デセスペランサの森の戦い
【※残酷なシーンが描かれています。
苦手な人は読まないようにしてください。】
その後、馬車は、森の中を走り始めた。
傭兵が言っていたように、
分かれ道があるたびに、左へ、左へと走っていく。
鬱蒼とした森の中で、道の両側は小高い斜面になっているが、
道自体は、けっこう広い。
馬車の荷台から乗り出して、天を見上げれば
木々の葉の間から、日が射し込んでいて、
青い空がちらちら見えていた。
潮風も感じるが、
森の中では木々の匂いのほうを強く感じた。
「! 止まれ!」
オレは、この道の先に気配を感じて、
慌てて、そう叫んでみたが、
「!? なんだ!? どうした、おっさん!?」
突っ立っている傭兵のほうは、
何も感じていないらしく、馬車を止めようともしない。
馬車を操縦する御者も、止まる様子もなく、
馬車は、どんどん気配があるほうへと近づいていく!
こんな鬱蒼とした森の中で、相手の気配は動いていない!
まるで、何かを待っているかのように!
ヒュイッ
「!!」
独特な弓矢の風切り音!
ドスッ
「ぐあぁ!!」
ヒヒヒィィーーーン!
どうやら、弓矢が飛んできて、
御者に刺さったらしい!
気配の主は、馬車を待ち伏せていたようだ!
ガガガガガッ ズズズズズズッン
「うわぁぁ!!」
「きゃぁ!!」
馬がおびえたか、御者が手綱を引っ張ったか、
急に馬車が止まる!
勢いあまって、オレたちは馬車の中で
ひっくり返りそうになる!
ガシャ ガシャン ゴトンッ
「ぐあ!」
いくつもの荷物が、急な停車の勢いで倒れてくる。
突っ立っていた傭兵は荷物の中へ、思い切り転倒している。
「な、な、なんだぁ!?」
「・・・!!」
眠っていたシホもニュシェも起きたようだ。
「みんな、立ち上がるな! 姿勢を低くしろ!」
オレは、姿勢を低くしながら、
この場にいる全員に、そう叫んだ!
相手は弓矢で攻撃してきた。
今、立ち上がったり、馬車から降りれば、
たちまち弓矢の餌食になる!
「やべぇ! 野盗だ! どうしよう!?」
馬車の床にしゃがみこみながら、
この馬車の護衛役である傭兵が、そんな情けない声を出す。
どうしようも何も、お前の出番だろ!
ちらっと馬車の前方を見たら、御者の右腕に矢が刺さっている。
御者は、倒れるでもなく、ぐったりして座っているが、
あれが毒矢でなければ、とりあえず御者の命は無事か。
「ふぅ・・・。」
スラァァァ・・・
どうやら、護衛役の傭兵は戦えないらしい。
商人たちといっしょに、床に伏せている。
オレは、その様子を見ながら溜め息をつき、剣を抜いた。
「おじ様・・・!」
木下が、心配そうな声を出す。
木下に何も答えず、オレは気配に集中する。
気配は・・・前方に、5・・・いや、6人か?
野盗というわりには思ったより少ないな。少数精鋭なのか?
いや、野盗だと決まったわけではないか。
しかし、弓矢で攻撃してきたから魔獣ということは有り得ないだろう。
間違いなく、相手は人間だ。
「前方に6人の野盗だ。
弓矢の攻撃があったから、敵には弓使いがいる。
荷台から顔を出すなよ。
ユンム、シホ、ニュシェは、自分たちの身を守りつつ、
ここで、この馬車を守ってくれ。」
「お、おじ様は!?」
「ちょうど退屈していたところだ。
体を動かしてくる!」
オレは、そう言って、崩れている荷物の中から、
あの役に立たなかった『鉄の槍』の束を引きずりだした。
オレが、そうして迎撃の準備をしている時に、
「おい、聞こえるかー!
お前たちは、包囲されている!」
「!」
馬車の前方・・・
こちらから、10mほど離れたところに気配があり
そこから大きな声が響いてきた。
「大人しくしてろ!
抵抗さえしなければ、命だけは見逃してやる!
ただし、金品はいただく!」
「抵抗すれば、一斉に弓矢で射貫いてやるぞ!」
「蜂の巣だぞ! はっははー!」
複数の声がする。
しかし、どの声も前方から聞こえてくる。
少なくとも半径30m以内の気配は、前方の6人しか感じない。
こちらが分からないからと思って、
包囲されているように思わせる作戦か?
それとも・・・30mより離れた場所に仲間たちがいて、
本当に、この馬車を包囲しているのか?
