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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第四章 【初恋と伝説の海獣】
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親しき仲にも秘密あり





パッカ、パッカパッカ、パッカ・・・


オレたちは無事、昼近くに『キャッキエローネ』の町へ到着した。

この町は、海に面している港町だ。

馬車が大通りを走っていると、

あちこちのお店から楽しそうな弦楽器の音楽が聞こえてくる。

軽快な音楽が耳に心地よい。


クゥーーー クゥーーー クゥーーー


潮の香りが強く、漁港がすぐそばにあるようだ。

その漁港のほうから、あの白い鳥たちの鳴き声が聞こえてくる。

昼近くだから、陽が一番高い場所まで昇っていて、

かなり気温が高くなってきている。


「!」


そして、一瞬だけだが・・・

あの『例のアーマー』を着た女性たちが、通りを歩いている姿を見かけた。

それにしても、何度見かけても慣れない。

なんて格好だ・・・アレを見るなと言うのは無理がある。

そして、その一瞬だけ・・・木下の視線が痛かった。


ゴトゴトゴトッ・・・ガコンッ


馬車は、町の入り口から数百mほど走り、

町の中央っぽい広場で停車した。ここが停留場らしい。

ほかの大型馬車も、そこに停車していた。


「・・・ふぅ。」


オレは、小さく溜め息をついた。

この緊張した空間から、やっと解放されると思ったからだ。

ガンランの行動に注目しながら、

オレたちは馬車から自分たちの荷物を降ろした。

毎回、馬車を降りた直後は背伸びをしているのだが、今回はしなかった。

やはり、まだガンランの動向が気になっていて

緊張が解けていないからだが・・・


「んっ! んん~~~!!」


シホだけは、全く緊張を感じることなく

思い切り背伸びをしている・・・。


オレたちが御者に運賃を払い終わったあと、


「では、また今夜。良い返事を期待している。」


ガンランは、オレたちの背中に、そう言った。

一瞬だけ、ガンランと目を合わせたが、


「・・・。」


オレも木下も、無言のまま、

停留場を離れるために、歩き出した。

背中に、やつの視線を感じながら・・・。




オレたちは、すぐに宿屋を探し始めたが、

やはり、すでにどこも満室だった。

どうやら夏が近づくにつれて、海沿いの町には人が集まるらしい。

客も商人も集まるから、宿屋は連日満室状態のようだ。

加えて、『例の海獣』のせいで定期船が使えないわけだから、

宿屋が嬉しい悲鳴をあげているわけだ。


「それにしても暑いな・・・。」


宿屋を探し始めて、まだ3軒目だが、

オレは、すでに汗をかき始めていた。

鎧の中は、すぐに熱がこもる。

港町だから、潮風が絶えず吹いているのだが、それでも暑い。

山側の町のほうが、潮風と山風が吹いていて、

涼しく感じられたのだが・・・。


「そこのお嬢さん、そんな服より涼しい服があるよ~!」


「こっちの装備のほうが、敵も男も釘付けにできるぜ~!」


大通りを歩いていると、『例のアーマー』や『水着』という装備を

売っている商人たちの元気な声が聞こえてくる。

どの商人も、目をギラギラさせた男どもで、

声をかけているのは、木下たち女性陣に対してだ。


「へいへい、あとでな~。」


そんな商人たちの売り言葉を、シホが軽くあしらっている。


「シホさん、そ、そんなに約束していいの?」


シホが、あまりにも適当に商人たちへ返事をしているから、

ニュシェが心配になってしまったようだ。

すでに5人くらいの商人に「あとで」と答えてしまっている。

しかし、シホが本当に

あとで、商人たちの店へ訪れることは無いだろう。


シホのそれを約束だと思ってしまうのは、

ニュシェがまだまだ純粋であるからだ。

そのままでいて欲しい気持ちと、

そのままでは、いつか誰かにだまされてしまう危うさがあり・・・

しかし、純粋な者に、そういうことを教えるのは気が引ける。


「あぁ、いいんだよ。

あれは商売人の言葉だから、物を売るための誘い文句なんだ。

それらを全て断るのも、かわいそうだろ?

