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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第四章 【初恋と伝説の海獣】
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招かざる者、来たる



夕陽は、すでに沈んでしまった。

テントの中の焚火が、勢いよく燃えだした頃には、

辺りは、すっかり真っ暗になり、

木々の間から見えていた遠景の海も、すっかり見えなくなっていた。


ザァァァァァァァァーーー・・・


雨の勢いは、ずっと同じで、止む気配がない。

昼間は蒸し暑く感じていた気温も、

雨のせいか、陽が沈んだせいか、少し肌寒く感じる。

木下とニュシェは、それぞれ荷物から

大きめのタオルを取り出して、羽織っていた。

そうして体を隠してくれたほうが、こちらとしても赤面せずに済む。


焚火の明かりが、温かい。


パチ・・・パキッ・・・パチ・・・


我ながら、早々にテントを張って正解だった。

この雨では、葉っぱや枝が濡れてしまって、

すぐには火を起こせなかっただろう。


「・・・。」


今は、ただただ、テントに当たる雨音と、

テント内の焚火の音だけが聞こえる。


薪を集めに行ったシホは、最初のうちは

オレが気配を感じ取れる範囲内で、ウロウロしていたようだが、

そのうち、範囲外へと進んでいってしまったようだ。

今は、誰の気配も感じ取れない。


「シホさん、どこまで行ったのかな?

