おっさんが非情になった理由
「・・・。」
今までも、ニュシェの目の前で
たくさんの命を奪ってきたが、そのどれもが魔獣だった。
殺さねば、こちらが殺されてしまうという
状況下だったので、ニュシェの中でも、
オレの殺戮行為は許容範囲だったのだろう。
しかし、今日、野盗との戦いにおいて、
オレは、何の躊躇もなく、向かってくる相手の命を奪った・・・。
自分たちと同じ姿をしている、人間を・・・
魔獣を狩るのと同じ勢いで、命を狩り取ったのだ。
オレの姿は・・・もしかしたら・・・
『レスカテ』で起きた悲しい事件・・・
『獣人族』の村を壊滅させた騎士団たちと同じ姿に
ミュシェの目には映ったのかもしれない。
「ニュシェちゃん、おじ様は・・・。」
そう言いかけて、木下の言葉が止まる。
オレは、『なんちゃって騎士』の竜騎士。
それは、もうこのニュシェとシホも知っていることだが、
オレが『ソール王国』の騎士であることは知られていない。
この旅の最終目的である『ドラゴン討伐』が、
オレの夢だとか、男のロマンではなく、
『ソール王国』の『特命』であることを2人は知らないのだ。
国に仕える騎士であるならば、戦争や討伐などで人殺しを経験するが、
一般の傭兵は、そういう依頼を自分から受けない限り、
それを経験することはないだろう。
『特命』のことを隠しているし、
とても繊細な話なので、上辺だけの嘘では片づけられないため、
木下はうまく説明できなかったのだろう。
「・・・ごめんなさい。」
ニュシェが悲しそうな顔で、そう言った。
言ってはいけないことを、言ってしまったと感じているのかもしれない。
オレが傷ついたと思ったのかもしれない。
たしかに、人に対して使う言葉ではないが、
どうしても聞きたかったことなのだろうな。
それは、オレの行為を
受け容れる覚悟があるということだと感じる。
「いいんだ。気にするな。
ニュシェがそう思うことは悪いことじゃない。」
オレは、そう言いながら、
ニュシェの頭を手で撫で・・・ようと思ったが、
今は、ニュシェに触れることをためらい、やめた。
血に汚れた手で、純粋なニュシェに触れてはいけない気がした。
「それにしても、おっさんの戦いぶりは、
毎回・・・迷いがないよな。
やっぱり、あれかな。長年の経験値ってやつなのかな。」
沈黙に耐えかねたのか、シホがそう言い出した。
シホ自身も、ニュシェと同じことを思っていたけど、
今までオレに聞かずに黙っていてくれたのかもしれない。
「・・・『戦場で生き残るのは、勇者ではなく、弱者と強者』。」
「え?」
「昔、格言好きな先輩がいてな。
その人の元でいっしょに働いていたから、
自然と、物覚えが悪いオレも、なんとなく覚えてしまってな。」
ギッシ・・・ギシギシ・・・
オレは、そう言って、きしむベッドに座った。
「今の格言は、戦場で勇ましく前線へ出る勇者よりも、
弱者のほうが生き残る確率が高いという格言だ。
弱者は、自分が弱いことを知っているから、命を懸けたりせず、
すぐ逃げるからな。生存確率があがるというわけだ。
もちろん、強者のほうが一番生存確率が高いわけだが。
時には、退くことも大切だという格言だ。」
オレは、そう説明した。
それを聞いている3人は、どうして今、こんな話をするのか
分かっていない顔をしている。
・・・話したいわけではないが、
この際、話しておいてもいいかもしれない。
これを話しておくことによって、この3人の
今後の旅の心構えがしっかりできるだろう。
「どうして、オレが容赦なく人を殺せるようになったのか・・・。
その先輩のおかげなんだ。」
オレは、3人に自分の初陣の話をした。
本来は『ソール王国』で起こった出来事だったが、
そこは伏せて、あたかも『ハージェス公国』での出来事のように装った。
当時は、大卒後、城門警備隊に就職して間もない若造のオレだが、
