表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第四章 【初恋と伝説の海獣】
273/502

気持ち悪さの正体





オレは、意を決して

1人で1階へ行き、例の『熱泉』があるほうへ向かった。

1階の休憩の場には、もはや誰もいない。

普通なら、そろそろ寝てしまう時間帯だ。

だから、『熱泉』のほうにも誰もいないかも、と思ったが、

「男」と書かれた暖簾のほうへ近づくにつれ、中に気配を感じた。

客が1人、入っているらしい。


ゾクゾクゾクッ・・・


「っ!」


そして、やはり『熱泉』へ近づくにつれ、

気持ち悪い感覚が強くなる・・・思わず身震いする。

やはり、オレの体は『熱泉』に反応しているのだな。


木下とシホから聞いた話によれば、

どうやら、この『熱泉』には、1人で入るのではなく、

一度に何人も入れるらしい。

木下とシホは2人で入っていたと言っていたし。

泉ではなく、風呂なんだよな?

泉ほどの広さはないと思うが・・・

一般的な浴槽より大きいのだろうか?

それとも、1人1人が入れる浴槽が並んでいるのだろうか?

 

「男」と書かれた暖簾をくぐると、

そこは、広い空間に、棚がズラリと並んでいた。

ひとつの棚の中に、男性の衣類が入っていた。

すでに入っている客の着替えだろう。

ということは、ここが脱衣所なのか・・・。

だとすれば・・・この棚の数からして、

一度に10人以上は入れるのではないだろうか?


ほのかに、独特な匂いがする。

町の中でも、嗅いだニオイと同じようだ。

これが『熱泉』の匂いなのだろうか?


脱衣所の中には、あちこちに広告が貼ってあったり、

注意書きのようなものも、べたべた貼ってある。

その注意書きを見ていると、


① 食事の直前、直後及び飲酒後の入浴は避けてください。

② 長時間の入浴は避けてください。

③ じゅうぶんに水分補給してください。

④ ご高齢者、子供及び身体の不自由な人は、1人での入浴はご遠慮ください。

⑤ 浴槽に入る前に、手足から掛け湯をして温度に慣らすとともに身体を洗い流してください。

⑥ 他のお客様のご迷惑になるような行為は避けてください。

⑦ 浴槽の『熱泉』は飲んでも効果はありません。飲まないでください。

⑧ 気分が悪くなったら、すぐに入浴を中止してください。


などなど・・・。

多くの客が利用するのだから、

当然、それなりの規則があるのだな。


しかし・・・8番目のは・・・

入る前から気分が悪い場合は、どうすればいいのだろうか?

やめておくべきか?

しかし、『熱泉』に体を慣らせば、

この体の不調が治るかもしれないからな。


オレは、そう思いなおし、服を脱いだ。




脱衣所から、『熱泉浴場』と書かれた札があるドアを開けると、

たちまち大量の湯気が視界を遮ってきた。


湯気に触れても、今のところ、何も感じない。

しかし、寒気が増した気がする。

裸だからか?


ひた ひた ひた・・・


石畳の上を裸足で歩き、湯気の中を進むと、

今まで見たこともないほど、大きな浴槽の全貌がぼんやり見えた。

こんな大きな浴槽、大金持ちの家にしかないと思っていたが、

なるほど、余裕で10人以上が入れそうだ。

もっとも、本当に一気に10人以上が入れば窮屈になるだろうが。


進むごとに、気持ち悪さが増してきた。

ぶるるっと身震いしてしまうほどの悪寒が背中を走る。

やはり、この寒気は、裸だからという理由だけじゃなさそうだ。

この『熱泉』のエネルギーに、体が反応しているのか。

本当に、入って大丈夫なのだろうか?


人の気配が近くなり、その浴槽の中央に人影が浮かぶ。

先客だろう。静かに入っているようだ。


こういう場所で、見知らぬやつに出会った場合、

どういう態度をすればいいのだろうか?

静かにしていればいいのか?

それとも、しっかり挨拶するべきなのか?


なんだか、今さらだが、赤の他人と風呂に入るというのは、

相手が男だろうと、少し恥ずかしい気がしてくるな。


しかし、湯気に紛れて浮かんできた人影に、なぜか違和感を感じた。


人影の・・・頭の部分・・・横長の棒状のものが乗っている?


オレが浴槽の目の前まで進むと、

湯気の中でも、はっきりと、その先客の姿が目視できるようになった。


「!!」


「・・・っ!」


ちゃぷん・・・


オレと目が合った瞬間に、

その先客が身構えて、水音が鳴った。


先客の男は、がっしりとした体つきで、

見える限りの肩や腕には、数々の傷があり、

男の額に大きな傷跡があった。

それだけで、この男が

多くの戦いを生き抜いてきた猛者であることが分かる。

真っ白な白髪の長髪、真っ白な立派なヒゲ。

間違いなく、オレよりも年上だろう。


その男の眼光は鋭く、それだけでも

常人ならば腰を抜かすかもしれない。

殺気に近い、何か、気合いのようなエネルギーを感じる。


しかし、それよりも、何よりもオレを驚かせたのは、

その男の頭の上に乗っているモノだった・・・。


剣だ・・・それもただの剣ではない。

オレの剣よりも長めの剣で、鞘ごと反り返っている剣だ。

あんな変な形の剣は見たことがない。


そして、その剣を見て、やっと気づいたのだ。


この宿屋のどこにいても、気持ち悪い感覚になっていた原因・・・

それは、この『熱泉』のせいではなかった。


・・・剣だ!