あたしも手伝いに行けばよかったかな?」


ただ待っているのは退屈なのか、

ニュシェは、そんなことを言い出した。

しかし、確かに、ニュシェがシホについて行ったほうが

薪運びにしても助かっただろうし、

シホ1人よりも安全だったかもしれない。


「まぁ、遠くへ行くなと注意しておいたから、

すぐに戻ってくるだろう。」


オレは、そう答えて、テントの外を見る。

真っ暗な森の中、雨雲のせいで月明かりすらなく、何も見えない。

こんな暗闇の中、薪になる枝を拾い続けることは難しい。

シホは、そろそろ帰ってくるだろう。


「・・・。」


木下も、焚火越しに、テントの外の暗闇を見ているようだ。

なんとなく口数が少なく感じるが、シホの身を案じているのか。

それとも、あのガンランのことが気になっているのか。

陽が沈んだから、そろそろ、あの男が

馬車の護衛役の仕事を終える頃だろう。

あの町からいなくなったオレたちに気づいた時、

やつは、どんな行動に出るのか・・・。

それだけは気がかりだな。


シホを待っている間に、木下に色々聞きたいこともあるのだが、

ニュシェの手前、聞くことも出来ない。


ヒュウゥウゥゥゥ・・・


雨の中、時折、海側からの潮風が木々の間から吹き込んでくる。


「うー・・・。」


風に鼻をくすぐられたのか、ニュシェが自分の鼻を触っている。


「それにしても、ニュシェの鼻はよく利くな。

馬車の時は、傭兵のニオイに気づいてくれて助かったぞ。

これからも頼りにしてるからな。」


ニュシェの仕草を見て、ふと話しかけてみた。


「えへへ・・・。」


オレに褒められて、すこし照れているニュシェ。


「でも、おじさん。

今のあたしは、頼りにならないから気を付けてね。」


「いや、謙遜する必要は・・・。」


「そ、そうじゃなくて。

雨が降ると、ほとんどのニオイが無くなっちゃうんだよ。

空気は、雨のニオイしかしなくなるし。

なんていうか、空気の流れが、すべて地面に向かって流れるようになるから、

遠くのニオイが分からなくなるんだよ。」


ニュシェが鼻を触りながら、困った表情でそう言った。

優秀だと思っていたニュシェの嗅覚に、

そんな弱点があるとは思わなかった。

そういえば、いつだったか、

ペットの犬や猫が、雨の日は迷子になりやすいと誰かに聞いたことがある。

近所の奥さんだったかな。

『獣人族』の嗅覚も、獣のそれと同じ理屈なのだろうか。


「そうか、教えてくれてありがとう。」


「うん。」


雨の日に鼻が利かなくなるというのは、

『獣人族』の弱点と言っていいだろう。

その弱点を、こうして話してくれるのは、

ニュシェがオレたちを信頼してくれている証拠でもある。

少しずつ、打ち解けていることを実感する。


「・・・お!? 気配がする。シホが戻って・・・!」


やっとオレが気配を感じる範囲に、気配がしたかと思ったら、


「・・・!」


「ど、どうしたんですか? おじ様? そんな怖い顔して・・・。」


「しっ!」


木下が話しかけてきたので、すぐに静かにするように促す。


「気配が1人じゃない。シホじゃない。」


「・・・!」


オレがそう言った途端に、

焚火に照らされている木下たちの表情が曇った。


複数の気配を感じる。

ぞろぞろと、しかし、ゆっくりとオレたちの方へ向かってきている。

このへんに出没するという『ゴリラタイプ』の魔獣の可能性も考えたが動きが違う。

集団で歩いている人間の気配だ。


「ニュシェ、水筒の水で火を消してくれ。

木下は、いつでも防御の魔法を発動できるようにしてくれ。」


「う、うん!」


「はい・・・。」


オレは、2人にそう伝えながら、自分の荷物のそばに置いていた

剣に手を伸ばした。


ジュジュッ・・・シュゥゥゥ・・・


ニュシェが、水筒の水を焚火にぶっかけて火を消した。

オレたちは一瞬で暗闇に包まれた。

相手は、まだ30m離れているが、

はっきり言って、この真っ暗な森の中、明かりがあれば目立って当然。

すでに焚火の明かりは見つけていたと思う。

だからこそ、まっすぐにこちらへ向かってきているのだ。

焚火を消したのは、すこしでも暗闇に身を隠すためだ。


辺りに、消火の煙が漂う。


「シ、シホさんは・・・?」


ニュシェがひそひそと話しかけてきた。


「分からん。しかし、シホが歩いて行った方向から

やつらは、こちらへ向かってきている・・・。」


相手が、まっすぐこちらへ向かってきているのは、

焚火を見つけたからという理由だけではないかもしれない。

もしかしたら、シホからオレたちの居場所を聞いたのか?

だとすれば、シホは、相手に捕まったのだろうか?

・・・生きていてくれればいいが。


「気配は10人だ。この暗闇の中では、うまく戦えないだろう。

やつらが近づいてきたら、オレが斬りかかる。

2人は隙を見て、荷物を置いて町の方向へ走って逃げろ。」


「お、おじ様・・・!」


「・・・。」


オレは、静かにそう告げた。

相手は集団だ。おそらく野盗だろう。

荷物を持って逃げれば追いつかれる。

荷物を盗られるのは悔しいが、荷物より命だ。

それに・・・こんな露出した服装の女性が、

野盗どもに捕まれば、命よりも先にどうなることか・・・。

・・・シホの安否が気がかりだ。


木下の声からして、

オレだけを置いて逃げる覚悟ができていないように感じる。

その点、ニュシェは黙っていた。

この状況を理解して、オレの指示が的確だと感じ取っているのかもしれない。


スラァァァ・・・


「・・・。」


2人を背に、オレは静かに剣を抜いた。


気配は、もう15mまで近づいてきている。

しかし、真っ暗で、その姿すら見えない。

相手はランプひとつも持たずに、

こちらへ向かってきているということだ。

明らかに、襲うことを目的として近づいてきている。


10人か・・・。

囲まれたら、まず勝ち目がない。

オレが戦っている間に、木下に防御の魔法で耐えてもらうつもりだったが、

囲まれて、オレがやられてしまえば、木下たちの

逃げる機会も失われてしまうだろう。


いきなり竜騎士の剣技をかませば・・・

いや、あの気配の集団の中に、シホがいないとも限らない。

人質として連れてこられていたら、巻き込んでしまう。


・・・そうだ。久々に、あの手を使ってみるか。

この状況なら使えるかもしれない。


オレは、自分の腰の布袋から、『レッサー王国』で買っておいた

黒い『イロメガネ』を取り出し、それを装着した。

暗闇に慣れ始めていた視界が、完全な闇になる。


「おじ様?」


背中から、木下の不思議そうな声が聞こえた。


「しぃっ・・・もう敵は、目の前だ。

今から、オレが合図したら、オレのほうを見ないで、

まっすぐに町のほうへ走り出せ。いいな?」


「・・・。」


2人は黙っているが、オレの指示は伝わったと感じる。


ザァァァァァー・・・


雨が止む気配はなく、複数人の気配がじりじりと近づいてきて


ガサッ・・・カサ・・・ジャリ・・・


静寂の暗闇の中、その気配たちの足音が、かすかに聞こえてきた。

もう近くまで来ている。・・・緊張が走る。





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