森に囲まれた道のド真ん中に馬車が止まっていて、
道の両側は、道よりも高い斜面がある。
斜面の高い位置から弓矢で攻撃されれば、
馬車の荷台の中でも、射貫かれてしまうだろう。
走っている馬車の御者に弓矢を命中させるのは、かなり至難の技だ。
そこそこ手練れの弓使いがいるということだろう。
それが、1人なのか、2人なのか・・・。
それとも、6人とも弓使いなのか・・・。
とにかく、遠距離から攻撃してくる敵がいる。
ならば、荷物でしかなかった
『鉄の槍』の使い道が決まったということだ。
ガシャ・・・
オレは、左手で『鉄の槍』の束を盾にするように持ち、
そのまま、馬車の後ろから地面へ降りた。
敵が前方にしかいないなら、馬車の後ろから
オレが降りたことは、まだ分からないはずだ。
「・・・ふむ。」
完全に包囲されているなら、
馬車からオレが降りた時点で、弓矢の攻撃か、
なにかしらの動きがあっても良さそうだが、やはり何も起きない。
相変わらず、半径30m以内には、
前方の敵6人以外の気配は感じられない。
その6人の気配も、まだ動きがない。
こちらが抵抗するかどうか様子見しているのだろう。
どうやら、敵は前方の6人だけで決まりのようだ。
「ははっ、やつら、びびって声も出しやがらねぇ。」
「妙な動きもないようだな。」
「それじゃ、さっさと頂くとするか。」
馬車の前方にいる野盗たちの会話が聞こえてくる。
どうやら、馬車内の客たちの動きを慎重に見ていたようだ。
オレの知っている野盗たちは、こちらに考えるヒマを与えることなく、
いきなり襲い掛かってくるタイプが多かったが。
この国の野盗たちは、野盗というには、いささか慎重なやつらのようだ。
オレは、布に包まれていた『鉄の槍』を
馬車の後ろの地面に置き、布をはずし、
右手で槍1本だけ取り出して、馬車の左横へ出ていった。
前方にいた野盗たちも、ちょうど
馬車に向かって動こうとしていた時だった。
「あぁん!? ジジィ! なに出てきてんだよ!
もしかして、護衛か!?」
「抵抗するなって言っただろうが!」
ヒュイッ
弓矢独特の風切り音!
カッ!
前方から真っすぐ、オレに飛んできた矢を
オレは、左手の剣で薙ぎ払った。
そこで、ようやく敵の姿を確認した。
前方に、弓矢を構えている敵1人・・・
剣を構えている敵が3人・・・
全員、男。装備は、軽量の鎧っぽいな。
「てめぇ!」
ヒュイ!
「!」
カシン!
また、独特の風切り音が聞こえてきたので、
弓矢を剣で弾き、
弓矢が飛んできた方角を見上げれば、木の上に敵が1人・・・。
なるほど、あんな高い場所から弓で狙われれば
並みの傭兵では戦いにくいだろうな。
オレは、右手に持っていた槍を構えて・・・
「うりゃっ!」
ブォンッ
普通に投げた!
ドスッ
「ぁがっ!」
木の上にいた敵の胸に『鉄の槍』が突き刺さり、
ドサッ
「な、なんだ!? 槍だと!?」
木の上から敵1人が落ちた。
木の上からの弓矢攻撃はこちらを狙いやすいが、
こちらからの攻撃を避けにくいという弱点もある。
敵までの距離は10m以上離れているし、
竜騎士の技を使わずして槍が届くかどうか心配だったが、
うまく命中してくれた。
「おい、ウソだろ! あのジジィーーー!!」
ヒュイ!
「!」
前方にいる弓使いが、新しい矢を構え、また矢を射ってきたが、
相手の攻撃する姿が見えているから、タイミングを合わせて避けやすい。
オレは、弓矢を避けながら
一旦、馬車の荷台の後ろへ移動する。
そこで、地面に置いておいた『鉄の槍』の束から槍1本、右手で取った。
そのまま、今度は、馬車の右横へ出てみる。
「あ、こっち側に出てきたぞ!」
「くそジジィー!」
ヒュイッ
「!」
また風切り音が聞こえてきたので、
横へ移動して、それを避ける。
矢が飛んできた方角を見上げると、
右側にも木の上で弓を構えている敵が1人・・・。
こちらのほうは小さな気配で気づきにくかったが、やはり木の上か。
見たところ普通の男に見えるが、
気配が小さく感じるあたり、気配を消すことに長けているようだ。
素早く『鉄の槍』を構えて・・・
「ぉりゃぁ!」
ブォン!
「うわぁ!」
ギュン!
「!」
ガサ! ザザザザ・・・ドスン!
木の上の敵へ目掛けて『鉄の槍』を投げたが、
今度の敵は、投げた槍を避けて、木の上から落ちた!
