初めての悪態
やがて、木下は、意を決したような表情で顔を上げた。
「佐藤隊長のご厚意、とても痛み入ります。
まだ、お互いを完全に信じあうというのは
無理だと思いますが、明日からの『特命』の旅、
ご一緒させていただきたいと思います。
ただし、現状の自分が言える立場ではないと
承知したうえで、聞いていただきたい条件がございます。」
「き、貴様!」
小野寺が吠えそうだったので、
慌てて、手で制止する。
正義感が強いヤツは、一度でも相手を敵と見なすと
容赦がないというか、躍起になるというか。
もうすこし冷静な判断ができるようになってほしいものだな。
小野寺が黙ったのを確認してから、オレが答える。
「条件か。」
「条件といいますか、お約束といいますか。
これは、『お願い』のようなものです。」
「応えれるか分からんが、聞こう。」
「ありがとうございます。
まず、旅の間、私の身の安全をお約束してほしいです。」
「ふむ、そうだな。
それは、こちらからも頼みたいな。
お互い、寝首をかくことをしない。
そちらも、それを約束してほしいものだ。」
「はい、では、この条件は
お互いに守ることにいたしましょう。
そして、次に・・・
私の素性を詮索しないでいただきたい。
特に、スパイ任務については、
ここでお話した以上は、話すことが無いので。」
「それもそうだろうな。
ここまで話してくれただけでも、
オレとしてはじゅうぶんだ。
これ以上は、詮索しないでおこう。」
「最後に・・・佐藤隊長なら、もう
大丈夫な気もしていますが、
旅の道中、私と対等な立場で接していただきたいです。
上司でもない、部下でもない、そして
男女も関係なく、お互い
対等に扱っていただきたいのです。」
「ふむ・・・。」
それは、すでにオレの中で
クリアになっているようなものだが、
改めて、その条件を聞いてみると・・・
『対等な立場』か・・・。
それは、いかなる状況下においても
相手に指示を出すことも出来なくなるのではないだろうか?
「・・・と言っても、これは
そんなに厳しい条件ではありません。
要は、私を見下したりせず、
対等に接していただきたいだけなのです。
もし、なにか戦闘が発生した場合は、
戦いに長けている佐藤隊長の指示を仰ぎますし、
私は私で、これでも戦闘訓練を受けておりますので、
自己防衛のための行動は自己判断で行いますけど。」
オレがすぐに返事をしない様子を見て、
こちらの心理を木下は見抜いたようだ。
「あぁ、いや、それでいい。
旅は、どんな状況になるか分からんからな。
いちいち取り決めていては、不都合な時もある。
いいだろう、お互い、対等な立場ということで。
上も下もないから、お互いに命令したり、
特殊なルールで束縛することはしない。」
「ありがとうございます。」
オレと木下は、条件を言い交し
お互いに満足そうな表情になっていた。
しかし、不機嫌な表情の男が一人。
「しかし、最後の条件は、
木下秘書が旅の途中で逃亡する恐れがないですか?」
旅の道中、木下に縄をかけて歩くわけでもなし、
命令することも、束縛することもできないわけだから
その可能性は、無くもない。
「まぁ、そうなるな。
しかし、その時は、その時・・・。」
オレは、木下を見て言う。
「その時、オレは一人で
『特命』を果たすことに専念できるから、
なんの支障もないわけだが・・・
ただし、ハージェス公国に対して
今後、友好な関係は築けなくなると思ってほしい。」
少々、脅しのような言葉になった。
しかし、木下の行動次第では
お互いの国にとって、
良くない影響を及ぼすことは確かなのだ。
「そうでしょうね。
ここまで和解の条件をお互いに確認しておきながら、
逃亡したとあっては、裏切り行為そのものですね。
互いの国の関係に
大きな亀裂が生じるでしょう。
私も、肝に銘じておきます。」
木下も、それは分かっていたようだ。
「・・・で?
もう問題はないかな、小野寺?」
「・・・ありません。」
小野寺は、半ば諦めた表情をしている。
そして、小野寺はオレに向かって言った。
「そういえば、思い出しました。」
「なにをだ?」
すこしスネた表情で小野寺が言った。
「佐藤隊長は、言い出したら
誰にも止められないんでした。」
ちょっと驚いた。
小野寺が、オレに対して悪態をついたのは
これが初めてじゃないだろうか。
「ふふっ、そうか!オレは頑固者だな!」
「ふふふっ!」
「くくくっ!」
小野寺も、オレにつられて笑いだした。
解任してから、こうして小野寺と打ち解けるとは・・・
なんと滑稽なのだろう。
そして、オレたちにつられて木下も笑う。
その笑顔は、作られてない笑顔だった。




