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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第四章 【初恋と伝説の海獣】
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ひとときの酒盛り




「いやはや、いやはや!

驚かせてすまなかったが、ワシも驚いたのだぞ!

こんな町の中の宿屋へ、巨大な猛獣が迷い込んだのかと思ぅて、

覚悟してしまった! かっかっかー!」


『熱泉』に入っていた先客、剣士の長谷川さんは、

ある目的のために、一人旅を続けているそうだ。


「猛獣とは、失礼な! あっはっは!

では、あやうく獣に間違われて、斬られるところだったか!」


「かっかっか! お主が相手なら、

ワシなどは返り討ちにされそうじゃわい!」


遥か西の国の出身で、気持ち悪い『刀』を手に入れ、

ある魔獣を討伐するために旅立ち、数年かけて、ここへ辿り着いたらしい。

ほんの少しだけ、そう説明してくれたが、

それ以上は、聞くに聞けない空気だった。


「んぐ、ぷはーーー!」


「いやはや、いやはや、いい飲みっぷりじゃな。

これで確信したわい。

酒飲みに悪いやつはおらん! かっかっか!」


長谷川さんは、『熱泉』に酒を持ち込んでいた。

見たことがないヘンテコな形をした酒瓶だ。『瓢箪ひょうたん』と言うらしい。

本当に、なんでも持ち込んでしまうやつだな。


酒を勧められたが、最初は遠慮していた。

というより、警戒していた。

気持ちの悪い武器を、こんなところにまで

持ち込んでいるやつの酒なんて・・・と。


しかし、話を聞いているうちに、警戒心が解けていった。

本当は、ダメなのだが・・・。

なんというか、本音で話しているのが分かってしまうというか。

オレと長谷川さんは、性格が似ている気がした。

ウソがつけないというか、ウソをつくことが男らしくないと思っている。

そういう人間に感じた。


一瞬、木下の怒っている顔が思い浮かんだが、

酒を飲み始めたら、あっけなく木下の顔は消えた。


「あっはっはー!」


「かっかっかー!」


・・・こんなに楽しい酒を飲んだのは、いつぶりだろうか?

今が『特命』の旅の途中だということを忘れてしまいそうだ。

そして、目の前の長谷川さんが、

旧来の友のように、話しやすくて、楽しい人柄だった。


酒を飲めば、この武器の気持ち悪さを忘れられるから、

いつも酒を持ち歩いていると言う、長谷川さん。

たしかに、そう言われるまで、

気持ち悪さを忘れていたことに気づかなかった。


「さすが、年の功だな!」


「なんの、まだまだ若いもんには負けぬぞ! かっかっか!」


たぶん・・・オレが楽しいと感じているように、

長谷川さんも、そう感じている気がした。

長年の孤独な一人旅・・・笑ったのも久々なのかもしれない。

そう思ってしまうと、ますます相手を信頼してしまう。


オレは、ここまで仲良くなってしまったなら、

この後に裏切られても、仕方ないとさえ思った。

それは、相手を見抜けなかったオレの責任だ。

この人は・・・人を罠にはめたり、裏切ったりするような、

そんな器の小さい男ではないと、オレは感じた。

・・・そう信じたいのだろうな。


気づけば、長谷川さんの持参していた

『瓢箪』の中の酒がなくなってしまい、


「ワシの部屋で飲み直さぬか?」


と誘いを受けて、2人で『熱泉』を出て、

長谷川さんの部屋で、酒盛りを始めてしまった。




酒が入っているからと言って、

油断しているわけではないが、そういう自覚がないぐらいに

警戒心が緩んでしまっていた。


「いいのぅ~、若い娘たちとの旅とは・・・。

お主、なかなか良い身分だのぅ!」


「いや、長谷川殿! これがまた

とても気を遣うし、酒は自由に飲めないし、

ぜんぜんいい目には合わないんだ!」


「かっかっか! それは、お主が

いつも女房殿の尻に敷かれておるからよ!

ワシならば、女の1人や2人・・・。」


「おぉ!? そうなのか!」


「・・・いや、すまぬ。今のは言い過ぎた。

ワシも女房には頭が上がらんかったのを思い出したわ! かっかっか!」


「なぁんだ、オレと同じじゃないか! はっはっは!」


オレたちは、酔っぱらっているが

頭が冴えていて、会話はしっかり成立していた。

フワフワした感覚もあったが、

会話は忘れることがなく、気を使うべきところは使える状態だった。


だから、だろう。


お互いに話していて、深く突っ込んだ話をしなかった。

たとえば、長谷川さんの旅の目的である魔獣は、

結局、どんなやつなのか?とか・・・。

その肌身離さず持ち歩いている『刀』の詳細とか・・・。

妻がいるらしいが、どこか過去形で話していて、

今は、どうしているのか?とか・・・。


それは、相手も同じようで、こちらも女房がいる身であることは

なんとなく伝わっていそうだが、それについて

長谷川さんから深く聞いてくることはなかった。


お互いに、分かっているのだろう。

この酒盛りの場では、深い話は無用であることを。

今は、楽しい気分を壊したくない。

お互いに、そういう気持ちになっていることが伝わりあう。

そんなところまで、オレたちは考え方が似ていた。


それに、オレのほうは、本当に頭のほうは冴えていた。

風呂上がりの脱衣所で、

長谷川さんの鍛え抜かれた体を目にした時からだ。

オレよりも年上の老体とは思えないほどの、筋肉隆々の体。

体中についている数々の傷跡。

いったい、どんな人生を歩めば、こんな体になるのか。

オレごときでは、想像もつかない。




酒盛りは、無礼講ではあるが、

お互いに気遣いしているようで、それを感じさせないほど楽しく、

オレたちは、飽きるまで笑い合った。


そうして、いつの間にか長谷川さんの持っていた

酒を飲みつくしてしまい・・・

オレは、長谷川さんの部屋で、

いっしょに床で眠りこけてしまった・・・。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 愉快そうな爺さんだが、妖刀って言うからにはいろんないわくがありそう。急に暴れ出したりしないよね? 酒飲んでないニュシェは具合悪いままだろうし、早く離れるが吉? [気になる点] 章のはじめ…
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