どうやら、さっき、仲間がやられるのを見ていて、
ある程度予測していたようだ。
オレが槍を投げる前に、避ける動作に入っていたのだろう。
敵は、背中から落ちていった感じだから、
怪我はしているかもしれないが、死んではいないだろう。
仕留めそこなったか。
そうなると、
敵はまだ5人。槍は、あと4本。
オレは、また馬車の後ろへ移動し、
『鉄の槍』の束から、また1本、右手で持った。
そのまま、今度は馬車の左横へ移動する。
ヒュイッ
「!」
前方の敵は予想していたようだ!
間髪入れず、矢が飛んできた!
地上にいる弓使いだ。
カン!
左手の剣で矢を弾く!
その体勢から、右手の槍を構えて・・・
「どりゃ!」
ブォン!
「ひっ」
ドガッ!!
地上にいた弓使いの腹に『鉄の槍』が突き刺さった!
「ぐあぁ!!」
「てめぇ! ふざけんなぁ!」
「こうなりゃ、皆殺しだぁ!」
剣を持っていた3人の敵が、逆上して
こちらへ向かって走ってきた!
敵は、木から落ちた者も入れれば、あと4人。
「ちっ」
オレは『鉄の槍』を取りに戻らず、
すぐさま、馬車の前へと走る!
やつらが皆殺しを宣言したとなれば、御者の命も危ない。
走りながら、剣を右手に持ち替える!
「!」
敵もアホではないようだ!
剣を構えた男1人だけが、馬車の左側、オレのほうへ向かってくる!
他の男たち2人は、馬車の右側へ走っていく!
回り込んで、中の客を狙いに行ったか!
「ふっ!」
まずは、目の前の敵に集中する!
目の前に迫ってきた敵に、オレは剣を横薙ぎに振る!
ガッ! ザンッ!!
「ぅぐああ!!」
オレの剣を、自分の剣で防ごうとしていたようだが、
オレの剣は、敵の剣を押しのけて、
そのまま敵の腹を切り裂いた!
「うぐぅ!」
敵は、左手で腹を抱えて低姿勢になったが、まだ動けそうだ。
低姿勢になったことで、敵の首が前に出ている。
オレは、剣を振り上げて、
ガスンッ!
「っ!!」
そのまま敵の頭を勝ち割った!
ドスン
目の前の敵が、前のめりに崩れ落ちる。敵は、あと3人。
オレは、すぐさま来た道を戻り、馬車の後方へと走る!
「!」
馬車の中で魔力の高まりを感じた!
木下とシホの魔力だ!
「「シルフ・シールドォ!!」」
2人の掛け声が聞こえてきた!
ヴゥゥゥン・・・
ガッ!
「ぐわっ! なんだ、魔法の盾か!?」
突如、現れた、風の魔法の盾は、
半透明の緑色をしていて、半球となって馬車を丸ごと包み込んだ!
危うく、オレまで盾に当たりそうになった。
オレが馬車の後ろへ着いた時には、
右側から回り込んできていた敵2人も、
ちょうど後ろ側に来ていた!
「こんなものっ!」
ガンッ
敵の1人が魔法の盾に攻撃したが、
盾はビクともせず、攻撃した敵のほうが反動で、のけぞった。
「な、なんて硬さだ! くそっ!」
「ジジィ!」
もう1人の敵が、オレに向かってきて
剣を振り上げてくる!
ブン!
オレは後ろへ半歩下がり、攻撃をかわしながら剣を振り上げる!
相手は攻撃をかわされたことにより、前へ体重が流れ、体勢が崩れている!
そこへ、すかさず剣を振り下ろす!
ドッザンッ!
「ぎっ!」
左首の根元から、胸へかけて斬りつけた!
首の動脈が切れ、大量の血を流し、地面に倒れこむ男。
敵はあと2人。
「ひっ!」
仲間が倒されたのを見て、ビビったのか、
もう1人の男は、慌てて逃げ出した。
すぐ近くの斜面を駆け上がり始めた。
敵前逃亡とは・・・しかし、良い判断だな。
オレの足元には、まだ『鉄の槍』が残っていて、
敵の背中がまだ見えているから・・・仕留めようと思えばできるが。
まぁ、やつを逃したところで、援軍や仕返しの心配はないだろう。
オレは、そのまま逃がしてやることにした。
しかし、まだ・・・もう1人いたはずだ。
オレの槍を避けて木の上から落ちた弓使いの男が・・・。
そう思い出して、オレは気配を探りながら、
男が落ちた地点へ行ってみたが
「・・・いない。」
もともと気配を消していたのか、小さな気配しか感じれなかったやつだが、
今、気配を探っても見つからない。
敵は、すでに逃げた後だった。
・・・もう周りに気配を感じない。
ビュン! ビシャァッ!
オレは、剣を振り、剣に付いた血を振り払った。
地面が赤く染まる。
敵の死者4人。逃亡者2人。
こちらは、負傷者の御者1人。
とりあえず、命も荷物も盗られずに済んだようだ。




