執事の策略
オレたちは、おのおのが持つ鍵の番号と同じ部屋へ向かった。
木下とシホとニュシェの部屋は、階段から右側のほうらしい。
オレとデーアだけは、どうやら階段から左側のほうだが・・・
「ん?」
「おや?」
オレとデーアが、いっしょに廊下を歩きながら部屋を探していたが、
とうとう廊下の突き当たりの部屋まで
いっしょに歩いてきてしまった。
突き当たりの部屋には、『101』と書かれていて、
オレが持っている鍵にも同じ番号が書かれている。
だから、この部屋がオレの宿泊部屋のはずだが?
「オレの鍵の番号は、ここなのだが?」
そう言って、オレは自分が持っている鍵を
目の高さに持ってきて、デーアに見せたが、
「わ、私の鍵の番号も、この部屋なんだが?」
デーアも、オレと同じように、
鍵を見せてくれたが、本当だった。
鍵には『101』と書かれている。
「どういうことだ?」
「どちらの鍵でも開くのかな?」
そう言って、デーアが鍵を使って
部屋のドアを開けてみたら、「カシャン」という
軽い音とともに解錠されて、ドアが開いた。
「うわ・・・!」
部屋の中は、これまた
とんでもなく広くて・・・1人で泊まるよりは
パーティーで泊まれるぐらいの広さ。
大きな窓は、大きなピンク色のカーテンで閉められていて・・・
そして、天井には玄関の天井と同じくらい
たくさんのランプが設置されていて、
それも薄いピンク色のガラスで出来ているらしく、
部屋全体が、ピンク色に見えてしまう。
そして、何よりも目をひくのは・・・
部屋の中央に、デカデカと巨大なベッドが1台だけ置いてあったのだ。
ピンクのシーツが敷かれている・・・。
一人用の部屋ではないし、この部屋の雰囲気は・・・
・・・これでは、まるで・・・『逢引き宿』の部屋のようだ。
「ちょ、ちょっと待て!」
オレは、見てはいけないモノを見てしまった
感覚になって、素早くドアを閉めた。
そして、今度は、自分が持っていた鍵で
ドアの施錠を試みたら・・・「カシャン」という
軽い音がして、ドアの鍵が締められた。
つまり、オレの鍵も、
この部屋の鍵であるということだ。
「ど、どういうことだ・・・あ!」
「いつの間に、こんな内装に・・・あ!」
2人で、同時に、心当たりを思い出した。
後ろを振り向くと、
ちょうど階段のほうから、こちらへ執事が歩いてきていた。
「おい、執事・・・!」
「ジェンス! これは、どういうことだ!?」
オレが言う前に、デーアが執事に、そう話しかけていた。
「どうかなさいましたか?
他の方々は、すでにお部屋へ入られたようですが?」
そう言いながらこちらへ向かってくる、執事。
その表情は・・・無表情のままだ。
自分のミスに気づいていないのか?
「どうもこうも、オレたち2人の鍵が
同じ部屋の鍵だったんだ。
デーアは、この部屋でいいかもしれないが、
オレは別の部屋を用意してくれないか?」
「それはそれは・・・失礼いたしました!
こちらの手違いで、不快な思いをさせてしまい、
申し訳ございません!」
「・・・。」
すぐに、執事は、白髪の頭を深々と下げて
別の部屋の鍵をオレに渡してくれた。
その様子からすると、わざとではなく、
うっかりミスしたようだ。
ただ、デーアだけは、
疑いの目で執事を見ているようだが・・・。
「お2人の荷物を、この部屋へと運んでしまったので、
今、急ぎ、佐藤殿の荷物を別のお部屋へと運びますゆえ、
しばし、お2人で、ここでくつろいでお待ちください。」
そう言って、目の前の、
あの広い部屋を開けて、執事はオレの荷物を運び始めた。
本当に、オレとデーアの荷物が、部屋の中のドア横に置いてあった。
執事が荷物を運び終えるまで
廊下で待つのも、なんとなく手持無沙汰だったので、
仕方なく、オレたちは広い部屋へ入った。
そして、荷物を廊下へ運んだ執事が、ドアを閉めた。
「・・・。」
デーアは、ずっと疑いの目で
執事が去った後も、部屋のドアを見続けていた。
「しっかりした御仁だと感じていたが、
こんなミスもするんだな。」
オレは、なんとなく沈黙がイヤだったので
そう言ってみたのだが、
「・・・あのジェンスが、こんなミスをするのは有り得ない!」
デーアが、妙に怒った口調で、そう言い始めた。
自分の執事の些細なミスが、許せないのだろうか?
