表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第四章 【初恋と伝説の海獣】
286/502

予期せぬ雨宿り




「ぜぇ、ぜぇ・・・。あ、あと、どのくらいだ?」


息切れを起こしながら、オレは木下に、そう聞いた。


「はぁ、はぁ・・・。わ、分かりません・・・。」


しかし、後ろを歩いている木下は、それどころではないらしい。

息も絶え絶えに、答えていた。


「はぁ、なんだよ、地図を出す気力もないのかよ、ユンムさん。

はぁ、はぁ、えっと、ここかな?」


シホの声が後ろから聞こえてきたが、


「イヤ、あっ! ちょっ! はぁ、はぁ、

ど、どこを触って! あっ!」


「・・・。」


歩いて息切れしている木下に、シホが

ちょっかいをかけているらしいが・・・

妙な妄想に繋がりそうな声だ。

振り向きたいが・・・振り向けない。


オレは、後ろを振り向かず、一番先頭を歩いていた。

オレが女性陣の後ろを歩くと、

どうしても女性たちのお尻が丸見えで・・・

いや、とにかく!

女性陣の変装は、オレにとって目の毒だから、

オレは、先頭を歩いている。


オレたちは変装したまま、

『キャッキエローネ』の町を歩いて出て、

一路、東へと歩いてきた。


意外にも、オレたちの変装は、

ほとんど目立っていなかった。

やはり、港町では、水着や『例のアーマー』で

外を歩く女性は、当たり前で、

日焼けした肌色の傭兵たちも、当たり前だった。

だからこそ、オレたちの姿を見ても、

振り向く者は少なく、ずっと注視するやつらはいなかった。


ただ、うちの女性陣が美人で、肌の露出が刺激的なため、

町ゆく男たちは、みんな、チラチラ見ていた。

あの中に、『裏の仕事人』である『情報屋』がいたかもしれない。

しかし、変装を暴かれない限り、

だれもオレたちだとは気づかなかったと思う。


今は、すでに町を出て、小一時間ほど経っている。

町から後をつけてきている者はいない。

気配を消されていたら、分からないが・・・今は気配を感じない。

シホとニュシェの作戦は、一応、成功と言えるのかもしれない。

この先も、通じるといいのだが・・・。


「はぁ、もうじき村が見えてきても

おかしくないんだけどな。はぁはぁ・・・。」


木下から地図を取って、見ているらしいシホが、そう言った。


女性陣の服選びに時間をとられてしまい、

町を出る時間が遅くなったため、時刻は、すでに夕暮れ。

もうじき陽が完全に落ちてしまう。

そして、今は、森の中の道なき道を進んでいる。

だから、余計に、現在の位置が分かりづらい。


村までの、ちゃんとした街道はあるのだが、

そこを歩いていると、ほかの者たちから丸見えだ。

海に面した町なら、女性陣が水着で歩いていても目立たないだろうが、

森の中で目撃されれば目立ってしまうだろう。

そこをよく通る大型馬車に目撃されれば、

停留場で、あっという間に目撃情報として広まってしまう可能性がある。

だから、街道に沿って、道なき道を歩いているのだが・・・

森が鬱蒼うっそうとしていて、見通しが悪いし、

陽が落ちかけているので、薄暗くなってきている。


「こ、このままだと野宿かもな・・・はぁ、はぁ。」


