特別審査室の三者問答
しかし、木下は、すこし不機嫌そうな顔になり、
ヒザの上に置かれた手は、強いコブシを握っている。
まさか、暴れる気か?
「あの、佐藤隊長・・・。」
「なんだ?まだ条件があるのか?」
「いえ、そうじゃなくて・・・。
いや、条件といえば条件ですが・・・。」
「なんだ、言ってみろ。」
木下の顔が赤くなっていく。
「あの・・・その・・・とても申し上げにくい事ですが、
佐藤隊長の位置からだと、その・・・
私の・・・スカートの中が見えているのでは?」
「んなっ!?」
オレは顔を真っ赤にして、慌てて立ち上がった!
たしかに、オレの顔の位置が、
イスに座っている木下のスカートの中を
覗く形になっていたからだ。
いや、見てないけどな!
「こ、これは失礼した!
いや、しかし、断じて、そういうつもりはなかったぞ!
いや、本当に見てないからな!
オレは決して、その!
自分の娘と同じくらいの、女性のパンツになど興味は・・・!」
「ぷっ!」
うろたえるオレを見て、笑いだしたのは
木下の横に立っていた小野寺だった。
「・・・ふふっ!」
それにつられたのか、木下も笑う。
一気に、緊張の空気が消えた瞬間だった。
恥ずかしい目にあったが、
それが功を奏したようで助かった。
改めて、オレと小野寺のイスを用意して、
3人でテーブルを囲むように座る。
そこで、居酒屋で話していた件を、
ひとつひとつ丁寧に、決して、声を荒げないように
お互いに注意しながら、話し合った。
木下ユンム。24歳、独身。
『ハージェス公国』出身。
わが国にきたのは、5年前、木下が19歳の時だ。
父親は、『ハージェス公国』の大臣。
母親は、専業主婦であり、スパイ養成学校の校長。
木下は『ハージェス公国』が送り込んだスパイ・・・。
「ハージェスには、スパイの養成学校があるのか・・・。」
小野寺が質問ではなく、聞き出した情報を
確かめるように、そう言った。
たしかに、我が国では、そういう機関が無いから驚きだ。
こいつ以外にスパイはおらず、
ここで得た情報は、すべて手紙で母国へ送っていたらしい。
たしかに手紙の中身までは検閲できないからな。
スパイの人数が多ければ、情報収集など
いろいろ効率よく動けるが、そのぶん、
動きを敵に察知される可能性が増し、危険度が増す。
だからこその単独潜入。
木下は、かなりの精鋭なのだろう。
しかし・・・シラフとなった木下の言うことを
今は、すべて鵜呑みには出来ない。
ほかのスパイをかばっている可能性もある。
ここで得た情報というのは、
『ハージェス』にとって、
あまり欲しかった情報ではなかったらしい。
『ソール王国』の情勢、資産、幹部の能力や素性、
市場を賑わせている物品など、
そこらの衛兵や、地元の民衆なら
だれもが知り得る情報ばかりだったとか。
これも、酔っぱらっていない木下の言うことだ。
まだ信用しきっていない間柄の現状では、鵜呑みにできない。
「本当に欲しかった情報というのは、なんだ?
王様から聞き出せなかったってのは、
なにに関する情報なんだ?」
「・・・。」
おそらく、その情報こそが
木下が数年にもわたりスパイ活動をしていた
当初の目的。任務の内容なのだろう。
「さすがに話してはくれないか。
分かった、今はこれ以上、詮索しないでおく。」
「佐藤隊長・・・!」
小野寺が、すこし大きめの声をあげる。
ここで聞かなかったら、もう聞き出す機会がないと
小野寺は感じて焦っているのだろう。
しかし、オレとしては、功を焦らずとも
旅の途中で、いくらでも聞き出す機会があると思っている。
「ただ、確認だけさせてくれ。
オレは、個人的にこの国が好きだ。
この国に住んでいるヤツらが好きなんだ。
お前が集めた情報というのは、
この国のヤツらに危機が及ぶことに利用されないのか?
これだけは、はっきり答えてほしい。」
木下の目を、まっすぐ見る。
本当のことを言っているのか、嘘をついているのか、
目を見たり、表情を見ていても、
はっきり分かるはずもない。
人間、相手の言っていることを信じるかどうかは、
最終的に、自分の気持ち一つなのだと思う。
「それは、ないです。
私たちの国にとって有益な情報になり得ますが、
この国の方々にとって損害となることにはなりません。
信じてもらえないと思いますが、
今は、私の言葉を信じてほしいです。」
冷静な返答だった。
声に震えはないし、目も泳がない。
「それを聞けて安心した。
応えてくれて、ありがとう。」
オレは礼を言った。
小野寺は、何も言わず、厳しい表情のままだ。
信じてはいないだろう。
城門警備隊としては、それで合格だ。
「ちょっと念のために聞くが、
木下が欲しかったのは、情報だけなんだよな?
ほかに、要人の命を狙うとか、
国宝を盗むとかではないんだな?」
ちょっとしつこい性格が出てしまった。
しかし、気になる点がある。
「はい、それもないです。
わが国は、ソール王国と敵対したいわけではないので。」
だったら、なぜスパイをする必要があるのか?
「ならば・・・情報が欲しいなら、
なにもこんなことをせずとも、
友好関係をしっかり結んで、情報交換ってことで
その情報を引き出したほうが早かったんじゃないのか?」
スパイがバレれば、ハージェス公国への
信用はガタ落ちになる。戦争に発展しないとも限らない。
こんなリスクが高い方法じゃないと
聞き出せない『情報』って、いったいなんなんだ?
「それは・・・できなかったんです。
これ以上の事情はお話しできませんが、
話せない事情というものが、
こちらにあることをお察しください。」
木下は、頑なに口を割らない。
まぁ、スパイなのだから当たり前か。
これ以上の詮索は無理そうだ。
「分かった。ここまで話しにくいことを
話してくれて、ありがとう。
では、明日からの打ち合わせを、ここでやろう。」
「ちょっ・・・正気ですか!?佐藤隊長!」
小野寺が立ち上がり反論する。
木下も、驚きを隠せない様子だ。
「あの、私がスパイだと分かったうえで、
明日からの『特命』の旅に、私を連れていかれるのですか?」
「そうだ。なにか不服か?」
「いえ、なにも・・・。」
「不服です!」
不服の声をあげたのは、木下ではなく小野寺だった。




