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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第三章 【聖騎士とバンパイア】
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すべてを捧げる執事





食堂のドアのすぐそばに、執事はいた。

気配が分からなかった。

デーアの言う通り、本当に熟練の老兵という感じだ。


思わず身構えたが、執事からは敵意を感じない。

武器らしきものも携えていないようだ。


そして、オレの前に出てくるなり、

赤い絨毯が敷かれている廊下に正座した。


「・・・数々のご無礼、申し訳ありませんでした。」


執事のその表情は、観念している顔だった。

床に両手をつき、白髪の頭を下げて、

その頭を床にこすりつける。


「・・・。」


狡猾な手段を使ってきたのに、この潔さ・・・。

オレは、執事を呼ぶときに怒鳴ったから

声とともに怒気が吐き出されてしまったせいもあり、

一瞬にして、怒る気力が失せた。


オレの、この感情すらも折り込み済みであったなら、

本当に末恐ろしい策士だ。


ただ、疑問が残る。


これだけ考え巡らされた策を講じれるわりには、

あまりにも手段が強引で、ところどころ穴が見受けられる。

だからこそ、今、こうして

頭の悪いオレが仁王立ちしていて、

頭の良い執事のほうが頭を垂れているのだ。


「はぁー・・・なぜだ? なぜ、このようなことを?」


オレは、ため息とともに質問した。

なんとも面倒だが、聞かねばならない。

この状況の説明をしてもらう必要がある。


「・・・。」




執事は、この国『レスカテ』の生まれで、

『オラクルマディス教』の信徒。

若い頃に、騎士団に入団。

聖騎士候補としての実力があったらしいが・・・

思うところがあって、騎士団を退団し、

デーアが生まれた頃には、すでにデーアの家で

執事として働いていたようだ。

デーアが生まれてからは、デーアのお世話係として

尽くし・・・現在に至る。


デーアが幼少の頃は、それこそ

悪い虫がつかないようにと、護衛役として

ずっとそばにいて、異性が近づきそうになるたびに

妨害していたらしい・・・。

この国の大司教である、デーアの親父が病で入院した際、

親父のほうから、今後の後継者の話、

デーアの結婚相手の話を相談されてからは、

それまでとは打って変わって、デーアに

それとなく、というか露骨に、

男性をくっつけるように試行錯誤したとか。


しかし、すべて失敗に終わったらしい。

その結果、デーアは他人と行動をともにしなくなってしまった。

特に、男性との接触を避けるようになってしまい、

執事のしたことが、逆効果となってしまった・・・。


そうこうしているうちに、月日が経ち・・・

執事の定年退職の日が決まったらしい。


本来、執事に定年退職という決まった制度はないそうだが、

一定の年齢になった執事が自分で選ぶことが出来るらしく

ちょうど、デーアの家に後任を任せられそうな若い執事が育ったようで・・・。

この執事は、潔く身を引くことを選んだようだ。

今年いっぱいで、執事を退職の予定。


心残りは、デーアの将来・・・この国の未来・・・。


今のように、デーアが単独行動するようになったのは、

自分にも責任があると感じ・・・

めげずに、男性と接触させる策を打ち続けてきたらしい。


「・・・今さら、こんなことを言っても、

信じていただけないと思いますが、

誰でもよかったわけではありません。

貴殿の強さはデーア様から聞いておりましたし、

何より、馬車内での貴殿の言葉に

デーア様のお心が、どんなに救われたことか・・・。

貴殿しかいないと確信したのです。」


「しかしだなぁ・・・。」


「それと、さきほどのお部屋でのデーア様の反応は、

今までと違っていた・・・強い反発を起こさなかった。

あれは、脈ありと見て、間違いないかと!」


「執事殿!」


「!」


説明しているうちに、また想いが高ぶってきている執事を

冷静にしたくて、つい大きな声で制止を求めてしまった。

しかし、執事はちゃんと冷静になれたようだ。


「オレは結婚していると伝えたはずだが?」


「はい。しかし、そうおっしゃった時の

