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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第四章 【初恋と伝説の海獣】
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港町『ペレンブラ』




オレが馬車に戻ると、木下たちは

風の魔法の盾を解除して、御者の手当てに取り掛かった。

御者に刺さった矢は、幸い、毒矢ではなかった。

ただ、少し深い傷なので、

この場の薬では完全回復に至らなかった。

それでも、馬を操縦するには支障はないようだ。


腰抜けの傭兵や商人たちにお礼を言われ、

馬車は、また走り出した。


ガタガタガタッ・・・ゴトゴトゴト・・・


「助かったぁ・・・もうダメかと思った。」


「本当に助かったよ。ありがとう。」


隣りに座っている商人たちが、

何度もオレにお礼を言ってくる。

命があることを実感しているようだ。


転がっていた荷物を、また積みなおし、

誰か1人が立たなければ狭い馬車の中。

最初に立っていく順番を決めていたが、

野盗との戦闘後に「自分がずっと立っていく」と護衛役の傭兵が決めた。

野盗との戦闘で役に立てなかったことに、負い目を感じているのだろう。

腰抜けではあるが根はマジメな男のようだ。


「それにしても、お前たちの魔法の重ね掛けも

様になってきたな。」


オレは対面に座っている木下たちに話しかけた。


「あぁ、ユンムさん1人でもじゅうぶん防御できそうだけど、

念のために、重ね掛けで防御力を高めたんだ。」


シホが、そう答える。


「実際、シホさんの魔法のほうが安定しているから

合わせやすいのかもしれません。」


木下もシホを褒める。


「あたしは、なにもできなかった・・・。」


そう言って1人、しょんぼりしているニュシェ。

座席に、膝を抱えるようにして座って、

肩が震えているように見えるが・・・。


「いいんだよ、ニュシェ。

今は俺たちに任せとけ。」


シホが得意げな表情で励ます。


「実際、害獣や小物の魔獣相手なら分かるが、

人間相手の戦いは、また別だからな。

ニュシェは、もう少し訓練してからのほうがいいだろう。」


オレもニュシェにそう言った。

害獣や魔獣との戦いには、相手の戦略など関係なく戦える分、

難易度は低いが、人間相手になると、戦略、戦術、心理戦など、

賢い相手ほど戦って勝利することが難しいものだ。


今回は、オレたちが勝てたが、相手が強かったら・・・

相手がこちらの動きを読んで戦略的に攻めて来たら・・・

きっと、勝てなかっただろう。


「・・・。」


実際、今のパーティーでは、まだ弱い。

オレ1人が攻撃を担当している。

それも、木下やシホが防御に徹してくれているからこそ、

守り切れているが、木下やシホが攻撃に回れば・・・

防御が手薄になって、そこから崩されてしまう。

もし、オレがやられたら・・・オレを倒せるほどの相手なら、

残された木下やシホでは太刀打ちできないだろう。


せめて、ニュシェが守られているばかりではなく、

なにかしら戦闘に参加できれば・・・。


「・・・。」


「・・・?」


そう思いながら、ニュシェのほうを見たが、

目を逸らされた気がする。

馬車の揺れのせいと思ったが、やはり

なんとなく、ニュシェの肩が震えていて・・・。

そして、なんとなくオレと目を合わせなくなった。


もしかしたら、初めての対人戦だったから・・・

怖かったのかもしれない。


・・・木下の時も感じたが、

