かったのぅ。
本来なら、生贄は男女ともども、無傷で捕まえて、
清い体のまま『シラナミ」様に差し出す決まりじゃが、
お前は、村のもんを殺し過ぎた。
だから、そんな痛い目に遭ったんじゃ。
すべては、日頃の行いのせいじゃなぁ・・・。」
「・・・!」
起きることすらできないオレを、年老いた男が、
鉄格子の外から見下している・・・。
男の話を黙って聞いていると、腹が立ってきた。
人を襲って、拉致して、
袋叩きにしておいて、『日頃の行い』だと!?
「ふ、ふざけるな! ぐっぅ!
な、なにが日頃の行いだ・・・。
野宿していただけのオレたちを襲ってきたのは、そっちだろ。
お前たちこそ、殺されて当然で・・・くっ!」
興奮して、大きな声を出しただけで、口が痛み、全身に痛みが走る。
冗談じゃない・・・!
こんな狂った考えの、村人たちに殺されてたまるか!
「くははっ、そうか、そうか。
うっかりしとったが、お前の言う通りじゃな。
わしらが、そういう存在じゃったことを忘れておった。
1年も陸に上がっとると、忘れてしまうもんじゃな。」
「・・・?」
なにがおもしろかったのか、男は、少し笑った。
今、おかしなことを言ったような? なんだ?
「そういう存在?」
「そうじゃ。お前たちは本当に運が悪い・・・。
『デセスペランサの森』で、野盗に会ったじゃろ?
あれは、わしらの仲間じゃ。」
「な・・・! なにを言って・・・!?」
「え!?」
「・・・なに、それ!?」
男が、おかしなことを言い始めたため、
それまでオレと男の会話を黙って聞いていた
木下とニュシェまでもが驚きの声を上げた。
カチャン
男は、ランプの油を補充し終えて、
道具を仕舞い、そのまま鉄格子の前にドカっと座った。
「どれ、ここで少し話をしてやろうかの。
どうせ、あとで村長から説明を受けるじゃろうが・・・。」
そう言って、男は
自分の腰の布袋から、水筒らしき物を取り出して、飲み始めた。
「んぐ、ふぅぅぅ・・・。
あの時も、昨日も、お前は村のもんを殺し過ぎたんじゃ。
本来なら、見つけた瞬間に、その体を八つ裂きにされとるとこじゃ。
その点だけ言えば、お前は運がよかったのかのぅ?」
「な、なにを・・・!? では、この村は・・・!?」
「くっはははははっ!」
オレは、頭が混乱した。どういうことだ?
ここは、村じゃないのか? 野盗が、村の者?
それって・・・!?
オレがきょとんとしている顔がおもしろかったのだろう。
男は、大きな声で笑った。
そして、楽しそうに、こう告げてきた。
「ようこそ、小さな『海賊の村・ハッバール』へ!
結局、わしらに捕まったのだから、
やっぱり、お前たちは運が悪かったのぅ!
くっはははははー!」