それを、傭兵としての初めての依頼、初めての実戦経験ということにして語った。
隣国の内戦が激化し、その反乱軍が、劣勢を立て直すために
小さな国を乗っ取ろうという凶行に出て・・・
小さな、我が母国へ、約1000人ほどの軍勢が押し寄せた。
まず、戦いの前に先輩が声をかけてくれた。
「お前は弱い。お前ごときの攻撃では敵は殺せないだろう。
だから、戦う時は、思いっきり全力でやれ!」
敵の軍勢を見て、ビビっていたオレだったが、
その言葉に、少し勇気を持てたのだった。
しかし、いざ戦いが始まれば、
人に殺される恐怖、自分が人を殺してしまう恐怖に飲まれ、
オレは何もできず、先輩たちの背中を追いかけるだけで精一杯だった。
実戦訓練は何度か経験していても、
本物の戦場の、殺気渦巻く空気、敵の怒号、血の臭い、敵味方の悲鳴・・・
初めて体感するモノ、すべてが恐怖を感じさせた。
そんな中、オレが先輩たちとはぐれてしまい、
5人の敵に囲まれた時、助けに戻ってきていた先輩の助言により、
初めて、オレは人間に対して、竜騎士の剣技を使った。
生まれて初めて、人を殺した瞬間だった・・・。
「戦いはまだ終わってないぞ!
前線から、かなり離れてしまった!
急いで追いつくぞ!」
放心状態になりかけていたオレに、
先輩は、そう言って、
また前線のほうへと敵を倒しながら走っていった。
まだ戦いは終わっていない。オレはまた気合いを入れ直し、
また、みるみる離れていく先輩の背中を追いかけた。
先に先輩が倒していっているのに、次々に押し寄せてくる敵の群れ・・・。
人を殺してしまったという感情を、感じている状況ではなかった。
一度、経験してしまえば、
人間というのは慣れる生き物だと、その時、実感した。
次々に目の前に現れる敵の相手をしていくうちに、
オレは、敵に対して冷静に戦えるようになっていった。
竜騎士の剣技は、周りを巻き込むほどの高威力のため、連発できない。
剣技なしで、オレは、敵を切り倒して進み、
先に進んでいた先輩に追いついていった。
しかし、ここで、オレは大きなミスを犯してしまった。
倒した敵に、トドメを刺していかなかったのだ。
先に進んでいる先輩たちに早く追いつくためだったという理由もあるが・・・
オレは、倒れた敵を甘く見ていたのだ。
大怪我を負い、剣を持てない体になって、気絶している敵に
それ以上、何も出来ないと思い込んでいたのだ。
オレが前線の先輩たちに追いついた頃には、
敵のリーダーを、先輩が倒していた。
それが・・・圧倒的な力量の差で。
その時のオレの目には、
まるで、無抵抗になった敵を、先輩がいじめているような、
そんな異様な光景に見えてしまった。
きっとオレの目が、そういう目になっていたのだろう。
敵にトドメを刺したあと、先輩がオレにこう言った。
「『どんなに有利だろうと不利だろうと勝負というのは、いつも一か八か』だ。
自分が有利だと知って、手を抜けば、いつか形勢逆転される。
その逆も然り。どんなに不利な勝負であっても、
諦めなければ、いつか逆転の好機が巡ってくる。
だから、敵と対峙したら、最後まで気を抜くな。諦めるな。
そして、最後は必ず息の根を止めろ。
息があるうちは、敵に逆転の好機を与えることになると知れ。」
とても厳しい格言だった。
オレにとっては初陣で、必死になって敵を倒して、
先輩たちに追いついたのに・・・
褒められるどころか、さらに厳しい言葉を言われる。
しかし、その先輩だけでなく、ほかの先輩たちも
戦いに勝ったのに喜ぶ者はいなかったのだ。
「そんな顔をするな。ここは、まだ戦場だ。
敵はいなくなったが、戦場では勝利を喜ぶな。
亡くなった仲間や敵の魂は、まだここにいる・・・。
お前は、人を殺したことを褒められたいのか?」
先輩は厳しい人だった。
今でこそ「それは本当に正論なのか?」と疑ってしまうが、