でも、全てを買ってやるわけにもいかない。

だから、言葉だけを受け取ってあげてるんだ。」


シホは、まるで自分が善い行いをしているかのように説明した。


「そうなんだね。さすがシホさん!」


ニュシェは、シホの言葉をそのまま受け止めた。

うーん・・・それでいいんだろうか?


「・・・。」


木下は、黙って歩いている。

いつもなら、

「勝手なことをニュシェちゃんに吹き込まないで!」とか

シホに言いそうなのに・・・。

ガンランのことを考え込んでいるのだろうな。


今夜には、ガンランに道案内をさせるかどうかの

返事をしなければならない。

ほぼ断る方向で決まっているような気がするが、

果たして、やつが納得して引き下がってくれるだろうか?

話がこじれてしまった場合は・・・どうなるのか見当もつかない。


「・・・。」


相手は木下の先輩で、木下と同じ『ハージェス公国』の『スパイ』・・・。

本来なら、木下の味方であるはずなのに、

木下は、やつを青ざめた表情で見ていた・・・。

やつの提案を断るときには、拳を震わせていたほど、

やつを恐れていた・・・。


やつは・・・敵なのか?

木下は、なぜ、やつを恐れているのだろうか?

どんな理由が?




オレたちが、やっとの思いで空室がある宿屋『スリー・アルテルカド』へ

辿り着いたのは、昼を少し過ぎたころだった。

ちょうど宿屋を出る客がいて、タイミングがよかった。

例によって、一部屋しか空いてなかったが仕方ない。


「ここからでも海が見えるね!」


2階の宿泊部屋の窓を開けて、ニュシェが嬉しそうに言った。

この宿屋は、大通りから逸れていて、裏通りと呼ばれる場所に建っていた。

周りの建物の影になるような場所だし、

海からも町の中央からも離れているが、それでも窓から海が見える。


「・・・。」


黙ったまま、浮かない顔で海を眺める木下。

すぐにでも話し合いたかったが、


「まずは、メシ食べに行こうぜ。腹減った~。」


シホの、その一言で

オレたちは食堂へ向かうことになった。


ここの宿屋は、1階が食堂になっていた。

食堂の隅に座っている弦楽器を持った老人が、

少し静かな、落ち着くような音楽を奏でている。

いい雰囲気の音楽だが、聞き取りにくい。

昼を過ぎているはずだが、それでも大勢の客で賑わっていて、

老人の音楽は、客たちの喧騒で、かき消されていた。


なんとか自分たちの席を確保できた。

ここでも、魚料理がメニューにずらりと並んでいる。

おのおの好きな料理を店員に注文した。


「・・・お。」


そして、ここでも『例のアーマー』を着ている女性たちが

食事している姿を見かける。

自分でも気づかなかったが、見つけた瞬間に変な声が出てしまっていた。


トスッ


「うっ!」


すぐさま、木下のヒジが、オレの脇腹に突き刺さる。

痛いわけではないが、情けない声が出てしまって恥ずかしく感じた。


「あっはっは! また見とれてるのかよ、おっさん!