貴殿の言葉に、少し淀んだ空気を感じました。

失礼ながら・・・うまくいっている仲ではないと

判断してしまいました・・・。」


「うっ・・・!」


オレの返事ひとつから、そこまで推測されてしまうとは。

実際、うまくいっていると言い切れない。

『離婚届』という紙切れ1枚・・・まさしく『紙一重』。

オレたち夫婦は、そんな危うい関係なのだ。

紙が出されてしまったか、留まったままなのか・・・

それが分からない、宙ぶらりんの状態。


「既成事実さえ作ってしまえば、

うまく事が運ぶのではないかと・・・。

浅はかでした。」


「・・・。」


これだけ頭がキレる執事が、実行前に

浅はかな策だと気づかないわけがないのだが・・・。


「佐藤殿・・・貴殿に、お子様は?」


「あぁ、息子と娘がいる。

2人とも、もう大人になって、

さっさとオレたち夫婦の元から出ていったが。」


オレの答えを聞いて、執事が目を閉じる。


「わたくしにも妻がいますが・・・

わたくしたちは、子供を授かれなかったのです。」


「・・・。」


珍しいことではない。子供は天から授かりし物。

夫婦の気持ちにも体にも異常はないのに、

努力しても授かれないという場合がある。


「だからこそ、余計に

デーア様をわが子のように感じてしまって・・・。」


「なるほど。本当に、デーアのことが

大切なのだな、執事殿・・・。」


執事の想いは強く、そして、

策を講じるほどの頭と行動力がある。

本当の子育てをしたことがないのであれば、

その手助けの加減が分からないのだろうな。


かく言うオレも、子育てに関しては

逆に、何もしなかった・・・してやれなかった。

すべて女房に任せっきりだったから・・・

子供はいるが子育ての経験は、この執事と同じだ。


「執事殿の想いは分かった。

しかし、これは、いささかやり過ぎだ。

逆効果だとしか思えない。」


「それでも、わたくしは・・・

居ても立っても居られなかったのです。」


執事が、うなだれるように頭を下げた。


「・・・お連れの女性が、まさかあそこまで

貴殿の隣りに固執しているとは計算外で・・・。

貴殿のお連れ様たちの使うフォークやスプーンに、

少量の睡眠導入剤を塗り、

貴殿とデーア様のフォークやスプーンには、

少量の媚薬を塗っておりました。」


なんてことを!

取り分けられた時、誰に渡るか分からない皿ではなくて

フォークやスプーンに塗るとは。

それで、デーアの席に座った木下が

おかしくなってしまったわけか。


「お連れの女性が、貴殿の隣りに座った時点で

今回も・・・わたくしの浅はかな策が失敗したと悟りました。

そして・・・わたくしの策が成功しようと失敗しようと、

貴殿がご立腹になられることも承知しておりました。」


そう言って、執事は頭を下げたまま、

首を突き出すようにして・・・。


「覚悟はできております。

斬り捨ててくださいませ。」


「!!」


執事の計画通りに事が進めば、

オレは、デーアと不貞を働くことになっていただろう。

オレがそのことで不貞の罪の意識を抱かないために・・・?

成功しても、すべての責任を背負うつもりで、

まさに命懸けで、この計画を実行したというのか!?


「バカ野郎ぉ!!」


「・・・!」


オレは、怒気を込めて、そう叫んだ。

自分よりも年上の男を叱りつけた。

カッとなったのは、

執事が自分の命を軽んじてる気がしたからだ。

こんなことに命を懸けるなんて。


「・・・はぁー。

執事殿、あんたほどの頭の良い男が、

どうして、分からんのだ?」


「・・・?」


オレは、溜め息をついて、

執事の前に、ドカっと座り込む。


「他人や親が創った幸せを押し付けられて、

子供が幸せを感じられると思うか?」


「・・・!」


執事が顔を上げて、オレを見た。

その顔は、どこか寂しそうな表情だった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 全年齢対象という事で合点がいきました。 良識を外れない佐藤氏、これで良いと思います。 竜つながりで「エルマーと竜」を思い出しました。 あれも全年齢対象(児童書)ですがワクワクして読んだ記…
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