当時は、先輩の言うことが正論に感じられたものだ。
「ただし・・・お前のしたことは、ただの人殺しではない。
この国の民の命を守るために、剣を振るったのだ。
それだけは誇りを持て。」
この言葉も、今にして思えば、見事な『アメとムチ』だった。
単純なオレは、その一言だけで嬉しかったのを覚えている。
だから、オレは・・・油断してしまったのだ。
そして・・・先輩の言う通りだったことを実感することになった。
敵を全滅させた後、オレたちは城へ帰還するため歩いていた。
その途中で、オレの隣りを歩いていた先輩が、
突然、血相を変えて、オレを突き飛ばしたのだ。
わけも分からず吹っ飛んだオレは・・・
オレが歩いていた場所で転がっていた敵の死体が、
一瞬眩しく光ったのを見た・・・。
次の瞬間、高威力の光の柱が立ち昇り・・・
敵の死体とともに先輩が光の柱に飲み込まれた。
オレが倒した敵は死んでなかったんだ。
気絶していただけだったのだ。
動けない体で、オレがそばに近づいた瞬間、
魔法、あるいは魔道具で、自爆したのだ・・・。
気配をちゃんと探っていれば分かるはずだったのに・・・。
いや、トドメを刺しておけば、こんなことには・・・。
「・・・それからだ。
オレは、敵と対峙したら決して油断はしない。
どんな相手でも、ナメてかからない。必ずトドメを刺す。」
「おじさん・・・。」
「命は尊く、大切であり、それは敵味方関係なく、
生きるモノたちの命、すべてにそう思っている。
しかし、敵対した相手には容赦はしない。
オレにとって、敵の命よりも、味方の命のほうが大切だからだ。
もう・・・あんな想いは二度としたくない。」
「おじさん!」
ギュッ・・・
「!」
ニュシェが、ベッドに座っているオレの顔を抱き締めてきた。
そこで、初めて気づいた。
オレは話しながら、泣いてしまっていた。
オレの涙が、ニュシェの胸の辺りの服に染み込んでいく。
「・・・おっさん。」
「おじ様・・・。」
ギッシ・・・ギシギシギシ・・・
シホが、オレの右手を手に取って、オレの横に座り、
その反対側、木下が、オレの左手を手に取って、
横に座りだした。
そこで、また気づかされた。
オレの手が細かく震えてしまっていたのだ。
2人は、オレの手の震えを優しく包み込むように、手を握ってくれた。
・・・ものすごく恥ずかしい!!!
と、一瞬、我に返って思ったが・・・。
オレは、3人の気持ちが嬉しくなって、そのままを受け容れた。
「何も知らなくて、ごめんね、おじさん。
でも、もう分かったから。あたし、分かったから。
あたし、もう、おじさんのこと、怖くないよ。
さっきは、怖がってごめんね。ごめんね・・・。」
ニュシェは、そう言って謝ってきたが、
オレの顔を抱き締めている腕が震えている。
・・・無理をしている気がする。
「ニュシェ・・・気持ちは嬉しいが、無理はしなくていいんだ。」
「え・・・?」
「どんな経緯があっても、どんな理由があっても、
人殺しには変わりないし、その行為に慣れてしまってはいけないんだ。
人間として、それは異常なことなのだから。
だから、怖くて当然なんだ。いつまでも怖いのが正解なんだ。
死ぬのが怖いのも当たり前で、
だからこそ、自分の身を守ることができるんだ。」
「・・・うん、うん。
ふぇぇ・・・。」
ニュシェが泣き始め、抱き締める力が強くなった。
・・・ちょっと苦しいのだが。
オレの足りない言葉で、どれほど理解できているかは分からない。
こればかりは経験しないと分かったことにはならないから。
でも、理解しようと思ってくれていることは伝わってきた。
そういえば・・・
オレが初陣のあと、落ち込んでいる時に、
付き合い始めの女房が、オレの家まで会いに来てくれて
こうして、手を握って、癒してくれたな・・・。
3人のぬくもりを感じながら、
オレは、そんな過去を思い出していた。




