おっさんのささやかな欲望と大きな罪悪感
大型馬車が1台、停留場に停まっていて
荷物の積み込みをしていたが、どうやら西側へ向かう馬車だった。
東側へ向かう馬車は、まだ到着していないらしい。
あの宿屋を出た時間が、そんなに大差ないと思うので、
もしかしたら、長谷川さんもここに来ているのでは?と思い、
その辺りをキョロキョロ探してみたが、見当たらない。
・・・あの気持ち悪い感覚を感じないわけだから、
この周辺にいるわけがないけれど。
「なにか探してるの?」
すぐ、ニュシェにオレの行動を気づかれたが、
「探し人は見つからず、ってところですかね? おじ様?」
「うっ。」
木下には、オレが探している人物まで気づかれてしまったようだ。
「いや、まぁ・・・もしかしたらと思ってな。
ぐ、偶然、乗る馬車がいっしょになることも有り得るじゃないか?」
オレは、そう言ってみた。
「なんだ、おっさん。あのじいさんを探してたのか。
・・・どうやら、いないようだな。」
シホが、オレの言葉を聞いて
オレの探し人を言い当てて、自分もキョロキョロと探し始めた。
「そうそう、偶然が重なることは無いと思いますよ。
あの方の言葉と態度からすると、おそらく、
一般的な移動手段は使われておられないと思います。」
「っ・・・!」
木下がそんなことを言い出した。
オレは驚いて、木下を見た。
言葉が出てこない・・・木下が何を言いたいか分かったからだ。
「それって・・・あのじいさん、馬車に乗らないってことか?
だったら、どうやって移動して・・・まさか!?」
木下の言葉を聞いて、シホがオレと同じく絶句した。
「・・・あの武器を持ち歩く以上、つねに狙われて当然であり、
招かざる敵や魔獣を呼び寄せて、一般人を巻き込む危険性が高いでしょう。
あの方の性格からして、それを良しと思われないのではないでしょうか。
あの宿屋へ立ち寄ったのも、『湯治』と言って、
『熱泉』に何度も入ることによって、疲労回復や傷を癒す効果を得るため、
止むを得ず泊まっただけのことで、普段は人が集まる場所を避け、
野宿するのが基本なのではないでしょうか・・・。」
「・・・!」
オレよりも、長谷川さんと接した時間が短いのに、
木下は、的確に長谷川さんの性格や行動を見抜いていた。
さすが『スパイ』・・・鋭い観察力と洞察力だ。
もちろん、それが真実かどうかは、
長谷川さん本人に聞いたわけではないから、定かではない。
しかし、長谷川さんと話して、あの傷だらけの体を見たから、
木下の仮説は、真実だと感じる。
遥か西の国から、この国へ・・・数年かかったと聞いた。
いったい、何年かかったのかは知らない。
オレたちも西から来たが、長谷川さんの国は
『ソール王国』より西なのだろう。
その移動手段を、すべて『歩き』で、ここまで来たのなら・・・
途方もない過酷な一人旅だと、容易に想像できる。
いや、想像を絶する過酷さだ・・・。
「・・・。」
なんとも・・・やるせない気持ちだ。
手助けしたい気持ちがあるのに、長谷川さんは、それを望まないし、
きっと断固として拒否するだろう。
それに・・・もう一度会うことすら困難だ。
助けたくとも、助けられない・・・。
「なんだか、あのおじいちゃん、かわいそう・・・。」
ニュシェが、そうつぶやいた。
オレとニュシェは、長谷川さんの持っていた武器の
エネルギーに反応して、迷惑をかけられた側だ。
しかし、そうだったとしても、ニュシェも
長谷川さんに同情しているようだ。
「無事を祈るしか、できない・・・か。
まっ、あのじいさんは、おっさんより強いかもしれないしな。
あの武器もすごそうだし、例の『海獣』も
ズバァーーーンって、やっつけてくれるかもな!」
シホが、この場を明るくしようとして、
話していることが伝わってくる。
「あぁ、ただ者じゃないことは確かだからな。」
オレも、シホの言葉に賛同して、
この場の空気を、自分の気持ちごと、明るくしたいと思った。
「・・・。」
オレたちの気持ちを察してか、
木下は、それ以上、何も言わなかった。
いや、いつもより落ち着かない表情に見える・・・。
やはり、早くこの町から離れないと
気が気じゃないって様子だな。
木下にとっては、長谷川さんのことよりも
例の傭兵のことが気になって仕方ないようだ。
その場で待つこと、数分・・・いや、数十分は経っただろうか?
