有り得ない状況になることも有り得る
「昨夜は、お楽しみ・・・いえ、お疲れ様でした。」
執事が、ポツリとオレだけに言った。
朝食を食べるために、食堂へ来たオレたち。
みんなが、元気よく食べている中、
オレだけが、眠そうに、やつれ気味の表情で
食べていたため、執事が何か察したのだろう・・・。
昨夜は、1台しかないベッドに、
無理やり4人で寝るという木下とニュシェに
反論するはずのシホが大人しく従ってしまい、
オレたちは、無理やり4人で眠った・・・。
一人用のベッドに4人・・・。
もちろん、そんな狭い場所で4人で眠れるはずがなく、
オレは、3人の女性に抱き着かれて寝ることになったのだが・・・
木下とニュシェが眠りに落ちたところで、
オレとシホだけが狭いベッドからこっそり抜け出し、
オレたちは床で寝た。
当たり前のことだが、シホとは離れて寝たわけだが。
このパーティーの女性たちの貞操観念がおかしいことは、
この際、もう考えないことにして・・・。
冷たい木や石の床ではなく、その上に
絨毯が敷かれている宿泊部屋だから、
そんなに苦も無く眠れそうだったが・・・
オレは、1人、悶々として眠れなかったのだ。
眠れなかった理由は・・・木下に言われた言葉・・・
「女は、好きな相手からは常に求められたい」という話・・・。
それが心にひっかかり、ずっと今までの
夫婦生活を思い返していた。
思い返せば・・・夫婦の会話も、夫婦の営みも、
長い間、ほとんどなかった。
女房と付き合い始めた頃は、それらが当たり前だったのに、
結婚してからは、いつの間にか、
それらに触れないことが当たり前になっていった・・・。
なぜ、そうなっていったのだろう?
当たり前に感じていたから、疑問に持つことも、
苦に思うこともなかったわけだが・・・
果たして・・・女房のほうは、どう思っていたのだろう?
我慢・・・してたのかな?
それとも・・・まさか、知らない間に、ほかのやつと・・・
いや、それは女房に限って・・・そんなこと・・・
・・・有り得ないわけでもないのか。
オレは、パーティーの女性たちの寝息を聞いている・・・。
今、こうして、夫婦でもない女性たちの
寝息を聞いているという状況に、自分がいる・・・。
改めて思うと不思議な感覚だ。
違和感というか、やっぱり普通に考えて、有り得ないこの状況。
しかし、こんなオレですら、こんな有り得ない状況に
身を置くことになっているわけだから・・・
誰にでも、こんな有り得ない状況になるのは「有り得る」ことなのだ。
だとすれば・・・女房も?
「健一さん、食べているか?」
「え!?」
デーアに声をかけられて、気づいた。
オレは、また考え事をしていたようだ。
昨夜からずっと考えても、まったく答えが出ないことを。
ぐるぐると。
「あ、あぁ、少し寝不足で、
頭がぼーっとしているが食べてるよ。」
オレは、そう返事して、目の前の料理に手を出した。
朝食は、テーブルにズラリと並んでいた。
どの料理も、大きな皿に盛りつけられており、
おのおのが食べたい分だけ、自分の小皿に取り分けていた。
オレの隣りには、木下が座り、
甲斐甲斐しく、オレの分まで取り分けてくれていた。
その木下を、ふと見つめながら・・・
まだ若くて恋愛未経験者の、こいつに
オレたち夫婦の核心をつつかれるとは・・・と改めて感じた。
女性のことは女性に聞くのが一番早いということか。
執事は、まだ鼻の辺りに白い布を巻いているが、
仕事に影響がないようで、テキパキと執事の業務をこなしていた。
昨日は見かけなかったが、執事と同じ格好をした他の者たちが、
食事を運ぶために、この食堂へ出入りしてる。
いったい、何人の使用人がいるのやら。
昨夜の話し合い以降、執事に妙な動きは見られない。
もっとも、デーアにあんな鉄拳制裁をくらっておきながら、
懲りずに策を講じてきたら、さすがにクビは免れないだろうから、
執事も、そこはちゃんと分かっているだろう。
そして、昨夜の話し合いの結果は、
執事の当初の予定と違っているかもしれないが、
デーアがほかの騎士たちと行動をともにすると決断したのだから
結果オーライと言っていいはずだ。
だからこそ、もう執事が策を講じることはないのだろう。
昨夜寝る前に、デーアが言っていた通り、
オレたちは朝食を食べ終わってから、荷物をまとめて、
宿舎をあとにした。
カーーーン・・・
カーーーン・・・
教会に着くと、ちょうど朝の鐘が鳴り響いた。
昨日と同じ馬車へ、荷物を詰め込み、
また昨日と同じ配置で、馬車へ乗り込んだ。
昨日と同じくらいの速さで、馬車は
町を出て、東へと進んでいく。
あぁ、全く揺れない。
このイスが、すべての馬車についていたらなぁっと、
やはり心底思ってしまう。
それほど、この馬車での移動は快適だった。
「それにしても、見事な策だったよな、執事さんの。」
シホが、自分も被害者だというのに
執事の鮮やかな策略に、感服している様子だ。
確かに、オレもそう感じている。
「いや、本当に、申し訳なかった・・・。」
この話題になるたびに、デーアはひたすら謝っていた。
逆に、こちらが申し訳なくなるほどだったので、
話題を変えたり、この話題に触れないようにしているのだが・・・
無神経なシホが、ついポロっと、この話題を口にしてしまうのだ。
本当に、こいつは黙っていることができない性格なんだろうな。
「本当に、デーアさんのせいじゃないですから
謝らなくていいですよ・・・。」
そして、木下がデーアを気遣う。
このパターンが何回繰り返されていることか。
「シホさん、そのつもりがなくても、
その話をすると、デーアさんを責めている形に
なってしまいますよ!」
とうとう木下が、シホに注意しだした。
「ご、ごめん! そういうつもりは全然なかったんだ!
