2台の馬車
オレたちは『ヒトカリ』を出て、町の中央にある
馬車の停留場へ向かった。
ちょうど馬車が3台停まっていた。
すでに荷物の積み込みが始まっている。
御者に聞けば、
1台は、西の国境の村『レンダ』へ行く馬車。
あとの2台は、北東へ向かうようだ。
北東にある町『マナンティアル』、さらに北北東にある町『ハールナヴゥ』。
オレたちは、東へ向かいたいわけだから、
この2台のどちらかに乗れればいいのだが。
「荷物を優先させるから、ちょっと待っててくれ。
どっちでもいいなら、荷物を積み終えた後、空席があるほうへ乗ってくれ。
もし、どちらも満員になった場合は、この時間の馬車を諦めてくれ。
しばらくしたら、別の馬車がくるから、それまで待ってもらうよ。」
「分かった。」
御者にそう言われたので、
荷物の積み込みが終わるのを待つことにした。
「どっちでもいいよな?」
うっかり御者と、そう決めてしまったが、
木下に聞いてから返事をするべきだったと気づく。
しかし、
「はい、どちらでもかまいません。」
木下は、そう答えてくれたので、ホッとした。
待っている間に、ほかの乗客の様子を見てみる。
オレたちのほかに、商人らしき男たちが、10人ほど。
こいつらが、どちらの馬車に乗りたいか分からないが、
かなり多くて、混雑が予想される。
「なんだ、お前らも『マナンティアル』かよ。」
「だって、あそこには・・・くふふっ!」
「あー、女の傭兵が多いからなぁ~。」
「これからの季節、一気に増えるからなぁ。ぐははっ!
お金も恋も稼ぎ時ってか!」
「・・・!」
商人たちの会話を聞く限りでは、
『マナンティアル』のほうは、女性の傭兵が多いらしい。
男たちの下品な笑いと会話から察するに、
その多くの女性たちは、例のアレを装備しているのではないだろうか・・・。
「うわー、あからさまだな。これだから男ってやつは・・・。」
商人たちの会話をこっそり聞いていたシホが、呆れた顔をしている。
木下に至っては、軽蔑の眼差しで商人たちを見ている。
まるで、汚いゴミを見るかのような目だ。
「マ、『マナンティアル』か・・・いったい、どんな町なんだろうな?」
「地図によれば、海に面している町のようですね。
だから、この町と、そう大差ないかもしれません。」
木下が、地図を取り出して、位置を確認してくれた。
なるほど・・・海が近いから、例のアレを装備している
女性の傭兵が多いというわけか・・・。
「う、海沿いを行ったほうが、早く東へ向かえるかもな。」
「そんなこともないですよ。どちらの町も、
距離的に、そんなに変わりないですから。」
あっさりとオレの意見は木下に却下された。
ま、まぁ、オレとしても、別にどちらでもいいのだが・・・。
まだ、商人たちの会話が聞こえてくる。
「あの町の『ティカルビーチ』への出店許可は、もう取れたのか?」
「あぁ、かなりの競争倍率だったが、しっかり取ったぜ。
今年は、例の『海獣』のせいで、町に滞在している客が多いからな。
あの砂浜に、わんさかと女たちが集まるんじゃねぇか?
『ビキニコンテスト』の参加者も、いつにも増して過激になりそうだな!」
「そりゃ二度と拝めない絶景になりそうだな!
男としては、見ておかなきゃ損するってもんだ!」
「・・・!」
に、二度と拝めない絶景か・・・。
それは・・・見てみたい気がするな・・・。
この機を逃したら、二度と見れないなら、
どうにかして行けないものだろうか・・・。
「ニュ、ニュシェは、海が見える町のほうが好きなんじゃないか?」
「え? 別に・・・。」
「おじ様、マイナス200点。」
「うぐっ!」
ニュシェを味方につける作戦が、木下にバレたようだ。
というか、たったあれだけの言葉で、
オレの下心を見抜かれたようだ。
・・・お恥ずかしい。
結局、2台の馬車が荷物を積み終えた時点で、
『マナンティアル』行きの馬車の前に並んでいた
商人たちだけで、馬車は満員となっていた。
乗れない商人たちがいるほどだ。
対して、『ハールナヴゥ』行きの馬車には、商人が2人だけ。
オレたちが余裕で座れるほど空いているようだ。
そういうわけで、オレたちの、次へ向かう町が決まった。
「あー、『マナンティアル』、行ってみたかったなぁ。
いやらしい商人たちはさておき、話を聞いてると楽しそうな町だったな。」
馬車に自分たちの荷物を積み始めた頃になって、
シホがそんなことを言う。
・・・オレは、味方にする相手を間違えていたようだ。
しかし、向こうの馬車が満員なのだから、
たとえ、シホが味方であっても乗れなかっただろう。
「シホさん、私たちの旅は・・・。」
「遊びじゃない。でしょ? 分かってるよ。」