どんだけ飢えてんだよ!」


シホに笑われて、さらに恥ずかしい。


「おじ様、マイナス50点。」


また下げられるオレへの評価。

木下のオレへの評価は上がることがない気がする。

そして、言い返す言葉もない。

・・・あんなに女性の肌が露出されてたら、

男という生き物は、本能的に見てしまうものだと思う・・・。

しかし、こんなことを言っても、女性である木下には

きっと伝わらないだろう。


「こりゃ、俺たちもアレを着て、

おっさんのよそ見を防ぐしかないな、ユンムさん?」


「な、なんで、そうなるんですか!」


『ハールナヴゥ』の停留場で話が終わっていた

『例のアーマー』を全員で着るという話題を、

シホが、また木下に言い始める。

木下をからかっているだけかもしれない。


「あっはっは!」


その証拠に、シホは、とてもよく笑っている。


店員が料理を運んできた。

赤い魚と、黒い魚の料理がテーブルに並ぶ。

木下は、目の前に運ばれてきた海藻のサラダを眺めながら、


「・・・シホさんは、聞かないんですね。」


「!」


ぼそっと、そう言った。

オレも同じことを感じていた。

あんなに話好きのシホが・・・

好奇心旺盛のシホが・・・ここに着いてから、

オレや木下に、ガンランのことを聞こうとしてこない。

それどころか、違う話題を自ら振っている気がした。


「んー? もぐもぐ・・・まぁな。」


魚のフライを食べながら、シホが素っ気なく答えた。


「そりゃあ、気になってるぞ?

おっさんもユンムさんも、ただならぬ空気ってやつ?

それを馬車で感じたからな。

あのイケメンとの会話も、どこか、ぎこちなかったし。

でも、まぁ、あの場で話さなかったってことは、

なにか話せない事情ってもんがあるんだろ? はぐっ!」


そう言いながら、魚のフライをもう1匹、口に放り込むシホ。

こいつ・・・空気を読まないというか、読めないというか、

察する能力がないやつだと思っていたが・・・

なんだ、案外、察しているんじゃないか。


「まぁ、話したくない話ってさ、誰にでもあるだろ?

俺も、前のパーティーの仲間たちとは

家族同然の仲だったし、何でも話せる感じだったけど、

だからって、本当に何でも話し合っていたわけじゃなかったんだ。

俺の姉さんですら、俺にも話していない秘密はあったし。

俺も話していないことあるし。」


「!」


シホからは、想像もつかない大人びた答えが返ってきた。

そういえば、そうだったな。

シホは、オレや木下よりも傭兵歴が長く、

他人同士が集まるパーティーという団体の中で、

寝食をともにする生活も、長く経験している。


「何でも話し合える仲であるのと、

本当に、なんでも話し合うのは違うということか。」


シホの話を要約してみれば、なんのことはない。

パーティーの話に限らず、家族にも、友人にも通じる話だ。

個人の性格、思考、人間関係、過去の出来事などなど、

それら全てを洗いざらい話して、お互いに知らなければ、

仲間として、友として、家族として、分かり合えない・・・わけではない。

全て話さずとも、人間は信じ合うことができる。


「そういうこと。もぐもぐ。」


シホは、魚のフライを食べながら、そう答えた。


「・・・そうですね。ありがとうございます。」


シホの言葉を聞いて、木下は、そう言って・・・少し微笑んだ。

思いつめていたものが、少し消えたのかもしれない。


「その代わり・・・もぐもぐ・・・

馬車で会ったイケメンは、敵なのか、味方なのか、

それとも、どうでもいい無関係なやつなのか、

それだけは、あとで教えてくれよな?」


シホは、そう言って念を押してきた。

どこか傭兵として抜けているやつだと思っていたのに、

なんだ、しっかりしてるじゃないか。

オレたちより傭兵歴が長いのだから、当たり前か。


「分かりました。」


木下は、そう答えてから

目の前の海藻のサラダを食べ始めた。


シホの答えは、オレとしても、気が楽になる答えだった。

すべてを話そうとしなくてもいい。

話しにくいことを話さないからと言って

オレたちの仲が悪くなるわけではない・・・。

いつの間にか、そういう仲になれたのか。

それとも、元々、シホの性格がそうだったのか。


ニュシェのほうも、黙って食べている。

その表情からは、今の話が理解できているかどうかは

分かりにくいが、何も言わないあたり、

ニュシェもシホの言った答えを理解しているのだろう。


オレは、いい仲間たちに巡り合えているなぁ。

オレは1人、ほのぼのとした気持ちを感じながら・・・


ギィン!


「チッ!」


オレの魚のフライを狙って、伸びてきていたシホのフォークを

オレはフォークで弾いて、さっさとフライを口に頬張った。





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