別行動
宿屋の食堂は、2階にあり、
1階の休憩の場と同じくらい広かった。
昼飯時を過ぎており、客はオレたちだけだった。
出てくる食事は、魚づくしで、美味しいものばかり。
その代わり、今までの食事代よりはちょっと高かった。
食事は満足だったが、オレは、この宿屋へ入った時から
ずっと背中にゾワゾワするモノを感じていて、
どうにもこうにも居心地が悪かった。
ニュシェも同じ症状だ。
2人同時に病気にかかるなんて、あるのだろうか?
それとも、木下の言う通り『熱泉』のせいか?
「大丈夫ですか? おじ様、ニュシェちゃん?」
木下がオレたちの体調を気遣っている。
宿屋自体は、とても快適で、食事も満足で、
木下も、一応、オレを労わるつもりで、ここへ来たというのに・・・。
こんなことは初めてだった。
ちなみに、お酒は飲まなかった。
美味しい料理と一緒に飲みたいところだったが、
こんな体調の悪い状態では、体に障りそうだ。
「ご馳走様でしたー。
いやぁ、食った、食った。」
シホが、自分の腹をポンポン叩いて、そう言った。
こいつは病気と無縁そうでいいな。
「私たちは、このあと『熱泉』に入るつもりですが、
おじ様とニュシェちゃんは、どうしますか?
部屋で休まれますか?
『熱泉』は、今すぐ入らなくても24時間入れるようですが。」
木下が遅く食べ終えてから、そう聞いてきた。
昼間から風呂に入ると、なかなか気持ちよさそうだが・・・。
「・・・そうだなぁ。
この症状が、本当に『熱泉』に反応しているだけなのか、
その風呂に入ってみれば、分かるのかもしれないが・・・
一旦、この宿屋から離れてみたい。
まだ陽が高いから、オレはニュシェを連れて
この町の『ヒトカリ』へ行って、情報を取集したいのだが・・・
ニュシェ、付き合ってくれるか?」
「うん!」
オレの話を聞いて、ニュシェは即座に良い返事をしてくれた。
この宿屋から早く離れたいと思っていたのかもしれない。
「そういうことなら、私も行きましょうか?」
木下が、なぜかついて来ようとするが、
「いや、ここの『熱泉』とやらが楽しみなのだろう?
別に『ヒトカリ』で依頼を受けるわけじゃないから、
オレとニュシェだけで、じゅうぶんだ。
先に、シホと風呂を楽しんでくれ。」
「はははっ、おっさん、気が利くなぁ。
俺は、もう動きたくない気分だから、
お言葉に甘えさせてもらうよ。」
シホは、そう言って、まだ腹をさすっている。
ご飯をおかわりしていたから、食べ過ぎたのだろう。
宿探しに歩き回ったから、もう動きたくない気持ちも分かる。
オレも本当なら、また外出するのはイヤなのだが、
今は、この体調の悪さから解放されたい。
オレたちは、一旦、部屋へ戻り、おのおの準備をする。
木下たちは、風呂へ入る準備を、
オレたちは外へ出かける準備をして部屋を出た。
1階の休憩の場にて
「『熱泉』は、当然ながら男女に分かれていて、
あの暖簾の先にあります。
私たちは、しばらく『熱泉』に入っていますから、
もし、早く戻ってきたら、部屋で待っていてください。」
「分かった。では、行ってくる。」
木下に、そう言われて、
オレたちは1階の休憩の場で、別れた。
宿屋の受付のところで、この周辺の地図をもらった。
迷うことはないと思うが、
『ヒトカリ』を探すのも手間だったので、
地図があれば、探す手間が省ける。
「ここから、そう遠くないようだな。
では、行こうか、ニュシェ。」
「うん。」
オレとニュシェは、並んで宿屋を出た。
「すぅぅぅぅぅ・・・はぁぁぁぁ・・・。」
「すぅぅぅぅぅ・・・はぁぁぁぁ・・・。」
オレたちは、宿屋を出てから、
町の中央のほうへ、お互いに深呼吸しながら歩いた。
すると、やはり、宿屋を離れれば離れるほど
気分が元に戻っていく。
ニュシェを見ると、顔色が元に戻っていた。
「はぁぁぁ。やっぱり、病気ではなく、
あの宿屋のせいだったのだな。
いや、あそこの『熱泉』のせいか・・・。」
深呼吸のあと、大きな溜め息が出た。
オレは、元気を取り戻し、
もう離れてしまった宿屋を振り返りながら言った。
「はぁぁぁぁ。そうなんだね。こんなの初めて。」
ニュシェも、溜め息まじりに、そう言った。
オレたちの溜め息は・・・
「今は元気になったけど、あとでまた宿屋に戻るのか」という
気持ちから出てくる溜め息だった。
正直、もう戻りたくない。
しかし、戻らねばならない。やれやれだ。
「ニュシェにとっては災難だな。
せっかく美容効果のある『熱泉』なのに。」
「うーん・・・正直言うと、
美容って、よく分かってないんだ。
ただ、ユンムさんが楽しそうだったから、
興味があっただけで。」
ニュシェは、ちょっと苦笑いした。
あぁ、木下の笑顔に押されて、
その場の勢いで賛同したのだろうな。
場の空気が読めるというか・・・
それは良いことだろうが、あまり空気を読み過ぎても、
自分の意見が言えない子になってしまう。
「嫌じゃなかったなら、それでいいんだが、
本当に嫌な時は、遠慮なく言ってくれよ。」
オレが野盗を躊躇なく殺してしまった時も、そうだったように、
ニュシェは、自分の意見、自分の感情に
フタをしてしまう癖があるのかもしれない。
オレは、それが心配になった。
「うん、大丈夫。
本当に嫌だったら、そう言うから。
おじさんこそ、我慢したらダメだよ。」
ニュシェからは、いい返事が聞けたが、
逆に心配されてしまった。
オレは・・・我慢してないと思うが、
ニュシェから見たら、そう見えるのだろうか。
「オレは、我慢してないぞ。
だから、毎回、ユンムに
「わがまま言わないで」って言われてるんだ。」
「あははっ、たしかに、そうだったね!」
オレの話で、ニュシェが笑ってくれる。
宿屋にいた時より、断然、顔色がいい。
よかった。
こうして、ニュシェと並んで歩いていると・・・
娘・香織の高校生ぐらいの頃を思い出す。
幼い頃から、面倒を見てやれなかったが、
高校生になる頃には、すでにオレと口を利かなくなっていた、香織・・・。
オレが仕事を理由に、ともに過ごす時間がなかったのもあるが、
こうして並んで歩くこともなかったなぁ・・・。
ニュシェと接していると、香織にも
こうして父親らしく接してやればよかったなと
後悔と反省の気持ちを感じた。