オレは、自分の荷物と木下の荷物を

持ち直しながら、そう言った。


「えぇ~、ぜぇぜぇ・・・それはイヤです・・・はぁはぁ。」


すぐに、木下の不満そうな声が聞こえてきた。


「はぁ、はぁ・・・ニュシェ、何か人間のニオイを感じたりしないか?」


「はぁ・・・うーん・・・くんくん・・・。

い、今は、何も感じないかな・・・。

潮風と森のニオイしかしないよ・・・。」


後ろで歩いているニュシェに聞いてみたが、

ニュシェの鼻は、何も感じ取っていないようだ。

馬車で、気配を消していたガンランを発見したニュシェの嗅覚は大したものだ。

だから、これからは、たまにニュシェの鼻を頼りにしようと思っている。


森の中は、勾配があったり、デコボコしているため、

歩いているだけで体力が奪われる。

幸い、涼しい服装をしているオレたち。

暑くないというだけでも救いか。

体力がない木下は論外として、シホやニュシェも

疲れた声を出している。


そのうち・・・


ポツ・・・ポツ・・・


「あ?」


「潮風のニオイで分かりにくかったけど、

雨のニオイだ・・・。」


ニュシェが、そう言った後に、


ポツ、ポツ、ポツ・・・


空から落ちてくる雨粒が、多くなってきた。


「はぁ、やばいな。こりゃ本格的に降ってきそうだ。」


シホが、そう言った。


「あー、もうイヤです・・・はぁはぁ、最悪ですぅ・・・。」


木下からは弱音しか聞こえてこない。


森の木々の間から見える遠方の海は、夕日で輝いていたから

うっかりしていたが、オレたちの上空には、

いつの間にか、分厚い雨雲ができていて、急に暗くなってきた。


「はぁ、はぁ・・・。」


オレは立ち止まった。

周囲の気配に集中するが、半径30m以内には気配を感じない。

ニュシェがさっき言っていたように、人のニオイもない。

もし、村が近ければ、今の時間帯なら

夕飯の支度の煙が見えたり、メシのニオイがしても

おかしくないが、そんなものもない・・・。

森の中ではあるが、葉っぱが小さい針葉樹が多く、

雨宿りになりそうな木が見つからない。


「はぁ、はぁ、仕方ない! ここでテントを張る!」


「えぇぇ!?」


オレは、そう宣言して立ち止まり、荷物から簡易的なテントを取り出した。

木下からは批難めいた声が聞こえたが、気にしている場合ではない。


ガサゴソ・・・ガサゴソ・・・


「おっさんの荷物、小さいわりには重そうだと思ったら、

こんなのまで入ってたのかよ。はぁはぁ・・・。」


シホが、そう言って息を整えながらも、

テントを張るのを手伝ってくれる。

器具を大きな木や地面に突き刺し、ロープを張り、

そのロープに絹の布で天幕を張る。


バサッ


ものすごく簡易的だが、荷物と大人4人ぐらい余裕で

雨宿りが出来るテントの完成だ。

オレたちがテントに入った時から、急激に雨が激しく降り出した。


ザァァァァァァァァーーー・・・


「はぁ、はぁ、危なかったな・・・。

おっさんの判断が遅かったら、ずぶ濡れになるとこだった。」


シホが、テントの外を見ながら、そう言った。


「あ、おじさん・・・その顔・・・。」


「え?」


ニュシェに言われて、手で顔を触ってみたら、

茶色の液体が・・・!?