「そうなのか?」
「あぁ・・・以前も、こんなことがあったのだが・・・。
ジェンスが急にミスをする時は、決まって、私の周りに他の男がいる時だ。」
「なに!? 今に始まったことじゃないのか?」
デーアがとんでもないことを言い出したと思ったが、
なんとなく、思い当たるフシもある。
馬車を降りた時の、執事との会話・・・。
デーアとオレをくっつけようとしているのか?
オレは結婚していると言ったはずだが?
しかし、そう考えると納得できるミスだ。
完璧な執事という印象なのに、
こんな初歩的なミスをしでかすとは思えない。
「だいたい、おかしいじゃないか。
私たちの荷物が、ここに置いてあるなんて。
荷物を運んだ時点で、部屋が
いっしょになってしまっていることに気づくはずだ。」
「言われてみれば!」
デーアに言われて気づいた。
気づいた瞬間に、背筋がゾクっとした。
あの執事は、無表情で、丁寧に謝っていた・・・。
あれも、すべて計算のうち・・・演技だったというのか。
こ、怖すぎる!
「じ、じつは、馬車を降りた時に
あの執事に・・・。」
オレは、今のうちに
言っておいたほうがいいと判断して、
デーアに、馬車を降りた後の執事との会話を話しておいた。
「なるほど・・・ジェンスめ、余計なマネを!」
デーアが、明らかに怒っていたので
「ま、まぁまぁ。オレも年寄りだから分かるが、
老婆心からくる言動と行動だ。
お前の将来のことやこの国の未来のことを
案じてのことだろう。」
デーアをなだめた。
執事の気持ちはよく分かる。
イタズラや嫌がらせではなく、
デーアを思えばこその行動なのだろう。
「しかしだな!」
デーアの怒りは収まっていない。
余計なマネをされたのは事実だから、
怒ってしまうのは当たり前なのだが・・・。
「ただ、どれだけ執事が気を揉み、世話を焼いても、
恋愛や結婚というものは、本人同士の気持ちひとつだ。
当事者以外の第三者の気持ちに、左右されるものではない。
まぁ、もちろん、こういうミスは無いほうがありがたいが、
こんな豪邸のような宿舎に泊めてもらう身だから、
オレは、この程度で不快に思うこともない。
オレとデーアに、その気がないと分かれば、
あの執事も、無駄なことはしないと思うがな。」
オレは、そう言って、デーアを
もう一度なだめた。
「そ、それもそうだな。
私たちに、その気がなければ、
ジェンスも諦める・・・かな。」
デーアの怒りを鎮めれたようだ。
それにしても・・・
オレは、ふと中央に置いてある
見たこともない大きさのベッドを見て、呆れた。
こんな、あからさまな罠で、
オレやデーアが勘違いを起こすとでも思っているのだろうか?
オレやデーアが、そんな初心なわけ・・・
「・・・!」
ふと見たら、デーアの顔が真っ赤になっていた!?
オレと目が合った瞬間に、慌てて目を背けるデーア!?
「え?」
「いや、その!・・・よくよく考えれば、
男性と、こういう状況になることに慣れてないというか!
・・・健一さんが、やたらとベッドを見てるから、
そういう気になっちゃったのかなとか思って・・・!」
な、なにを!?
「いやいやいやいや!
そういう意味で、ベッドを見てたわけじゃなくて!
こんなアホみたいな大きさのベッド、初めて見たから、
つい観察してしまっただけのことで!」
あまりにも、デーアが初心な反応をするので、
こちらまで恥ずかしくなってしまった!
「いや、私は、そのつもりはないが、
健一さんがそうなっちゃったら、どうしようって・・・。」
「いや、どうもしないけど!」
デーアのこの反応・・・!
間違いない、こいつは、この手の経験がなさそうだ。
オレはというと、女房とそういう経験こそあれど、
女性に慣れているわけではない。女房しか知らない。
こんな美人と、ベッドがある部屋に2人きり・・・
この状況が、まっっったく邪な考えがないオレたちを
『そっちの方向』に向けさせる!
・・・そうか!
この状況を作り出すことも、執事の作戦なのか!
オレは慌てて、ドアを開けた。
すでに、執事の姿が見えない。
執事にもらった新たな鍵の番号を確認すると、
『102』と書かれてあった。
この部屋の、すぐ隣りじゃないか!
「あの執事・・・!」
荷物を部屋へ運んだあとに、オレを呼びに来るような素振りだったのに。
荷物だけ運んで、そのまま姿を消すとは・・・!
よくよく執事の言葉を思い返したが、「ここで待て」としか
言われていないことに気づく。
なんて狡猾な・・・!