大型馬車が1台やってきて、大量の荷物を降ろし始めた。
御者に聞けば、この馬車が、ここより東の町へ行く馬車らしい。
ここから東へ・・・
次の町『キャッキエローネ』は、海に面した町だそうだ。
「う、海に面した町か・・・。そうか・・・。」
オレは、そう言いながら、先日『ヒトカリ』で見た、
『例のアーマー』を着た女性たちを思い出していた。
・・・また見れるかな。
「おじさん、顔が赤いよ?」
「うぇ!? だ、大丈夫だ!」
ニュシェに、いつの間にか
顔を観察されていたようだ。
思わず、声がうわずってしまった。恥ずかしい。
「・・・おじ様、マイナス100点。」
ボソリと、オレの評価を下げてくる、木下。
こいつには、オレの考えていることがお見通しなのだろうな。
なおさら、恥ずかしい・・・。
「あ~、そういうことか・・・。
自分のことをもう年寄りだとか言っておきながら、
おっさんも、まだまだ男ってことだな。」
木下の言葉とオレの表情で、何かを察したシホが、
ニヤニヤしながら、オレにそう言ってきた。
「な、な、なんだ、「まだまだ男」って!
オレは生涯現役だぞ!?」
オレは、何か言い返さなくてはいけないと思って、
余計にワケの分からないことを口走ってしまった。
「あっはっは! なに、それ! 冗談だよ、おっさん!
あー、おもしろ・・・。
でも・・・そんなに、ビキニアーマーを見たいなら、
俺が着てやろうか? ちょうど最近、暑くなってきてるし、
次の町で着替えの服を買うついでに買っちゃおうかな。」
「えぇ!?」
シホが嬉しいことを・・・いや、とんでもないことを言い出す。
いかん、いかん! からかわれているだけなのに、
思わず顔が緩みそうになっている!
「シホさん!」
木下が注意しそうになったが、
「分かってるって、この旅は遊びじゃないってのは。
でも実際、俺は、おっさんに姉さんのカタキを討ってもらったり、
弱い俺をパーティーに入れてもらったりで、恩を感じている。
こんなことで、その恩を返せるとは思ってないけど、
せめて、ちょっとでも、おっさんを喜ばせてあげたいって思うんだ。
ユンムさんも、親族だからって、おっさんばかりに
頼りきりなのは、どうかと思うぜ?」
シホからは、意外な意見が出てきた。
オレをからかっているだけかと思っていたのに、
そういうことを考えていたとは・・・。
「うっ・・・。」
これには、さすがの木下も反論できないようだ。
「・・・つーことで、次の町へ行ったら、
俺たちは、ビキニアーマー購入決定な!」
「えぇ!? そ、それは、ちょっと・・・!」
シホの畳みかけるような提案に、
木下は赤面して、なにも言い返せないようだ。
シホのアーマーよりも、木下のアーマーのほうが
いろいろすごそうだな・・・いや、いかん!
「き、気持ちはありがたいが、
全員、あの格好をされたら、オレが困るからやめてくれ。」
「なんで、おっさんが困るんだよ。見たいくせに~。」
シホは、すぐにオレをからかう口調になった。
さっきの恩を感じているという話も、
どこまで本気なのか、分からなくなる。
「あ、あたしも着るの?」
ニュシェも、少し赤面しながら、シホにそう聞いている。
「もちろん! 俺たちはパーティーの仲間だから、
やるなら、みんないっしょだ!
ニュシェも、おっさんには日頃の感謝の気持ちとか、あるだろ?
おっさんが喜んでくれたら、嬉しいだろ?」
シホがテンション高めに、ニュシェの説得までしている。
「うん、そうだね・・・。
ちょっと恥ずかしい気もするけど、あたしも、
シホさんといっしょで、おじさんには
たくさん助けてもらったから・・・
あたしも、がんばって、あの装備するね!
おじさんに、喜んでほしいから!」
「うっぐぅ!!」
シホに説得されて、ニュシェが
顔を赤らめながら、健気にそんなことを言い出した。
もう・・・オレの心の中は、恥ずかしさと
とてつもなく大きな罪悪感でいっぱいになった。
「わ、分かった! オレが悪かった! オレが間違っていた!
アーマーのことは忘れてくれ! 頼む!
オレのためを思ってくれるなら、本当にやめてくれ!」
自分の煩悩が、こんなに苦しい結果になろうとは・・・。
オレは、シホたちに笑われながら、
罪悪感が消えるまで、必死になって謝った・・・。