オレの肌に施された茶色の化粧が、

雨に濡れて、ところどころ流れてしまっているようだ。

髪を触れば、染めていた黄色も落ちてきている。

化粧は雨に弱かったようだ。


「あー! ユンムさんも!」


「えぇ!? み、見ないで!」


ニュシェの驚いた声に反応して、

ちらりと木下のほうを見たが、木下も茶色の化粧が

あちこち流れてしまって、顔などは、もはやひどいことになっていた。


「あーぁ。せっかく変装したのに取れちゃったなぁ。」


シホが、オレたちを見ながら、そう言った。

シホとニュシェは、肌に何も施してないし、カツラを被っているから

変装が崩れていない。


「取れてしまったものは仕方ない。

雨が止んだら、また化粧を施すしかないだろう。

今は、完全に拭き取ったほうがよさそうだな。」


オレは、荷物からタオルを取り出して、そう言った。


「はぁ、そうですね・・・。あとで、またお化粧するしか・・・。」


木下も息を整えながら、そう答えた。


「・・・。」


オレは体をタオルで拭きながら、

女性陣をチラチラ見てしまっていたが、

雨に濡れた水着というのは、なかなかすごいことになっている。

な、なるべく、見ないようにしたいが

テント内は狭いので、目のやり場に困る・・・。


「あの雲の形からして、これは当分、止みそうもないな。」


シホが、テントの裾から天を仰いでそう言った。

オレも雲の大きさや形を見て、なんとなくそう感じていた。


「・・・もしかして、野宿ですか?」


木下が、じっとりと恨めしそうな目をオレに向けて聞いてくる。

この雨は、オレのせいではないのに。


そろそろ陽が落ちてくる。もうじき、辺りが闇に包まれ始める。

そうなると、森の中で下手に動くのは良くない。

魔獣や野盗との戦闘になってしまうと、とても危険だからだ。

そうなる前に、野宿の準備をしておくのが得策だ。


「うーん、こればかりは仕方ないんじゃないか?

ちょっと俺たちが町を出るのが遅かったみたいだしな。」


オレの代わりにシホが木下に答えていた。


「夜の森を動き回るのは危ないって、あたし、聞いたことあるよ。」


ニュシェも木下を説得してくれる。


「はぁ・・・分かりました。」


2人に説得されて、木下は溜め息をつき、

荷物から取り出したタオルで化粧を拭き取り始めた。


「おっさん、火は起こしたほうがいいかな?」


「そうだな。周辺に居場所を教えてしまうようなものだが、

今のところ、周りに何も気配がないから、しばらくは大丈夫だろう。

何か近づけば、オレかニュシェが気づくだろうからな。」


「オッケー。」


シホは、オレに確認してから、焚火をするための

枯葉や薪になる枝を集め始めた。

森の中だから、すぐにそれらは近場で集められるが・・・


「どうせ野宿だから、薪を集めてくるよ。

夜中に集めるの、めんどうだからな。」


そう言ってテントから出ていく、シホ。


「お、おい、濡れるぞ!?」


「大丈夫だよ。そのための、水着、なんだし!」


「っ!」


心配して声をかけたのだが、シホは

水着であることを強調するために、体をなまめかしく

クネクネさせて見せつけてきた。

雨に濡れた体が、なんとも・・・。

オレは、慌てて目を背けたが、また顔が赤面していると自覚する。


「あっははは!」


そうやって、シホがオレをからかって

おもしろがっているのは分かっている。

悔しいが・・・美人のシホに、そんな姿を見せつけられると

赤面せずにはいられない。


「あ、あんまり、遠くへ行くなよ!」


「へいへーい!」


恥ずかしさのあまり、つい、ぶっきらぼうな声をかけたが、

シホは気にすることなく、手をひらひら振りながら、

雨の中、木々が生い茂っているほうへ歩いて行った。


シホが言っていたが、『水着』や『例のアーマー』は、

海での戦闘には欠かせない装備らしい。

普通の装備では、衣服に水を含んでしまい、思うように動けない。

つまり、『水着』や『例のアーマー』は、

そういう状況下に特化した装備なのだそうだ。

オレも雨の中での戦闘の経験があるから、その理屈がよく分かる。


シホの言う通り、まさにこの状況にうってつけの装備だが、

しかし・・・おしり丸出しの女性の後ろ姿・・・すごい光景だな。


「お・じ・さ・ま?」


「うっ・・・!」


うっかり、離れていくシホの後ろ姿に見とれてしまっていた。

オレの視界を遮るように、木下が顔を覗き込んできた。

慌てて俯くが、木下の視線がイタイ。




「わが魔力をもって、明かりを灯せ、ホォライト!」


日常生活で使う火の魔法を、木下が唱えると

木下の手の上に、小さな火が出てきた。

その火を、さきほどシホが集めていた枯葉にうつす。


パチ・・・パチパチ・・・


枯葉の火が大きくなり、周りの小枝に燃え移っていく。

焚火の明かりに照らし出された木下やニュシェの顔を見ると、

疲れている表情に、すこし安堵の色が見えた。

焚火の明かりには、人を落ち着かせる効果もある。

きっとオレの顔も同じような表情になっているだろうな。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