女たる者
「ですから! どうして、あの状況で、
おじ様は、私を抱かなかったのかと聞いてるんです!」
顔を真っ赤にして、そう言い放つ木下!
こいつは、何を聞いてるんだ!?
「いや、あの状況下で、お前を抱くのはおかしいだろ!」
「私が迫ったのに、抱かないほうがおかしいですよ!」
「はぁーーー!?」
何を言ってるんだ、こいつは!?
何事もなく、みんな無事でよかったって話じゃないのか!?
いや、むしろ、オレだけ罠にかからなかったのだから、
オレは褒められて然るべきだろ!
「私はこれでも体には自信があったんです!
この私が迫ったのに、なぜおじ様は堕ちなかったのか!?
それが気になって仕方ありません!」
「あのなぁ!」
無茶苦茶だ!
普通は、誘惑的な罠にかからなかったことを
褒められるところなのに!
「おじ様は私が嫌いなのですか?
まさか、あの王様と同じく、年上が好みですか!?」
「違うから!」
こいつ、何気に『ソール王国』の王様に言い寄って
断られたことを根に持っているな・・・。
「その言い分だと、あの状況で、
オレがお前を抱いてもよかったということになるぞ!?」
「それはダメです!」
「だよな!?」
・・・そこで「OK」と言われても困っていたが、
ダメだと分かっているなら、どうして
そんなことを言い張るんだろうか?
「あんなに・・・その・・・は、発情した状態で・・・
あんなに恥ずかしかったのに、私のほうから迫って・・・
それでも、抱かれないって!
私の女性としての自信が傷つきました!
どうしてくれるんですか!」
「・・・あのなぁ・・・!」
木下の言いたいことは、なんとなく分かったが・・・
やっぱり無茶苦茶だ。
あの状況で、抱いてもダメ、抱かなくてもダメって。
「お前と旅を始めた頃に、散々話し合ったと思うが、
俺は、これでも騎士だ! 女性が弱ってる状態で、
そこへつけ込むような外道ではない!
そして、オレは妻帯者だ!
・・・その妻に『離婚届』を握られているが、
オレは、まだ夫であると自覚している!」
「え・・・。」
「だから、いかにお前が、その・・・
魅力的な女性であってもだな・・・オレから手を出すことはない。
オレのこういう信念があるからこそ、これまでも、これからも、
お前とは男女の関係にならないという、
仲間としての信頼に繋がっているとオレは思っているのだがな。」
「・・・。」
たしか、木下と初めての宿屋で
「2人で一部屋に泊まるかどうか」という話し合いの時に、
こういうことは、きっちり話し合いが終わったと思っていたが。
「・・・おじ様は・・・
『離婚届』を奥様に渡してきたんですか?」
「あぁ・・・。」
そういえば、この話は木下にしていなかったか。
言う義理もなかったが。
「その『離婚届』を用意したのは、合意の上なのですか?」
「? まぁ、そうなるな。女房が用意したものだが。」
「奥様から!?」
なんだか、やたらと『離婚届』について聞いてくるなぁ。
いつの間にか本題からずれていっている気が・・・。
「もしかして、おじ様・・・
奥様とは、夫婦の営みをまったく致してなかったのでは?」
「んな!!?」
なにを言い出すんだ、こいつは!
・・・図星だが!
「そ、そこまでお前に話す必要はない!」
「あー・・・今の返事で『答え』が出たも同然ですね。
なるほど、なるほど・・・おじ様は、性欲が極端にない方なのですね。」
「な、なんでそうなる!?」
「いえ、いいのです。これではっきりしましたから。
おじ様が騎士道に則っていて、さらには性欲が最低値であるならば・・・
奥様に『離婚届』を出されるのも、私に迫られても手を出さないのも、
すべて説明がつくというものです。」
木下は、一人で納得したように
そう言って、部屋から出ていこうとする。
「いや、なんか釈然としないぞ!? その解釈は!」
なんだか、男として落第点をつけられた気分になって
思わず木下を呼び止める。
「お前のことはさておき、結婚というのは、
夫婦の営みだけが全てではないぞ!」
「分かっております。
しかし、それが『全て』でないにしても、
『大切な一部』であることも分かっております。
現に、多くの離婚した夫婦の原因に、
『性の不一致』という理由が必ず挙がっているのです。」
「・・・!」
そういう話を聞いたことがある・・・。
それも、たしか、いつかの新聞に書かれていた気がする。
その時は、
「そういう目でしか相手を見れない夫婦に問題があるのだ」と、
軽視していたのだが・・・。
「おじ様・・・騎士道を貫く姿勢はご立派ですし、
それ自体は、大変素晴らしいことですが・・・
女という生き物は、好きな異性から
つねに求められたい生き物なのです。」
「それは極論すぎるだろ!
したくない時に迫られて、
それがイヤだと感じる女もいるだろ!」
だいたい、『性の不一致』の理由なんて、
男がガツガツ迫りすぎて、それを相手にするのが
イヤだって理由じゃないのか!?
だから、オレは嫌われないために
女房に対して、そういうことを押し付けないように・・・。
「そういう女性もいますが、解釈が間違ってますよ、おじ様。
もちろん、イヤな場合は断りますよ?
イヤじゃない場合は、OKなわけです。
つまり、女は、ただただ迫られて強要される状態ではなく、
迫られた時の選択の決定権を握っている状態でいたいんですよ。」
「な!?」
・・・なんて、わがままなんだ!?
自分からは決して迫らず、迫られても決定権を欲するなんて。
OKなら自分から誘えよ・・・いや、そんな女性はいないか。
本当に、すべての女性がそうなのか!?
それとも、これは木下の自論か!?
「・・・。」
しかし、木下の話が本当であるならば・・・
オレは「女性は迫られたらイヤだろう」と勝手に解釈して、
女房を放置していたわけか・・・。
そうだったのか・・・。
「・・・。」
「・・・思い返して、反省されているようですね、おじ様?」
木下が、オレの顔を覗き込んでくる。
いつの間にか、オレはうつむいて考え込んでいた。
「では・・・『レッサー王国』の王子に
ユンムは迫られていたと思うが、あれはイヤじゃなかったのか?」
「イヤですよ。思い出したくもないくらいです。」
「はぁ!? なんだ、それは!
やっぱり迫られたらイヤなんじゃないか!」
「そうじゃないですよ、おじ様。
好きな相手には、迫ってきてほしいんですよ。
好きでもない相手に迫られて喜ぶ女性は、
皆無ではないですが、そうそういませんよ。」
「な、なるほど・・・。」
だいたいの男は、好きとか抜きにしても
女性にチヤホヤされて嬉しく感じてしまうものだが、
女性は、そうではないというわけか。
「勉強になりましたか?」
木下にそう言われて、
「う・・・大変、勉強になった。礼を言う。」
オレは、素直に頭を下げた。