ただ、本当に、執事さんの策がすごかったってだけで!」
「だーかーらー!」
「ふふふっ!」
悪気の無いシホと、気を遣う木下のやり取りが楽しかったのだろう。
話題の中心であるデーアが、思わず吹き出した。
「シホに悪気はないようだ。
気分を害さないでやってくれ、デーア。
オレも、執事殿の頭の良さに、感心している。」
「おじ様まで、そんな!」
一応、助け船を出したつもりだったが、
オレがシホに加勢した形になってしまい、
木下からは呆れた声が出た。
「ふふっ、健一さんは、やっぱり優しいな。」
木下は困り顔だが、気分を害するはずのデーアが
笑ってるので問題はないだろう。
「しかし、オレたちも反省しなきゃだな。
いつ、悪い賊に騙されて、罠にハメられて
殺されるか分からないからな。」
「うぅ・・・耳が痛いです・・・。」
オレの、ふとした一言で、
今度は、木下が謝りたい気持ちになっているようだ。
「あぁ、いや、そういうつもりで言ったんじゃないからな。
反省すべきは木下だけではない。
オレを含めたパーティー全員だ。」
オレは、少しマジメな顔で、マジメなことを言ってみた。
「反省はしたけど、今回の執事さんのような
すごい計画の罠だったら、俺はダメかも。
食べ物が目の前にあったら、疑わず食べちゃうからなぁ。」
食欲に勝てないシホは、真っ先に罠にハマって亡くなってしまうタイプだな。
今まで無事でいられたのは、以前の姉のパーティーが
しっかりシホを守っていたからだろう。
これからは、オレたちが、
ちゃんと守ってやらなければならないのに、痛い失態だ。
「あ、あたしも自信ないかも。
でも、今回の薬のニオイ、覚えた。もう失敗しない。」
ニュシェも食欲に勝てないほうか。
実際、オレの握り飯についてきてしまったわけだから当然か。
しかし、ニュシェは鼻が利くのだな。
今回の失敗からも、ちゃんと学んでいるようだ。
「んー、そうだね・・・この国は、
『オラクルマディス教』の熱心な信徒が多いから、
あまり賊がはびこるような土地ではないが、
キミたちが旅する、この先の土地では、
山賊や海賊が多い土地もあるだろうから
用心するに越したことはないね。それに・・・。」
デーアが、オレたちを見渡すように見てから
「元は『ヒトカリ』の傭兵だった者たちが、
悪さを働いたために、除名処分後、全国指名手配になることがあるが、
そいつらが徒党を組んで、
有名な傭兵たちを襲っているという話も聞いたことがある。
キミたちは、すでに有名人らしいから、
そういう、お尋ね者たちに狙われる可能性もあるよ。
くれぐれも気を付けてほしい。」
真剣な表情で、そう忠告してくれた。
悪さをする元傭兵の集団か・・・。
対人戦に特化していて、戦い慣れている熟練の傭兵たちに
襲われたら・・・オレ一人では守り切れないかもしれないな。
「あー、ウワサでは聞いたことあるなぁ。
『高ランク狩り』って言って、
高いランクの傭兵を倒して、紋章を奪い取るらしいよ。」
シホは、指名手配犯の話を知っていたようだ。
「『ランク』の紋章を盗って、どうするんだ?」
気になって聞いてみたが、
「なんでも、その集団たちで『賭け事』をしてるらしい。
『高ランク』の紋章を持つ傭兵を倒せば、
賭けた金が何倍にもなって返ってきてガッポリ儲かるって話だったかな。
俺もウワサと『ゴシップ記事』でしか
読んだことがないから、本当かどうかも分からないけど。」
シホからは、不安な内容が返ってきた。
オレたちは前代未聞のランクの上がり方をした。
『ランク外』から、いきなり『ランクA』になったから、かなり目立っているはずだ。
そいつらに、目を付けられていなければいいが・・・。
「そういう集団は、どこの国に潜伏しているかも分からないため、
どの国の『ヒトカリ』でも、全国指名手配書が
必ず窓口に貼りだされています。
今度、『ヒトカリ』に立ち寄った際には、
その手配書に出てる顔や特徴を覚えておくといいかもしれませんね。」
木下にそう言われて・・・ふと思い出す。
言われてみれば、窓口に、なにやら
いろいろ紙が貼りだされていた気がする・・・。
なにかの広告かと思って、見ないようにしていたが。
「それは、必要なことだな。
隣国へ行ったら、まずは『ヒトカリ』へ寄ってみよう。」
「はい。」
木下がうなづき、ほかの2人も力強くうなづいていた。




