叶わぬ親の願い
処理能力が高い親、何でも出来てしまう親は、
子供のために、何でもやってしまう傾向にある。
それこそ、子供が自分でしなければならないことまで
親がやってしまうこともあるそうだ。
「子供の為」という理由もあるが、
そのほとんどの本当の理由は
「自分がやったほうが早いから」だそうだ。
・・・昔、読んだ新聞にそう書いてあった。
オレは、と言えば、
逆に、自分が手を出さないほうが
「良い結果になる」と思い・・・
「子供の為」になる・・・という大義名分を理由に、
まったく子育てをしてこなかった・・・。
本当は、ただ、どう接していいか分からなかっただけ・・・
逃げていただけだ。
自分の能力を過大評価して、
子供に尽くしてしまう親もいれば、
オレのように、自分を過小評価して
伴侶に任せっきりにしてしまう親もいる。
子育てに正解はない。
英雄を育てた親と、同じように育てたとしても、
親と子供の性格が違えば、全く違う結果になる。
執事は、能力が高すぎたのだ。
そして、「子供の為」という想いも強すぎた。
「あんたがいなくなった後、
デーアがピンチになったら、どうする?」
「どんな状況であっても、良き伴侶がいれば・・・。」
「じゃぁ、その伴侶がいても、
どうにもならなかったら?」
「・・・。」
オレの問いに、答えが詰まった執事。
そうだ。「こうなったらどうする」という問いには、
必ず答えきれなくなる。
人間誰しも、将来への不安を数え上げたらキリがないからだ。
「オレも・・・出来ることなら、
子供たちが危機に直面した時に助けてやりたいと思う。
出来ることなら・・・子供たちが、どんなジジィやババァになるのか、
最期まで見届けてやりたいとも思ってしまうけどな・・・。
そんなことは、誰にも出来ない。無理なんだよ。
オレたちは、子供がジジィやババァになる前にこの世を去らねばならん。」
目の前の執事が、無言で首を縦に振る。
こんなことは、オレが言わなくても分かっているはずだ。
「子育てという子育てをしてこなかったオレだが、
世の中の子育てには、これが正解という答えはないそうだ。
だから、一概に、執事殿のしてきたことが
間違っていたとは言い切れない。
馬車の中で、デーアに話していた内容と似ているが、
今まで、間違いに気づかずとも、デーアが幸せで、
執事殿が幸せであったのなら、それはそれでいいんだ。」
「わたくしの・・・幸せ・・・。」
ここで、きょとんとした表情になる執事。
そんなことは考えたこともないという表情だ。
「あんたぐらいの年齢になると、
自分の幸せについて考えないのかもしれないが、
けっこう重要なんだ。なぜなら、デーアの幸せには、
周りにいる者たちの幸せも含まれている。
あんたが不幸を感じていたら、デーアは幸せを感じられなくなるはずだ。」
お世話係をしていたのだから、執事は
デーアの幸せのことだけに注力してきたはずだ。
だから、こんなことを言っても
ピンとこないのかもしれないが。
「こんなところで、こんなおっさんに
首を斬られて最期を迎えるのが、あんたの幸せではないはずだ。
だいたい・・・デーアの花嫁姿を見ずして死ぬなんて、
無念でしかないだろう?」
執事は、うなだれて・・・
床に、涙が零れ落ちる。
「佐藤殿・・・。すまぬ・・・。
本当に・・・申し訳なかった・・・。」
肩を震わせて謝る、執事。
執事は、分かってくれたようだ。
ガタガタッ
「!?」
食堂から音がして、振り向けば、
デーアとシホとニュシェが起きだしていた。
意識が朦朧としていた木下も、
しっかりした表情に戻っている。
どうやら、体を害するほどの強力な薬ではなかったようで
すこし安心した。
「う~ん・・・あ~?」
「うぅ~、まだ少し頭がぼんやりする・・・。」
ブツブツと言いながら、女性たちが立ち上がって、
こちらへ歩いてきた。
そのいずれも、執事に対しての
不快感をあらわにした表情だ。
「・・・ジェンス~・・・貴様~・・・!」
特に、デーアは鬼の形相だった!