木下に注意されたシホだが、全然、悪びれた感じではない。
注意されたのはシホだが、オレも注意された気分になる。
たしかに、気が緩んでしまったか。
あ、あんな女性の装備に、年甲斐もなく心を揺さぶられるとは・・・。
でも、もしも商人たちが言っていた絶景とやらが拝めたら・・・
王宮前警備長の志村への土産話ができたのになぁ・・・。
パッカ、パッカ・・・ゴトゴトゴトッ・・・
オレたちが乗り込んで、ほどなくして馬車が動き出した。
『マナンティアル』行きの馬車も、同時に発車したが、
向こうは荷物が多く、乗客も多いためか、速度が遅いようだ。
こちらの馬車が、あっという間に大通りを走り抜け、町を出る。
クゥーーー・・・クゥーーー・・・
海のほうから、あの翼の大きな白い鳥の鳴き声が聞こえていたが、
その声が、どんどん遠ざかっていく。
見通しの良い草原の道を走っていく、馬車。
「『ハールナヴゥ』の町は、山の傾斜がある場所らしいですね。」
木下が地図を見ながら、そう言った。
その言葉どおり、数分後には、平坦な道が、
どんどん勾配のある道になってきていた。
馬車内には、オレたち4人と、商人の男2人、
そして、護衛役の傭兵が1人。
オレたち4人は、並んで座った。
対面には、傭兵と商人たちで座っている。
傭兵は、かなり体付きがいい男だ。
ごつい腕には、数々の傷跡が見える。
何より、面構えが良い。強そうだ。
昨日の馬車の護衛役と違って、今回の護衛役は当たりだな。
もし、野盗に襲われても、この傭兵なら任せられるだろう。
「あんたも『熱泉』目当てかね?」
「ん? ねっせん? なんのことだ?」
対面に座っている、ちょっと年老いた商人が
オレに話しかけてきた。
「なんだ、知らないのか。
あんたぐらいの歳なら、俺と同じで
『熱泉』が目当てで『ハールナヴゥ』へ
行くのかと思ったが・・・。」
たしかにオレと似たような歳だろうが・・・
そんな年寄りが目当てにするモノとは、いったい・・・?
「えっ、『ハールナヴゥ』には『熱泉』があるんですか?」
「なんだ、ユンムは知ってるのか?」
「えぇ、ここではなく、ほかの国で見たことがあります。
特殊な魔鉱石が集まっている土地に湧いている泉のことです。」
どうやら、木下は、その『熱泉』を知っているようだ。
「土地に埋まっている魔鉱石の性質によって、
『熱泉』の効能が違うようです。」
「そうそう、この先の『ハールナヴゥ』の『熱泉』は、
体力回復、血行促進、滋養強壮、いろんな効能があるって話だ。」
木下と、話しかけてきた商人が、
『熱泉』について説明してくれた。
話を聞いていると、どうやら薬みたいなモノのようだ。
「・・・いまいち分かっていないんだが、
その『熱泉』というのは・・・泉の水を飲むのか?」
「いやいや、飲むんじゃなくて、泉の熱湯を風呂桶に溜めて
そこに入るんだよ。普通の風呂よりも、気持ちいいぞ~?」
商人は、まるで今、その風呂に入っているような
気持ちよさそうな表情で、そう言った。
なるほど、泉の水・・・熱湯で作った風呂に入るのか。
しかし、風呂に入っただけで、
いろんな効果が得られるというのは少し信じがたい気がするな。
「私が入ったことがある『熱泉』には、
美容効果があるということで、大人気でした。」
そう言った木下も、その時のことを思い出しているのか、
少しうっとりした表情になっている。
「おぉ、美容効果! いいな!」
「うんうん!」
木下の話に、シホやニュシェも食いついてきた。
「うーん、美容効果のある『熱泉』もあったと思うが、
どこの宿屋だったか忘れたなぁ。」
商人が、そんなことを言う。
「なんだ、その『熱泉』というのは宿屋にあるのか?」
「あぁ、『熱泉』が湧いているところは山奥だし、
とても熱くて、生き物が入れる温度じゃないから、
そこから、『熱泉』の熱湯を管で、宿屋まで引っ張ってきて、
ちょうど入れる温度にして、風呂に溜めるんだよ。
海沿いの町には、そういう宿屋はないが、
山沿いの町は、そういう宿屋が多いんだ。」
なるほど、いろいろ工夫されているわけか。
話を聞いていても、あまりピンとこないが。
「『マナンティアル』へ行けなくて残念だったけど、
こっちのほうも楽しそうだな!」
シホが、ウキウキしながら言った。
「そうですね、絶対、美容効果の『熱泉』を探しましょう!」
「うんうん!」
木下もニュシェもウキウキし始めた。
・・・おい、「この旅は遊びじゃない」って言ってなかったか?
そう思って、ちらりと木下を見たが
とても嬉しそうな表情になっている。
そんな嬉しい気持ちに、水を差すことはできないと思い、
オレは黙って、3人の明るい笑顔を眺めていた。