まだ他人の命をあやめていない者に、

対人戦をさせるのは・・・どうも、気が引ける。

ましてや、ニュシェはまだ子供だ。

できれば、そのままでいてほしいと願ってしまう。


オレがそんなことを思っている間に、馬車は

軽快に、森の中の道を走っていく。

緑色の葉が風に揺らされて、木々がざわめき、

馬車内を吹き抜けていく潮風は、

どんどん湿り気を帯びていくように感じた。


海が近づいている・・・。




オレたちが、次の町に到着したのは、

かなり陽が傾いた夕方の頃だった。


クゥーーー クゥーーー クゥーーー


海のほうで、翼の大きな白い鳥たちがたくさん飛んでいて、

鳥たちの鳴き声が町中に響いてくる。


「わぁー・・・綺麗・・・。」


大きな海が間近で見えた。

夕日のオレンジ色に染まって、キラキラ輝いている。

いつもなら、はしゃぎだすシホが

その美しさに見とれて、言葉を失っている。


港町『ペレンブラ』。かなり大きな町のようだ。

町の入り口から町の中心部へと続く大通りには、

馬車や行き交う人々に溢れ、お店は『魚屋』が多く建ち並んでいて、

もう夕暮れだというのに、どこも繁盛しているようだ。

潮風の香りが、かなりきつく感じる。


馬車は、町の中央みたいな場所で止まった。

広場になっており、そこでも露店が建ち並び、

野菜や果物のお店と、そして、やっぱり『魚屋』が多かった。


「ん、んんーーー!」


馬車を降りて、恒例の背伸びをするオレたち。


荷物は御者ではなく、護衛役の傭兵が降ろし始めた。

その間、同乗していた商人たちが、木下へお金を渡してきた。


「本当に、いいんですか?」


馬車内では、言葉巧みに『鉄の槍』の買い取り額を

高くするように話していた木下だったが

商人たちが本気で、その売値で買い取るとは思っていなかったのだろう。

お金を受け取りつつも、少し躊躇している。


「命の恩人だからな。ちゃんと払うさ。」


「本数が減った分は、買い取れないが、

残りの槍は、買い取らせてもらうよ。

あんたたちのおかげで助かった。ありがとう。」


商人たちは、そう言った。

お金だけの付き合いしかしないものだと思っていた商人たちだが・・・

それだけでは、商人として生きていけないものなのだろう。


「ここは、彼らの気持ちを快く受け取ろう。」


「はい、おじ様。

こちらこそ、ありがとうございます。」


オレがそう言うと、木下は商人たちにお礼を言って、

受け取ったお金を布袋に仕舞い込んだ。

オレとしては、身が軽くなって、ありがたい。


オレたちは、護衛役の傭兵から『鉄の槍』以外の荷物を受け取る。


「あ、ありがとうございました!

俺だけでは野盗を追い払うことは無理でした・・・。」


護衛役の傭兵が、反省した様子でお礼を言ってきた。


「乗り合わせた縁だ。気にするな。

しかし、これからは依頼内容をよく吟味したほうがいいな。」


オレは、ちくりと要らぬ言葉を付け加えた。

今回はたまたま誰も命を落とさなかったが、

傭兵が自分の力量を見誤って受けた依頼を果たせなかった場合、

その結果が、だれかの命に関わることもある。


「あぁ、もう馬車の護衛の依頼は考え直すことにするよ。

ご迷惑をおかけしました。」


傭兵は、頭を下げ始めた。素直に反省しているようだ。

おそらく、オレのほうが傭兵としては新人だ。

だから、オレが彼にとやかく意見するのは、おこがましい。

それでも、傭兵が素直にオレの意見を聞いてくれたのでホッとした。


お互いにお辞儀した。傭兵は、ほかの荷物を降ろし始めた。


「さて、これからどうするんだ?

今夜は、この町で泊まるんだろ? 宿屋を探すか?