男の頭の上に乗っている、妙な形の剣から、

とてつもなく、気持ちの悪いエネルギーを感じるのだ!


「・・・!」


見ているだけで冷や汗をかく。

気持ち悪い原因は、宿屋でも『熱泉』でもなく、

この男が、気持ち悪い剣をここに持ち込んでいたからか。

それにしても、凄まじく気持ちの悪いエネルギーを放つ剣だ・・・。

鳥肌が立って、収まらない・・・。


「・・・お主、何者だ?」


「!」


いつの間にか、お互いに身構えていて、

沈黙が続いていたが、ついに男が話しかけてきた。

恐ろしく低い声だ。狼がうなっているような低い声。

それだけで、威圧感を感じる。


「オレは、傭兵の佐藤健一だ。」


こういう場所では、名乗り合うものなのだろうか?

しかし、お互い、知らぬ者同士なのに、

しばらく、にらみ合ってしまったし、

聞かれたことに答えないのも不義理に感じて、

オレは、つい名乗ってしまった。


「傭兵? ただの傭兵ではないな。」


「そ、そういうあんたは何者だ?

その・・・その剣はなんだ!?」


オレは、つい聞いてしまった。

いや、聞かざるを得ないだろう。

オレとニュシェの体調を崩させている原因が、

目の前にあるのだ。


そして、オレは丸腰だ。というか、丸裸だ。

相手は凄まじい眼光を持ち、

恐ろしく気持ちの悪い剣を持っている猛者なのだ。

この状況・・・戦いになれば圧倒的に不利だ。

いや、不利なんてものじゃない・・・襲われたら、オレは即死だ。

逃げることも不可能だろう。


ちゃぷん


「!?」


相手が、無言で、ゆっくりと湯の中から両手を挙げ始めた。

降伏の姿勢だ・・・。

一瞬、斬られると思って緊張した。


「いや、驚かせてすまなかった。

ワシの名は、長谷川はせがわロイヒトトゥルム。

一介の剣士だ。

この刀は、『妖刀・ヴィガンサ』。」


低い声は、脅しではなく地声のようだ。

男は、拍子抜けするほど、丁寧に名乗り、

剣のことまで素直に答えてくれた。

いや、剣とは違うのか?


「か、かたな? よーとぉ?」


左様さよう・・・お主、刀を知らぬか?」


「知らないな。初めて見た。」


「刀とは、一般の剣と違って、片刃の武器だ。

一方向にしか斬れない。

ただし、そこらの剣よりも硬く鋭い武器じゃ。」


男は、そう言って、少し誇らしげな表情をした。

なんだ、話してみたら、いいじいさんじゃないか。

片刃の剣か。短剣やナイフに多い造りだが、

あんな長物は初めて見た。


「しかし、なぜ、風呂にまで持ち込んでいるんだ?」


「それは、本当にすまぬ。

ワシは、一人旅をしておる身でな。

部屋や脱衣所に、これを置いておくことが出来ず・・・。

こんなところにまで、

武器を持ち込んでしまった無礼を許してほしい。

せめて、誰も来ない時間帯を狙ったのだが・・・すまなかった。」


目の前の男が、軽く頭を下げる。

頭の上の刀を落とさない程度の傾きだ。

なんというか、じいさんのくせに、恐ろしいバランス感覚だな。


いくら一人旅で、いつ盗まれるか分からない状況であっても、

こんなところまで武器を持ち込むとは・・・。

お金よりも、よほど大切な物のようだ。


「・・・。」


「お主、早く中へ入られたらどうだ?

ワシは、ほれ、この通り。

武器を持ち込んでおるが、敵意はない。

そう警戒せず、入られるがいい。」


男は、そう言って、両手を挙げたまま、

オレが入りやすいように、湯の中で少し後ろへ下がってくれた。

湯気に紛れているが、男が喋るたびに、

なんとなく酒の匂いがする・・・。


「そう言ってくれるのは、ありがたいが・・・

あー、気を悪くしないでほしいんだが、

そのカタナ?というのを、どうにかできないか?

ずっと鳥肌が立って、気持ち悪いんだ・・・。」


「そ、そうか・・・重ね重ね、すまぬ・・・。

じつは、持っているワシでも気持ち悪いと感じている刀でのぅ・・・。」


「えぇっ!?」


そんなもん、捨ててしまえ!と一瞬思ったが、

それは言わないでおいた・・・。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