それとも、『ヒトカリ』を探して情報収集か?」


シホが、受け取った荷物を担ぎながら、そう聞いてきた。


「そうですね、まずは宿を探しましょうか。

これだけ人が多い町だから、宿のほうも

あっという間に埋まるかもしれませんし。」


木下が、そう答えた。


「同感だな。ここの『ヒトカリ』へ行くにしても、

まずは荷物を宿屋に預けてからのほうが身軽だしな。」


オレは、自分の荷物と木下の荷物を手に持ち、

木下の意見に賛同した。


御者に運賃を払い、この町の宿屋のことを聞いた。

宿屋の場所は教えてくれたが、まず泊まれないと忠告された。

オレたちは、教えられた宿屋へ行ってみたが、本当に満室だった。

その宿屋でも、ほかの宿屋のことを聞いてみたが、御者と同じく、

場所を教えてくれても「満室だろうけど」という一言がついていた。


そうして、オレたちは宿屋を探して歩き回ることになった。

『鉄の槍』を手放せて、本当に良かったと実感した。

5軒目の宿屋で、民宿の情報を得て、

教えられた民宿へ行ったら、やっと空室が見つかった。

一部屋だけ。


その頃には、遠くの大地に夕日が沈む頃だった。


「ここは、もう目の前が海なんですね。」


ザッザァァァ・・・ン・・・


木下が海を見ながら、そう言う。

目の前には、広大な海が広がっており、

波が繰り返し、押し寄せてきている。

民宿は、海に面した場所に建っていた。

潮風がひときわ強い。木下がスカートを手で抑えている。

目の前の波止場には、小さめの白い船が何隻も並んで

波に揺られて浮かんでいる。

貨物船ではなく漁猟用の船のようだ。


民宿『シオサイ』・・・ものすごく小さな民宿だ。

当然、宿泊部屋も少なく、一室しか空いておらず、

狭い部屋には、すごくギシギシきしむ1人用のベッドが1台のみ・・・。


また今夜も悩まされるのか・・・。

「パーティー4人でベッド1台」という問題に。

正直、考えるだけでも疲れる・・・宿が見つかっただけでも良しとするか。


「もう陽が落ちたから、『ヒトカリ』は明日にしよう。

それより、荷物を置いて飯屋を探そう。」


「それ賛成。今日は、もう歩き疲れたよ~。」


ギシ・・・ギシ・・・


シホが1台しかないベッドの上に倒れながら、

オレの意見に、すぐ賛同してくれた。

ほかの2人も同意見のようだ。

この民宿には食堂がない。外で食べるしかない。

共同のシャワー室があるだけマシか。


「・・・。」


「ん?」


オレたちが、荷物を部屋へ置いて、

外食をするために部屋を出ようとした時、

何気なくニュシェと目が合ったが、

あからさまに目を逸らされてしまったので、気になった。

そういえば、こいつ、馬車の中でも

目を逸らしていたようだが・・・。


「ちょっと待て。

ニュシェ・・・どうしたんだ?」


オレは立ち止まって、ニュシェにそう聞いた。

オレの声に反応して、

ニュシェの獣の耳がビクンと動き、立ち止まった。

オレの言葉を聞いて、木下やシホも立ち止まり、

ニュシェの様子が、たしかにいつも通りではないことを察したようだ。


「ど、どうしたの、ニュシェちゃん?」


「・・・。」


木下の優しそうな問いかけにも、無言のまま、

ニュシェは暗い顔をして、うつむいている。

その姿を見ると、まるで大人3人がかりで

子供1人を責めているような気がして、気が引ける。

しかし、黙っていられると、オレたちはニュシェのことが分からない。


「なにかあるなら、遠慮なく言ってくれ。

オレたちは、仲間だろ?」


オレも、なるべく優しそうな声を出してみるが、

ニュシェは答えてくれない。

様子を見ていると、木下やシホに対してではなく、

オレに対して、何か思うところがあるように見える。


もしかして・・・オレがいると話せないような、

女性の事情ってやつだろうか?

ニュシェはまだ子供だが、高校生くらいの年齢だ。

なにかしら、女性としての事情があるのかもしれない。

だとすれば、ここは木下たちに任せて、

オレだけ退室したほうがいいのだろうか・・・。


オレが、そう思いかけた時、


「・・・ごめん・・・なさい・・・。」


ニュシェが小さな声で、そう言った。


「・・・。」


そして、また沈黙・・・。

何に対しての謝罪だったのか?

それを早く聞きたいが、今はニュシェの次の言葉を待つことにした。

きっと、何か言いづらいことを伝えようとしてくれている。

それを急かすようなことは、してはいけないと感じた。


木下もシホも、同じ気持ちだったのか、

黙って、ニュシェを見つめている。


やがて、ニュシェの肩が震えだし、

ニュシェは、自分自身を抱き締めるように、

自分の両手で、震える肩を抱く。


「ニュシェちゃん・・・。」


木下は、見ていられなくなったようで、

ニュシェを背後から抱き締めはじめた。

その木下の体温を感じて、少し安心できたのか、

ニュシェが重い口を開き始めた。


「・・・おじさんに助けられたって、分かってるし、

おじさんも、好きでそうしたわけじゃないと、分かってるんだけど・・・

あたし・・・怖くて・・・。」


「・・・。」


たどたどしく吐き出されるニュシェの言葉を、

オレは、黙って聞いていた。

まだ全てを吐き出したわけではないだろうが、

その一部の言葉で、オレは、すでに

ニュシェが抱えている『恐怖』に気づいてしまった。


「おじさんは・・・おじさんは・・・。」


ガタガタ震えながら、必死に、言葉を選びながら・・・

しかし、それ以外の言葉を選べなくて・・・

ニュシェは怯えながら、オレに向けて、その言葉を吐き出している。


「どうして、人を殺せるの・・・?」


純粋ゆえに、どうしても受け容れられない事実だったことだろう。

そして、その言葉が持つ『殺傷能力』の強さも、

この子は分かっていたのだろうな。

だからこそ、オレの心を傷つけないように、慎重に言葉を選んでいた。

しかし、聞きたいこと自体が、その言葉以外にないのだから

それを相手に・・・オレに向けて、吐き出すしかなかったのだ。


今や、『恐怖』の対象となってしまったオレに・・・。




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